両親に殺された俺は異世界に転生して覚醒する~未来の俺は世界最強になっていたのでちょっと故郷を滅ぼすことにしました~

あぶらみん

ぼくらはそっと手をのばす

それから毎日、少女と過ごした。
剣を振り、魔法の練習をして、少女と肩を並べてご飯を食べることが日常になっていた。
少女は鍛錬の様子を眠たそうに眺めたあとご飯を食べて感想を言った。
そうやって、すき、という言葉の意味を繰り返し伝えた。
そのかいあってか、少女も意味を正確に理解し始めたようだった。
だから、終わらせる機会としては最適だった。
いつかこの関係を終わらせなければならないと思っている。
そでも何故かそれを言い出せない日々が続いていた。

今日こそはその話を切り出そう。決意を固める少年の隣で、
少女はいつものように彼がつくった料理をぺろりと食べ終えて
一息ついているところだった。
「飲み物はいるか?」
ひとまずそう声をかけるアルテアに、
少女はじっと顔を向けた。
「どうした?」
いつもとは違う、そこはかとなく神妙な面持ちの少女を見て、少年は怪訝な顔をする。
「……こわくない、の?」
少女はほんの少し迷ったような素振りを見せて唐突に尋ねた。
アルテアは意味がよくわからずに、「なにが?」と聞き返す。
「わたし……かみ、しろい。目もまっか。のろわれてるって……そういう言い伝え。だからみんなこわがる」
呪い、と口の中で繰り返す。
「髪が白いだけで呪い?」
詳しいことはわからないが、ありがちな迷信だろう。
だからすぐさま笑い飛ばそうと思った。
「そんな、くだらない。呪いなんか……」
あるわけがない。と言おうとして口をつぐむ。
魔法というものの存在が最後の一言を押しとどめた。
すぐさま否定してやれればどんなに良かっただろう。
でも断言できなかった。

アルテアは少女の呪いについて何も知らない。少女のことも。
そしてこの世界には魔法があった。
魔法という非科学的なものがある以上、呪いの存在も否定できない。
そもそも少女が本当に呪われているのかいないのか、その真偽の程は関係ないのかもしれない。
言い伝えに合致する。それだけで他の人々にとって、少女は忌避されるべきものなのだ。被害を受けないようにするには関わらないのが一番だからだ。
爆発するかもしれない爆弾に好んで近づく物好きはそうそういないだろう。
少女は恐れ、嫌悪し、蔑む対象なのだ。
仕方がない。
自分に言い聞かせるように、その言葉が浮かんだ。
言い淀むアルテアを見て少女は諦めたように前を見据えた。
「へいき」
小さな声だったが、いやにはっきりと聞こえた。
「なにも、かんじないから。かんじちゃいけないから」
「ほんとうに?」
アルテアのその問いは、誰に対してのものだったのか。
隣に腰掛ける少女をみやる。
ずっと遠い、空と地平線の交わるそのまたずっと先を見ているようだった。
どこか見覚えのある目をしていたが、どこで見たものなのかは思い出せなかった。
ただ少女がとても寂しそうに思えて、
だからやはり笑い飛ばしてやろうと思った。
呪いなんてばかばかしい、そんなこと気にするな。
そう言ってやるつもりだった。しかし。
「……呪いは、こわいな」
気づけばまったく反対のことを口にしていた。
少女がまた少年に目を向ける。アルテアも少女をじっと見つめた。
炎のように揺れる少女の瞳の中に少年の姿が映りこんでいた。
真っ赤なはずのその瞳が、いまは何も色がついてないように見えた。
彼女には期待も希望もないのかもしれない。
そうすることでしか生きられなかったのだ。
期待や希望がなければ裏切りも絶望も存在しない。
そうして血を吐くような苦しみに気が付かないふりをして、
生きる意味もわからないまま傷だらけになりながら棘の道を歩み続ける。
どうして自分なんだろう。答えてくれるものもいない問いを抱えて生きていく。
それが少女の生き方なのではないか。

ーーーだとしたら、君と俺はきっと何も変わらないーーー

すとん、という音をたてて少年の中に何かが落ちた。
「呪われたらと思うと確かに怖い。俺はお前の呪いについて何も知らない。知らないことは、すごく怖いことだ」
でも、少女の苦しみを垣間見てしまった。
「だけどお前のことを……少しは知ってるつもりだ。約束したことは守る義理堅い一面がある。甘いものが好きだ。甘いものをもらうと少しだけ声が高くなる。何か言いたくても言えないことがあるとき、唇を動かす癖がある。何でも知ってるわけじゃない。でも何も知らないわけでもない。知らないことは、これから知っていけばいい」
少しでも気持ちが伝わるように、かみしめるように言った。
「悪いのも、怖いのも、ぜんぶ呪いだろ。お前じゃない。お前を怖いとは思わない」
地平線から顔をのぞかせた太陽の光が麦畑を赤く染めていた。
朝焼けに照らされて、少女の真っ白な髪も同じように赤く燃えていた。
それはどうしようもなく美しかった。
これ以上に美しいものなどないと思えるほどに。
彼女の目には、この世界はどう映っているのだろう。
ふとそんなことが気になって、少女も自分のように美しいと感じていたら良いなと思った。
だからちゃんと伝えなければと思った。
「恥ずかしいから一度しか言わないぞ」
アルテアが咳払いをして少し恥ずかしそうに前置きする。
「実はな……お前を初めて見たとき、きれいだと思ったんだ。それで…今お前を見て、またそう思った」
そして自分と同じなんだとも思った。
少女の目を見ながらアルテアは言った。
少女はわずかに目を見開いたたあと、顔を逸らして下を向いてしまった。
アルテアはうつむく少女の頭に手を伸ばして、慰めるようにゆっくり撫でた。
少女はびくりと肩を震わせたが身を引こうとはしなかった。
「俺は好きだ。白い髪も、紅い瞳も」
少女の小さな身体から力が抜けていくのがわかった。
うつむいたままくすぐったそうに目を細め、口をもごもごとさせたあとで、
「ふわふわする……」と口にした。
少女の白くふっくらとした頬が、太陽の光に染まり紅を差していた。
少女はしばらくアルテアに身をゆだね、やがて顔を上げて口を開いた。
「もじ……おしえて、ほしい」
と言った。
「もじ?」
聞き返すと、少女はこくんと頷いた。
「うん……あと、ことばも。もっと、うまく…しゃべりたい。ある、みたいに」
「そうか。なら、一緒に勉強するかするか、イーリス」
少女がうなずきかえすのを待ってからアルテアは立ち上がり、手を伸ばす。
あと少し。もう少しだけ一緒にいよう。
少女もゆっくりと、わずかに震えるその手を差し出した。
朝焼けが差し込んで森の中から鳥の鳴き声が聞こえ出す。
目覚め始めた世界の中で、やがて影と影が重なった。
少女のその手は、思っていたよりもずっと温かかった。

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