《完結》転生したら、火、だった件。迫害された魔術師ちゃんが、魔神さまと崇めてきます。神なら信者を作っちゃおうぜ!
1-2.闇よりも黒い
「しーっ。しゃべってはいけませんよ。クロイは人の気配を察知して、襲ってくるのです」
プロメテはそう言うと、みずからの口に両手を押し当てていた。
オレも呼吸を止めることにした。炎ではあるが、いちおう呼吸はしている。嗅覚もあるし、聴覚もある。むろん視覚だってある。
ただ、姿を隠そうにも、この赤々と輝くカラダだけは、どうにもならない。自分の意志とは関係なくカラダは揺らめくし、火が爆ぜてしまう。それでも良かったようで、黒い大きな影はするすると消え去って行った。
吹き飛ばされたトビラは、部屋にあった長椅子のひとつに、腰かけるようなカッコウになっていた。
開け放たれた出入口の向こうからは、寒々とした風が入り込んできた。さすがにオレのカラダでも、その寒風を感知することができた。
「すげぇ黒かったな。夜なのに、それよりも黒かった」
あの生き物はなんだったのだろうか。そもそも生き物だったのだろうか?
まるで闇のなかで、さらにドス黒い闇が輪郭を持って動いているかのように見えた。この世界特有のものなのだろう。
「いいえ。今は夜ではありません」
「夜――じゃないのか?」
外は真っ暗である。ここは教会のなかだから、外の景色がどうなっているのかは判然としない。が、開け放たれたトビラや、窓の向こうの景色ぐらいは見える。
「さきほども言ったように、オルフェスには火がないのです。そして太陽も消えてしまいました」
「太陽が――消えた?」
「正確には、神によって覆い隠されてしまったのです。その日より、この世界は闇に閉ざされてしまいました」
「じゃあこの暗さで、いまは朝なのか?」
えっと……と、プロメテは小さな円盤のようなものを取り出した。たぶん、懐中時計だ。時計盤が薄く光を帯びていた。
「いまはチョウドお昼の12時です」
「この暗さで真昼間なのか」
オレは自分でも驚いたことに、このオルフェスという世界のことを理解しようとしていた。
異世界に転生したという事実を、自分でも呆れるぐらいにスンナリと受け入れることが出来てしまっていた。
べつに適応能力が高いとか、頭が良いとか、そういったことはない――と思う。
でも、ここに存在するという感覚がウソではない以上は、現実逃避をしても仕方がない。
オレはもともと地球人であり、平凡な日常のなかで生きていたはずだ。そのはずなのだが、その記憶が薄いのだ。知識や記憶はあるのだが、どこでどんな生活をしていたのかハッキリと思い出せない。
異世界転生とは、そういうものなのかもしれない。
さっきの黒い化け物について詳しく尋ねたかったのだけれど、なんだか尋ねるタイミングを逃してしまった。
「うんしょ」
と、急にプロメテが服を脱ぎはじめた。法衣を脱いで、下着姿になっていた。白い布を胸に巻いて、白いパンツをはいていた。
「な、なななにしてんの急に」
「わわっ、ごめんなさい。服を乾かそうと思ったのですけど、さすがに失礼でしたか? お怒りになられましたか?」
と、プロメテは脱いだ法衣でカラダを隠すようにしていた。
「いや、怒ってないけど、ほら、オレいちおう男だから」
「男だから?」
と、プロメテは首をかしげている。
「照れ臭いというか、なんというか……」
いや。
なんで見ているオレのほうが、恥ずかしがってるんだって話なんだけど。
「魔神さまは、男性なのですか?」
「まあね」
「私のような者のカラダを見るのは、お目汚しになるということでしょうか?」
「いや、そうじゃないんだけど。むしろ、見せてくれるなら、いくらでも見るけどね」
「えっと……つまり、服を乾かしても良いのでしょうか?」
「うん、まぁ」
どうやらその法衣は、酷く濡れているようだ。外は雨のようだし、降られたのかもしれない。気温はずいぶんと寒いようだし、濡れた法衣を着ていろというのは酷だろう。
「それでは失礼するのです」
と、プロメテは包囲を脱ぎ去って、オレが燃えている石台の前に広げていた。
異性に裸を見せることを、なんとも思わないのだろうか。いやまぁ、オレの姿は、火、である。男性だとか言われても、いちいち火にたいして照れたりするほうが変なのかもしれない。
しかしプロメテの肢体は、オレの欲求を駆り立てることはなかった。むしろ、驚かされた。酷く傷だらけなのだ。
「その傷は? 転んだってわけじゃなさそうだな」
切り傷や打撲と思われるケガが、あちこちにある。カラダの線は細く、アバラの骨が浮き上がっていた。
言い方は悪いかもしれないが、貧相だ。よりいっそうの憐憫を誘われた。
「ああ、これは、魔術師ですから」
と、プロメテは困ったように笑った。
「魔術師だと、ケガをするものなのか?」
魔術師というのは、魔法を使う者たちのことだろう。フィクションをたしなんできた記憶がある。それぐらいはわかる。遠距離攻撃であるぶん、剣士や騎士などに比べると、ケガはしにくいもののはずだ。
「あ……」
「どうした?」
プロメテは何か言おうとしていたようだが、あわてて口を両手でふさいでいた。
プロメテの視線の先。
クロイとかいう、あの漆黒のバケモノの姿があった。
開いた天井の穴から入り込んできたようだ。巨大な毛虫のような形状をしていた。芯が太くて、そのカラダの中心軸から腕や脚と思われるものが、幾本も生えている。気色の悪いことに、その幾本もの腕が、獲物を求めるがごとく、小刻みに動いていた。
天井の穴から顔をのぞかせて、周囲を探るようにしていた。
オレは魔神さまとか言われているのだが、ハッキリ言って、これを撃退できるような度胸はない。
怖い。
刹那。
「へくちっ」
と、プロメテが音を発した。何かの動物の鳴き声のような音だった。クシャミをしたらしい。
クロイの動きは速かった。
カエルに襲いかかる蛇のような勢いで、跳びかかってきたのだ。
が、今度はピタリとそのクロイの動きが停止した。まるで見えない壁に衝突したかのような止まり具合である。
クロイはプロメテを襲うため、前に進もうとしている様子だった。だが、何かに邪魔されて前に進めないようだった。その姿は、ホントウに壁を押しているように見えた。クロイはついに諦めたようで、天井の穴へとスルスルと戻って行った。
「帰ったのか……。なんだったんだ?」
クロイが引き返して行った天井の穴を、オレは見つめて言った。ふたたびその穴から、クロイが入り込んでくるのではないか、と警戒していた。が、もう襲ってくる気配はなかった。
教会から離れて行くような、闇のうねる気配が伝わってきた。
「さすが魔神さまです。あれほどの大きさのクロイを撃退するなんて」
「え? オレ?」
なにかした覚えはない。
何かするどころか、恐怖におののいていたぐらいだ。
「クロイは光に弱いのです」
「光って、オレの光か」
オレのカラダは火であって、常に赤々と燃えているのだ。
「影から生まれし存在ですから、理論上、光によって消滅するとされていました。まさかそのチカラを、拝見することが出来るとは思ってもいませんでした」
「役に立てたのなら、なによりだ」
光に弱いというのなら、オレは実質あのバケモノから危害をくわえられることはない、ということだろう。
すこし安心だ。
プロメテはそう言うと、みずからの口に両手を押し当てていた。
オレも呼吸を止めることにした。炎ではあるが、いちおう呼吸はしている。嗅覚もあるし、聴覚もある。むろん視覚だってある。
ただ、姿を隠そうにも、この赤々と輝くカラダだけは、どうにもならない。自分の意志とは関係なくカラダは揺らめくし、火が爆ぜてしまう。それでも良かったようで、黒い大きな影はするすると消え去って行った。
吹き飛ばされたトビラは、部屋にあった長椅子のひとつに、腰かけるようなカッコウになっていた。
開け放たれた出入口の向こうからは、寒々とした風が入り込んできた。さすがにオレのカラダでも、その寒風を感知することができた。
「すげぇ黒かったな。夜なのに、それよりも黒かった」
あの生き物はなんだったのだろうか。そもそも生き物だったのだろうか?
まるで闇のなかで、さらにドス黒い闇が輪郭を持って動いているかのように見えた。この世界特有のものなのだろう。
「いいえ。今は夜ではありません」
「夜――じゃないのか?」
外は真っ暗である。ここは教会のなかだから、外の景色がどうなっているのかは判然としない。が、開け放たれたトビラや、窓の向こうの景色ぐらいは見える。
「さきほども言ったように、オルフェスには火がないのです。そして太陽も消えてしまいました」
「太陽が――消えた?」
「正確には、神によって覆い隠されてしまったのです。その日より、この世界は闇に閉ざされてしまいました」
「じゃあこの暗さで、いまは朝なのか?」
えっと……と、プロメテは小さな円盤のようなものを取り出した。たぶん、懐中時計だ。時計盤が薄く光を帯びていた。
「いまはチョウドお昼の12時です」
「この暗さで真昼間なのか」
オレは自分でも驚いたことに、このオルフェスという世界のことを理解しようとしていた。
異世界に転生したという事実を、自分でも呆れるぐらいにスンナリと受け入れることが出来てしまっていた。
べつに適応能力が高いとか、頭が良いとか、そういったことはない――と思う。
でも、ここに存在するという感覚がウソではない以上は、現実逃避をしても仕方がない。
オレはもともと地球人であり、平凡な日常のなかで生きていたはずだ。そのはずなのだが、その記憶が薄いのだ。知識や記憶はあるのだが、どこでどんな生活をしていたのかハッキリと思い出せない。
異世界転生とは、そういうものなのかもしれない。
さっきの黒い化け物について詳しく尋ねたかったのだけれど、なんだか尋ねるタイミングを逃してしまった。
「うんしょ」
と、急にプロメテが服を脱ぎはじめた。法衣を脱いで、下着姿になっていた。白い布を胸に巻いて、白いパンツをはいていた。
「な、なななにしてんの急に」
「わわっ、ごめんなさい。服を乾かそうと思ったのですけど、さすがに失礼でしたか? お怒りになられましたか?」
と、プロメテは脱いだ法衣でカラダを隠すようにしていた。
「いや、怒ってないけど、ほら、オレいちおう男だから」
「男だから?」
と、プロメテは首をかしげている。
「照れ臭いというか、なんというか……」
いや。
なんで見ているオレのほうが、恥ずかしがってるんだって話なんだけど。
「魔神さまは、男性なのですか?」
「まあね」
「私のような者のカラダを見るのは、お目汚しになるということでしょうか?」
「いや、そうじゃないんだけど。むしろ、見せてくれるなら、いくらでも見るけどね」
「えっと……つまり、服を乾かしても良いのでしょうか?」
「うん、まぁ」
どうやらその法衣は、酷く濡れているようだ。外は雨のようだし、降られたのかもしれない。気温はずいぶんと寒いようだし、濡れた法衣を着ていろというのは酷だろう。
「それでは失礼するのです」
と、プロメテは包囲を脱ぎ去って、オレが燃えている石台の前に広げていた。
異性に裸を見せることを、なんとも思わないのだろうか。いやまぁ、オレの姿は、火、である。男性だとか言われても、いちいち火にたいして照れたりするほうが変なのかもしれない。
しかしプロメテの肢体は、オレの欲求を駆り立てることはなかった。むしろ、驚かされた。酷く傷だらけなのだ。
「その傷は? 転んだってわけじゃなさそうだな」
切り傷や打撲と思われるケガが、あちこちにある。カラダの線は細く、アバラの骨が浮き上がっていた。
言い方は悪いかもしれないが、貧相だ。よりいっそうの憐憫を誘われた。
「ああ、これは、魔術師ですから」
と、プロメテは困ったように笑った。
「魔術師だと、ケガをするものなのか?」
魔術師というのは、魔法を使う者たちのことだろう。フィクションをたしなんできた記憶がある。それぐらいはわかる。遠距離攻撃であるぶん、剣士や騎士などに比べると、ケガはしにくいもののはずだ。
「あ……」
「どうした?」
プロメテは何か言おうとしていたようだが、あわてて口を両手でふさいでいた。
プロメテの視線の先。
クロイとかいう、あの漆黒のバケモノの姿があった。
開いた天井の穴から入り込んできたようだ。巨大な毛虫のような形状をしていた。芯が太くて、そのカラダの中心軸から腕や脚と思われるものが、幾本も生えている。気色の悪いことに、その幾本もの腕が、獲物を求めるがごとく、小刻みに動いていた。
天井の穴から顔をのぞかせて、周囲を探るようにしていた。
オレは魔神さまとか言われているのだが、ハッキリ言って、これを撃退できるような度胸はない。
怖い。
刹那。
「へくちっ」
と、プロメテが音を発した。何かの動物の鳴き声のような音だった。クシャミをしたらしい。
クロイの動きは速かった。
カエルに襲いかかる蛇のような勢いで、跳びかかってきたのだ。
が、今度はピタリとそのクロイの動きが停止した。まるで見えない壁に衝突したかのような止まり具合である。
クロイはプロメテを襲うため、前に進もうとしている様子だった。だが、何かに邪魔されて前に進めないようだった。その姿は、ホントウに壁を押しているように見えた。クロイはついに諦めたようで、天井の穴へとスルスルと戻って行った。
「帰ったのか……。なんだったんだ?」
クロイが引き返して行った天井の穴を、オレは見つめて言った。ふたたびその穴から、クロイが入り込んでくるのではないか、と警戒していた。が、もう襲ってくる気配はなかった。
教会から離れて行くような、闇のうねる気配が伝わってきた。
「さすが魔神さまです。あれほどの大きさのクロイを撃退するなんて」
「え? オレ?」
なにかした覚えはない。
何かするどころか、恐怖におののいていたぐらいだ。
「クロイは光に弱いのです」
「光って、オレの光か」
オレのカラダは火であって、常に赤々と燃えているのだ。
「影から生まれし存在ですから、理論上、光によって消滅するとされていました。まさかそのチカラを、拝見することが出来るとは思ってもいませんでした」
「役に立てたのなら、なによりだ」
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