オーストラリア!自由気ままにぐるっとバイク旅

ノベルバユーザー526355

第99話:今を楽しむ喜び

01月04日 晴 271キロ
→lennox head→ballina→broadwater→evans head→woodburn→grafton→coffs harbour→sawtelb(c.p.)
遠い過去の記憶を探るような気持ちで、シドニーから北上してきたときと同じ道を逆に再び辿ってみる。どうしてもまた見てみたい風景があった。音楽でもある曲を聴くと、その時の出来事・匂い・心の揺れまでもが鮮明に蘇ってくるということがある。それと似て、ある風景にもう一度触れてみたくなった。それは、決して最高の絶景というものではなかった。その時の感覚、魂の揺さぶりを再び味わえたと思ったからだ。その場所は、確かレノックスヘッド。海に突き出た岬の高台の眺めとは、この絶壁の眼下から真っ直ぐに伸びた白波が砂浜に平行して、幾重にも重なって白い潮の霧を吹き上げながら、岸に打ち寄せていた。かといって荒々しい波音はここまでは届かず、そのためかリアルな臨場感が全くなかった。まるで、ご馳走を目の前にして、食べることができない歯がゆさに近い感覚だった。撒き上がる潮のせいで、浜に面した小さな街はかすんで見える。夢か真か。果たして、今もあのときと変わりなく、波がしぶきを高く天に昇華すべく舞い上がっているだろうか。あのときの感覚は、武者震いにも似ていた。でも、ある種の怯えからくるものではなかった。これから待ち受けてるあろう数々の冒険に当たって砕け砕けようとする血潮だった。その血の雄叫びを再び、声にならない魂の叫びをもう一度この胸に。
こうしてレノックスヘッドにたどり着いた今、過去と現在がシンクロし、頭の中はトランス状態だった。ただただ、できることと言えば、両の手に拳を作り、ぎゅっと握りしめていることだけだった。浜に迫る遠方の波は時をきざみ、僕はその波に乗れず、時空を逆戻りする。忘れていた過去の記憶、いや感覚。数ヶ月前にこの岬に立った自分も同じように拳を握り締めていたのを思い出す。手の平を見ると、爪の痕が出来ていた。何かを逃すまい、忘れないと握りしめた掌。魂の雄叫び。旅の終わりに、新たな始まりを感じた瞬間にここにあった。
オーストラリア周遊の旅も終了間近。シドニーに通じるなんてことのないこの道もどこか記憶の隅に覚えており、要所要所での懐かしい風景がいくつも目に跳びこんできた。バイロンベイ周辺のビーチは、大した感動はなくとも、まるでよく知る故郷に戻ったかのような心の安らぎを与えてくれた。そう言えば、旅に出てまもない頃、グラフトンへと通じる川沿いのこの辺りの草むらで小便をしていて、突如足元に這い出してきた大イグアナに遭遇し、腰を抜かしそうになったっけ。今もそのときの驚きを思い出すと、金玉が震え上がった。それに、数月前にコフスバーバーの近くで初めて見たブッシュファイヤーの燃え跡も、今では青々とした草が生えはじめていた。それに見て、自分の心にも以前には決してもちえなかった新しい感情・人間性が芽吹いているのを感じた。
なぜか、道中の人が群がる観光施設は、一切立ち寄る気がおきなかった。それよりも、しがない、変哲もない、それでいて僕にとってはとほうもなく思えるありきたりな風景に心奪われ、しばしバイクを止め、立ち止まりもした。
今夜は嵐になりそうだ。痛いぐらいの日差しであったが、確かな嵐の匂いを感じる。そんなときは、早々とキャラバンパークに逃げ込み、風をしのげる場所を確保し、テントを立てるにかぎる。テントの組み立ては、目を瞑っていても、建てれらるほど、熟達しており、匠の域に到達していた。そういえば、初めてテントを建てたとき、ひとりではうまく張れずに、それを見かねた隣のキャンパーが手助けしてくれたのを思い出す。ケツが青かったなあ。それが今ではさもないテント設営後は、ぶらり散歩に出かけることにした。めったに走ることのない列車の鉄橋の上を、ビーチサンダルのかかとを引きずりながら渡り、砂の坂道を滑り降り、水たまりをわざと蹴散らし、そして防風林を抜け、砂浜に出てみる。海は荒れており、海風で砂が舞い上がり、目が開けていられないほどだった。今夜、嵐になるのは間違いなさそうだった。水際を歩こうと思ってきたが断念して引き返し、防風林に囲まれた入り江で寝そべり、真夏の太陽をひとまず楽しむことにした。ここだと、浜ではあった風もウソのように静まりかえっていた。そういえば、この旅でひとり遊びが上手になったものだ。人目も気にせず、一人でいることを楽しめるようになれれば、もうりっぱなお気楽自由人。とは言ってもこの旅、人目を気にしたくても、人っ子ひとりいないところなんて、ザラだったのだが。
やっぱり深夜、激しい雨がテントを打ちつけ、その音で目を覚ましてしまった。その後寝つけなく、トランジスタラジオを回し、地元ラジオ局の放送に耳を傾けた。風を伴い、大粒に降りしきる雨。普段なら、テント生活中は、できれば遭遇したくはないものだ。それも今は、善意にテントとバイクにこびりついた旅の汚れを洗い流してくれているように思えるから不思議だった。テントの骨を眺めながら、風に振られるテントの屋根を下から見上げていると、何度もテープで補修・補強をくりかえされたテントの骨に自然と手が伸びた。か細いテントの骨の労をねぎらい、少しでもその負担を軽くしてやるために、弱った部分を握って、自分もテントの骨の一部となって、屋根を支えてやった。よくもここまで持ちこたえたものだ。感謝感謝。外からテントの屋根に当たり滑り落ちる雨の振動を手の平で感じ取りながら、いつの間にか、心地よい眠りついていた。もちろん、手はつきあげ、テントの骨を支えたままで。

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