とろけるような、キスをして。

青花美来

修斗の記憶(1)


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七年前の、夏休みがもうすぐ終わる頃。
みゃーこたちの学年が、高校三年生の頃だった。

残暑が残る中、夏期講習中の学校に突然舞い込んできた連絡は警察からのものだった。


『そちらに在籍している野々村 美也子さんのご両親が、交通事故で亡くなりました』


すぐに地元のニュースにもなり、テレビ番組や新聞にも載った。
みゃーこの両親が、結婚記念日の旅行に向かう途中に交通事故に巻き込まれ、亡くなってしまったというものだった。

不運にも、その旅行はみゃーこがロトンヌでバイトをして貯めたお金で初めてプレゼントしたものだった。
二人がずっと行きたがっていたヨーロッパ旅行のツアーをプレゼントしたのだと、照れながらも嬉しそうに話してくれたことを覚えている。

しかし、海外に行くためにはいつも利用する空港ではなく、少し遠くの国際空港に行かなければいけなかった。そのために雨の中車で移動中の高速で、猛スピードで後ろから走ってきた車が二人の車を追い越し、緩やかなカーブに差しかかった時、雨でスリップしてしまいそのままガードレールに衝突。
その勢いのまま車体ごと跳ね返ってきたところに、偶然二人の乗る車があったらしい。

雨の中、突然視界に入ってきた車に避けきれずにそのまま反対側のガードレールに激突した。
二人の乗る車は潰れてしまい、即死だったという。
他にも数台巻き込まれたらしいものの、亡くなったのは根源の車の運転手とみゃーこの両親だけだった。

夏期講習を受けていたみゃーこは職員室に呼ばれたものの、当たり前だが話を聞いてもすぐには理解できなかったようだ。

ちょうどみゃーこの担任は講習中、四ノ宮先生は有休を取得しており学校におらず。そのため今いる教師の中で一番親しい俺が呆然としているみゃーこに付き添って警察まで向かった。
案内された霊安室の中で、顔に白い布がかかった二人分のご遺体。
それをめくろうとする手を、案内してくれた警察官が、止めた。


「……今のご両親を見ると、ショックを受けると思います。印象が強すぎて、元気だった頃のご両親の顔を思い出せなくなってしまうかもしれない。それでも、見ますか?」


それほどまでに事故の衝撃は強く、遺体の損傷が激しいということだった。
みゃーこは震える身体で、頷く。


「……見ます。もしかしたら、両親じゃないかもしれないから」


私しか、確認できないから。
そう言って、最後まで信じないように気丈に振る舞っていた。
その背中を支えるように手を添えて立ったのは、無意識だ。


「っ……!?」


白い布の向こうにいたのは、顔が変形してしまい元々どんな顔だったのかもわからない姿だった。
血や泥は綺麗に拭いてあったものの、縫合しきれなかった傷が生々しくて、みゃーこはすぐに布をかけなおした。


「……深山先生」

「……うん」


真っ直ぐに二人を見つめたまま、呆然と立ち尽くすみゃーこは


「……おとう……さんと、おかあさん」


その二人が両親だと、認めざるを得なかった。
元々の姿ではなくても、家族にしかわからないところがあるのだろう。


「……そうか。わかった。頑張ったな」


そんな言葉しかかけることができなかった。

すぐにその身体を抱きしめて、遺体から身体ごと視線を逸らすように引き寄せた。
そして今にも倒れそうな身体を支えながら、部屋の外にある椅子に座らせて、その肩をずっと摩っていた。

少しして、みゃーこの親戚が数人と四ノ宮先生が走って来た。
その頃には現実を受け入れ始めたみゃーこが全身をガタガタと震わせていて、


「わ、わたしのせいだ……」と焦点の合わない目で何度も言う。


俺は必死に「違う。みゃーこは何も悪くない」と声を掛けてその身体を支えることしかできなかった。


「美也子!」

「……あ……はるみ、ねえちゃん……」


四ノ宮先生が泣きながらみゃーこを抱きしめた。


「美也子。遅くなってごめんね、美也子」


四ノ宮先生も、その名前を呼ぶことしかできない。
何と声を掛けて良いのかが、わからなかったのだ。

まして、四ノ宮先生にとっては自分の親戚だ。
自分だってパニックになっていたはず。
泣いている四ノ宮先生とは対称的に、全身震えているのに泣いてはいないみゃーこ。

多分、一度にたくさんのことが起こりすぎて、脳が正常に処理しきれなかったのだろう。
そんな姿に、どんな言葉をかければいいのか。
生徒の親の死と触れることなど、今まで無かったから。

俺は二人に何も言えないまま、親戚の方に挨拶とお悔やみを伝えてその場を去ることしかできなかった。


自分の無力を痛感した瞬間だった。


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