とろけるような、キスをして。

青花美来

新たな環境(2)


「野々村さん!千代田さん!私も一緒にいいかしら?」


噂をすれば晴美姉ちゃんも来た。
二人に野々村さんと呼ばれるのは、やっぱりなんだかむずむずして落ち着かない。


「えぇ。どうぞ」


二人は千代田さんとも仲が良いようで、晴美姉ちゃんは元々よく一緒にお昼を食べていたんだとか。
確かに歳も近いし、話も合うのだろう。


「深山先生とはお昼ご一緒するのは初めてですね」

「確かにそうですね」


実は千代田さんも晴美姉ちゃんの結婚式に参列していたらしく、その時から私のことは知っていたらしい。


「お二人はお付き合いされてるんですよね?」


小声で聞いてきた千代田さんに、私と修斗さんは揃って吹き出しそうになった。


「なんっ、で、ご存じなんですか?」

「だって。披露宴の時から深山先生、ずっと野々村さんにべったりでしたし。野々村さんを見る目が明らかに違いましたもん。それにいつも深山先生は学食メニューって噂なのに、今二人で同じお弁当食べてますし。さすがにわかりますよ」


楽しそうに笑う千代田さんに、私と修斗くんは顔を見合わせた。


「……迂闊でした」


私たちの前には、容器こそ違えど同じおかずが入ったお弁当。
私が朝作って、迎えにきてくれた修斗さんに渡していたのだ。

……だって、私がお弁当作るって言ったら修斗さんが俺のもってせがむから。

まさかこうやって一緒に食べることになるとも思わなかったし。


「深山先生も美也子も私に一言も相談無く勝手に付き合ってるからびっくりしたんですよ」


晴美姉ちゃんが千代田さんにいじけたように愚痴る。
もはや"野々村さん"呼びはどこかへ飛んでいったのか。普通に"美也子"呼びだ。ケジメはどこにいった。崩れるのが早すぎやしないか。


千代田さんは楽しそうに


「野々村さん取られて寂しいって感じですね」


とケラケラ笑っていた。

別に内緒にするつもりはないけれど、一応ここは教育の場だ。自ら公にするつもりは一切無いし、バレなきゃバレない方が楽だ。
学校自体が男女交際を禁止しているわけではないけれど、さすがに教師の恋愛なんて生々しくて生徒は聞きたくないだろうし。
まぁ、修斗さんは昔から生徒に人気だから、私の存在を知った時に生徒たちの反感をくらうのも予想できてしまう。


「やっぱり学校で一緒にいるのはマズい気がしますよ、深山先生」


こっそりと言うと、修斗さんは困ったように頭を掻いた。


「んー……、でも弁当は食べたい。どうせ帰りは一緒にならないんだし、朝くらいは良くない?ダメ?昼は冬休み明けたら我慢して一人で食うからさぁ」

「……まぁ、それくらいなら」


大概、私も修斗さんに甘くなっているような気がする。
午後の仕事も千代田さんにいただいたマニュアルを見つつ、わからないところは聞きつつ。
新学期が始まるまでに、できるだけたくさんの業務を覚えておきたいところだ。
充実した初日を終えた私は、千代田さんと別れて学校を出た。


修斗さんは一応部活動の顧問もしているらしく、基本的に毎日忙しい。
教師の仕事はブラックだとよく言われているけれど、確かに休みなんて無さそうだ。
まぁ、修斗さん曰く、"それでも土日の活動が無い比較的楽な部活を選んだから他の先生方よりはマシ"らしい。
晴美姉ちゃんなんて吹奏楽部の顧問をしているから、土日もずっと出ずっぱりだ。年間で見ても休みなんてほとんど無い。体を壊さないか心配している。


一人で歩く帰り道。近所のスーパーでざっと買い物をしてから帰る。
明日のお弁当のおかずを仕込んで、作り置きもしておきたい。
買ってきたものを冷蔵庫に詰めて、すぐに包丁とまな板を準備して料理を始める。
出来上がった頃にはすでに夜も更けており、軽く夕食を食べたらお風呂に入って部屋に戻った。
布団に入り、スマートフォンを弄りながら寝転がる。
修斗さんからのメッセージに返信をして充電器に挿した。

この広い家に一人で住むのにも、だんだん慣れてきた。
最初は少しの寂しさがあったものの、修斗さんや晴美姉ちゃんが遊びに来てくれることがあったためそれも無くなったように思う。
そうだ。その時修斗さんと一緒にいたら晴美姉ちゃんが訪ねてきて、それでどういうことか問い詰められたんだっけ。
数日前のことなのに、もう何週間も経ったかのような気がしていた。

仕事の気疲れもあったのだろうか。思い出して小さく笑っているうちにそのまま瞼が重くなり、ゆっくりと閉じていった。

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