オーストラリア!自由気ままにぐるっとバイク旅

ノベルバユーザー526355

第23話:男涙

11月17日 晴 674キロ
→devilsmarbles →threeways→renner springs(camping site)
肌を突き刺す日差しを避けて、ロードハウスの入り口に座り込み、コーラを飲んでいると、そこにオフロードバイク(NX650)の人が滑り込んできた。給油目的というよりも、僕の姿を見かけ、うれしくなって思わず寄ってしまったらしい。知り合いでもない。
僕:「うれしくなって?」
彼:「そう、なかなか絵になっていたよ」
僕:「へぇ、どんな?」
彼:「そのだらけた感じが。日本人だとびっくりするより、完全に日本人離れしていたね。理想だぁ。」
ズケズケ言いやがる。ま、勝手にしてくれ。彼はアデレードからずっとスチュアートハイウェイを北上してきており、これから同じくカカドゥ・ナショナル・パークに向かうという。話すと、イヤなヤツでもなさそうだし、むしろ僕と同じ空気も感じだ。彼も同感らしく、しばし同行しないかと提案。考えた。この旅、人とつるんで行動しないつもりだったが、行く手には長距離の未舗装道路がある。そしてジャングルを抜けるためにはそこしかなく、走ってみたかった。想像してみる。四輪でなく、二輪で行く姿。熱帯雨林の雨にも打たれるだろう。イメージの限界、待ち受けるものへの具体的な想像力を超えていた。ひとりで行く不安、ないと言えばウソだ。快諾。ふたりの利害は一致した。
バックミラーの映りこむバイク。道連れがいると、やはり心強いものを感じる。結局はひとり旅なんて、かっこつけのいじっぱりのするものだ。二人でいることがそのうち窮屈に思えてくるのはわかっていたが、その時はひとり旅がどことなく心虚しく思えたのも事実だ。まだまだ甘いなぁ。
夜のとばりが降りる頃、ロード脇から少し入った木陰でテンを併設した。軽く火を起こし、砂の上に腰を落ち着かせる。彼の持っていたウイスキーが、二人の口を軽やかにした。ロックでもその場の雰囲気で割るとハマッた濃さなる。よく知らない相手なのに、よく知らない相手だからこそ、胸中を曝け出すことができた。日本でなら歯の浮くような話しも、このシチュエーションではバッチリ治まる。
彼の本音は、アルコールによく馴染んだ。仕事に追われる日々、自分が忙殺されていく。ある寒い雨の朝、急ぐ通勤途中で、河の瀬に細い足で棒立ちとなっている一羽の渡り鳥に目が釘付けとなった。なぜか居ても立っても居られなくなり、気がつくとオーストラリアに来ていたという。仕事にこれといった不満はなかったが、心の奥で『このままでいいのか』と潜む自分を見つけた。環境に負けじとする水鳥の存在感が、環境に流される自分の存在を圧倒した。やるなら今しかないという抑えきれない心の叫びがうねる。それまでの仕事に整理をつけ、渡豪してきた。
「後悔していないと言えば、ウソになる。上司から『仕事を止めてまで、こだわることかい。せっかくの経歴、きっと後悔するよ』と言われたよ。その言葉には、かなり気持ちがぐらついたな。確かに後悔するかもしれない。でも、後悔するのは仕事を止めたことに対してであって、やっぱり自分の人生に悔いは残したくないんだ…。いきがって始めた旅だんだよ。なあ、こんなバカな俺に、乾杯してくれ。」
重い言葉だった。彼のかみ締めるように話すひとつひとつの言葉は、僕に話しかけるというよりもむしろ彼自身に語りかける言葉に聞こえた。消えかかった薪から弱々しい煙が上がっていた。煙の向こうの彼の笑顔、涙か汗かに光る残り火を僕は一生忘れないだろう。しばしの沈黙。彼が水鳥に投影したものを考えてみたが、僕の人生経験ではわからなかった。ただ彼の男涙は、僕の人生にとっても大切な経験となるにちがいない。
僕からもひとつ告白した。
右も左も分からない海外をひとりバイクで旅をするには、行動力と少しばかりの勇気が必要だ。日本を出る前、その計画を友人たちに打ち明けると、みんなビックリして、僕のことをまるで恐れを知らない勇敢なヒーローのように祭り上げた。でも、実際はそうではない。そんなヒーローも見かけ倒しで、『アウトバックでバイクがパンクでもしたら、直せるだろうか』なんて、些細なことにいつもビクビクしていた。彼にそれを言うと、彼も全く同感と言わんばかりにゲラゲラ笑い転げていた。それで湿っぽい雰囲気も荒野に一瞬にして吹き飛んでいった。

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