両親に殺された俺は異世界に転生して覚醒する~未来の俺は世界最強になっていたのでちょっと故郷を滅ぼすことにしました~

あぶらみん

デジャブ

テオと別れてから行く当てもなく村を彷徨い歩いた。

屋敷に戻ることもできず、かといって他に行く場所も思い当たらず、
行きついたのはいつもの場所だった。
高台から村を見渡す。
なんだか世界がひどく狭く感じられた。

「実際に狭いのか……」

なんとなくそう呟いた。
なんと言っても村から出たことがないのだ。

何をするでもなしにぼんやと景色を見ていた。
自分が生まれたところ。家族と暮らす村。
すぐに去るつもりでいた。
目的は元よりナーロー教の打倒。

自由に動き回れる年齢になれば姿を消して
異界へ渡る方法を調べるつもりだった。

冒険者にでもなれば自分ひとりで生活していくことはできる。
今の自分にはそれくらいの力はあるだろう。
出かけると伝えてそのまま領地の外へ出てしまえばいい。
簡単なことだった。でもできなかった。

家族の顔が頭をかすめた。
いつまでも踏ん切りをつけられないでいる。

日を経るごとに少しずつ、ナーロー教への憎みが、その復讐心が
薄れていくのを感じていた。

これ以上ここに居てはいけないと叫ぶ自分がいる。
本当の自分がわからない。

得体の知れない焦燥が日に日に大きくなって胸を焦がす。
どうすればいいのか、わからない。


父とのやり取りを思い出す。
思えば口論をしたのは初めてだったかもしれない。
完全な八つ当たりだった。
父は自分のことをどう思っただろう。
いっそこのまま際限なく嫌われてしまえばいいのだと思った。
それがお互いのために一番いいのかもしれない。

パキッ。

不意に乾いた音が鳴った。
人の気配。

以前に出会った少女の姿が頭をかすめた。
デジャブを感じながら振り返ると、思い浮かべていた少女の姿をそこに見た気がした。
息を呑んで目を見開くアルテアに向かって、少女が声をかける。

「あっ、あの……わたし……」

少し上ずった自信なさげな声音が少年の耳に届いた。
それと同時に本来の光景が映し出された。

金がかかった茶色の髪を肩ほどまで伸ばした少女が
木の陰から半身を出してこちらを窺っていた。

おどおどしているその様子は、声と同じようにどこか自信なさげに感じられる。
記憶にある少女とは見ても似つかぬその姿。
一瞬とはいえなぜ見間違えてしまったのか、
アルテア自身にもわからなかった。
会いたいと、そう願う心が見せた幻かもしれなかった。
気を取り直して声をかける。

「なんだ?」

緊張でついぶっきらぼうな言い方をしてしまう。
初対面の人と話すのはあまり得意ではない。
人付き合いを避けてきた弊害ともいえる。

「ひぅっ」

少女は自分のせいで機嫌を損ねたと考えたのか、
びくっと肩を震わせて木の陰におずおずと身体を隠していく。

ちらりと覗く少女と目が合うと、怯えたように視線を逸らされる。
怖がらせてしまったようだ。
しまった、と思いながら少女の傍まで足早に行って言う。

「す、すまん。別に怒ったわけじゃないんだ。
なんというか、クセみたいなものでな……」


詫びて頭を下げると少女も少し安心したのか、木の陰から出てきてくれた。
内心でほっと安堵しながら少女に問いかけた。

「それで、俺に何か用事?」

「わ、わたし!アルテア様が魔法を教えてくれるってお父さんに聞いて……」

数秒の思考。

「……ああ。テオさんのところの———って、んん?」

勢いをつけて言い切る少女の言葉を聞いて納得しかけたが、
木陰から出てきた少女の姿をはっきりと見て言葉に詰まった。

視線を何度も上下させて少女をつぶさに観察する。
簡潔に言うならば、少女は非常に整った容姿をしていた。

流れるようにさらさらとした金がかった茶髪。
くりっとした大きな目の中にある宝石のような翠眼が、
上目遣いにアルテアを見つめていた。

その自信がなさげな、生まれたての小動物のようの立ち振る舞いは
人が元来持っているだろう保護欲を刺激する。

成長すればさぞ美しい女性になるだろうと思われた。
まるで似ていない。厳つい髭面の男とこの可愛らしい少女が結びつかなかった。

母親に似ているのだろうか。
まじまじと見つめるアルテアに、少女は柔らかそうな頬を赤く染めて言う。

「はぅ……。そんなに見られると、はずかしい……です」

「わ、悪い。予想外に可愛い子がきたものだから、つい見入ってしまって……」

「かっ、かわ……。そ、そんな、わたしなんかぜんぜん……です」
おどおどしていたのが更に増して、
穴があったら入りたいとでもいうように少女が身体を丸めていく。

この可愛らしい生物が本当にあの髭面の娘だというのか。
再度同じ疑問を浮かべてしまう。

そして沈黙。会話が途切れた。
途端に何を話せば良いのかわからなくなってくる。

しんとした森を背に佇む二人の間を虫の鳴き声や木々のざわめきが埋めた。
黙っていても事態は好転しない。乾いた唇を湿らせてアルテアが口を開いた。

「とりあえず……座って話そうか」

いつも椅子代わりにつかっている崩れた壁を顎先で示し踵を返すと少女も続いた。

「う、うん……。じゃなくて、はい」

「……別に敬語じゃなくていい。年、そんなに違わないだろ?」

「ひぅ。ご、ごめんなさい……」

おびえた様子で肩を落とす少女を見て、
また自分が威圧的になっているようだと思い、慌てて口を開いた。

「あ、その……。別に命令してるわけでも怒って言ってるわけでもないんだ。
こういう喋り方なんだ……悪い」

「は、はい」

再度謝罪の言葉を口にしたところでいつもの定位置に到着。
少女に座るように促すと、遠慮がちに腰掛けながら、やはり遠慮がちに言う。

「でも、その、アルテア様は代行様のご子息で……」
「な、なるほど」

合点がいった。身分を認識する機会に恵まれていないため、
これまで自分の家格といったものを意識することがあまりなかった。

父は騎士爵位を持っているため、一応は貴族ということになる。
その息子である自分も本来ならば敬われるべき立場にあるはず。

しかし、この村にそんなことを気にしている人がいるだろうかと考えてみる。
村人は父や母にたして気軽に接しているし、父や母もそれを咎めることをしない。
ならば特段気にする必要もないように思われた。

「別にそこまで気をつかわなくていい。
テオさん……きみの父上だって俺の父と砕けた調子で喋ってる。
それに俺たちは子供同士、かたいことは言われないさ」

アルテア様と呼ばれるのは正直あまりいい気がしなかった。
なんだが背中がむずがゆくなる。

「え、えっと。じゃあ……アルテアくん、って呼ぶね?」

少し悩んだあとに、ささやくように少女が言った。

「そうしてくれると助かる。正直、かしこまられるのは苦手だ」

「そっか……そうなんだ」

少女が少しだけ笑ったように見えた。

「それで、きみに魔法を教えるんだったな。えっと———」

名前を呼ぼうとしたところで少女の名前すらまだ知らないことに気づいた。
それを察した少女が一瞬だけ寂しそうな顔を見せた後、彼のあとを引き継いだ。

「あ……。わたしはノエル……だよ。よ、よろしくね」

少女はまだ慣れない様子だが、
アルテアの要望通りに敬語をやめて気軽な口調で話してくれていた。
アルテアは少女を素直な子なのだろうと判断した。

「ノエル、だな。知ってると思うけど改めて…俺はアルテア・サンドロッドだ。よろしく」

改めて自己紹介した。
相手が名乗ったのだから自分も名乗るのが礼儀だろうと思った。
そして話を戻す。

「それで……ノエルは魔法を教わりたいんだったな」

「う、うん」

ノエルがこくりと頷く。

「どうして俺なんだ?他にも魔法を教えてくれる人はいるだろ。家族とかさ」

魔法がまったく使えない、という人間は存在しない。
簡単な生活用魔法程度ならみんな使える。

「へぅ……」

ノエルが息をつまらせるように唸った。
世間話程度で聞いただけのつもりだったのが、彼女には詰問しているように
とらえられてしまったようだ。慌ててフォローに入る。

「いや、駄目って言ってるわけじゃない。なんとなく気になったから聞いただけだ」

早口でまくしたてる。

「まあ、良ければ教えてくれ」

ノエルは少し考え込んだあと、頬を赤く染めて
チラチラとアルテアの顔を何度も見た。

また何か怖がらせたかという少しの不安が口から漏れる。

「どっ、どうした……?」

少女を窺うように顔を向けると、横目でこちらを見ていた少女と視線がかち合った。

「はぅ……。な、ないしょ……」

数秒だけ視線が交錯したあと、ノエルは息苦しそうに呟いて顔全体を赤くさせた。
もはや体調不良を疑うほどの様相だった。
思わず熱の有無を確認するアルテアに、少女は平気だと何度も首を振って答えた。

「そこまで言うなら……まあ、いいか。
もしつらくなったらはやく言えよ」

念押しすると少女がこくりと小さく首を動かしたので魔法の訓練を始めた。
ひょいっと勢いよく壁から飛び降りて少女に問いかける。

「ノエルは何か得意な魔法とか……属性はあるのか?」

「えっと、あんまりよくわからなくて」

「なるほど。それじゃあ目標はあるか?どういう風になりたいとか、
どんな魔法を使いたいとか」

一口に魔法と言っても様々なものがある。
明かりを灯したり水を出したりする、日々の生活で使用する生活魔法。
地水火風光闇の属性に分かれた元素魔法に身体強化の魔法、
契約を交わした生物や精霊、幻獣などを召喚する召喚魔法。
同血統の者に受け継がれるという特殊な相伝魔法。

アルテアは特殊なものを除き一通りの魔法は訓練しているので使うことができる。
一番得意なのは元素魔法だった。
かいつまんでそういった説明をノエルにすると、彼女はどこか
恥ずかしがる様子で話し始めた。

「えっと、それなら……」

ノエルがもじもじしながら上目遣いで少年を見る。

「その……ア、アルテア君みたいに、強くなりたい……かな」

「……は?お、俺?」

思いも寄らぬ返答に一瞬だけ思考停止、間の抜けた声を出した。
少女は胸の前で両手をぎゅっと強く組んで、恥ずかしそうにしていた。

「誰かと勘違いしてないか?俺はそんなに強くもないし目標にするほど立派でもない」

自分が人の目標になるほど立派な人間だとも強い人間だとも思えない。
むしろ人を殺す目的で魔法を修めているのだから立派な人間とは程遠い。
そしておそらく、アルゼイドにもうっすらとではあるが見抜かれている。

加えてその目的でさえ今やあやふやで進むべき道を定めることもできず、
己の立ち位置さえわからない。

「俺なんかより……もっと良い目標があると思うけどな」

本心からの言葉だった。相応しくない。
だが少女はそれでも否定した。

「そんなことないよ。アルテアくんはつよくて……その……
か、かっこいい、よ……!」

少年の目をしっかり見つめながら言う。
これまでの自信なさげに振舞う少女とは違う、力強さを持っていた。

何故かはよくわからないが、少女は自分をかなり評価しているらしかった。
手放しに褒められることには慣れていない。
こんなときはどう言えばいいんだったか。

「そ、そうか……。ありがとう……」

そう言って若干の照れ隠しの意味で頭をぽりぽりとかく。
次第に少女も恥ずかしさがこみ上げてきたのか、下を向いて
「う、うん……」と言ったきり何もしゃべらなくなった。

少女と会ってから何度目になるのかわからない沈黙が訪れた。
このままではいっこうに話がすすまない。意識を切り替える。

「ひとまずの目標は、その、俺……ということにしておこう」

自分で言っていて恥ずかしくなるが仕方がない。
自分が目標なら、自分がこれまでにやってきたことを教えれば良いので
気楽だと前向きに考えた。

「目標も決まったことだし、始めよう」

「う、うん」

「じゃあ、まず魔法を使い続けてくれ。使えるやつなら何でもいい」」

「えっと、それだけ?」

少女が首を傾げる。

「ああ、限界まで撃ってくれ」

「そんなことしたら、魔力枯渇になっちゃうんじゃない?」

少女の可愛らしい顔に不安の色が落ちる。
アルテアはその不安を払拭しようと、自信満々に言い切る。

「それでいいんだ。今日からは毎日、魔力枯渇状態になってもらう。
俺はずっとそうしてきたからな」

「う、うん?えっ……ええ!?」

大人しさが服を着て歩いているように控えめな少女だったが、
さすがに驚きを顕わにしていた。
なんだかころころと顔が変わって見ていて飽きないなとアルテアはひそかに思った。

「そんなことしたら……死んじゃうんじゃ……?」

少女の顔がますます不安に染まっていく。

「安心しろ。現に俺はこうして生きている。ほんの少し……体調を悪くするだけだ」

腕を大きく広げて自分の生存を伝える少年を見て、
少女はゴーストを見つけたような顔つきになる。

「……どのくらい?」

「吐しゃ物を煮込んだスープを延々と流し込まれながら
頭の中を杭で打ち付けられるような感じだ」

「うえぇ……」

実際に想像したのか、一拍あけてからノエルが端正な顔を歪めてうめき声を上げた。
心底いやそうな顔をしている。

「無理そうか?これが一番手っ取り早いと思ったんだが……違うやり方にするか」

そう言って違う方法を考えようとしたところで、威勢の良い声がとんだ。

「や、やるよ!わたしも……やる!」

「え……?別に無理しなくていいんだぞ。他にも色々やり方はあるし」

「で、でも…これが一番なんでしょ?なら、やるっ…!」

「そこまで言うなら、まあ……」

ノエルの決意の固さを感じてそれ以上の引き留めはやめておく。

「じゃあ、魔法を使いまくってくれ。もちろん全力で」

「う、うん…!」

気合を入れるように少女が返す。
形の良い眉をきっとつりあげて、ノエルの表情が真剣なものにかわる。

風よ吹けウェントゥス!」

凛とした詠唱の少しあと、少女のかざした手の先に風が収束し、
塊となって打ち出された。

初級の風属性魔法だ。
風の塊は空気を裂きながら進み、
やがて木に当たってバシュッという鋭い音をたてて消えた。
木には表面を少しえぐった円型の跡が残っていた。

なんの訓練もしていないことを前提にすれば、
威力や発生速度はなかなか見事なものだった。

「なかなかうまいな」

アルテアは率直に感想を言う。

「えっ……そんなことないよ。アルテア君と比べたらわたしなんて…」

「いや、そんなことない。最初の頃の俺よりずっとうまいさ。
もしかしたらノエルには才能があるのかもな」

「はぅ……」

アルテアが鷹揚に言うと、
少女は恥ずかしそうにうつむくが喜んでいるようにも見えた。

アルテアの教育方針は基本的に褒めて伸ばす、である。
前世でもエデンと呼ばれる施設でそれこそ死ぬほど訓練はしてきたが、
基本的に褒められるということはなかった。

だが、ひとりの少女が周りのドールをどんどん褒めていくと、
次第にドールたちも活気づき、欠陥素体として処分されるところだった
ものまで数値を著しく回復させた。

———人は誰だってヒーローになれるんだから!

満面の笑みでそう断言する少女の顔を思い出して
少しだけ懐かしい気持ちになった。

「この調子でどんどん撃っていこう」

だから、ノエルも褒めて伸ばす。

「うん!」

褒められて自信がついたのか、先ほどよりも元気のよい返事が返ってきた。
4発、5発と魔法を放っていくと徐々に少女の顔が険しくなる。

10発目あたりで既に限界が近いのか、息を荒くして苦しそうに胸を押さえている。
おそらく、かなりの吐き気や頭痛に襲われているはずだった。

止めようか、という考えが頭によぎる。
だが、少女のひたむきな顔を見てしまえば、とても止めることはできなかった。

そうして訓練は続き、20発目の魔法を撃ち終わったところでノエルは意識を失った。
人形のように崩れる少女の身体をそっと腕で支えてやる。

大したものだった。自分など数発撃って気を失っていたというのに。
アルテアは感心する。
そして、この子には本当に才能があるのかもしれないと感じた。

大きな目からすらりと伸びる長いまつげに流れ出した汗が落ち、
日光を受けてきらきらと輝いていた。

ノエルの顔を見ながら、彼女の言った言葉を思い出す。
自分のようになりたいと言っていた。どうして俺なんだろう。

頭を振って答えの見えぬ問いを追い払い、
ポケットからハンカチを取り出し少女の汗をぬぐってやる。

「……がんばったな」

自然と労いの言葉がこぼれた。
ノエルの体を担ぎ、高台を降りてテオの家を目指した。

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