両親に殺された俺は異世界に転生して覚醒する~未来の俺は世界最強になっていたのでちょっと故郷を滅ぼすことにしました~

あぶらみん

ガールズトーク

「軽いな……」

まるで羽毛のようだった。
少女は目覚める気配もなく、背中で穏やかな寝息を立てて眠っていた。
その顔は心なしか嬉しそうにしているように見えた。

ノエルを家に届けてアルテアも帰路についた。
彼女の両親には張り切りすぎて疲れて寝てしまったと説明しておいた。
当たりはすっかり夕暮れに沈んでおり、仕事を終えて家へと帰る人々がそこかしこにいた。
屋敷に帰ると既に夕食の準備がなされており、
いつも通り手を洗ってから席に着いた。

家の中を見渡し、父の姿を探しているところに母がやってきた。

「あら、アルちゃん。帰ったのね。おかえりなさい」

「……ただいま。父さんは?」

気まずそうに聞いた。

「お父さんなら今朝、遠方まで視察に行くと出かけたわよ。
半月ほどかかると言っていたかしら」

「そっか……」

父には八つ当たりで辛辣なことを言ってしまった。
どのような顔で会えばいいのか正直わからない。

そして父と口論したというのに、
ティアがいつもと変わらぬ様子で話すものだから調子が狂う。

「ええ。お父さんが帰ってくるまで母さんがアルちゃんを独り占めできるわ!」

アルテアの心情を察してか、
それとも素でやっているのか判断つかないが、
目を輝かせながらティアが言う。

「父さんが悔しがりそうだ」

遠慮がちに返す。
食事をしながら母ととりとめもないことを話すが、
自分が何を話しているのかも定かではない。

「お腹の子はなんて名前にしようかしら!」
そう嬉しそうに尋ねられてさえ意識は別のところにあった。

「まあ、良い名前ね!」とティアが喜色を浮かべたので
たぶん適当に思いついた名前を言ったのだろうと思う。

やがて会話も尽きてカチャカチャと食器がぶつかる音だけが響く。
何か話したほうがいいのだろうか。

アルテアが内心で不安を覚え始めたとき、ティアが再び口をひらいた。

「テオさんのお子さんに魔法を教えてあげているそうね。
ノエルちゃん、だったわよね」

さっそく話題にのぼるとは思っておらず、少し驚くアルテアを見て、
ティアはクスクスと微笑んだ。

「母さんは何でもお見通しよ」というような顔をしていた。

アルテアも隠すつもりはなかったので話題に乗った。

「テオさんに頼まれちゃったからね」

「ふふ、アルちゃんってば、意外と押しに弱いものね。
それで、どうだった?」

母に聞かれて、少し考えてから言う。

「ノエルは魔法を使うのがうまい。才能があるのかもしれない」

「ふふ、ノエルちゃんも喜ぶわね。アルちゃんはどうだった?」

「……俺?」

母の問いに首を傾げる。
どう、と聞かれても何と答えればよいかわからない。

ティアはこちらを見てにっこりと微笑んでいる。
慈愛の女神のような包容力を思わせる微笑みだった。

この人にじっと見つめられると胸のうちを全て吐露してしまいそうになる。

「楽しかった……と思う。いつもはひとりで……。
でも今日は違って、新鮮で楽しかったよ」

気づけば本音を話していた。
こうして素直な気持ちを誰かに話すのは初めてかもしれない。
母のなせる技なのだろうか。

「そう……良かったわね」

「……うん」

「アルちゃんはもっと人に頼ってもいいのよ。
そうすればもっと可愛くなると思うわ。今のままでも十分に天使だけれどね」

「……それは考えておく」

「お父さんに似ちゃったわね。とっても不器用でとっても意地っ張り」

少し困ったように、でも嬉しそうにティアは笑っていた。
しんみりとした空気の中、ティアが思い出したかのように声をあげた。

「ところで、アルちゃんはどっちが好み?」

「……なにが?」

唐突すぎて何を聞かれているのか全くわからなかった。

「あら、とぼけちゃって……。イーちゃんとノエルちゃんよ」

「その二人が……なに?」

「二人ともとっても可愛い女の子よね。きっと将来はすごく素敵になるわ」

「まあ、そうだろうね」

ティアの言葉に頷いて返す。
イーリスは子供ながらに幻想的な美しさがあったし、
ノエルは素朴な可愛さがあり磨けば光る原石といった感じだった。

「アルちゃんはイーちゃんとノエルちゃん、どっちが好きなのかしら?」

ゴホッ。

飲んでいたスープが器官にまわっえてむせ返った。

「あらあら、だいじょうぶ?」

母が心配の声をあげ、
いつの間にか横に控えていたターニャがハンカチを差し出した。

「母さんが変なこと聞くから……」

何回か咳き込んでから息を整え、口元をハンカチで拭う。

「そんなにおかしなことを聞いたつもりはないんだけれど……。二人のことは嫌い?」

「いや……その」

少し言葉に詰まる。好きか嫌いかと聞かれたら好きだが、
母の言っている好きとは違う。

「イーリスは……妹みたいな感じだし、ノエルとは今日会ったばかりじゃないか」

「なら嫌いなのね。そうなのね?」

異様な迫力。
誤魔化すつもりだったが母は追求の手が緩むことは無かった。
諦めて素直に答えることにした。

「いや……。好きか好きじゃないかで言えば、好きだよ」

「やっぱり好きなんじゃない!」

パァっと、ティアは花が咲いたような満面の笑みを浮かべた。

「それで、それで、アルちゃんどっちが好きなの?!」

目を輝かせて、テーブルから身を乗り出さんばかりの勢いでティアが聞いた。

「いや、だから……。ノエルとは会ったばかりだしイーリスは妹みたいな感じだし。
友人として好意を覚える、ということだよ」

アルテアの返答が気に入らなかったのか、
ティアは口をへの字に曲げて落胆を示した。

「なんだか煮え切らないわねぇ。
アルちゃん……男の子はね……
もっとはっきりしなきゃいけないわ!」

「べ、べつに二人だって俺のことは友達としか思ってないんだから、
はっきりもさせることもないでしょ」

アルテアは母の剣幕に押されながらも何とか反論を述べる。
勿論、そう考える根拠はある。
イーリスはある程度は感情を表すようになったが、
出会ったばかりの頃は感情が希薄だった。
恋愛などまだ程遠いだろう。

ノエルにしても会ったばかりだ。
一日魔法を教えたくらいでいきなり好きになるわけないだろうと、そう思った。
そう伝えると、ティアは目を丸くして大きなため息をついた。

「そう……そうなのね。鈍いところまで似ちゃったのね……」

そう呟く母の姿は、納得しているようにも諦めているようにも見えた。

「よくわからないけど、誤解がとけたみたいで何よりだ」

母の追求が止んだことに胸をなでおろし、
今のうちに退散することに決める。

「ごめん、母さん。忘れ物をしたのを思い出した。取りにいってくるよ」

無論、嘘なのだがとりあえずこの場を去りたかった。

「既に日が落ちて暗くなっております。私もお供致しましょう」

ターニャにそう声をかけられたが、着いてこられては嘘がばれるので断るしかない。

「行って帰ってくるだけだから平気だ」

「……そうですか。ではお気をつけて」

ターニャはあっさりと引き下がった。
子供が夜にひとりで出歩くのは危険だ。
断られても着いていくか、そもそも外出を認めるべきではないのだろうが、
アルテアは普通の子供ではない。
彼女もメイドとしての体裁からそう進言しただけなのだろうと思った。

「ごちそうさま」

アルテアは残りの料理をさっと食べ終えて、
ターニャに感謝の言葉を告げながら足早に屋敷を出ていった。



嘘をついて屋敷を出た手前すぐ帰るわけにも行かず、
かといって行くあてもなく、アルテアは所在なさげに村を歩いていた。

日が落ちて夜に染まった村に人影はなく、家屋から淡い光が漏れ出しているだけだった。
その光を見回しながら、あの光ひとつひとつに村人の生活や命が宿っているのだと、
そんなことを思っていた。そのことがどうにも実感できない。

そうしてとりとめもないことを考えながら歩いていると、すぐ近くの家から聞き覚えのある声が聞こえてきた。家が震えそうなほど豪快な笑い声だ。

「テオさんか」

アルテアは呆れたように呟いた。しかしどこか安心する。
外まで響くテオの声を聞きながら、
今日の一日を一緒に過ごした少女のことを思い出した。
母に言われたことを思った以上に気にしているのか、
不意に少女の名前が口から漏れた。

「……ノエル、か」

「は、はぅ……」

「えっ?」

横合いから突然発せられた声に驚き顔を向けると、
ドアを少し開けた隙間から当人が遠慮がちにこちらを見つめていた。
視線が重なり気まずい空気が流れる。

「よ、よう……」

手を挙げて挨拶をすると、ノエルもそれに応じた。

「こっ、こんばんは……」

少女はそう言ってから扉を開けて、もじもじしながらも外へと出てくる。
こうなると何か会話を交わさないと不自然だ。
予想外の出来事に少し動揺しながらもノエルに話題を振る。

「その、体調は平気か?」

アルテアはひとまず当たり障りのなさそうなことを聞いた。

「うっ、うん……。目が覚めて少しの間はすごく気持ち悪かったけど、
今は平気……だよ」

「……そうか。少し安心したよ」

アルテアは彼女の言葉を聞いて安堵の息をついた。
魔力の枯渇は慣れるまで地獄のような苦しみを味わう。
本人の同意があるとはいえ、人に勧めるのはそれなりに気が重かった。

「……えっと。もしかして、心配して尋ねてくれた……の?」

「あー、その。まあ、そうだな」

たまたま歩いていただけとは言い出せず、つい肯定してしまう。

「そう……なんだ。その、うれしいな……」

顔、もはや首のあたりまで赤く染めながら、
少女は蚊のなくような声で気持ちを伝えた。

「まあ、頼まれたとはいえ俺がやらせたことだ。心配くらいするさ」

「ううん。私が頼んだことだもん。何かあっても……ア、アルテア君は悪くないよ」

だから気にしないで、と彼女は恥ずかしそうに続けた。
気遣ったつもりが逆に気遣われてしまっていた。
そのことに少しばかりの不甲斐なさを覚える。

「ノエルは優しいな」

「へぅっ……。そ、そんなことないよ。アルテア君の方がずっとずっと、優しいよ」

その評価はいったいどこから来ているのかとアルテアは疑問を投げかけたくなったが、
彼女の優しさを無碍にするようで忍びなく、ぐっと呑み込んだ。

「……ありがとう」

礼を言うと、少女は更に顔を赤くしながら頷きだけを返した。
アルちゃんはどっちが好きなの?

少女の様子を見て一瞬、母の言葉が頭に浮かんだ。
が、それをすぐさま否定する。

ノエルはもともと人見知りする性格なのだと言い聞かせる。
その思考が終わるのとほぼ同時に、森の方から獣の遠吠えのようなものが聞こえてきた。

声とともに、微量ながらも声の主のものと思われる魔力も伝わってきた。
それなりに力のある魔獣なのかもしれない。
また魔素溜まりの影響だろうか。
そう考えながら少女に目を向けると、
ノエルは小さな体を震わせながら心配そうな顔で森の方を見ていた。

「大丈夫だよ、村までは出てこない。結界があるからな」

ノエルを安心させるように、なるべく優しく声をかけた。
領主から預けられた魔獣避けの結界がある。
魔獣は絶対に村の方へは来られなくなっている。

「でも、そろそろ家の中に戻った方が良さそうだ。もうかなり遅い時間だ」

思いのほか時間が過ぎていた。そろそろ戻らないと母やメイドも心配するだろうと思った。

「う、うん。そうだね」

ノエルも頷く。

「じゃあ、また明日な」

「う、うん!」

別れの挨拶を交わすとノエルは家の中に戻っていった。

「……」

森の方を一瞥してからアルテアも踵を返した。
深い闇に覆われた静寂の中で、再び遠吠えが鳴り響いた。

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