夜の墓地って、怖いよ。

ふぐすけ

夜の墓地って怖いよ

「夜の墓地ってさ、怖いんだわ」
日曜午前四時。夜明け前。クソバカから着信があった。
掛かるたびに眠いので切るを数回繰り返した末、こっちが折れて渋々とった第一声がさっきのセリフ。

「そんなの当たり前だろ何時だと思ってんだ。そんなこと言うためにこんな時間に叩き起こしたのか?」
「いや、マジで怖いの。助けに来て」
「はぁ……? 切るぞ?」
「わああ待って切らないで今めっちゃ心細いのー!!明かりもスマホの画面しかないし!」
クソバカのマヌケな声がスマホ越しに響く。
「わかったわかった、一応話だけは聞いてやるから喚くのやめろクソバカ。マジヤバだったら警察電話すればいいのに私にかけてる時点でそこまで困ってねえのはわかってんだよ」
「ふぁい……説明しましゅ」
そう言って、クソバカは語り始めた。
クソバカはそのあだ名の通りクソバカなので全く要領を得ない喋りだった。
簡潔に三行でまとめると次のようになる。

早寝したら午前三時に目覚めた。
散歩しようと思って歩いてたらいつの間にか墓地だった。
一人じゃ怖くて帰れないから助けに来て。

「なるほど?JKが一人で午前三時に散歩するって防犯意識も底辺だなクソバカ。動けないならあと1時間もすれば日の出だから一人で待ってればいいじゃんよ」
「話しっぱだとスマホの充電1時間も持たないっぽいぃ……タスケテ。なんか奢るからタスケテ」
奢るとまで言われると断りにくい。
「はぁ……じゃあ購買の唐揚げパンな。今から行くよ。場所は?どこの墓地?」
救出準備を整えながら、追加の情報を聞き出す。
「佐田山墓地。沖田利家さまのお墓の前」

沖田利家というのは豊臣秀吉の頃、加州を治めたお殿様のことだ。お殿様ということは偉い人なので、当然ながらお墓は墓地の中では一番高いところにある。
山にある墓地で一番高い場所っていうのは、これまた当然ながら一番奥ってことで。

「バッ――!ガチの墓地の奥の奥じゃねえか!なんでそんなとこまで気づかなかったんだクソバカ!」
「だってバカだもーん」
助けに行くって言った途端これだよ。
あんまりオカルトだとか心霊を信じない私でも、夜で山で墓地なんてコンボでこられるとさすがに怖いんだが。行くと言った手前、見捨てるのもかわいそうだ。
「じゃあ、30分以内を目標に。待ってろ」
「わーい」
クソバカはのんきに言った。

10分ほど後。
「さて、と」
お墓の管理事務所前に自転車を止め、クソバカに電話を掛ける。ワンコールで出た。
「墓地の入り口にはついたよ。こっから先、自転車じゃ坂キツイから歩いてく」
「おっけ。いやー、持つべきものは友ですなぁ……パリポリ」
「なに食ってんだてめえ」
「トッポ。かばんに入れてたの見つけたから食べてる」
無言で切る。すぐにメッセージが飛んできたけど無視だ無視。
「もう助けに行かなくていいんじゃねえかなアイツ」
墓地の奥の方を見れば、想像の100倍暗いし怖い。たぶん奥ではどこが道かもわからなくなるんじゃないだろうか。
明かりと言えば事務所前にある自販機の弱々しい照明しかなく、むしろそれによって手前のお墓がぼんやりと浮かび上がり不気味さを引き立てている気すらしてくる。
「ま、対策はしてあるんだけども」

自分に言い聞かせるように呟き、カバンから懐中電灯を取り出す。
ちゃっちゃら~!というお決まりの効果音は心の中にしまって、早速つけてみる。

超明るいなこれ。

サバゲ趣味の兄貴が言ってた事をそのまま信用するなら、タクティカルライトとかいう仰々しい名前がついた、軍隊とか警察、警備員が使ってるようなやつらしく。600ルーメンだとかの数字の意味はよくわからないけど、とにかくこれで暗さはあんまり怖くない。
金属製だから、なんか出てきても最悪ぶん殴って逃げればいいし。

「よし、いくぞ」
自販機で買った水を一口飲み、言う。
懐中電灯で明るいと言ってもそれは光があたってる範囲の話で、少しでも目線を反らせばそこにあるのは3メートル先になにがあるのかすらわからない深い闇なので正直怖い。

風が吹くたびにざわざわ言って恐怖を掻き立てる森の木々たちの雑音はイヤホンで音楽を聞いてシャットアウト。もちろん曲は『オバケなんてないさ』
シチュにぴったりすぎて口ずさんでしまうな。

歩きながら色々持ち方を試してみたら、映画とかで警備員がやっている頭の横で前に向ける構え方をすればちょうど視線の先が照らされるということがわかったので、持ち方はそれに固定する。
参道の両側は延々とお墓が続いている。視界に入るともう見渡す限り向こうまでお墓がズラーッと連なっていていてそれはそれは不気味なんだけど、ここで暗すぎるって言うことが有利に働いた。
さっきも言ったように少しでも視線をそらすと3メートル先も見えない闇なので、ずっと足元の道を照らしていれば、そもそも暗すぎてお墓が見えないのだ。

そんなこんな試行錯誤をしているうちに、恐怖自体は相当に和らいだんだけども、それより現実的な問題があった。参道の坂がめちゃくちゃキツい。
具体的にはバス通学の文化部所属JK1年生の息が2分で上がるくらい。
歌を口ずさむ余裕なんかすぐに消失したさ。

途中途中で軽い休憩をはさみつつ、15分くらい歩いたところで加州沖田家墓所入り口と書かれた看板が見えた。どうやら着いたらしい。スマホの時計は午前4時44分。想定外に坂がきつくて少し遅れてしまったけど、まあ許容範囲だろう。
昼間なら車で墓参りする人もいるからか、あたりはちょっとした駐車場になっている。
照らした感じ、人影はない。
イヤホンを外して呼びかけてみる。
「おーい!きたよー!」
反応は無かった。あるのはただ木々のざわめきだけ。
じゃあ本当に言葉通り利家公のお墓の目の前にいるのか?
そう思って、とりあえず電話をかけてみる。

今度はなかなか出ない。
十数回目のコールの後、やっと出たクソバカは不機嫌そうだった。
「なーにー?こんな早い時間に。私眠いんだけど」
「は?あんたがさっき助けてって言ってきたんでしょうが。駐車場まで来たから早く降りてきなよ」
「え、何の話?今わたし家なんだけど」
急に背筋が冷たくなった気がした。クソバカはたまにイタズラを仕掛けてくることはあるけど、今のトーンはそういう感じじゃない。
冷静に、状況を思い返してみる。
最初の電話でクソバカはなんて言ってた?
いつの間にか墓地だった。明かりがスマホの画面しかない。

そんなことあるか?

墓地の管理事務所の時点で、街灯はほぼないんだから、その先真っ暗なところにいつの間にか行くなんてことは考えにくいんじゃないか?
しかもその先スマホの画面だけを頼りにこの暗い山道を登る?めちゃくちゃ明るい懐中電灯を持ってた私ですら不気味だったこの参道を?

一応、クソバカに聞いてみる。
「あのさ、昨日寝たの何時?」
「んー……。けっこー遅くまでマンガ読んでたよ。最低でも1時くらいまでは」
「早寝……ではないな。わりと夜ふかし寄りだ」
「まあ、そうだね」
「うん、ありがとう。もう切っていいぞ。起こして悪かった」
そう言うと同時に電話が切れた。

これ、マジなやつだ。

そっから先はよく覚えていない。
転ばないように気をつけながら全速力で道を下って自転車に飛び乗って家に帰った。着いたのはちょうど日の出の頃だったような気がする。
後で確かめたら、クソバカはたしかにずっと家にいたらしく。そもそも午前四時に私に電話をかけたなんていう送信履歴もなかった。
結局、わたしに電話をかけてきたのが何者なのかはわからずじまい。
まあ、オカルトってそんなもんだよね。

この一件で、特になにか変わったってことはない。
せいぜい、私が少しだけおばけとかオカルトを信じるようになったくらいだ。

最後に、当たり前といえばそうなんだけど、わたしが今回知ったことを教えよう。
夜の墓地って、怖いよ。

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