《完結》転生魔王「人類支配しろなんて言ってないよね?」魔族「申し訳ありませんでした!」

執筆用bot E-021番 

2.侵略しろなんて言ってないよね

「どうぞ、こちらに」
 と、フィリズマに言われて、山小屋に入った。 ゴブリンたちが詰所に使っていた小屋だそうだ。


 木造のテーブルとイスが置かれていたので、そこに腰かけた。向かいの席にフィリズマが座るものだと思っていたのだが、オレの足元にひざまずいてきた。


「何をしてるんだ?」


「申し訳ありません。魔王さまだと気づかずに、無礼を働いてしまいました」


「気にすることはない。この姿のオレに気づけというのがムリだろう。自分でも、人間になるなんて思わなかったからな」
 と、おのれの手のひらを見つめていた。以前と比べれば、なんと軟弱な肉体になったことかと落胆を思う。


「気づかないばかりか、暴言を吐き散らして、オマケに股間を蹴りあげてしまいました」


「ああ。たしかにあれは痛かった」


 股間の痛みは、まだ響いていた。


「お詫びに自決いたします。どうかそれでお許しください」
 と、フィリズマは顔を床に伏せたままそう言った。


「いや。それは困る。話をする相手がいなくなる。今回のことは不問にするから、気にするな。とりあえず座ってくれ」


「はい」
 と、ようやっと向かいの席にフィリズマが腰かけてくれた。
 しかし顔色が失われていた。目の焦点が合っておらず、涙を流し、歯はカチカチと音を鳴らしていた。


 感動の再開かと思われたのだが、それよりもフィリズマは無礼を働いたことにショックを受けているようだ。


「まずオレのことから説明しよう。オレは生前、何者かによって殺された」


 そうです! とフィリズマが机を叩いた。


「魔王さまは、勇者によって殺されたのです」


「いや。しかしオレは、相手を見ていないのだ。誰に殺されたのかはハッキリとしていない」


「あの日、勇者が使者として魔王城に来ていました。そして魔王さまの不意を突いて殺したに違いありません。平和条約を結んでいるというのに、下劣な人間どもめェ」


 バンッ。バンッ。
 机にコブシを振り下ろしている。
 机を叩き割るような勢いだ。


「落ちつけ。オレが勇者に殺された現場を、見たわけじゃないだろう」


「それは……そうですが」


「誰に殺されたのかハッキリせんのだ。不意を突かれたのは間違いない」


 オレ自身、覚えていない。
 背後からの一撃。
 一瞬だった。
 そして魔王は息絶え、人として生まれ変わった。


「もちろんです! 正々堂々と戦って魔王さまに勝てる存在など、この世界にいるはずはありませんから」


 ゴブリンが、水の入ったグラスを持ってきてくれた。フィリズマはそれをいっきに飲み干していた。唇の端から水滴がコボれ落ちていた。


「だが、オレが死んだことには違いない。そしてオレは人間に転生した。それが16年前だ。まぁつまりオレは、人間年齢で言うと16歳ということになる」


「たしかに、子供の身形をしておりますね」


 フィリズマは、魔法で鏡を出して見せた。オレの全身が投影される。黒髪に黒目。別段変わったところのない青年である。


「オレは自分が死んでも良いように、転生魔法をかけておいたのだ。しかし人間になってしまうとは思わなかったがな。転生魔法にミスがあったのだろう」


「そうだったのですか。それならそうと、事前に教えてくださっていれば良かったのに」


「まさか転生魔法を使うことになるとは思わなかったのだ。それに、未完成の魔法だった。実際こうして人間になってしまったわけだからな」


「そうですか」


「オレはとある公爵貴族の嫡男として生まれた。なんの不自由もなく、この歳までスクスクと育てられた」


 あぁ、とフィリズマは身もだえしていた。


「出来ることならば、私が生んでさしあげたかったのに。赤子として生まれてきた魔王さまのオムツを変えたり、母乳をあげたり……」


 コタルディの上から、やわらかそうな乳房をにぎり潰していた。
 目のやり場に困る。コホン、と咳払いをかませた。


「変なことを言うな。で、この世界の現状について、疑問がある」


「なんでしょうか」


「20年前に、人間と魔族は平和条約を結んだ。このアーロッタ大陸を二分するという約束が交わされた。そうだったな?」


「はい」
 と、フィリズマはうなずいた。


「しかし魔族はその条約を破って、人間側の土地に侵攻を繰り返している。そして人を奴隷として使役して、悪行の限りを尽くしている。これはいったいどういうことだ?」


「ですが、条約を先に破ったのは人間側です。魔王さまを勇者が殺害するから、戦が再会されることになったのです」


「勇者に殺されたわけではないと言っただろう。それともオレが勇者に殺されたという現場を見た者がいるのか?」


「いえ、それは……」
 と、フィリズマは顔を伏せた。


「わかっている。オレが殺されたことに対して悲憤を覚えて、戦を開始してくれたのだろう」


「はい」
 と、フィリズマはうなだれた。


「しかしオレが勇者に殺されたという証拠はないのだ。勝手に戦を再開することは許さん」


「では、魔王さまはいったい誰に殺されたというのですか!」
 と、フィリズマは前のめりになって、そう尋ねてきた。あやうくフィリズマの角が当たりそうになった。オレは上体をそらした。
 服の合間から、フィリズマの乳房がかいま見えていた。


「内部の者かもしれん」


「魔族が、魔王さまを? いったい誰がそんなことを……」
 と、フィリズマは席に尻をもどしていた。


「わからんのだ。誰がオレを殺したのか、目撃していなかったのも不覚であった。ただ1つだけハッキリしていることがある」


「なんでしょう?」


「オレを殺した凶器が、この《獄魔刀》ということだ」


 黒い刀身の剣を、机上に置いた。


「はい。たしかに私が魔王さまの遺体を発見したときには、この剣が魔王さまの背中に深々と……」


 うっ、とフィリズマは口元をおさえていた。
 オレが殺されていた現場を、思い出したのかもしれない。


「この《獄魔刀》は、使用者と切った相手を覚えている。それがこの剣の能力だ。剣先を向けた相手に反応すれば、それがオレを殺した相手ということになる」


 柄を握る。
 剣先を、フィリズマに向けた。
 刀身がガクガクと振動しはじめた。反応有りだ。


「ち、違いますよ! 私は魔王さまを殺したりはしていません」
 と、顔の前で両手を激しく左右に振っていた。


「わかっているさ。さっきフィリズマが使っていたから反応しただけだろう」


「勝手に、持ち出して申し訳ありません。ただ魔王さまの形見だと思って使わせて、いただいていたのです」


 構わん、オレは剣を引っ込めた。
 鞘におさめる。


「わざわざ人の姿になってまで戻ってきた理由は2つある。1つは、オレを殺した犯人を捜し出すことだ」


「もう1つは?」


「この戦争を止めることだ。魔族を扇動している魔族長と呼ばれる重臣たち――つまり、フィリズマの他、アルノルト、ユイブと接触をはかる。そしてこの戦争を止めなくてはならん」


「戦争を止めるために、重臣たちと接触すること。そして魔王様を殺した犯人を捜し出すこと。この2つですね。お供いたします」


「助かる」


「魔王さまを殺した犯人が、勇者であった場合は?」


「その場合は、条約を破ったのは人間側ということになる。そのときは進軍もやむなし、ということになるな」


「魔王さまを殺したのが人間にしろ、魔族にしろ、その身柄は私に渡してください。それ相応の責め苦を与えます」
 と、怒気にふるえるかのように、フィリズマは歯ぎしりしていた。


「痛いのはあまり好きじゃないが、考えておく」

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