とろけるような、キスをして。

青花美来

再会(1)

視界に映り込む木々が、色鮮やかな紅や黄に染まる、紅葉の季節。十月上旬。
同じく、白をベースに色鮮やかな昔ながらの古典柄があしらわれた綺麗な振り袖を身にまとい、髪の毛をセットした状態で美容室を出た私は、そのまま予約していたタクシーに乗り込んで目的地へと向かった。

野々村 美也子ノノムラ ミヤコ。二十五歳。

高卒で地元を離れ東京で就職した私は、この七年間、一度も地元に帰ってきていなかった。……いや、帰ってこられなかったというのが正しいのだろうか。
まぁ、そんなことは今は良い。
今日は七年ぶりに故郷の地を踏んでいる。

秋の長雨が日毎に気温を下げていく中、今日は数日ぶりの快晴らしい。
少し肌寒い気もするけれど、着物が雨で汚れることを心配していたからまだ良かった。
そう思いながら、タクシーの車窓から移り変わる景色をぼーっと眺めていた。

今日、私が地元に帰ってきたのには、理由があった。
タクシーを降りて向かう場所は、他の建物より一際大きくて豪華なホテル、【レイモンドホテル】
ここ、レイモンドホテルには綺麗なチャペルが隣接されている。そして今日のイベントの欄に【四ノ宮シノミヤ家・広瀬ヒロセ家 挙式・結婚披露宴】と記載されていた。
今日は、私の従姉妹である四ノ宮 晴美シノミヤ ハルミの結婚式だ。
独身の私は振り袖を身にまとい、従姉妹の晴れの日のために飛行機と電車に乗ってこの街に帰ってきた。
受け付けで名前を伝えると、親族ということで新婦控え室に案内された。
大きな扉を控えめにノックして、ゆっくりと開ける。


「美也子!」

「……久しぶり。晴美姉ちゃん」

「久しぶりー!もう!あんた全然連絡くれないから心配してたんだよ?元気そうでよかった!」

「ははっ、便りがないのはなんとかって言うでしょ。私は大丈夫だよ」


晴美姉ちゃんは、私より七個年上の三十二歳。
もう何年も付き合っている彼氏さんである広瀬さんと今日、結婚する。

晴美姉ちゃんはふんわりとしたプリンセスラインが綺麗な、純白のウエディングドレスに身を包んでいた。
長いヴェールがとても神秘的で、晴美姉ちゃんの綺麗な大人の女性の雰囲気とピッタリだ。
奥二重に施されたラメの輝くアイメイクも相まって、息が漏れるほどの美しさ。
ドレスの裾辺りのレースには花柄がたくさんあしらわれていて、用意されているブーケはかすみ草をメインに作られた華奢なのに存在感のあるとても綺麗なもの。
この日のために伸ばしたと言っていた艶々のロングヘアにもブーケと同じかすみ草が編み込まれていて、どこぞの童話のお姫様のようだ。
チャペルで愛を誓う姿をこの目で見ることができるのが、とても嬉しい。


「晴美姉ちゃん。今日は招待してくれてありがとう」

「それはこっちの台詞。今日は遠いところわざわざ来てくれてありがとう。疲れたでしょ」

「ううん、大丈夫」


晴美姉ちゃんの綺麗なドレス姿を見たら、仕事の疲れなんてどこかに飛んでいった気がする。


「晴美姉ちゃん、すっごい綺麗だよ」

「ふふ、ありがとう美也子。美也子も振り袖、似合ってるよ」

「そう?ありがとう」

「美也子は成人式も出なかったでしょう?振り袖着るのも初めてじゃない?」

「うん。多分これが最初で最後だと思う」

「それはもったいないよ。こんなに綺麗なのに」

「お世辞はいいって」

「もう、本当なのに!」

「今日の主役は晴美姉ちゃんでしょ!私のことはいいから!」


お互いを褒め称えているうちにそろそろ私は会場に向かう時間になる。


「晴美姉ちゃん。今日の式と披露宴、楽しみにしてるね」

「うん!ありがとう!」


手を振って新婦控室を出た私は、一足先にチャペルへと向かう。
ちょいちょい、と手招きされて向かうのは新婦親族の席。


「美也子ちゃん、久しぶりね」

「ご無沙汰しております。招待してくださって本当に嬉しいです。今日はおめでとうございます」

「あら、そんな他人行儀は寂しいわ。美也子ちゃんも私たちの家族なんだから、もっと砕けていいのよ?すっかり大人の女性になっちゃって。見違えたわ」

「はは……、ありがとうございます」


晴美姉ちゃんのお母さんは、私のお母さんの姉だ。
他の親族にも挨拶をして、私は親族席から二列後ろに座る。
あくまでも私は親戚だから、新婦の親族席に座るのは少し気が引けた。
スマートフォンで時間を確認しながら挙式が始まるのを一人でそわそわと待っていると、


「……みゃーこ?」


と聞き覚えのある声が聞こえて、振り向いた。


「……あ。深山先生」

「やっぱりみゃーこだ!久しぶり!」

「お久しぶりです……」


スーツに身を包んだ背の高い男の人。
名前は深山 修斗ミヤマ シュウト。私が高校時代、担任ではなかったけれど三年間お世話になった教師だ。歳は確か晴美姉ちゃんと同じだから、三十二歳だろう。
昔から何故か私のことを"みゃーこ"と呼ぶ、変な先生だ。

私が高校生だった頃と同じ黒い髪の毛。あの頃はいつもぺたんこだったのに、今日は前髪をあげていてその表情がよく見える。どうやら分け目も変えたらしい。
二重の目は笑うと細くなり、睫毛は女の子のように細くて長い。高い鼻に薄い唇。程良く引き締まった身体に、恨めしいくらいに長い手足。
昔から"イケメンでフレンドリーで優しい"と、女子生徒からモテモテだった。

そんな高校の教師が何故晴美姉ちゃんの結婚式に来るのかと聞かれれば。


「四ノ宮先生からみゃーこも来るって聞いてたから、楽しみにしてたんだ」


晴美姉ちゃんも同じ高校で教師をしている、深山先生の同期だからだ。
その関係もあって、高校時代からずっと友達感覚で接している。久しぶりに会ったものの、あの頃から変わらず基本タメ口だ。


「さっき控室行ってきたら、晴美姉ちゃんすごい綺麗だった」

「そりゃあ新婦だからな。そう言うみゃーこも振り袖似合ってるよ。後ろ姿じゃ最初誰かわかんなかった」

「馬子にも衣装って言いたいの?」

「まさか。元々の可愛い顔がさらに引き立ってるって言ってんの」


先生は昔から、こうやって私をからかってくる。
先生に可愛いって言われたって、お世辞にしか聞こえない。


「お世辞はいいから」

「お世辞じゃねーよ。……本当、大人っぽくなって。綺麗になったじゃん」

「なっ……何言ってんの」

「ん?事実だけど」

「……うるさいなあ」


まじまじと顔を見られて褒められると、さすがに恥ずかしい。
照れ隠しにそっぽを向くと、先生は面白そうに笑った。

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