語学留学は突然に

一狩野木曜日

ピンチはチャンス?

チョークと黒板が小気味よくぶつかり合っている音で先生が黒板に何かを書いているんだということがわかった。
むろん、それが分かった所でなんなんだということになるのだが、一つだけ思った事がある。
チョークの音が澄んでいる。
そうか、いつもは前の席のアイツが音を遮っているから音が籠って聞こえていたものだったのが、今日はあいつが寝てるから音が直結してくるのか。
考えてみれば、音が直結してくるって事は先生の目線も直結して来るって事になる。そうなると、ますます怖くなってきた。
もしも当てられたら、どう答えればいいのだろうか。何がなんでも変なことは言ってはいけない。これは最重要必然事項だ。
何かと頭の中でブツブツと考えていると国語の先生が大きな声で言った

「はい、じゃあ歩元雪さん」

その名前はどこかで聞いたことがあるものであった。
えーと確か…  はっ!それ…
私の名前じゃん!!
私はびっくりして勢いよく立ち上がった。
それと同時に私は頓狂な声を上げてしまう。

「ひゃあィィ!!」

教室は、生徒たちの笑いに包まれた。
いくらなんでも唐突過ぎた。すこしくらい前振りがあったっていいと思うのに。前振りさえあれば私もあんな変な声を出さなくても良かったのだが。

「雪さん…あの、すわったままで大丈夫で 
   すよー」

先生は苦笑いをうかべた。

「あ、すいません」

私は顔を赤らめながらまたきしむ椅子に座り直した。これは、恥ずかしい。恥ずかし過ぎるぞ。
私の黒歴史として10年は語り継がれそうだ。
何としてでも、これ以上は失敗を重ねてはいけない。
そのためにはまず、なぜ私の名前が呼ばれたのかを紐解く必要がある。
授業の質問なのか、それとも別のことだろうか。

「えーと、なんでしょうか」

私は、先生にこういった。すると先生は驚いた顔をする。

「もしかして雪さん、聞いてなかったの?」

えっ!?
これってまさか、前振りがあったってことだよね。しまった。
対処法ばかり考えすぎて授業を聞くのをおろそかにしていた。真の対処法は授業をしっかりと聞くことだって言うのに。

「え…す…すいません」

不覚にも私はまた、みんなの笑いを取ってしまった。この笑いが馬鹿にした笑いだということは、もはや言うまでもないだろう。
そんな様々な笑い声が鳴り響く中、先生は釘を刺すように大きめの声で私に言ってきた。

「いいですか。次はしっかりと聞いてくだ
   さいね。この、刀を研いでいる時の七豆ノ
   助の心情はどうだったか教えてください。
   雪さん。」

先生はそう言って黒板を優しく叩いた。
果たして、七豆ノ助とは誰なのだろうか。黒板に答えが載っているのではないかとじっくりと濃い緑の板を見てみたが、やはりそこにあるのは、解読不可能な歴史的文字だけ。
当然、答えを見つけ出すことは出来なかった。
次に私は記憶を掘り返してみた。
えーと。確かこの話は、刀鍛冶の話だった気がする。
そして、その刀鍛冶の七豆ノ助が…えーと…
あれ?何するんだっけ?
静寂に包まれる中、全員の視線は全て私に収集されている。
それを意識してしまった私はだんだんと思考力が削がれていき、頭が真っ白になっていく。
これがあがり症だ。
こうなると私はもう抜け出す事が出来ない。
ずっと固まることしかできないのだ。
えーと。思い出せ思い出せ。
どんなに考えても答えが出ない事を悟った私は、とうとう苦し紛れの一撃に走る。

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