僕の姉的存在の幼馴染が、あきらかに僕に好意を持っている件〜

柿心刃

第十六話・3

一人で買い物に行こうと思い、街の中を歩いていると一人の女の子が若い男の人たち二人に声をかけられていた。

「暇なら、少しくらいはいいでしょ? 俺たちと遊ぼうよ」
「そうそう。せっかくかわいいんだからさ。俺たちとお茶しようよ」

確実にナンパしてるし。
女の子の方の反応はというと。

「結構です! ナンパなら他をあたってください!」

ツンッとした態度でそう言って、追い返していた。
誰に対しても、はっきりとものを言うことができるのは、さすがだなって思う。
ちなみに、ナンパしてる男性たちに塩対応をしている女の子は、古賀千聖だ。
たしかに私服姿の千聖は、普通に可愛いと思う。
しかし、諦めが悪いのか若い男性たちは、千聖にさらに言い寄っていく。

「そんなこと言わずにさぁ。俺たちと遊ぼうよ。きっと楽しいよ」
「一人でいるよりもさ。俺たちといた方がいいと思うぜ」
「あなたたち、しつこいです! 私は、彼氏と待ち合わせの約束をしているので、あなたたちとは付き合えません!」

千聖は、プイッとそっぽを向く。
千聖のその態度が、男性たちをイライラさせてしまったのだろう。
男性の一人が、千聖の手首をがっしりと掴んだ。しかも強引に引っ張っていこうとしている。

「ああ、めんどくせぇ! いいから俺たちに付き合えって言ってるんだよ!」
「どうせ、暇なんだろ? そんな誘ってるとしか思えないような服を着てさ。なんなら、俺たちが遊んでやるからさ」
「ちょっと…… ︎ やめてよ!」

千聖は、激しく抵抗をし始めた。
これ以上は、僕も黙って見ていられない。
あくまでもバイトの同僚として、彼女を助けてあげよう。
僕は、千聖に近づいていく。

「何してるの、古賀さん?」
『え?』

僕の一声で、三人が声を上げる。
それも異口同音にしてだ。
たぶん男性たちは、このナンパは上手くいくと思ってたんだろうな。
何をするでもなく、一人で立ってた千聖を見て──。
普通に見たら千聖は、美少女だから。
千聖は、僕の姿を見るや否や、不貞腐れたような表情で訊いてくる。

「何してたのよ? 遅いじゃない」
「ごめん。ちょっと考え事をしながら歩いていて、つい──」

時間を見れば、午後の14時になる10分前だ。
デートの待ち合わせ時間にしても、問題のない時間だろう。
そもそも約束なんか、してないけれど……。

「『つい』じゃないわよ! 楓君が来るのが遅いから、ナンパなんてされちゃったじゃない!」
「ホントごめん……。次からは、気をつけるね」
「うん。それなら許す」

そう言って、千聖は呆然としてる男性たちから逃げるようにして離れ、そのまま僕の腕にしがみついてくる。
相手に見せつけるだけの行為なら、それだけでも充分だろう。

「チッ! 彼氏、ホントにいたのかよ ︎」
「それなら、仕方ないか……。悪かったな」

男性たちは各々に舌打ちし、雑踏の中に消えていった。
どうやら、諦めてくれたみたいだ。
男性たちが去った後、僕は緊張の糸が切れてしまい、ホッと一息吐く。

「ふぅ。よかった……」
「よかったぁ。もう少しで、あの人たちに連れて行かれるところだったよぉ」

千聖も同じだったのか、僕にしがみついたままその場にしゃがみ込んでしまった。
こんなところでしゃがみ込んでしまったら、パンツが丸見えになってしまうじゃないか。ていうか、もう見えてしまっているし……。ちなみに、白だ。
──それにしても。
すんなりといったからよかったけど、もし諦めの悪い男性たちだったら、僕は千聖を強引にでも引っ張っていったと思う。
そんなことにならずに良かった。

「もう大丈夫だよね? 僕は、買い物に来てるだけだから、予定通り行かせてもらうけど」

そう言って、僕は千聖を置いて、そのまま行こうとする。
しかし──
千聖の手は、僕の腕を掴んだまま離そうとはしない。

「ダメよ。さっきの人たちが、どこで見てるかわからないじゃない。楓君には悪いけど、今日一日は付き合ってもらうんだから」
「そんな! 今日の僕の予定が……」

必要なものを買いに来るためにここまで来たら、これか。
千聖が男性たちにナンパされていたから、助けてあげただけなのに……。
どうやら、僕は一人で行動していても厄介事に巻き込まれてしまう体質のようだ。

「そんなの、また今度にすればいいじゃない。──ほら行くよ」

千聖は、そう言って先に歩き出し、僕の手を引っ張っていく。
もしかして、千聖はこのシチュエーションを狙っていたのかな?
どっちにしても、僕が千聖のところにやってきたのは、ただの偶然なんだけど……。
僕はどうしたらいいかわからず、ただ千聖に引っ張られていった。
たしかに、今日くらいは別にいいか。
香奈姉ちゃんとデートの約束をしていたわけでもないし。
でも、これを見てしまったら、いくら香奈姉ちゃんでも怒るだろうな。

最初に千聖とやってきたのは、主に女性ものの服や下着などを扱う洋服店だった。
洋服店に着くなり千聖は、恥ずかしいのか赤面して言う。

「ちょっとだけ待っててくれるかな? どうしても欲しいものがあって……」
「いいよ。行っておいで」

僕は、微笑を浮かべてそう返す。
こういうのは、香奈姉ちゃんや奈緒さんと来たときに経験済みだ。

「ありがとう」

千聖は、お礼を言うと洋服店に向かっていった。
どこへ向かっていったかというと……。
これ以上は、目で追うまい。
僕は、他の場所に視線を向けて、気を紛らわせる。
この時間帯だと、男性たちだけじゃなく、女性たちも多い。
だからこそなのか、男性たちが女性たちに声をかけにいくところを見てしまい、ちょっと考えさせられてしまう。
やっぱりナンパとかされるのって、女性たちからすれば嬉しいんだろうか?
僕には、わからない。
これは個人差なんだろうけど、僕は嫌だな。
いかにも軽薄そうな男性たちから声をかけられるのって……。
そうして、ちょっと考え事をしているところに、千聖から声をかけられる。

「ねぇ、楓君」
「どうしたの? 古賀さん」

僕は、千聖のいるところに視線を向けた。
千聖は、二つの種類の下着をそれぞれの手に持って、僕に見せつけてくる。それも恥ずかしそうに顔を赤くして……。

「楓君なら、どっちの色の下着がいいと思う?」
「どっちって言われても……」

僕は、言葉を詰まらせてしまう。
千聖がそれぞれの手に持った下着の色は、たしかに違う。
右手に持っている下着の色は水色で、左手に持っている下着の色はピンクだ。
単刀直入にどっちがいいって僕に訊かれても、答えられるわけがない。
たとえ香奈姉ちゃんや奈緒さんからこんな質問をされても、答えられないだろう。
しかし、千聖はしつこく訊いてくる。

「別に悩むことないじゃない! 可愛いと思う方を選べばいいんだし。──ということで、どっちがいいと思うかな?」

それに対する回答に困ってるんだけど……。
どっちも可愛いとは思うし……。

「下着の色のことを訊かれてもなぁ。僕には、選べないよ……」
「そっか。楓君は、自分が今日履いていくパンツとかも選べないのかぁ。なんか幻滅だなぁ」
「なんでそうなるの ︎」

僕は、つい声をあげてしまう。
そこまで大声ではないから、まわりに見られるってことはなかったけど。
それでも、洋服店の女性の店員さんが、可笑しそうに口元を押さえてこちらを見ているではないか。
どうやら、千聖の話を聞いていたらしい。

「私がしたこの質問はね。意味のあることなんだよ」
「意味って?」
「単純に言えば、楓君ならどっちの下着を選ぶかってことだけど。楓君は、どちらも選べないって答えたよね?」
「うん。…女の子の下着だからね」

僕が履くわけじゃないし。
そんな本心は、心の中で呟くことになる。

「その時点で、楓君は優柔不断で、頼まれたら嫌とは言えない性格なんだよ」
「う……。それは……」

優柔不断なのは、否定できない。
そして、頼まれたら嫌とは言えないっていうのも、間違いではない。

「楓君。この二つのパンツはね。楓君の近くにいる女の子たちと同じなんだよ。いつかは、どちらかを選ばなくちゃいけないの」

千聖は、そう言ってずいっと顔を近づけてくる。
そんな熱弁されても……。
近くにいる女の子って、香奈姉ちゃんと奈緒さんのことを言ってるのか?
もしそうだったら、すでに選んでいるから問題ない。

「さぁ、楓君。そういうことだから、どっちの下着がいいかな?」

なんだかんだ言って、僕に選ばせる気なのか。
それなら、千聖が選んだ中で僕が好きな色の方を選べばいいだろう。

「こっちで……」

僕は、千聖の右手にある方の下着を指さした。
──さて。
千聖は、どんな反応をするだろうか。
そう思って千聖の顔を見ていたら、千聖の顔が一気に真っ赤になる。

「こっちの色の下着……好きなんだ。それなら、ちょっと待っててね」
「え……。ちょっと……」

僕が何かを言う前に、千聖は店のレジに向かっていく。
さすがに女性ものの洋服や下着などを扱うお店のレジに、一緒に行く勇気はない。
どうやら、右手に持っていた下着を買ったようだ。
しばらくすると、買い物を済ませた千聖が戻ってくる。

「お待たせ。それじゃ、行こっか?」
「う、うん……」

僕は頷いた後、神妙な表情で千聖を見た。
千聖は、満足そうな表情を浮かべて僕の隣を歩いている。
そして、思い出したかのように僕の手を握ってきた。

「恋人同士なら、この方が自然だよね」

僕は、彼女の言葉に驚いてしまい、そっちに視線を向けた。

「恋人同士って……」
「あはは──。冗談だよ」

千聖は、ギュッと僕に抱きついてきてそう言ってくる。

「冗談なら……」

僕は、ホッと一息吐く。
冗談なら、まだ許せるかな。
そう思った矢先、千聖は僕の耳元で囁く。

「今回買った下着は、楓君にだけに見せたいから、是非楽しみにしていてね」
「っ…… ︎」

僕は思わず、千聖の方に視線を向ける。
今の僕は、確実に赤面してるんだろう。
千聖は、頬を赤く染めて言った。

「やっぱり、楓君って面白いな。西田先輩の恋人にしておくのがもったいないよ」
「古賀さん?」

それって、どういうことだ。
もしかして、千聖は香奈姉ちゃんに対抗意識を燃やしているのかな。

「もし西田先輩に不満を感じたら…ね。いつでも言ってきていいからね」
「そんなことは絶対に……」

そんなことは絶対にないと思うし、僕は千聖に恋心なんて抱いていない。
だけど、僕はなぜか断言できなかった。

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