オーストラリア!自由気ままにぐるっとバイク旅

ノベルバユーザー526355

第85話:きよしこの夜

12月24日 晴 295キロ
→cradle mountain→king solomon cave→deloraine→sassafras→harford→asbestos range nat.park(bakers beach)
時間潰しの時間潰しをするがために、ぶらっと散歩、足の向くままに身を任せた。あっちもこっちも見渡すがきり野っぱらブッシュ。とにかく、あてもない、なにもない壮大な散歩に、風に心の帆を立て出かけよう。
その終わるきっかけの見つからない散歩を終わらせたのが、意外にも人間だった。予期せぬ来訪者、散歩方々、マーキングを済ませた折しもの侵略行為。自分の土地でもないのに、なぜか腹を立ててみる。いざ、出陣。エイリアンをほ捕獲せよ。ひとり遊びは始末におえない。
その珍入者は、今にもエンストしそうなエンジンをがなりたてるオンボロのピックアップ(後部荷台)四駆で乗り付け、我が家となりの木の下で止まった。下りて来たのは、白髪のじいさん。が、それよりも気になったのは、そのじいさんの右手だった。聖杯、失われたアークを持っていた。まさかこんなところでお目にかかれるとは。モーゼの到来か。目はその1点を釘付けとなり、夢遊病者のように足はすり足になり引き寄せられた。
二人の距離が声の届くくらいの距離に詰まると、そのじいさんが僕を顎でしゃくりながら、来るように促す。
「こっちこいよ、兄弟。こいつでいっしょに一杯やろうぜ」
最高のプレゼント。
雪の降らないクリスマスでも、サンタは舞い降りるんだなあ。
彼の車に近づくと、荷台に置かれたクーラーボックスは宝の山、ビールで唸っていた。
「これ全部、二人で飲もうや。なあ、兄弟」
ヒエ~。参った。降参。何十歳も離れた瞳がグリーンのじいさんに兄弟なんて呼ばれる筋合いはなかったが、もうどうにでもしてくださいって感じだった。
聞くところ、そのオージーサンタ、伴侶には当の昔に先経たれ、今となっては気楽な一人身暮らし。●毎年クリスマスになると、誰もいないはずのこの聖地に来るという。
「ここに来ると、ひとりでいることが、なんだか楽なんだよ」
しんみちとのたまう一言が、僕にもわかる気がした。
ひとりの楽園と思いきや、意外にもバカがもう一人いたということだ。もちろん僕のことだった。
「バカはバカどうし、とことん飲んだくれようぜ、兄弟。タスマニア中のビール買い占めてきたからなあ」
実は、このじいさんの話す英語は完璧なブロウクン・ナチュラル・オージー・イングリッシュの正統派、つまり、何をしゃべってるかさっぱり。見事なまでの方言だった。僕はビールのお礼に英語を教えてやった。
喉が潤うと腹が鳴る。このじいさん、見かけによらずなかなかの切れ者、魔法でも使うかのように、取り出したビールとは別のクーラーボックスのフタを2回叩き、中から馬鹿でかいステーキを2枚登場させた。タイミングという実ににくい演出だ。
「火をおこしてくれ。焼いてやるよ。他に何もないが、このステーキをたらふく食おうぜ、兄弟」
なんてすばらしいクリスマスなんだ。二人とももう飲んだくれのグテングテン。僕はいつのまにか、日本語でしゃべっていた。それでもおかしなことにふたりの会話は成立していた。音楽に国境はないとよくいうが、飲んだくれにも同じことが言えよう。
陽も沈み、西の空が赤く染まる。その余韻ではまだしばらく続きそうで、星がひしめき合う夜まではまだしばらく時間があった。その時間帯、辺りの野原は、野生動物の歩行者天国となる。今までどこに隠れていたのだろう、ワラビー(小型カンガルー)とウオンバット(小型クマ)で、目の前が溢れかえったいた。完全に酔っ払ってはいたが、夢ではなく現実だった。
じいさんは大声で音痴な歌を歌い、僕はビール片手にワラビーとウオンバットを追っかけまわした。笑いが止まらない。助けてくれ。おかしな夜があったものだ。変わり者じいさんと、それこそふたり水入らずで過ごすクリスマスイブ、こんな夜もありかもしれない。
酔っ払って、暴れて、疲れて、おひらきタイム、よい子は眠る時間です。
僕は、じいさんに感謝をいい、ひとつ質問してみた。
「兄弟、サンタって知ってか?」
「知ってるよ。わしの兄貴さ」
粋なこというじゃないか。じいさんよ。腹はデップリと出て、シャツはヨレヨレ、洒落っ気なんてみじんも感じさせないくせに。僕もできればこんな風に年を取りたいものだ。
「木の下にテントを張ると嵐がくるぜ。気をつけな。ガッハッハ」
意味不明な夜空に放射するじいさんのバカ笑い。こんな星がきれいな空に、嵐なんてあるわけないじゃないか。星が5万と瞬く今夜は、じいさんと僕にとって、ふたりと除けば人っ子ひとりいない静かな聖なる夜となるはずだった。
でもじいさんの言うとおり、深夜に嵐がやってきた。テントの屋根はバタバタと大暴れ。堪り兼ねて外を覗くと、雨など一滴も降っていない。テントを出て当りの気配を感じ取る。夜目が慣れてくると、なんと頭上の木では、枝から枝、枝から僕のテントへと、ポッサム(モモガカか?)が飛び回っていた。じいさん、このことを言っていなんだなあ。そういれば、じんさんは、木の下にはテントを張っていない。図られたかあ。
ポッサムの動きをはやし立てるように、無数の鳥が、聞いたこともない鳴き声で騒ぎ立てていた。静かな夜はどこへやら。
こんなことで酔っ払いとしては負けてはおれぬ。僕も負けじと、眠りに落ちるまで奇声に近い大声で闇に叫び続けた。
ハッピー・メリー・クリスマス。

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