オーストラリア!自由気ままにぐるっとバイク旅

ノベルバユーザー526355

第92話:自分の身は自分で

12月29日 雨曇り 525キロ
→richmond→windsor→singleton→tamworth→armidale(YH)
ニューサウスウェールズを走るなら、ウォータースポーツやアトラクション施設が充実した海岸線を行くのが常道だ。でもそこを敢えて、内陸山間部の道を選ぶ。理由その一:雨が降ると、森林が活気立ち生命の力を象徴するスパイシーな香りを放つ。そのニ:山間部をひたすら走っていると海に飢えてくる。そうすると目的地である海の楽園ゴールドコーストに着いたときの感動がひと際増す。金はかけずとも、自分の旅をこの上なく自己流に、バイクだからこそ満喫できる方法で演出した。バイクもこの旅の終盤に来てさらにガタがきて、ラジエターから水が漏らしながら悲鳴を上げる始末だ。そこをごまかしごまかし、バイクをあやしながらの旅だった。もう少しの辛抱だよ。自分でなくバイクに言って聞かせる。そんなハンデも、旅のアクセントには調度いい。
山間部を走っていて、意外なことに驚き、感動した。それは通り過ぎる先々の片田舎の目抜き通りには必ずマクドナルドがあったことだ。さすが世界の一大国際企業マック。さすがにアウトバックにはなかったけれど、流通経路しかりその企業力、フロンティア精神に感激し、ホットドックみたいな唇のピエロを見ると気持ちがすごく楽になれた。ああ、文明社会に帰ってきたんだと。
山合いではずっと、炭で濁したような色の雨雲が低く垂れ込めていた。おもしろい、挑戦的じゃないか、山の神さんよ。野生児と化した今の僕は、雨雲の種類・層の厚さで雨を降らせる雲かどうかを見極める眼力も備えていた。それに風の吹く方向で雲の流れを読む力。このふたつの能力を駆使し、バイクを走らせては一服し、それを繰り返すことで、雨雲と雨雲の間をすりぬけ、雨に打たれずに山道を縫うように進んだ。
とある霧雨の降る小さな山村の食べ物屋の軒先で雨宿りかたがた、ミートパイをパクついていると、隣りに居合わせた地元の中年オヤジが、よそ者の僕のことをチラチラ見ていた。外国人がめずらしいようだ。
「どうした、おっさん。元気かい。ひまそうだね」
オヤジは話しかけられるのを待っていたかのようだった。
「みんな雨に濡れてんだ。この村をとおり過ぎる旅行者も地元の人間さえも。なのに、あんたは雨合羽も着ずにバイクに乗って、雨に濡れずに何事もないように平気な顔してパイをパクついている。どんな魔法をつかってんだ?」
このオージーも、生粋の訛りに訛ったオージーイングリッシュをしゃべり、意味不明。それでも聞き取れた言葉を繋ぐとこんな感じのことを言ってんだろう、たぶん。
雨はまだ降り止まず、暇つぶしに、そのオヤジの質問に、懇切丁寧に正統派のブロークンイングリッシュで答えてやると、オヤジえらい感動してくれて、「今夜はお前の為に友達呼んでパーティしてやるよ。今夜俺んチに泊まりにこいよ」と誘ってくれた。
かあ~。オヤジ、怪しすぎるぜ。その口車に乗せられて、オカマ掘られちゃかなない。
「ありがとよ、おっさん。でも僕は今夜どこか山ん中でテントを張って、雨のシャワーを浴びるつもりしてんだ。その親切な気持ちだけ頂いとくよ」
これが旅をはじめた頃の僕なら、この身に余る親切にホイホイと喜んで、オヤジのウチにのこのこ付いて行っただろうが、今の僕は騙されない。丁重に宿泊の申し入れをお断りさせていただいた。断った理由は三つ。一:身なりが汚く、ほんものの無精ヒゲ。二:職にあぶれている感じ。三.話しぶりがやたら粗野。すごく差別的で主観的な見方だろうが、極めて合理的で正しい判断だと自分は思う。
旅をしていて自分の身の危険を避けるためにも一番気を付けないといけないのは、実は何よりも人間に注意することだった。僕の旅の経験則から、はっきりとそう言い切れる。実際、自分は男だからとか、女2人だからとかいう理由で事情もしらない海外の旅先で気を抜き安心してしまい、その結果、盗難やレイプにあい、それならまだしも命を落としてしまったなんて話しを、これまでにもうわさじゃなく事件として実際しばしば耳にした。
その夜、雨の降りしきるテントの中で、シュラフに身を包みながら、もし、あのオヤジに付いて行っていれば、うまいステーキと、キンキンに冷えたビールにありつけたかもしれないなんてのも考えてしまう。それにしても、あのオヤジの去り際、何かウラのある顔つきはやはり頂けなかった。
人は疑ってかかれ。それが身のためだ。

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