オーストラリア!自由気ままにぐるっとバイク旅

ノベルバユーザー526355

第80話:5つ星ホテル

12月22日 晴 366キロ
→sorell→port arthur→blowhole/tasman arch/devils kitchen→sorell→richmond→orford→swansea
→springvale celler(winery)→bicheno(YH)
タスマニア東海岸のリゾートタウンと言えば、このビチェノではないだろうか。恵まれし自然の宝庫で、山に行けばブッシュウォーキングやマウンテンバイクのツア、海に行けばスキューバ・クルージングや水上スキーのアクティビティが心いくまで楽しめる。でも僕はすでに大自然相手に十分勝手に自然を満喫させてもらっているので、リゾートなんぞは全く必要としなかった。
陽が傾きだしたので、そのビチェノからほど近い海岸線沿いの一軒屋で宿をとることにした。タスマニアでは夜が冷え込む。それに、ひとり寒さに耐えるテントでの一夜ほど、心さびしいものはない。だから、体が鈍り、ここタスマニアに入ってからは、宿での泊まり癖がついてしまった。それでも他人様と比べれば贅沢とは決して言い難く、いつも格安宿で、風が吹いてもテントのように屋根が動かないというのが条件さえ満たしていればそれでよかった。
ここもその条件を十二分に満たし、ちっぽけな宿屋で部屋数が数室しかなく、共同シャワー、飯は自分で材料も持ち込み、共同キッチン付きのすごく贅沢な安宿だった。夏のリゾートシーズンというのに、宿泊客は僕ともうひとりだけだった。それでもひと部屋を別々に宛がわれるでもなく、僕ら二人は同室となり、部屋には2段ベッドが3台、ひとり一台づつ広々と使えた。その部屋まで案内してくれたのはマネージャー兼ボーイの宿のひとり息子だった。部屋のドアは壊れて、開けっ放しなっていた。金目のものは所持していなかったので、大して気にはならなかったが。
また近くには他の宿泊施設がなく、砂浜は自ずとプライベートビーチ状態でだった。このすばらしいロケーションといい、どれをとってもこれほど僕のお目にかかった5つ星ホテルはなかなか見付からないだろう。
同室のルームメイトもまた格別で、首から認識番号の入ったペンダントをぶら下げた現役アーミーだった。長身で凄く体格のよい軍人、短髪と無精ヒゲ、半袖の太い腕っ節からチラチラ覗くタトゥ、ハリウッド映画さながらだった。彼がホモだったらと、嫌な予感が先走る。
僕の所見だが、ここオーストラリアではホモは結構一般に社会に受け入れられ、市民権を得ている。それでいて性態態系を乱しているわけでもない。僕は、意に反して不覚にも、ホモにモテたりする。日本で昼間電車に乗っていたときも突然、青い目の白人のお兄さんに「一杯おごるから飲みにいこう」と声を掛けられたこともあった。オーストラリアに着てから、その筋の人に何回か「手作り料理を食べさせてあげるから」と自宅でのディナーに誘われたりもした。どうも彼らがいうには、僕のおしりはそそるらしく、一度食べてしまいたいくらい魅力的だということだ。オカマに誘われる度に「これがもしダイナマイトバディのピチピチギャルならホイホイ付いて行くのに」と悔やんだものだ。そのアーミーは幸いにもホモでは全くなく、完全なストレートであったのでホッとした。ちらみに付け加えておくと、オーストラリアでは同姓愛者でなくとも、一度は同姓と経験したことがあるという人もざらにおり、フリーセックスとはこういうことかとも思えてくる。
その軍人から色々とおもしろい軍隊話しを聞かせてもらった。僕にとっては軍隊なんて全く無縁の世界であって、それこそ映画の中での出来事でしかなかった。
彼曰く『つい先日もジャングルのど真ん中にヘリで落されて、十分な食料もなく、コンパス・ナイフなどの最小限の装備で、決められた日時に指定されたポイントに辿りつく。むろん食料も飲料水も現地調達』の訓練を行なった。現役バリバリのアーミーの話しに僕は釘付けになり、彼の話す英語を一字一句逃すまいと過去最高にしらふで集中力を発揮したためか、自分でも驚くくらいに英語が聞き取れ、かなり興奮した。さすがアーミー、これがサバイバルか。彼にとっては、ウィークエンドキャンパーのにわかアウトドアは、幼稚園児の砂場お遊びにすぎないだろう。
そうこうしていると、彼が急に不可解な行動を取り出した。僕が『どうしたんだ』と聞くと、彼は実は蚊が大嫌いで、逃げ回っていたのだった。見つけた薮蚊は確かに普段見るヤツよりもふたまわりもデカかったが、それにしても彼の話しとその行動のギャップに思わず、思わず噴出さずにいられなかった。
「お前はそれでも兵隊か。僕のサムライ・カミカゼ魂を見ていろ」
と、僕は彼のアーミーナイフを借り、壁に止まったモンスター(やぶ蚊)目掛けて勢いよく突き刺した。すると、自分でも驚くほどみごとに、ナイフの先が蚊の胴体を貫き、その手を離すと木目の壁に突き刺さっていた。蚊など、ウイルスを媒介する生き物には、本当は彼くらい注意深くならないといけないのかもしれない。それに引き換え、僕はこの旅で、それほどの蚊に血を吸われたかわからない。
その一部始終見ていた彼、それまでの僕へのフレンドリーな話し口調が一変して、僕をサー(敬称)付けで呼び出した。冗談半分・尊敬半分、そんな彼のユーモアに、彼の懐の深さを感じ、僕こそ彼のたくましさや懐の深さ、それに大人の男のカッコよさというか、人間的な魅力をすごく感じた。
またまたそうこうしていると、オンボロ犬小屋並の僕たちの部屋に、なんと、なんとなんと、ウオンバット(体長50センチほどの熊のようなオーストラリアのみの自生の動物)が迷い込んできた。今度は僕が、背後に迫った突然の来訪者に怖気づき、2階ベッドの上に、0.01秒の速さで掛け上がった。実際に初めて見たウオンバットは、熊のプーさんに勝るとも劣らい愛嬌たっぷりさ動物で、言わば生きたテディベア。歩み寄ってきたウオンバットをアーミーが抱き合えた。あれれ、猛獣のはずが・・・。聞くとそれは、この宿の息子お気に入りの野生ペット。その犬猫感覚に、タスマニアの凄さを妙に感じてしまった。こうしてお尻フリフリちょこまか動き回るウオンバットは、じっとして動かないオーストラリア一の人気者コアラよりも断然間違いなく絶対可愛く、思わず僕も膝の上に抱っこして抱きしめてあげた。そのいい迷惑そうな顔がまた愛らしい。
その夜、月夜に誘われて、海面を光り揺らめく月光を見たくなり、そばのビーチまで散歩に出かけた。満月が東の水平線から登り、その生に満ちた月光を海面に投影する様は、信じられぬほど神秘的な光景だった。その月の明るさは、僕の中の常識では、あってはならない輝き具合で、まるで朝日と言ってもいいくらいだった。陸に届いた月光は、版画のように砂浜の起伏の影をくっきりと照らし出し、その中僕自身の影も夕陽が作り出すモノとさしてかわらぬぐらいはっきりと、浜辺に長く延びていた。でも、月光は、同じような明るさでもやっぱり太陽の光とは違い、提燈を思わせる色合いで、辺りは妖艶な雰囲気に満ち溢れていた。夜空の星たちもその明るさには勝てず、オリオン座さえやっとこさ目視できる程度だった。
そんなまたと見れない夕陽でなく夕月をまったりと拝んでいると、何やら海からポツリポツリと上陸してきた。またしても予想外の展開に一瞬たじろいたが、もうなにが起こっても不思議でないと思え、じっと事の成り行きを見守っていた。その一個師団の上陸部隊は、なんとペンギンだった。浜辺の向こうにあるブッシュが寝床らしく、海から帰ってきたところに僕は出くわしたのだ。僕は砂の上に腰を下ろし三角座りしてペンギンパレードを眺めていたが、彼らにとって僕の存在などまるでモノともしていないようだった。ペンギンたちは、僕の真横を次々とお尻を振り振りウオンバットの悩ましい腰つきさながらに通りすぎてゆく。
このホテルのサービス・アトラクションにも5スターを送りたい。
おお、タスマニアよ。お前はそこまで独りの俺を楽しませてくれるのか。

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