水晶を覗くばあさん
戻りたい女12 甘えすぎ
悪いものを吐き出すようにこと葉に全てを話した。不思議と,話を進めるごとに出来事を客観的に見つめて,次第に心も落ち着いてきた。
「でさ,美帆はどうしたいの?」
美帆はどうしたいの? こと葉の言葉が,頭の中でこだました。私は結局どうしたいのだろう。未来からやってきて,卓也さんに事実を伝えにきた。最悪のシナリオを描かずに都合のことを思い描いていた私には,それに対する答えを持っていない。
「美帆,しっかりしなよ。あんたはもう一人じゃないんだから。お腹に守るべき命もあるじゃない。自分で決めなきゃ」
「・・・・・・私,分からへんねん。どうしたらええん? 一人で育てていけるんかも分からへんし,それに,この子を幸せにしてあげられるのかすらも分からへん。分からへんことだらけやねん」
言いながら,涙がこぼれる。
そして,人の親となるものの口からは最も聞きたくない言葉を,他の人から聞いたらいきり立ってしまうような言葉を,自分の声帯を震わせて自分の耳で聞いた。
「子ども,産んでもええんかな。絶対幸せになられへんやん,お互い」
ガタッと大きな音を立ててこと葉は立ち上がり,胸ぐらを掴む勢いで私ににじり寄った。
そして,肩をいからせて必死で呼吸を整え,静かに,でも圧のある声で言った。
「勘違いしてるんじゃない? 甘えすぎ」
ギムレット,とこと葉はバーテンダーに何かを注文し,ドスッと音を立てて椅子に座る。
「あのね,不安なのは分かるよ。でも,幸せになることを放棄するのは絶対にいけない。お腹の中の子の幸せを勝手に決めることもできない。親にできることって,子の幸せを願って毎日必死に生きることじゃないの? 私はそうやって親に育てられてきた。美帆は違うの?」
口元を押さえて,込み上げるものを必死で押しとどめた。そんな私に構わず,「それにね」とこと葉は続けた。
「幸せって,結局人の心が決めると思うの。仕事だって上手くいかないし,前の彼氏にヤり捨てされたって,言ったよね? 辛いけど,それでも私は幸せなの。だって,美帆みたいな親友に会えたし,これから私はまだいろんなことができる。何かあったって,私には,私のことを愛してくれている親がいるし」
だからね,とこと葉は優しい声で,目で私を見る。
「美帆は幸せになれる。お腹の子も,きっと幸せになれる。なろうよ,一緒に」
テーブルに置かれたギムレットをこと葉は煽るように飲み,「クサいこと言っちゃった」と頬を赤らめて笑った。
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