没落令嬢、貧乏騎士のメイドになります
第五十三話 続く、熊男の大ピンチ
しっかりと治療を受けたベルナールであったが、雑居房に拘禁された翌日、高熱を出して倒れてしまう。
劣悪な環境の中で傷口が炎症し、大きく腫れて化膿したのだ。
すぐさま騎士隊の治療院に移され、適切な処置をされる。
症状は深刻なものであった。
一週間生死を境を彷徨い、熱が下がれば再び雑居房に戻された。
病み上がりの中、尋問が行われ、翌日にはベルナールの処罰が通達される。
騎士の位の永久はく奪に、保釈金として金貨三百枚の支払いを命じられたのだ。
ちなみに、ベルナールの一ヶ月の給料は金貨五枚である。
支払いが出来ない場合は、家族に通達され、そちらも支払いが不可能と分かれば、その身柄は拘禁されたままとなる。
支払期限は一週間。
馬鹿らしい話だと思い、ベルナールは返事をせずに舌打ちをする。
犯した罪は窃盗や公文書の偽造、不法侵入に傷害。すべて、間違いないと認めた。
アニエス・レーヴェルジュの誘拐については否定し続けた。それについては、現在調査中だと言う。
ブロンデルの裏切り行為については口外しなかった。
どうせ、言っても信じてもらえないのは目に見えている。諦めたわけではないが、今は言うべきではないと考えていた。
そんなことよりも気がかりだったのは負傷した足の状態だった。
医師は元通りになると言っていたが、日に日に重たくなり、歩く際に引きずるようになっている。
言うことを聞かない脚を拳で打つ。残念ながら、あまり痛覚を感じなかった。
悔しさが募ったが、どうすることも出来ない。
アニエスを助けたことだけが、唯一の救いであった。
鬱々と雑居房で過ごすこと三日。
すっかりやさぐれたベルナールに、差し入れが届く。
それは、籠一杯のチョコレートケーキだった。
差出人の名は伏せられていたが、それが誰からの差し入れであるか、ベルナールはすぐに分かった。
綺麗に切り分けられたケーキを食べる。
それはとても甘く、優しい味がした。
雑居房の中で一人、送り主の名を呟く。
まだ頑張らなければならないと、決意を固めるベルナールであった。
◇◇◇
支払期限が切れる前日。ベルナールに面会者が現われた。
「どうも、こんにちは」
「……よう」
笑顔で現れたのは、ブロンデルであった。
従者も連れずに、一人でやって来ていた。
「具合はいかがですか?」
「最高だな」
「それは良かった」
何の用事だと聞けば、救済案があると言ってくる。
「ベルナール・オルレリアン、貴公はアニエス・レーヴェルジュの母親の財産について何か情報を握っているでしょう? それを話せば、騎士の位も、地に堕ちた評判も元に戻してみせましょう。犯罪歴もなかったものとして処理します」
「はあ、知るかよ」
「そんなわけないでしょう? ただの没落貴族の令嬢に自らの地位や命なんか賭けるわけが――」
「賭けたんだよ、悪いか」
これだけは本心を語った。
アニエスは生きている。起こした行動には大きな意味はあったのだ。ベルナールはそう思っている。
「まあ、素直に応じるとは思っていませんでしたが。でしたら、条件を変えましょう。アニエス・レーヴェルジュを再び捕えて……危害を加えると言ったら?」
「馬鹿か。ない情報をどうやって示せばいい」
「何か握っていると、確信していますが」
「知るかよ」
まだ若いベルナールに、腹芸など出来るわけがなかった。ブロンデルは解っていて、じりじりと追い詰めていく。
「さあ、選んでください、今すぐに」
「そんなの、決まっている」
アニエスを保護しているバルテレモン侯爵家を信じ、ベルナールは情報を口にすることはなかった。
「……なるほど。分かりました。残念です。私達は、再びアニエス・レーヴェルジュを連れ出し、尋問を再開させ――」
話の途中で誰かが駆けて来る音が聞えた。
やって来た騎士を見て、何事かと問う。
「ベルナール・オルレリアン卿を釈放せよと、騎士団総隊長からのご命令です」
「なんですって!?」
騎士はブロンデルに、騎士団総隊長直筆の命令が書かれた書類を示す。
「……間違いないですね」
何が起こったのか、ベルナールには理解出来ない状況だった。
さらに、これから総隊長に会うことになるので、体を清めてから向かうように言われる。
ベルナールは騎士に問いかける。
「おい、いったい何が……」
「わたくしは詳しくは存じませぬが、身元受取人がいらっしゃり、保釈金が用意されたようです」
「は?」
話が理解出来ないまま雑居房より出され、騎士からついて来るように言われた。
ちらりとブロンデルの顔を見る。
まだ、余裕の笑みを浮かべていたが、拳はぎゅっと握られ、かつ震えていた。
とにかく、言われた通りここから去ろうとベルナール思う。
重たい脚を引きずりながら、騎士のあとに続いた。
◇◇◇
約二週間ぶりに風呂に入り、清潔な服を着ることが出来た。
しっかりと髪に櫛を入れ、身綺麗になった状態で移動する。
辿り着いた扉の向こうに居たのは――
「ベルナール!」
弾かれたように立ち上がったのは母オセアンヌと――久々に会う祖父だった。
「母上……お祖父様……」
「ああ、ああ、良かった、ベルナール、無事で!」
オセアンヌはベルナールの元に駆け寄り、ぎゅっと体を抱き締める。
一度離れて顔を覗き込み、ポロリと涙を零す。
頬を濡らす母親にハンカチを差し出す。一歩近づいた際に、足を引きずった。それを見たオセアンヌは、ハッと息を呑む。
「ベルナール、あ、足を、怪我しているのですか?」
「ええ、まあ……」
息子の言葉を濁すような反応を見て、察しのいいオセアンヌは気付く。後遺症が残るような怪我を負ったのかと。
「そ、そんな……まさか……!」
「――オセアンヌ、もういいだろう、座れ。ベルナールもだ」
オセアンヌの言葉を制したのは、ベルナールの祖父カルヴィン・エキューデであった。
金貨三百枚という保釈金を出したのは、国内でも影響力の高い豪商である祖父だったのだ。
ベルナールが腰を下ろせば、カルヴィンは向かいに座る騎士団の総隊長、バルトメ・アイミューをジロリと睨み付けた。
「して、この件について、どう落とし前をつける?」
「……まだ、調査中だ」
「嘘だな」
「どうして、あなたに嘘を吐かなければならない?」
「この件が露見すれば、お前の立場も悪くなるからだろう」
カルヴィンはひと通り、アニエスより事情を聞いていた。
騎士団の黒い噂はかねてより耳に入れていたので、内部を綺麗にするいい機会だろうと思い、乗り込んできたわけであった。
「おい、言い逃れが出来ると思うなよ、クソ野郎。この保釈金だって、孫の犯した罪に対し、額が大きすぎる」
受け取りをする際に署名をされた書類は証拠品になるだろうと言い、控えの紙を掲げて見せていた。
「それは、一般の法廷ではなく、騎士団の特殊機関で処罰を決めるのであって――」
「ならば、これは外に漏らしてもいい情報なんだな?」
威厳ある騎士団の総隊長の表情は次第に悪くなり、言葉に詰まっているように見えた。
「さて、このあとの交渉は法務の者に任せよう」
そう言って、カルヴィンは立ち上がった。
「ベルナール、オセアンヌ、帰るぞ」
「え、ええ」
「はい、分かりました、お祖父様」
くるくると変わりゆく状況に、ベルナールはついて行けずに居た。
覚束ない足元を、祖父カルヴィンが支えてくれる。
申し訳ないと思ったが断るのも悪い気がして、そのまま腕を借りることになる。
馬車に乗り込み、御者に合図を出せば、走り出す。
ベルナールはいまだ、これが現実だと信じられずにいた。
静かな車内でふと、祖父と目が合う。
眉間に皺を寄せ、険しい表情をしていたが、少しだけ柔らかくなった。
そして、思いがけない言葉をかけてくる。
「――よくぞ頑張った。お前は俺の誇りだ」
「お祖父様……」
「わたくしも、そう思います」
「母上まで……」
どうやら、家族はベルナールのことを信じていたようだ。
しかしながら、盗難や公文書の偽造、暴力行為は本当にやったことだと言っておいた。
だが、それもすべてはアニエスを助けるため。カルヴィンとオセアンヌはきちんと理解していた。
劣悪な環境の中で傷口が炎症し、大きく腫れて化膿したのだ。
すぐさま騎士隊の治療院に移され、適切な処置をされる。
症状は深刻なものであった。
一週間生死を境を彷徨い、熱が下がれば再び雑居房に戻された。
病み上がりの中、尋問が行われ、翌日にはベルナールの処罰が通達される。
騎士の位の永久はく奪に、保釈金として金貨三百枚の支払いを命じられたのだ。
ちなみに、ベルナールの一ヶ月の給料は金貨五枚である。
支払いが出来ない場合は、家族に通達され、そちらも支払いが不可能と分かれば、その身柄は拘禁されたままとなる。
支払期限は一週間。
馬鹿らしい話だと思い、ベルナールは返事をせずに舌打ちをする。
犯した罪は窃盗や公文書の偽造、不法侵入に傷害。すべて、間違いないと認めた。
アニエス・レーヴェルジュの誘拐については否定し続けた。それについては、現在調査中だと言う。
ブロンデルの裏切り行為については口外しなかった。
どうせ、言っても信じてもらえないのは目に見えている。諦めたわけではないが、今は言うべきではないと考えていた。
そんなことよりも気がかりだったのは負傷した足の状態だった。
医師は元通りになると言っていたが、日に日に重たくなり、歩く際に引きずるようになっている。
言うことを聞かない脚を拳で打つ。残念ながら、あまり痛覚を感じなかった。
悔しさが募ったが、どうすることも出来ない。
アニエスを助けたことだけが、唯一の救いであった。
鬱々と雑居房で過ごすこと三日。
すっかりやさぐれたベルナールに、差し入れが届く。
それは、籠一杯のチョコレートケーキだった。
差出人の名は伏せられていたが、それが誰からの差し入れであるか、ベルナールはすぐに分かった。
綺麗に切り分けられたケーキを食べる。
それはとても甘く、優しい味がした。
雑居房の中で一人、送り主の名を呟く。
まだ頑張らなければならないと、決意を固めるベルナールであった。
◇◇◇
支払期限が切れる前日。ベルナールに面会者が現われた。
「どうも、こんにちは」
「……よう」
笑顔で現れたのは、ブロンデルであった。
従者も連れずに、一人でやって来ていた。
「具合はいかがですか?」
「最高だな」
「それは良かった」
何の用事だと聞けば、救済案があると言ってくる。
「ベルナール・オルレリアン、貴公はアニエス・レーヴェルジュの母親の財産について何か情報を握っているでしょう? それを話せば、騎士の位も、地に堕ちた評判も元に戻してみせましょう。犯罪歴もなかったものとして処理します」
「はあ、知るかよ」
「そんなわけないでしょう? ただの没落貴族の令嬢に自らの地位や命なんか賭けるわけが――」
「賭けたんだよ、悪いか」
これだけは本心を語った。
アニエスは生きている。起こした行動には大きな意味はあったのだ。ベルナールはそう思っている。
「まあ、素直に応じるとは思っていませんでしたが。でしたら、条件を変えましょう。アニエス・レーヴェルジュを再び捕えて……危害を加えると言ったら?」
「馬鹿か。ない情報をどうやって示せばいい」
「何か握っていると、確信していますが」
「知るかよ」
まだ若いベルナールに、腹芸など出来るわけがなかった。ブロンデルは解っていて、じりじりと追い詰めていく。
「さあ、選んでください、今すぐに」
「そんなの、決まっている」
アニエスを保護しているバルテレモン侯爵家を信じ、ベルナールは情報を口にすることはなかった。
「……なるほど。分かりました。残念です。私達は、再びアニエス・レーヴェルジュを連れ出し、尋問を再開させ――」
話の途中で誰かが駆けて来る音が聞えた。
やって来た騎士を見て、何事かと問う。
「ベルナール・オルレリアン卿を釈放せよと、騎士団総隊長からのご命令です」
「なんですって!?」
騎士はブロンデルに、騎士団総隊長直筆の命令が書かれた書類を示す。
「……間違いないですね」
何が起こったのか、ベルナールには理解出来ない状況だった。
さらに、これから総隊長に会うことになるので、体を清めてから向かうように言われる。
ベルナールは騎士に問いかける。
「おい、いったい何が……」
「わたくしは詳しくは存じませぬが、身元受取人がいらっしゃり、保釈金が用意されたようです」
「は?」
話が理解出来ないまま雑居房より出され、騎士からついて来るように言われた。
ちらりとブロンデルの顔を見る。
まだ、余裕の笑みを浮かべていたが、拳はぎゅっと握られ、かつ震えていた。
とにかく、言われた通りここから去ろうとベルナール思う。
重たい脚を引きずりながら、騎士のあとに続いた。
◇◇◇
約二週間ぶりに風呂に入り、清潔な服を着ることが出来た。
しっかりと髪に櫛を入れ、身綺麗になった状態で移動する。
辿り着いた扉の向こうに居たのは――
「ベルナール!」
弾かれたように立ち上がったのは母オセアンヌと――久々に会う祖父だった。
「母上……お祖父様……」
「ああ、ああ、良かった、ベルナール、無事で!」
オセアンヌはベルナールの元に駆け寄り、ぎゅっと体を抱き締める。
一度離れて顔を覗き込み、ポロリと涙を零す。
頬を濡らす母親にハンカチを差し出す。一歩近づいた際に、足を引きずった。それを見たオセアンヌは、ハッと息を呑む。
「ベルナール、あ、足を、怪我しているのですか?」
「ええ、まあ……」
息子の言葉を濁すような反応を見て、察しのいいオセアンヌは気付く。後遺症が残るような怪我を負ったのかと。
「そ、そんな……まさか……!」
「――オセアンヌ、もういいだろう、座れ。ベルナールもだ」
オセアンヌの言葉を制したのは、ベルナールの祖父カルヴィン・エキューデであった。
金貨三百枚という保釈金を出したのは、国内でも影響力の高い豪商である祖父だったのだ。
ベルナールが腰を下ろせば、カルヴィンは向かいに座る騎士団の総隊長、バルトメ・アイミューをジロリと睨み付けた。
「して、この件について、どう落とし前をつける?」
「……まだ、調査中だ」
「嘘だな」
「どうして、あなたに嘘を吐かなければならない?」
「この件が露見すれば、お前の立場も悪くなるからだろう」
カルヴィンはひと通り、アニエスより事情を聞いていた。
騎士団の黒い噂はかねてより耳に入れていたので、内部を綺麗にするいい機会だろうと思い、乗り込んできたわけであった。
「おい、言い逃れが出来ると思うなよ、クソ野郎。この保釈金だって、孫の犯した罪に対し、額が大きすぎる」
受け取りをする際に署名をされた書類は証拠品になるだろうと言い、控えの紙を掲げて見せていた。
「それは、一般の法廷ではなく、騎士団の特殊機関で処罰を決めるのであって――」
「ならば、これは外に漏らしてもいい情報なんだな?」
威厳ある騎士団の総隊長の表情は次第に悪くなり、言葉に詰まっているように見えた。
「さて、このあとの交渉は法務の者に任せよう」
そう言って、カルヴィンは立ち上がった。
「ベルナール、オセアンヌ、帰るぞ」
「え、ええ」
「はい、分かりました、お祖父様」
くるくると変わりゆく状況に、ベルナールはついて行けずに居た。
覚束ない足元を、祖父カルヴィンが支えてくれる。
申し訳ないと思ったが断るのも悪い気がして、そのまま腕を借りることになる。
馬車に乗り込み、御者に合図を出せば、走り出す。
ベルナールはいまだ、これが現実だと信じられずにいた。
静かな車内でふと、祖父と目が合う。
眉間に皺を寄せ、険しい表情をしていたが、少しだけ柔らかくなった。
そして、思いがけない言葉をかけてくる。
「――よくぞ頑張った。お前は俺の誇りだ」
「お祖父様……」
「わたくしも、そう思います」
「母上まで……」
どうやら、家族はベルナールのことを信じていたようだ。
しかしながら、盗難や公文書の偽造、暴力行為は本当にやったことだと言っておいた。
だが、それもすべてはアニエスを助けるため。カルヴィンとオセアンヌはきちんと理解していた。
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