祖国奪還

ポリ 外丸

第55話 一転


「進軍を開始するわよ! すぐに準備を始めて!」

「「「「「ハッ!!」」」」」

 司の深夜訪問から明けて朝になると、水元公爵家当主江奈は軍の隊長たちを会議室に集め、進軍の指示を出した。
 集まった者たちの多くは、仮面を被って得体の知れない司を良く思っていない。
 進軍の指示を受け、反対を言い出す人間は存在しなかった。
 司が帝国軍を排除したことは認めるが、その方法に問題があった。
 この国では、悪人でも死人を弄ぶことを忌避されている。
 死人を使ってアンデッドの魔物を生み出して戦わせる司の戦法は、兵たちに嫌悪感を与えた。
 といっても、それは中・老年齢層の世代の者たちの考えで、若い兵たちからしたら、そんな事を言っていては帝国を排除することなどできない。
 利用できるなら死人でも構わないではないかという考えだ。
 そんな若い彼らも、司の討伐への進軍に反対はしない。
 何故なら、司は奴隷として操られていたとは言っても、同族の大和人を躊躇いなく殺しまくたからだ。

「慎重派の江奈様にしては、決断が速かったな?」

「そうだな」

 進軍するための準備を進める若い兵たちが、江奈の指示について話し合っていた。
 軍を指揮する江奈は、司が死人を使おうと、奴隷の同族を殺そうと帝国を排除するのに仕方がないことだと考えている様子だった。
 この王都への進軍すら
 その考えから、司への進軍を躊躇うそぶりを見せていた。
 しかし、1夜明けたらその躊躇いがなかったかのように決意のこもった目をしていた。
 何かあったのかと思えるほどだ。

「帝国を排除できた今、次はこの国の立て直しだ。そのためにあの送故司は……」

「邪魔だと判断したのか?」

「……かもしれないな」

 江奈の変化の理由を考えると、1つ思いつくことがる、
 帝国がいなくなれば、この国がやることは昔を取り戻すことだ。
 公爵家の江奈を新しい王として、まずは王都を、続いて他地区の再生を進めていくことになる。
 その時、送故司がいれば面倒なことになる。
 帝国からこの国を取り戻した一番の功労者は送故司だ。
 市民の中には、江奈よりも司を王にと考える者も出てくるかもしれない。
 1つにまとまって未来へ進むためには、送故司の存在は邪魔になってくる。
 都合よく、送故司は奴隷にされていたとはいえ同族を殺しまくったという討伐の理由がでっち上げられる。
 後は討伐してから情報を操作すれば、こちらの正当性はどうとでも出来る。
 つまり、この国の未来を見据えての討伐だ。

「江奈様の考えというより、軍の隊長たちの考えかもしれないがな」

 帝国軍の侵攻から、軍の隊長たちは江奈を支えてきた。
 だからといって、隊長たちが江奈を好きに動かしているという訳ではないが、彼らの意見はあながちズレた考えでもないため、結構な確率で採用される。
 今回も、司を好まない年齢層高めの隊長たちが江奈に進言したのではないかと、若い兵たちは考えていた。
 
「それがそうでもないらしいぞ」

「えっ?」

 若い兵士が話している所に、中年の兵が寄ってくる。
 先程の話しが聞こえていたのか、その兵は否定的な言葉を投げかけてきた。

「どういう言うことでしょうか?」

「確かに中・老年の隊長たちは送故司の討伐を進言したが、そのことは江奈様に一任された。その江奈様が突如送故司の討伐を決定したのかは分かっていないそうだ」

 送故司を好んでいないと言っても、帝国を排除した功労者だ。
 今後のことを考えて討伐の意見も出たが、隊長たちの中にはある程度の役職につけて従わせるという意見も上がっていた。
 江奈もどちらかと言うと後者の意見を押しているように思えたが、今日になって突然前者の意見に変化したのだ。
 この変化に、隊長たちも少し戸惑っていると、中年の兵は説明した。

「理由はともかく、我々は江奈様のために突き進むのみだ。あまり話してばかりいないで、進軍の準備を進めろよ」

「はい!」

「分かりました!」

 江奈の変化なんて、結局は江奈自身でしか分かるものではない。
 それよりも、送故司が帝国との戦いにより数の減った戦力を増強する前に、進軍するしか討伐の機会はない。
 少しでも早く行動を開始するために、中年の兵は若い兵たちに準備を急がせ、その場から去っていった。





「どうぞ……」

「ありがとう」

 兵たちが慌ただしく出陣の準備をしているなか、江奈は自室の部屋で椅子に腰かけ落ち着いた一時を過ごしていた。
 静かに本を読んでいる姿は、明日には進軍すると思えない。
 そんな江奈の側にあるテーブルに、執事の白川は紅茶を注いだカップを差し出す。

「……何か言いたげね?」

「いいえ……」

 紅茶を出した時の言葉のトーンで、江奈は白川の様子がいつもと違うことに気付き問いかける。
 しかし、ゆっくりしている主人の邪魔をしてはならないと、白川は質問を否定した。

「意見を変えたことことでしょ?」

「……えぇ、些か急だと……」

 再度問いかけられ、白川は肯定の返事をする。
 兵たちが戸惑っているように、長年水元家に仕える白川も、江奈が進軍を決定したことに疑問に思っていた。
 兵の多くが送故司のやり方を良しとしていないが、江奈は逆だった。
 この国から帝国軍を追い出すためなら、江奈は何でもするつもりでいたと、側で仕える白川は考えていた。
 そのため、送故司が帝国軍を退けたことを評価しても、敵として認定することはないと思っていた。
 送故司の討伐を言い出した者でも、江奈はその選択をしないと考えていたはずだ。

「申し訳ないけど、あなたにも考えを変えた理由を教えるつもりはないわ」

「仕方のないことです」

 江奈は白川のことを信頼している。
 子供の時から、面倒を見てくれているのだから当然だろう。
 だからといって、国のトップに立つ自分の考え全てを伝える訳にはかない。
 白川もそのことが分かっているため、追及するつもりはない。

「強いて言うなら……女の心は猫の目って所かしら」

「……フフッ、そうですね。お嬢様はもう少女ではありませんからね」

 女性の心は、昼と夜で変化する猫の目のように変わるものだという意味だ。
 それを聞いて、白川は思わず笑ってしまう。
 赤ん坊の時から面倒を見ているため、白川にとって江奈はいつまで経っても子供にしか思えない。
 しかし、江奈はもう成人しているのだと、今更ながらに思い出したからだ。

「それでは、失礼します」

「えぇ」

 江奈が話さないというのなら、これ以上聞いても意味のないこと。
 そのため、白川は他の仕事をおこなうために、一礼して退室をして行った。


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