祖国奪還
第52話 降伏
「ようやく気付いたか……」
攻撃の手が弛んで来た。
そのことから、司はカルメーロたちがベニアミーノたちの逃走に気が付いたのだと考えた。
司からすると、今更という気もしないでもないが、彼らは自分のように遠距離を探知できるような人間がいないのだから、仕方がないと諦めざるを得ない。
「さて……」
ベニアミーノたちが逃げたことに気付いたのなら、もうこの戦いに勝ち目がないことくらい気付いているはずだ。
そうなると、カルメーロたちのがどう動くのか気になる。
彼らがどのような選択をするのか、司はとりあえず待ってみることにした。
「くそっ! ベニアミーノの野郎!!」
調査に行ったはずのベニアミーノたちが戻ってこない。
それどころか、この戦場から離れていっているという報告から、彼らは逃走したのだとカルメーロは考えた。
少し前に起きた爆発により、送故司を倒す決め手になるはずだった複合魔法の装置が故障したのだろう。
もしくは、あの爆発が装置によって引き起こされたのかもしれない。
どちらにしても、そのことによって送故司を倒す手立てはなくなった。
そのことをいち早く気付いたベニアミーノは、すぐさま逃走することを選んだのだろう。
こうなると、自分が望んだわけでもなく送故司の足止めの役割を果たすことになる。
判断の速さは評価していたが、まさかこのようなことになってしまい、カルメーロは歯噛みするしかなかった。
「どうなさいますか? カルメーロ様!」
カルメーロの言うように、ベニアミーノたちが逃げたのだと、残った兵たちも理解する。
そうなると、この状況はかなりまずい。
敵である送故司は、どんなに攻撃を放っても魔法壁で防ぎ、戦闘開始から何も変わっていないように平然としている。
あの魔力障壁が張れなくなるまで攻撃を続け、魔力切れを期待するのは難しい。
逆に、こちらの方が先に魔力切れを起こしてしまいそうだ。
つまり、こちらに勝ち目がない。
負けると分かっていても戦闘を続行するべきか、それともベニアミーノたちのように逃走をするか、そのどちらかを選択するしかない。
そのため、兵たちはカルメーロがどちらを選択するのかの答えを求めた。
「…………俺は降伏をしようと思う」
「こ降伏……ですか?」
カルメーロの答えに、兵たちはざわめく。
戦って殺されるか、もしくは逃げる所を殺されるかのどちらかしかないと思っていた。
それが、どちらでもない降伏と言う第三の選択をするなんて、思いもしなかったからだ。
「奴は大和人です。我々帝国人を恨みに思っているはず。ですので、降伏しても命を保証するはずがありません!」
帝国側はこれまで多くの大和人を奴隷とし、その命を平気で奪ってきた。
そのことを、司が何とも思わないでいるとは思えない。
もしも降伏した場合、殺された同国民の報復として、命を奪われる可能性が高い。
「どうせ殺されるなら、戦って殺される方が良いのでは?」
降伏しても殺されるというなら、戦って殺された方がまだ兵士としての誇りを失わないで済む。
負けると分かっていても、最後まで抗うべきなのではないかと兵の1人は進言した。
「大和人といっても、奴は公爵側に狙われている。それに対抗するために少しでも手駒を増やそうとするはずだ」
大和王国の人間でありながら、司は公爵家の水元江奈をトップとする軍に敵視されている。
その証拠に、司が手に入れた王都を、水元軍が奪還したと報告を受けている。
同じ大和人でも、顔を隠した得体の知れない人間に支配されるのは納得いかなかったのだろう。
そうでなくても、司は奴隷とされた大和の人間でも、敵対すればためらいなく殺している。
そんな人ことを知れば、当然の反応だろう。
「手駒というなら、スケルトンにされかねません!」
司の脅威な所は、死んだ人間をアンデッドの魔物として戦闘に利用している。
憎き帝国人を手駒として利用するというのであるならば、これまでのように殺してスケルトンにして利用すればいいだけのこと。
兵の言うように、降伏しても殺されるのが落ちだ。
「奴のスケルトンはたしかに脅威だ。しかし戦闘力という意味では、人間の兵士の方が役に立つ」
今回戦ったうえでの考えを言うのであるなら、司が生み出すスケルトンはたしかに脅威な存在だ。
これまで、エレウテリオやセヴェーロといった将軍たちがやられたのも分からないでもない。
しかし、それはスケルトン単体の戦闘力ではなく、数による脅威だ。
更に、元は仲間であった人間がスケルトンと化して襲ってくるのだから、兵はどうしても心理的に戦いを躊躇うことになる。
そうすることによって、そこまで強くないスケルトンを脅威な存在へと変えているのであって、戦闘力という意味では、兵たちの方が上なのは言うまでもない。
「それに、もしも帝国側と戦うことになった時、俺たちが生きていればベニアミーノたちの敵前逃亡が明らかにできる」
カルメーロが降伏の選択をする最大の理由はこれだ。
軍人として戦いに臨む以上、当然死ぬことも考えていた。
しかし、自分が死ぬのが仲間であるはずのベニアミーノの裏切りによるものというのが納得できない。
このままベニアミーノが帝国に逃げ帰れば、死人に口なしと、皇帝にあることないこと吹きこむことだろう。
きっと、自分のミスでベニアミーノは敗走したことなることだろう。
そうして、ベニアミーノはこれまで通り将軍として居座ることになる。
そんなことは許せない。
何とか生きて、ベニアミーノの罪を告発したい。
帝国将軍であるながら、仲間を見捨てて敵前逃亡したのだと。
「……どうせ死ぬなら、ベニアミーノ様たちを道連れにということでしょうか?」
「そうだ」
戦いは勝ちもあれば負けもあるのが当然だ。
しかし、敗戦するにしても内容次第だ。
カルメーロの部下の整備ミスによる複合魔法の装置の暴発の原因により、ベニアミーノは逃走を余儀なくされた。
そうなれば、ベニアミーノは皇帝からそれほど叱責されることはないだろう。
しかし、原因不明の装置暴発により、敗戦濃厚になったから逃走したとなれば、仲間を裏切ったことを皇帝が許すはずがない。
他国民には厳しくとも、皇帝は同国民の仲間意識は高くあるのを望んでいる。
それを裏切って虚偽申告するような人間を、将軍として置いておくわけがない。
死刑、もしくは終身奴隷としてその命を使われることになるだろう。
生き延びて、皇帝に説明することができれば、ベニアミーノを道連れにできる。
そのための降伏だ。
「それも賭けでしかないがな……」
「……畏まりました。我々は最後までカルメーロ様に付いて行きます」
「……そうか」
自分の完全なる賭けによる降伏。
その選択を、部下たちは受け入れてくれた。
部下の信頼に感謝しつつ、カルメーロは司に降伏の白旗を上げることにしたのだった。
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