【第二部完結】アンタとはもう戦闘ってられんわ!

阿弥陀乃トンマージ

第14話(1)長崎で今日も半裸だった

 雨が降りしきる夜の長崎。坂道を一台の中古車が走る。21世紀初頭の車である。

「もっとマシな車は無かったの? 動いていること自体が奇跡よ」

 車のハンドルを器用に操作しながら、艶のある黒髪をおさげにした少女がぼやく。垂らした右の前髪と切れ長の目が印象的で、整った顔立ちをしている。

「車種などどれでも良いと言ったのはそっちだ。目的地まで持てばいいだろう」

 助手席に座る黒髪を短髪にまとめた少年が素っ気なく答える。髪型が異なる以外は、顔は少女と瓜二つである。

「それにしても限度があるでしょう……むしろよくこんなアンティーク用意したわね?」

「だから、この姿は辞めようと言ったんだ……これでは正規ルートでの調達は難しい」

 少年は自分の服を指でつまんで大袈裟に引っ張りながら、少女に口答えする。二人とも年ころは13、14歳程に見える。

「これ位の年恰好の方が何かと都合が良いのよ」

「それこそ限度があるだろう……ブレーキに足が届いてないんじゃないか?」

「届いているわよ、失礼な。それにしても、坂が多い土地ね!」

 少女がハンドルを切りながら、軽く舌打ちする。長崎に坂道が多い理由は、三方を山に囲まれたすり鉢状の地形に由来するものである。通常このような地形においては、平地部に住宅地等が集中するものなのだが、この長崎は昔から山の斜面を利用して住宅地を造成してきた。そのため、日本全国でも珍しい山に市街地が広がる都市となっていて、21世紀末期でもその名残は残っている。

「まあ、お陰で追っ手は撒けたんじゃないか…… 」

 少年が呟いた瞬間、助手席の窓ガラスが割れ、ダッシュボードに銃弾がめり込む。

「銃撃  どこから 」

「上からだ! ドローンを使ってきた!」

 少年が窓の外を確認し、即座に状況を確認する。運転しながら少女が尋ねる。

「撃ち落とせる?」

「問題ない」

 少年が懐から銃を取り、窓から半分体を乗り出して、すぐさま銃を発射する。弾は一発で命中し、ドローンは落下した。体勢を戻した少年が呟く。

「港近くの倉庫は駄目だったのか?」

「その裏をかいて山の方にしたんだけど……連中もそこまで馬鹿じゃなかったみたいね」

 少女はペロっと舌を出す。少年が指を折って数える。

「シンガポール、マニラ、上海、釜山……これで五度目か」

「しつこい男は嫌われるって、ママに教わらなかったのかしらね?」

「俺に聞くな……前!」

 少女が視線を前方に向けると、車が二台横になり、道路を塞いでいる。その手前に黒いスーツを着た男たちが銃を構えている姿も見える。少年は尋ねる。

「どうする 」

「突っ切る!」

「だろうな! 聞くだけ無駄だった!」

 少女はアクセルを目一杯踏み込み、車を加速させる。黒いスーツを着た男たちが慌てて横っ飛びして、車を躱す。少女の運転する車は停車する車二台と激しく衝突しながらも、そのまま減速せず道路を進む。

「我ながら無茶するわね」

「自覚があるなら結構……今度は横だ!」

 バイクが右側から車と並走してきた。バイクに乗る男が、運転席の窓ガラスを叩き割ろうとする。一度目でヒビが入り、男がもう一度窓を叩こうとした瞬間、少女がドアを思い切り開け放つ。ドアに当たってバランスを崩したバイクはあっけなく転倒する。

「ノックするから開けてあげたのに……」

 少女はフッと微笑む。

「さてと、そろそろゴールかしらね……!」

 次の瞬間、激しい銃撃音とともに車のフロントガラスが割れる。少年が身を屈めながら少女に大声で尋ねる。

「またドローンか! 大丈夫か 」

「運転出来ているからどうやらね。日頃の行いが良いおかげだわ」

「よく言う!」

 少年は僅かに顔を上げて銃を構える。

「ドローンは二機か!」

「待って!」

「何だ 」

「ガラスの破片で頬が切れちゃったわ。私の顔に傷を付けるなんて……許さない」

「私の顔ねえ……」

 少女は右手でハンドルを握りながら、左手でナイフを二本取り出して、前方に飛ぶドローンに向かって投げ付ける。顔を俯きながら投げたにも関わらず。ナイフはドローンを正確に貫く。制御を失ったドローンは二機とも地面に叩き付けられる。

「ねえ、絆創膏持ってない?」

 少女が体勢を元に戻しながら、何事もなかったかのように少年に尋ねる。

「生憎持ち合わせが無い。どうせあの中にあるだろう?」

 少年は溜息を突きながら答え、顎を前方にしゃくる。

「そう言われるとそうね、確認をしてなかったわ」

「最低限の確認くらいしておけ……」

 少女の言葉に少年は呆れる。

「念の為、ドラッグストアに寄ってもいいかしら?」

「そんな暇は無い」

「冗談よ、冗談」

 少女は声を出して笑う。少年は再び溜息を突く。

「着いたらすぐ次の行動に移る。面倒だがやはり積荷を起こしておくか…… 」

 少年が視線を後部座席にやった次の瞬間、車が爆発する。車は前方に何度か派手に転がり、奇跡的に元の姿勢に戻ったものの、走行を続けるのは無理な状態になった。

「びっくりした! な、何 」

「バイクかドローンに気を取られている隙に、車の下に爆弾でもセットしたんだろう!」

「へえ、いつの間に……連中も結構やるわね」

 少女は感心したように頷く。

「このままだとすぐに炎上する! 降りるぞ!」

「了解、積荷はそのままでも良い?」

「良いわけないだろう!」

「だって、この体じゃ運ぶの大変よ?」

 少女がわざとらしく両手を広げる。

「都合が良いと言っていただろう!」

「あんまりイライラしないで。血圧上がっちゃうわよ、兄さん」

「今はお前が姉さんだろう!」

「ああ、そうだったっけ?」

「設定はしっかり頭に入れておけ! どこからボロが出るか分からんぞ!」

「了解、了解」

「ったく……」

 少年は軽く額を抑え、すぐに気持ちを切り替えて後部座席に向かって叫ぶ。

「というか、お前もいい加減に起きろ!」

「こんな騒ぎでよく眠っていられるわよね。噂以上の大物か、余程の馬鹿か……」

「間違いなく後者だろう。恰好から見ても間違いない」

「そう言えば白い褌姿って聞いていたけど……赤い褌ね、人違いってことは無い?」

「コックピットでこんな珍妙な恰好をしている奴はコイツ位しかいない!」

「それもそうね……あ、起きるわよ」

「……う、うん?」

 後部座席に横たわる褌姿の男が目を覚ます。少年が怒鳴るように尋ねる。

「おい! お前の名前は 」

「? 俺は『曲がったことが大嫌い! 疾風大洋はやてたいようだ!』」

 真っ赤な褌姿の大洋は寝ぼけ眼で叫ぶ。

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