オーストラリア!自由気ままにぐるっとバイク旅

ノベルバユーザー526355

第11話:アルコールで結ばれた友情

11月9日 晴 0km
Cairns(YH)
自分もオーストラリアに馴染んできたと思うことがある。それは、ビールをしこたま飲むことに喜びを感じようになってきたからだ。今宵も少し飲みすぎたようだ。気持ちがいい。パブを出て、道幅はあるが往来の少ない黄色い外灯だけがやけに明るい街路地を千鳥足で宿に向かう。道中、ふっと口を突いて出てきたルパン3世の終わりの歌を、舌に絡めて歌い上げる。
耳に纏わりついたルパンの歌がエンドレスとなって、なかなか寝かせてくれず、とうとう深夜ドミトリーの2段ベッドを抜け出した。庭先の長椅子に座り、常夜灯に群がる虫たちの動きをほろ酔い加減で目で追っていた。こうしていると、シドニーから太平洋を右手に眺めながら北上してきた約3000キロの非現実な旅が、ずっと過去のことのように思え、酔っ払った今の方がずっと正気の現実味を帯びていた。おかしなものだ。過去の非現実的な出来事が、アルコールで覚束ない脳裏に蘇ってくる。あのいまいましい盗難に遭ったとき、親切にしてくれたオヤジの土の色が染み付いた赤い手が鮮明な映像となって、眼底に映し出された。イヤな経験も懐かしく思えるほどでなっていた。これまでさまざまな経験は、確かに僕だけのものであり、僕の肉となり骨となりつつあった。そして今実感していることは、肝が据わってきたこと、毎日何かと起こる不足の事態を楽しむまでも行かずともそれなりにアタフタと動じなくなってきていた。酔っ払ってはいたが、自分の正気の部分がそんなことを考えている。片や、酔っ払いは酔っ払いで相変わらず、ルパンの歌を口すさんでいた。
同じの歌をとなりで歌う声がした。常夜灯越しに見やると、先ほどまでは誰もいなかったはずの向かいの長椅子に酔っ払いが一匹、ウィスキー片手にだらしなくうな垂れていた。まるで自分の投影でも見ているかの錯覚を感じた。
そいつは僕の歌をマネていた。「お前は日本人か。」
ぶしつけな質問に、ムッときた。「違うよ。唯の酔っ払いさ。お前も同じだろ。」
それを聞いて奴は笑い転げ、バーボンの瓶を持った手を上げて僕を手招きした。酒だ。吸い寄せられるように奴の座る長椅に行き、僕はドンと腰掛けた。虚ろな彼の目は吸い込まれそうな青い目をしていた。
「俺は北欧出身だ。お前も一杯やれよ」
遠慮なく、差し出されたボトルをラッパ飲みした。
「酒のお礼に、ルパンの歌教えてやっから、しっかり覚えろよ」
僕は英語で考えていうがめんど臭く、日本語で話しかけた。それでも酔っ払いどおしには問題ないようだ。
その後のことは覚えていない。部屋に戻ったのは、余りの僕たちの騒がしさに、どこからともなく怒鳴りつけられた時だ。酔っ払い二人は、まるで子犬がしっぽを垂れるようにして、そそくさと各々の部屋に戻った。
次に目を覚めたのは、外が白染み出し朝早くだった。僕の枕もとでは、まだルパンの歌が聞こえていた。というか昨日のヤツが、僕の枕元で歌っていた。さすがドミトリー。共同部屋とは言え、違う部屋の彼がなぜか僕の部屋に入り込み、モーニングコール。頼んだ覚えはないが、おかげで目はパッチリ覚めた。朝食を一緒に取った。彼の名前は知らないままだ。お互いの名前を名乗る前に、もうすでに『酔っ払い』と呼びあっていて、それでも事済むからだ。
「今日の予定は?」と聞かれて、「とりあえず決まっているのは夜パブに行くこと』と答える。
それならということで彼は、僕をホワイトウォーターラフティング(激流下り)に誘ってくれた。もちろん断る理由もなく、彼と彼のの仲間ともに、ケアンズから2時間ほど南下したところにあるオーストラリアでもっとも雨の降る地域のひとつと言われるターリーリバーに行った。
ホワイト・ウォーター・ラフティングは、その名のとおりゴムボートでの白いしぶきを揚げながら急流を下るアトラクションで、1日かけて、ターリーリバーを下る。乗組員のバランスが大事で、インストラクターの指示にしたがい、オールを漕ぐ。インストラクターが、乗り手の慣れ(技術の向上)や泳ぎの出来に見ながら、同じ川でも難易度の違う激流をアタックさせてくれる。時には、白波のたつ流れのなかで、故意にボートをひっくり返したりもする。慣れた遊園地の絶叫マシーンとは違って、予測できないトッリキーな動きに、今までに体験したことのない興奮を覚えた。昼食には、川のほとりで、その生死をともにした仲間たちとバーベキュー、これもまた格別だった。寝不足と過激な運動と興奮にヘトヘトになってしまったが、なんとも心地よい疲れ具合であった。
その夜、決死隊6人で反省会、夕飯もそこそこにパブへと繰り出す。
「あの激流に落ちたとき、おまえが助けてくれなければ死んでいたかも」などと本気まじりのジョークをネタに、ビールをおごりあった。今日もまた酔っ払いの僕に残った正気の部分が呟いていた、『赤の他人こそ本音で付き合え。それが友達への第1歩だ』と。

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