没落令嬢、貧乏騎士のメイドになります
第四十五話 問題、解決せず
アニエスの身の振り方について、まだ決められないままでいた。一人で抱えるには、大きな問題でもある。
最善なのは遠く離れた地にあるラザールの親戚の家に預けることだが、相手を知らない以上、安易に判断出来ないでいた。
上司は信頼しているが、親戚に対し同じような信頼をしているわけではなかった。
傍に置いて守るか、危険から遠ざけるか。なかなか、難しい問題だとベルナールは考える。
この件に関して、母・オセアンヌと義姉・イングリトに相談してみた。
話を聞いたイングリトは、アニエスを王都から遠ざけることに反対をした。
「――アニエスさんを他所にやるなんて絶対駄目! どうするの? 若い男が一方的に見染めて、嫁にすると言ったら!」
「!」
「アニエスさんは優しいから、お世話になっている負い目もあって、上手くあしらえないかもしれないわ」
「!!」
アニエスが見知らぬ男に上手く丸め込まれる様子がありありと想像してしまい、ベルナールは崖から突き落とされたような感覚に襲われた。
 そんな中で、オセアンヌは不安を口にした。
「けれど、アニエスさんがここに残ったとして、正体が分からない相手から、守れるのでしょうか?」
母親の言葉を聞いて、ベルナールは苦渋の表情を浮かべる。
「ねえ、ベルナール、アニエスさんはここではなくて、騎士団に保護を要請したらいかが?」
「母上、それはなりません」
「どうしてですか?」
「……」
騎士団よりアニエスの母親の婚礼衣装は、厳重に保管をされていたにもかかわらず盗まれてしまった。この不祥事は隠すように言われている。
それを察したイングリトは、騎士団もいろいろとあるのだと、義母の耳元で囁いていた。
「まあ、申し出をしたら、受け入れてくれるとは思いますが」
「騎士団も怪しい状況であるのよね?」
「……黙秘します」
「嫌ねえ、殿方って。み~んな秘密が大好きなんだから」
イングリトのぼやきを最後に、部屋の中はシンと静まり返る。
現状は八方ふさがりと言ってもいい状況であった。
「一つだけ、いい案があるんだけれど」
「ほ、本当ですか、義姉上!?」
「ベルナールがアニエスさんと一緒に、上司の親戚の家に行けばいいのよ」
「騎士を辞めろと?」
「そうなるわね。いいこと? 全てのものを手に入れるのは、難しいものなの。ねえ、お義母様?」
「ええ、そうね」
思いがけず、仕事とアニエスのどちらが大事なのか問い詰められてしまった。
「騎士を辞めて、彼女の手を取って王都を出て、どうすると言うのですか。使用人一家も放っておけませんし」
「彼らの心配は要らないわ」
「そうですね。なんだったら、領地に連れて帰ってもいいでしょう」
騎士を辞めてアニエスと共に王都から出て行く。それも、難しい問題だった。
アニエスのことは何よりも大切だが、騎士であるということは、ベルナールの主体性でもあるからだ。
話はまとまらないまま、終了となった。
◇◇◇
夜、ベルナールは横たわるアニエスに話しかけた。
「――なあ」
「はい」
「もしも、大切なものが取られそうになったら、お前はどうする?」
「そうですね。肌身離さず持ち歩いていると思います」
「大きなものだったら?」
「それは、難しいです。常に用心するのは困難でしょうね」
「だろう?」
ミエルのように小さかったら懐に入れて常に守ることも出来るが――と、そこまで考えてハッとなる。
思いついたのは、アニエスを職場に連れて行くことだった。侍女として紛れ込ませるつもりである。
騎士団の中には彼女の顔を知る者は多くない。変装をすれば、更に目くらましになるだろうとベルナールは考える。
だが、任務や訓練にまで連れて行くわけにはいかない。
すぐに無理のある作戦だと諦めることになった。
唸るベルナールに、アニエスは心配そうに声を掛けてくる。
「どうか、無理をなさらないで下さいね」
「それも難しい話だがな」
「左様でございましたか……」
しゅんとする声色のアニエスに、ベルナールは別の話題を振った。気分転換になりそうなものを選ぶ。
「今度の休みは、野遊びにでも行くか」
「!」
アニエスはがばりと起き上がる。
薄いカーテン越しにその様子が分かった。
「どうした?」
「本当ですか?」
「何がだ?」
「お、お出かけです」
「は?」
ベルナールは一拍置いて、アニエスが野遊びに行くという提案を喜んでいると知った。
「みなさんで行くのでしょうか?」
「そうだな。母上や義姉上、甥と姪に、ジジル達も連れて行こう」
「とても楽しそうです!」
「ああ」
ベルナールの次の休みは明後日。その日に行くようにしようと決める。
ここ最近は天気もいいので、良い野遊び日和になりそうだと、アニエスは言う。
「でしたら、明日、何かお菓子を作っておきますね」
「何を作れるんだ?」
「ビスケットにケーキ、アップルパイに――」
「いつの間にそんなに作れるようになったんだ?」
「先生が優秀で」
「アレンか」
「はい!」
ならば、チョコレートのたっぷり入ったケーキを食べたいと所望する。
「分かりました。頑張ってみます」
「ああ、期待をしておく」
穏やかな夜は過ぎていく。
最善なのは遠く離れた地にあるラザールの親戚の家に預けることだが、相手を知らない以上、安易に判断出来ないでいた。
上司は信頼しているが、親戚に対し同じような信頼をしているわけではなかった。
傍に置いて守るか、危険から遠ざけるか。なかなか、難しい問題だとベルナールは考える。
この件に関して、母・オセアンヌと義姉・イングリトに相談してみた。
話を聞いたイングリトは、アニエスを王都から遠ざけることに反対をした。
「――アニエスさんを他所にやるなんて絶対駄目! どうするの? 若い男が一方的に見染めて、嫁にすると言ったら!」
「!」
「アニエスさんは優しいから、お世話になっている負い目もあって、上手くあしらえないかもしれないわ」
「!!」
アニエスが見知らぬ男に上手く丸め込まれる様子がありありと想像してしまい、ベルナールは崖から突き落とされたような感覚に襲われた。
 そんな中で、オセアンヌは不安を口にした。
「けれど、アニエスさんがここに残ったとして、正体が分からない相手から、守れるのでしょうか?」
母親の言葉を聞いて、ベルナールは苦渋の表情を浮かべる。
「ねえ、ベルナール、アニエスさんはここではなくて、騎士団に保護を要請したらいかが?」
「母上、それはなりません」
「どうしてですか?」
「……」
騎士団よりアニエスの母親の婚礼衣装は、厳重に保管をされていたにもかかわらず盗まれてしまった。この不祥事は隠すように言われている。
それを察したイングリトは、騎士団もいろいろとあるのだと、義母の耳元で囁いていた。
「まあ、申し出をしたら、受け入れてくれるとは思いますが」
「騎士団も怪しい状況であるのよね?」
「……黙秘します」
「嫌ねえ、殿方って。み~んな秘密が大好きなんだから」
イングリトのぼやきを最後に、部屋の中はシンと静まり返る。
現状は八方ふさがりと言ってもいい状況であった。
「一つだけ、いい案があるんだけれど」
「ほ、本当ですか、義姉上!?」
「ベルナールがアニエスさんと一緒に、上司の親戚の家に行けばいいのよ」
「騎士を辞めろと?」
「そうなるわね。いいこと? 全てのものを手に入れるのは、難しいものなの。ねえ、お義母様?」
「ええ、そうね」
思いがけず、仕事とアニエスのどちらが大事なのか問い詰められてしまった。
「騎士を辞めて、彼女の手を取って王都を出て、どうすると言うのですか。使用人一家も放っておけませんし」
「彼らの心配は要らないわ」
「そうですね。なんだったら、領地に連れて帰ってもいいでしょう」
騎士を辞めてアニエスと共に王都から出て行く。それも、難しい問題だった。
アニエスのことは何よりも大切だが、騎士であるということは、ベルナールの主体性でもあるからだ。
話はまとまらないまま、終了となった。
◇◇◇
夜、ベルナールは横たわるアニエスに話しかけた。
「――なあ」
「はい」
「もしも、大切なものが取られそうになったら、お前はどうする?」
「そうですね。肌身離さず持ち歩いていると思います」
「大きなものだったら?」
「それは、難しいです。常に用心するのは困難でしょうね」
「だろう?」
ミエルのように小さかったら懐に入れて常に守ることも出来るが――と、そこまで考えてハッとなる。
思いついたのは、アニエスを職場に連れて行くことだった。侍女として紛れ込ませるつもりである。
騎士団の中には彼女の顔を知る者は多くない。変装をすれば、更に目くらましになるだろうとベルナールは考える。
だが、任務や訓練にまで連れて行くわけにはいかない。
すぐに無理のある作戦だと諦めることになった。
唸るベルナールに、アニエスは心配そうに声を掛けてくる。
「どうか、無理をなさらないで下さいね」
「それも難しい話だがな」
「左様でございましたか……」
しゅんとする声色のアニエスに、ベルナールは別の話題を振った。気分転換になりそうなものを選ぶ。
「今度の休みは、野遊びにでも行くか」
「!」
アニエスはがばりと起き上がる。
薄いカーテン越しにその様子が分かった。
「どうした?」
「本当ですか?」
「何がだ?」
「お、お出かけです」
「は?」
ベルナールは一拍置いて、アニエスが野遊びに行くという提案を喜んでいると知った。
「みなさんで行くのでしょうか?」
「そうだな。母上や義姉上、甥と姪に、ジジル達も連れて行こう」
「とても楽しそうです!」
「ああ」
ベルナールの次の休みは明後日。その日に行くようにしようと決める。
ここ最近は天気もいいので、良い野遊び日和になりそうだと、アニエスは言う。
「でしたら、明日、何かお菓子を作っておきますね」
「何を作れるんだ?」
「ビスケットにケーキ、アップルパイに――」
「いつの間にそんなに作れるようになったんだ?」
「先生が優秀で」
「アレンか」
「はい!」
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