両親に殺された俺は異世界に転生して覚醒する~未来の俺は世界最強になっていたのでちょっと故郷を滅ぼすことにしました~

あぶらみん

アルテアは街道へ向かう村道をすすみ、村境へ来ていた。
境といっても門があるわけでも特にこれといった目印があるでもない。

ぽつんと寂れた案内板がひとつ立っているだけだった。
案内板の先には整備された街道が続いている。

障害は何もない。今なら誰に見咎められることもなく姿を消すことができる。
ひとりで生きるだけの力と自信はあった。村に留まるべき理由は、既にない。

あとは気持ちひとつでどこへでも行くことができる。
決意を込めて一歩を踏み出す。
はずが、足は地べたに縫い付けられたみたいに上がらない。

父と母。メイド。そして少しの時をともに過ごした少女の顔が脳裏に浮かぶ。
小さな拳が握りこまれた。

無性に腹が立った。
やりどころのない怒りを脇に立つ案内板に向けて脚の部分を殴りつけた。
か細く寂れたその脚が襲い来る暴力に耐えきれるわけもなく、
ベキッと乾いた音をたてて折れ曲がって地に伏した。
パタンと儚い音がした。

「あ……」

我に返ったアルテアは間抜けな声を出す。
数秒、かつて案内板だった薄板を見下ろして思案した。

「……ふん。知るか」

拗ねたように薄板からぷいっと顔を背けて再び街道の先を見やる。
地平線まで続くその道はいったいどこに繋がっているのか。
サーショ、という街だろうか。

思えば村の外に出たことは一度もなかった。
少年はまだこの世界のことをほとんど何も知らないでいる。

———力と強さは違う。勇者とはそんなに単純なものじゃない。

父の言葉がよみがえった。

「勇者……ってなんだよ」

わからないことだらけだった。

不意に、少女の顔が頭に浮かんだ。

———愛ってなに?

「そんなの、俺にわかるわけがない」

絞りだすような声でそう零した。
立ち止まり、ただ地平線の先を見つめることしかできなかった。

結局、先へすすむことはできなかった。
踵を返してつい数刻前に通った道を戻る。

正午にさしかかる少し前とあって暖かい日差しが差し込んでいた。
ひっそりとした村道を抜けるとぽつぽつと人影が出始めた。

田畑で農作業に勤しむ村人や切り株に腰掛け昼食を囲む村人を眺めて歩くが、
彼と目を合わせる者や声をかけるものはいない。

雨中を彷徨う野良犬のように歩くアルテアの横を
鬼事に興じる子どもたちが駆け抜けていった。

「ああやって遊ぶこともなくなったな」

遠ざかる子どもたちの背中を見て思った。
アルテアが交じると遊びが成り立たない。

鬼をやるにしろ鬼から逃げるにせよ、
走力で彼に勝る子どもはいないだろう。

他の子どもからすれば必ず捕まるか、絶対に捕まえられないかの二択だ。
他の遊びでも同じことだ。

アルテアが交じればそれはもはや必敗を意味する。
そんなものは楽しくもなんともない。

いつだったか、村の子どもに混ざって遊んでいた時期があった。
遊んでいたといっても気まぐれに魔法を教えていただけだったのだが、
子供たちが思いのほか楽しそうにしていたので遊びといっても
いいような気がした。

その時に何人かの子供を泣かせることになった。
その一件以来、村の子供たちはアルテアと関わることを止めた。

もう彼らと話すことはない。
当然、両親からは問いただされることになったが、頑として口を閉ざした。
ただ相手が気に食わなかったからとだけ言った。
それで失望されると思った。
だが、そうはならなかった。

回想に耽りながらあてどなく歩いていると、
横合いから誰かが自分を呼んでいるのに気づいた。

筋骨隆々な体躯に短く刈った茶髪。厳ついまでの髭面。
村の中心的な人物であるテオだった。

「よお、アル坊!」

カラッとした笑顔をこちらに向け、
たくましい腕で威勢よく鍬を振っていた。

ザクッと子気味良い音を響かせて豪快に耕すその様は見ていて心地よかった。
手を上げて応えると、彼は鍬を肩にかついで小走りで寄ってきた。

「おめえらが領主様からもまたもらってきてくれた魔法具、
すげえ効果だぜ!
俺たちも安心して森に入れるってもんだ、ありがとよ」

嵐のように豪快に喋る彼だが、
それでも不思議と他人に不快感を与えることはない。

むしろちっぽけな悩み程度ならスカッと吹き飛ばしてくれそうな人柄に
アルテアは好感を持っていた。
テオは髭面から白い歯をのぞかせてひとしきり笑ったあと、首を傾げて尋ねた。

「それにしても、いいのか?ぶっ壊れた魔道具をまたもらってきて
仕掛けたのはアル坊だろ。他の連中には俺がやったことにしてるけどよ。
なんでまたそんな回りくどいことすんだ?」

不思議そうにアルテアを見るテオと視線がぶつかった。
テオの言う通り、遠征に出るということで
手の回らなかった父の代わりに新たに魔道具を調達、配置したのはアルテアだった。
だがテオと口裏を合わせて彼がやったことにしてもらった。

「……別に、俺は手柄だとか褒められたい、だとかでやったわけじゃないですから」

父ならわざわざそんなことを誇ったりしないだろう。
領主として、人として当然のこととして、
なんの見返りも求めずにやってのける。

だから自分もそうあるべきだと思った。
それが当然だと。

交わる視線に何故か気まずさを覚えてぶっきらぼうに顔をそらした。
まるで悪戯を隠そうとする子どものようだった。

「まあ、お前さんがそう言うならいいんだけどよ」

テオが頭をぼりぼりとかきながら唸るように言った。
納得しているようにも、呆れているようにも見えた。

「ありがとうございます」

せめてもの礼儀として頭を下げた。悪意がないとはいえ、
嘘をつく片棒を担いでもらっているのだから良い気持ちはしないだろう。

「しかしまあ、不器用なとこが……ずいぶん旦那に似ちまったなあ!」

がははと大きな笑い声をあげてアルテアの頭を撫でまわした。

「う、うわ。ちょっと……」

豪快な手つきに首が右へ左へと揺れる。
身をよじって抵抗するが無駄だった。

「なに照れてやがんだ。子どもってのぁ、こういうとき嬉しそうにするもんでい」

抵抗を諦めてなすがまま受け入れることにした。
ひとしきり撫でまわされる時間が続いてやがて解放された。
乱れた髪を手櫛で整えながらふとわいてきた疑問をテオにぶつけた。

「俺は、父さんに似ているんですか?」

目を伏せて自信なさげに聞く彼はまさに年相応の子どもだった。
父は村の皆に好かれていた。とても似ているとは思えない。

彼の問いを受けたテオが、たくわえた顎髭を指先でいじりながら
嘆息を零し、言った。

「なに心配してっか知らねえけど、おめえと旦那はそっくりじゃねえか。
変に生真面目なとこあるしよ。それにさっきも言ったが、
不器用で言葉足らずなところなんかはそっくりだな。
妙にすかした態度とるときなんかは、
ここに来てすぐの頃の旦那を思い出してけっこう面白いぜ?」

さも当たり前だと、子どもでも知っている常識を告げるように、テオは答えた。

「ここに来てすぐの父さん?」

「ああ。この土地は騎士爵位を持つ騎士様が領主代行として着任するのが慣例なんだがよ。
先代の代行様が……まあ、行方不明になってな。後任で旦那がきたときはよ、
随分とっつきにくそうなやつがやってきて面倒そうだと思ったもんだ。
実際に融通きかねえとこがけっこうあったしな」

テオは表情を崩して懐かしむように話した。

「今じゃ想像つかねえけどな、昔の旦那はえれぇ尖った空気を周りに放ってたぜ。
鼻持ちならねえやつがきたと村中の連中が思ったもんだ」

にわかには信じがたい話だった。
どこか遠くにいる知らない人物の話を聞いているみたいだった。

「意外だって顔だな。ま、詳しいことは旦那に聞きな。
俺がべらべら喋ることでもねえと思うしよ」

唐突な終わりに
「あ…うん…」と曖昧に返すアルテアの背中を平手でバシッと叩いた。

「わっ…ととっ!」

思いのほか強い不意の衝撃に、アルテアの身体が前につんのめった。

「辛気くせぇ顔はやめとけ!子どもってのはもっと笑うもんだぜ、アル坊」

そう言って髭面いっぱいに笑みを浮かべた。
細かな悩みなど吹き飛ばしてくれそうな豪快な笑みだった。

「俺、そんなに子供じゃないですよ

彼の笑顔に圧されながら強がりを口にした。
ムッと口をとがらせて照れを隠すように頬をぽりぽりとかく頑なな少年を見て
テオは思わず苦笑する。

彼の背中の先から「おーい」と呼ぶ声が聞こえ、テオが手を上げてそれに応える。

「そろそろ戻らねえと母ちゃんにどやされちまうや」

鍬を肩に担ぎなおして畑仕事に戻ろうとしたところで、思い出したように足を止めた。

「おっと肝心なこと忘れてたぜ。うちの娘がな、
お前さんに魔法を教わりてえって言ってきかねぇんだ。
あとで顔だすと思うからよ、悪いけど面倒みてやってくれ!」

「え、ちょっ…!それってどういう———」 

問うも空しく返答はなく、別れの挨拶代わりに掲げた手をふらふらと揺らしながら
来た時と同じように小走りで去っていった。

「拒否権はなし、か……」

諦めたようなつぶやきが辺りに響いた。

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