オーストラリア!自由気ままにぐるっとバイク旅

ノベルバユーザー526355

第37話:ギリギリの快楽

11月24日 晴 697キロ
→broome(CP)
ひたすら続く砂漠・灼熱の太陽・迫り来る熱風。そして遥か彼方の蜃気楼、地平線がメラメラと燃えるように揺らいでいた。身体が水分を求めて悲鳴を上げている。考えることもできなくなり、自分の存在・自分が自分である感覚がかすれてゆく。その時、正常な思考回路がぶっ飛び、僕はゼンマイ仕掛けのただ道路を走るオモチャのようになってしまっていた。まるでゲーセン感覚の気軽さで、自殺行為の自作バイクゲームに陶酔した。そのゲームとは極めて単純、砂漠との白い境界線も引かれていない舗装道路の路肩ギリギリを走行するだけ。燃える日差しにアルファルトは所々で溶け出していたことは今までの経験から周知のこと。そこに乗り上げたときのタイヤの滑るスリルが堪らなかった。このゲームのゴールはひとつしかない、『めでたく捲くれて転倒』となるはず。でも起こりうる事態に対する恐怖なんて全く感じなかった。そのときの感覚はあくまでテレビゲームなのだから。
砂漠と舗装路との境目を高速クルージング、正に死の滑走となった。やわらかくなった路肩のアスファルトでタイヤが滑り、舗装路に復帰できず、そのまま砂漠の柔らかい砂に突入。深い砂にはまりハンドルが大きく振られ、操作が効かなくなる。おまけに砂に絡まったバイクはその重みもあり100キロ以上の速度から一機に減速を試みる。その上に乗っかった僕の体ももちろん時速100キロ超。羽もないのに飛ぶしかなかった。つんのめるどころか、バイクともども吹っ飛んで、僕の身体は前方に投げ出され宙を舞う。空がきれいだった。砂漠の上に落っこち、勢い余って何回、転がったか分からない。
それからどれくらい過ぎたかは定かでなかった。意識が戻ったのは、ヘルメットの中で額から流れ落ちるイヤな汗が右目に入り、苦く感じた時だった。何が起こったかははっきり覚えていた。探して求めていたゲームのゴール。イカれていたとは言え、転倒の瞬間を思い起こすと、初めて死に直面した恐怖に、グルッと金玉が縮み上がるのを覚えた。体は汗でビショビショになっていたが、不思議に暑さは感じなかった。ていうか、生死に関わる大事の後では、暑さから湧き出る汗とはまた違っていた。幸いにも転倒したのが砂漠の上、何か激突するようなことはなかった。砂がクッションの役目をしてくれる。このゲームで、死ぬことはないだろうという過信。賭けたモノは、自分の命、そんなに取るに足りないものだったのか。砂漠に仰向けになったまま、手足の指先から順番に関節を動かしてみる。痛みはあったが、どこも骨は折れていないようだ。助かった、どうにか動きそうだ。こんな砂漠で命を取り留めても、体が動かなければ死んだも同然、野生動物の餌食になってしまう。まだ砂に横たえたままの姿勢でヘルメットを脱ぎ捨てた。太陽のあまりの眩しさに目をしっかり閉じていても、その光りはまぶたの裏側を赤く染めあげた。強烈な太陽光線が僕の身体を地面に縫い付けにし、身体を起こすことがしばらくできなかった。
なぜかその時、夢でも見ているかのように、日本にいる友達のことが頭に思い浮かんできた。学者になるといったアイツは寝るのも惜しんで勉学に勤しんでいるのだろうか。いつも彼女がほしいといって、女のケツを追っかけてまわしていたアイツに彼女はできたのだろうか。職にもつかず父親になってしまったアイツに、ちゃんと仕事が見つかっただろうか。力も頭もないくせに『一旗挙げる』と言って東京に出ていったアイツは今ごろ何をしているだろうか。…。そして僕こそ、ここで何しているのだろうか。
バイクは大丈夫なのか。現実にかえる。身を丁重に起こし、膝をついて立ちあがった。肩と膝に痛みが走ったが、自分のことよりも、今はバイクのことが気がかりだった。自分の身体は怪我をしていても動きさえすれば、放っておいてもそのうち治る。でも、バイクはいったん壊れると直さない限り、動くことはない。バイクに歩みより、砂漠に突き刺さった車体を起こして、ダメージの具合を調べる。あれだけスタントマン顔負けのクラッシュ、もちろんミラーやウインカーなど突起した部分は割れて破損してしまっていた。ハンドルもまっすぐ向いてはいなかったが、幸いにも致命的損傷は目立ってなく、全て自分でも修理できる程度のものでホッとする。そして何よりグズッたエンジンもどうにかかかってくれた。ありがとう。天に向かって感謝した。
暑いよりさらに熱い。暑いという感覚が戻ってきた。喉がカラカラで、口の中は飲み込むつばも出ず、カパカパの状態だった。水筒を取り出し、暑さのためすでにお湯と化した水を喉を鳴らし飲みこんだ。うまい。味もなく冷たくもない水がこんなにうまいものなのか。水分が体中に行き渡り、身体が生きかえるのを感じた。
その日は、傷んだ体を癒すため、まだ陽も高いうちからバイクを降りた。落ち着いた場所は、小さな片田舎ブルーム。その町はずれでテントを張る。暇に任せて、宛ても無くラジオのつまみをひねっていると、雑音の向こうで微かながら日本語が聞き取れた。その雑音を掻き分け、日本語に集中すると、それは相撲の中継だった。日本では全く興味がなかった相撲の解説に耳を澄ませる。おもしろくもないのに、聞き入ってしまう。
テントサイトはビーチのすぐそば。夕暮れ時、潮風に誘われて、砂浜に降り立った。そこには息を呑む夕陽の光景。これほど明日を期待させる夕陽は、今までに観たことがなかった。夕陽は、海の暗い闇が映える色彩を放つ。その光源が水平線の彼方に沈むにつれ、刻々と世界の色を変化させ、フェードアウトしていく。まるでカメレオンが舌で僕を巻き取るように、夕陽の道が海面をまっすぐに僕の足元まで延びていた。そう言えばここはもうインド洋。はるか遠くまできたものだ。潮は舐めてみた。太平洋と同じ味がする。この夕陽を再び拝むために、明日もこの何もなさそうな寂れた町に留まってみようかな。

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