源義姫 ~地球への逃避行(テラ・ランデブー)~
第一話 人類の敵・源朝臣九郎義姫
「———俺たち、地球以外に住めると思うか?」
後部座席に座っているアーク・ユリシーズが外の状況とは対照的にそんなことをのんきに聞いてきた。
「馬鹿を言っていないで、戦いに集中しろ!」
前方席に座っているフィフィテがアークを咎めた瞬間、ゴォンと言う爆発音がすぐ近くで響いた。
閃光———。
目を細めながら横を見やると、黒い風船のような爆発が目に入る。
よく、爆発を色鮮やかな花に例えられているのをフィフィテは目にしていたが、そんな綺麗なものでもない。
ただの、黒い、人が死んだという軌跡だ。
黒い煙がただ膨らんでいき、糸を引いて手足が落ちていく。
「味方がやられたな」
「———ああ、降下中に攻撃されたらひとたまりもない。だからぁ!」
フィフィテがトリガーを引く。
彼の前方に表示されているモニターが激しく点滅し、下方に向かって巨大な〝弾丸〟を放出している。
「索敵はちゃんとしてるのか 」
ぼーっとしている後方の相棒に苛立った言葉をぶつける。
「ちゃんとしている。だけど、無駄だろ?」
「…………!」
肩をすくめるアークに、フィフィテは黙らせられてしまう。
二人が座っている座席の周囲には巨大なモニターが設置されている。
彼らがいるのは狭い、二人分しか入れないような箱の中。彼らの前にはグリップやキーボード、レバースイッチが付いている機械が設置され、モニターに表示されている機体のデータに従って機械を操作している。
コックピット———。
そう呼ばれる機械の箱の中に、彼らは閉じ込められていた。
何を操作しているのか?
それは、彼らの周囲に映っているモニターの中に答えがある。
巨大な人型ロボットだ。
蒼い丸みを帯びたスマートボディにレーザーマシンガンを装備した機体———〝フェンリル〟だ。
〝フェンリル〟———北欧神話に登場する獣の名前を冠された全長十五メートルの突撃急襲用巨大人型兵器。
火星で採掘した燃料、火星石油を用い超高速駆動を可能にした機体であることから、この巨大人型兵器は総称してMGという呼称で呼ばれている。
そのMG———〝フェンリル〟がモニターの向こうでは大量に、墜ちていた。
虹色の、不思議な色のする空から、青い海が広がる地上へ向かって、背中と脚部についているバーニアを吹かせ、人間でいう鎖骨のあたりから、原始的なパラシュートを展開し、空気抵抗も利用しつつ、地上へ降下していた。
地上には、岸部があった。
大量の〝フェンリル〟はそこに向かって落下している……と同時に攻撃をしていた。
装備しているレーザーマシンガンの黄色い光の弾丸を地上に向けて撃ち放つ。
岸辺には戦の陣が敷かれていた。
木組みの柵と、簡易的な布の天井で作られた、ほんの雨風をしのぐためだけの陣が。
陣から〝フェンリル〟に向けて、弓矢の大量斉射が開始された。
巨大な剣山が地上から迫ってくるような、凶器の面。
だが、まだ雲を抜けたばかり、遥か上空にいる〝フェンリル〟には届かない。
「信じられるか? こっちが鋼鉄の巨大ロボットに乗って戦っているっていうのに、相手が持っているのは弓と槍だぜ?」
また、後部座席のアークが皮肉を言う。
漆黒のパイロットスーツに身を包んだ。あどけない顔立ちの少年兵。頬にはそばかすがあり、素朴さを感じさせる。
そんな彼が、力なく「ハハ……」と笑い、地上で待つ者たちを観察する。
「見ろよ。鎧と刀を持っている、ニッポンのサムライってやつだろ? 何千年前の奴らなんだよ?」
彼らが降下する岸辺には、大量の人間が待ち構えていた。
彼の言葉通り、鬼のような兜と甲冑をまとい、刀を腰に携え、手には大弓を持っている。
鎧武者———。
多分、侍ではなくもっと古代にいたとされる武者と呼ばれる人種なのではないかとフィフィテは思った。
「知らん。俺の知っている知り合いには日本人の末裔はいないからな……だから、そんなことを言っている場合じゃないだろう!」
フィフィテの声に再び緊張感が走る。
「地上にいるサムライたち何て問題じゃない! 今は———」
フィフィテが、上空を見上げた。
黒翼持つ少女が、そこにいた————。
黒い翼をはためかせた、黒髪を結んだ鎧まとう少女。
幼げな顔立ちに、まだ発達しきっていない体を見るに、恐らくアークとフィフィテと変わらない年ごろ、十四歳ぐらいだろう。
少女は、下にいる〝フェンリル〟たちを見下ろし、歯を見せて笑った。
心底、嬉しそうに。
「やあやあァ 我こそは鎌鞍将軍源頼朝が直系、源朝臣九郎義姫である 」
そう、宣言した。
「源義経って……ニッポンのクラシックドラマのタイトルだよな?」
「知らんと何回言わせるんだ! いいから、各部火器の準備をしろ! 誘導しなくてもミサイルを撃つ! 何もしないよりはましだ!」
アークとは対照的に、切羽詰まった声のフィフィテ。
空飛ぶ、義姫と名乗る少女は上体をぐっと前に倒した。
まるで海で、深く潜水するときの様に手足を空へ向けてピンと伸ばし、目下を見据え、
羽をはためかせ、加速する————。
腰の刀を抜き、
「天衣無縫! 天下無双! 天上天下唯我独尊! 幕府が誇る最強の武人、武者百八衆が一人———鞍馬天狗の義姫 参る!」
フィフィテたちのすぐそばの〝フェンリル〟へと斬りかかった。
十五メートルもある巨大な機体へ向けて、わずか一・五メートル。十分の一のサイズの少女が、MGにとってはつまようじともいえる刀を持って斬りかかる。
無謀すぎて失笑ものの光景だ。本来であれば。
が———。
「はあああああああああ!」
義姫が刀を〝フェンリル〟の銃に突き刺した。先ほどまで義姫を狙って光弾を連射していたレーザーマシンガン。弾丸の雨を華麗にかいくぐった義姫が刀を鋼鉄の銃に通した。
刀がスッと、鋼鉄の板に挿入された。
そして、加速———。
ぐるんと義姫が〝フェンリル〟の周囲を、下へ向けて円を描きながら周った。
その軌道と同じ傷跡が、〝フェンリル〟のボディに刻まれ、傷口から血が噴き出るように業火が噴き出る。
爆散———。
義姫にエンジンを切り裂かれ、同時に切り裂かれた電子機器が起こした火花が火星石油に引火して大爆発を起こしたのだ。
また、だ。
また、絶対的な鋼鉄の巨大ロボットが、一人の人間に撃墜された。
刀しか持っていない。年端も行かない少女の手によって。
「やっぱりおかしいよなぁ」
「何が 」
フィフィテたちの乗る〝フェンリル〟。先ほど撃墜されたものから距離は百メートルも離れていない。
次は———こっちだ。そう覚悟を決めた方がいい。
〝フェンリル〟の手足に取り付けられたミサイルポッドのハッチが開く。
各部三連同時射出型ミサイルポッドが、上腕部と両太ももあたりに取り付けられている。
金属誘導をするミサイルだが、普通の人間相手を想定尚且つ、宇宙からの降下急襲の装備をしている、軽装備〝フェンリル〟の最大威力の武装だ。
「アーク! 早くあいつを手動で狙え!」
「やってる。回避した後の予測位置に向けても発射されるように」
「ミサイル発射!」
フィフィテがボタンを押すと、〝フェンリル〟の四か所の三連ミサイルが義姫に向かって発射された。
当たる……なんてはフィフィテも流石に思っていない。
ただ、迎撃のためにミサイルを切り裂いてくれればいいな、とそう思っていた。
至近距離でミサイルを切り裂けば、その爆風を浴びる。
〝フェンリル〟に積まれているのは対MGを想定してのもの。鋼鉄の装甲を破壊することが目的のものだ。
そんなものが至近距離で爆発し、炎を浴びようものなら、普通の人間であれば高熱で全身を焼かれ、一瞬で炭になってしまう。
「普通の人間が、さぁ……」
アークが呟き続ける。
そう、普通の人間であれば———。
「空飛んで、鉄を切るなんて、できるわけねぇよなぁ」
彼の視線の先、義姫がミサイルを切り裂いた。
そう、そうなのだ————!
彼女は普通の人間。空が飛べて、鋼鉄を切り裂ける刀を持っている。
だけど、その肉体は普通の自分たちと全く変わらない、肌荒れもするし、風邪だって引く普通の人間。そうあってくれ———!
ミサイルの爆風がパッと開いている間、フィフィテは切実に祈り続けた。
が、
爆風の中から、笑顔が飛び出た。
凄惨な、本当に戦いを楽しんでいる、少女の笑顔。
「うわあああああああああ!」
パニックになってレーザーマシンガンを連射するが、ひらりひらりと義姫は避け、接近する。
フィフィテの乗る〝フェンリル〟の眼前。
あと一秒も経たずに斬られる。
そんな距離になって、嫌にフィフィテの集中力が冴えわたった。
周りが良く見える。
爆散する〝フェンリル〟……は、彼女———源義姫一人が作り出しているものではない。
この星の遥か上空、宇宙から降りて行っている大量の〝フェンリル〟部隊。それらが次々と爆散して行っている。今、この時も。
巨大ロボットを撃破していっているのは、地上のサムライたちがロボットに乗って撃ち落としているのではない。
地上のサムライ自身が、ロボットを撃ち落としていっているのだ———。
確かに、鎧を着こみ、矢で攻撃する原始的なサムライたちがほとんどだ。だが、一部のサムライは違う。全く違った。
義姫の様に空を跳ぶサムライもいれば、地上から雷撃を放ち攻撃してくるもの、海流を自在に操って空飛ぶ〝フェンリル〟を刺し貫く者。
人の身でありながら超常の術を使い、西暦3502年現在最新鋭の兵器たちを爆散させていっている。
化け物———そうとしか言いようのない人間たちだ。
その化け物が歯を見せながら接近してくる。
手に持つ白刃を煌めかせ———、
「なんで俺ら、刀と弓しか持たねぇような奴らに殺されるんだろうな」
その言葉が、アークの最後の言葉になった。
地球連合軍、巨大人型兵器運用第9フェンリル部隊所属———フィフィテ・ミラー。十四歳の少年兵。
彼の意識は迫る白い閃光を見た後に途絶えた。
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