没落令嬢、貧乏騎士のメイドになります
第二十九話 ジジルのはかりごと
ジジルは愕然とする。
アニエスと街に出かける際の練習として、家でも本当の夫婦のように振る舞う練習をしていたが、全く進歩が見られなかった。
ベルナールは眉間に皺を寄せた状態を維持し、アニエスはひたすら赤面している。
ジジルは休憩所の机に肘を突き、頭を抱える。
唸るように「一体どうして」と呟く。その様子を、アレンは呆れた様子で見ていた。
「仕方ないって。旦那様、男兄弟の中で育って、十代前半から騎士団に所属していて、同じ年頃の女性と関わる機会なんて皆無だったから、接し方が分からないんだって」
「でも、クラリスやキャロル、セリアが居たでしょう?」
「あいつらは異性として見ていないと思う」
「……そうね。娘達をそういう目で見ていたら私が困るわ」
アニエスは顔を赤くしているだけで、それ以外は違和感がないように見える。問題はベルナールだった。
「アレン、あなた、よく女の子と出掛けているわよね? どうやって仲良くなっているの?」
母親の発言を聞き、アレンは口にしていたお茶を机の上に噴き出した。
「汚いわねえ」
「いや、なんで知って」
「だって、やたら気合の入ったお洒落して街に行く時と、そうでない時があるでしょう?」
「か、勘だったのか……」
がっくりと肩を落とすアレン。
真面目に交際している女性が居るのならば紹介するように言われるが、親密な関係ではないと首を横に振る。
「いいところまでは行くんだけどね」
「どうして駄目になるの?」
「ある程度仲良くなった状態で料理食べに行くと、ついつい彼女よりも料理が気になって――」
どういう味付けをしているのか、どれくらい食材に火を通しているのか、料理人の悲しい性なのか、女性そっちのけで料理に夢中になってしまうのだ。
「酷い話だわ」
「でも、その研究のおかげで、旦那様に美味しい料理を作れている」
「職業病ってことね。それで、どうやってある程度仲良くなる状態まで持って行くの?」
母親からの追及を避けられないと思ったアレンは、女性と付き合う際に自分なりに気をつけていることなどを話した。
「女の子は一緒に食事したり、買い物したりしたら仲良くなる。ちょっとした気遣いも忘れずに。椅子を引いてあげたり、人混みを避けるように歩いたり。一輪の花とか、ささやかな贈り物も効果的」
「なるほどねえ。確かに家にこもっていても、なかなか距離を縮めるというのは難しい気もするわ」
だからと言って、王都に出掛けるのは危険なことだった。
「だったら、リンドウの村の雪まつりに行くのは?」
リンドウの村は王都から馬車で三時間の場所にある。雪まつりは年に一度開催されるもので、周辺地域では一番の盛り上がりを見せる催しである。
「確か、あのまつり、動物の被り物を被るから、見つかる心配はないんじゃない?」
「あ、そうね!」
美味しい食べ物を食べて、雑貨屋の露店を覘き、まつりの雰囲気を楽しむ。
被り物があるので、誰が誰だか分からない。
二人の距離を縮めるのにはいい機会だと、ジジルも思った。
「問題はどうやって行くように仕向けるのか、ね」
「――だったら、いっそのことまつりに出店をしては?」
話の中に突然入ってきたのは、部屋の隅で大人しく読書をしていた執事のエリック。雪まつりの露店の申込書を持っていると言う。
「旦那様は屋敷の修繕費の資金繰りにお悩みです」
「そっか! 出店で一儲け、とかだったら喜んで行くかもしれないわ!」
ジジルはエリックにいい子だと言って、抱擁をしてついでに頬に口付けをする。
さっそく話をしに行って来ると言って、休憩所から出て行った。
嵐のような母親を見送ったあと、アレンは苦笑する。
「いい子じゃなくて良かった」
その一言に、両手を上げて肩を竦める仕草をするエリックであった。
◇◇◇
ジジルは早足でベルナールの私室へと急いだ。
扉を叩き、中へと入る。
部屋には、ぎこちない表情で並んで座る偽夫婦の姿があった。
アニエスは恥じらうような顔をし、ベルナールは顔を顰めている。
だが、そんなことは問題ではない。
ジジルはすぐさま雪まつりの出店についての相談をすることにした。
「――という訳なのですが」
「話は分かった。商売するのはいいが、肝心の売る物はどうするんだ?」
「ドミニクの薬や、アレンのクッキーなんかどうかと思っています」
「なるほどな」
開催は一ヶ月後。手の込んだ物はあまり作れない。
「クッキーに薬か。微妙な組み合わせだな」
「確かに。どちらかにしますかねえ」
「でしたら、薬草クッキーとかいかがでしょう?」
乾燥させた薬草や香草を入れたクッキーは、貴族女性の間で人気だとアニエスは言う。
傷薬と薬草クッキーで、ちょっとした家庭薬局的な店にしたらどうかという着想を出した。
「薬草クッキーは健康にもいいですし、甘さも控えめで、お酒にも合うと聞いたことがあります」
「いいですね。お茶用に乾燥させた物がいくつもあるので、お菓子に合う癖のないものを選んで試作品を作るように頼んでみます」
アニエスのおかげで意見はあっさりと纏まる。
「当日、旦那様も店番して下さいね」
「分かってるよ」
「アニエスさんも」
「え?」
「嫌ですか?」
ぶんぶんと左右に振るアニエス。
店番が嫌なのではなく、まつりの当日は留守番かと思っていたので驚いたのだと言う。
「雪まつりはね、とっても寒いから、動物の被り物を被るらしいの。誰が誰だか分からなくなるから安心なのよ」
「そうなのですね」
「ええ」
ジジルはアニエスに被り物を作る手伝いをして欲しいと願う。
「勿論です」
「良かったわ。キャロルとセリア、お裁縫苦手なの」
「頑張ります」
こうして、話は纏まった。
翌日からまつりの準備が始まる。
◇◇◇
アニエスは動物の被り物作りに集中する。
手先が器用なエリックが作った被り物の型に、布を縫い付けていく。
ベルナールとアニエス、ジジルで、全部で三つ。キャロルとセリアは学校のまつりで作った兎の被り物があるので、それを使って行くようになっていた。当日、ドミニクとエリック、アレンはお留守番となる。
ジジルは鳥、アニエスは猫、ベルナールは熊の布と型が用意されていた。
内側には起毛素材を縫い付け、温かくしている。
途中、ミエルの遊んで攻撃に何度も陥落しながらも、アニエスはせっせと縫っていった。
薬草クッキーはまつりの三日前に大量に焼くことに決めている。材料の手配や、役割分担など、当日あたふたとしないような取り決めをしていた。
ドミニクは庭仕事をしつつ、空いた時間は傷薬を黙々と作っていた。
ベルナールも、休日は薬作りを手伝った。
三日前になれば、アニエスの被り物も完成する。
彼女もクッキー作りに参加をすることになった。
今回、特別なクッキー型を作るという気合の入れようだった。
葉っぱの形が数種類、机の上に置かれている。味によって形を変えるらしい。
作るのは四種類。
若返りの薬草と言われている迷迭香草。
胃腸の調子を整える花薄荷。
鎮静効果がある目箒草。
疲労回復効果がある立麝香草。
以上の体に良い薬草クッキー作りを開始する。
材料を量り、生地を作って休ませ、型抜きして焼く、という作業を繰り返す。
アニエスは型抜きを手伝った。
クッキー作りは朝から晩まで行われ、屋敷の中は甘い香りに包まれていた。
準備が整った頃には、アレンは魂が抜けたように虚ろな目をしていた。
そんな一番の功労者に、ベルナールが街から土産を買って来る。
「頑張ったな」
「だ、旦那様!」
差し入れは瓶詰キャンディ。女性が喜びそうな、色鮮やかなものだった。
アレンは涙を浮かべ、お礼を言う。
「あ、ありがとうございます」
みんなで分けて食べると、喜んでいた。
それと同時に、ある思いが浮かんでくる。
――旦那様、アニエスさんにも、こういう風に自然な優しさを見せて下さい……。
二人の仲が良くならないと、今回みたいに大変な事態に巻きこまれる。
切実な願いであった。
アニエスと街に出かける際の練習として、家でも本当の夫婦のように振る舞う練習をしていたが、全く進歩が見られなかった。
ベルナールは眉間に皺を寄せた状態を維持し、アニエスはひたすら赤面している。
ジジルは休憩所の机に肘を突き、頭を抱える。
唸るように「一体どうして」と呟く。その様子を、アレンは呆れた様子で見ていた。
「仕方ないって。旦那様、男兄弟の中で育って、十代前半から騎士団に所属していて、同じ年頃の女性と関わる機会なんて皆無だったから、接し方が分からないんだって」
「でも、クラリスやキャロル、セリアが居たでしょう?」
「あいつらは異性として見ていないと思う」
「……そうね。娘達をそういう目で見ていたら私が困るわ」
アニエスは顔を赤くしているだけで、それ以外は違和感がないように見える。問題はベルナールだった。
「アレン、あなた、よく女の子と出掛けているわよね? どうやって仲良くなっているの?」
母親の発言を聞き、アレンは口にしていたお茶を机の上に噴き出した。
「汚いわねえ」
「いや、なんで知って」
「だって、やたら気合の入ったお洒落して街に行く時と、そうでない時があるでしょう?」
「か、勘だったのか……」
がっくりと肩を落とすアレン。
真面目に交際している女性が居るのならば紹介するように言われるが、親密な関係ではないと首を横に振る。
「いいところまでは行くんだけどね」
「どうして駄目になるの?」
「ある程度仲良くなった状態で料理食べに行くと、ついつい彼女よりも料理が気になって――」
どういう味付けをしているのか、どれくらい食材に火を通しているのか、料理人の悲しい性なのか、女性そっちのけで料理に夢中になってしまうのだ。
「酷い話だわ」
「でも、その研究のおかげで、旦那様に美味しい料理を作れている」
「職業病ってことね。それで、どうやってある程度仲良くなる状態まで持って行くの?」
母親からの追及を避けられないと思ったアレンは、女性と付き合う際に自分なりに気をつけていることなどを話した。
「女の子は一緒に食事したり、買い物したりしたら仲良くなる。ちょっとした気遣いも忘れずに。椅子を引いてあげたり、人混みを避けるように歩いたり。一輪の花とか、ささやかな贈り物も効果的」
「なるほどねえ。確かに家にこもっていても、なかなか距離を縮めるというのは難しい気もするわ」
だからと言って、王都に出掛けるのは危険なことだった。
「だったら、リンドウの村の雪まつりに行くのは?」
リンドウの村は王都から馬車で三時間の場所にある。雪まつりは年に一度開催されるもので、周辺地域では一番の盛り上がりを見せる催しである。
「確か、あのまつり、動物の被り物を被るから、見つかる心配はないんじゃない?」
「あ、そうね!」
美味しい食べ物を食べて、雑貨屋の露店を覘き、まつりの雰囲気を楽しむ。
被り物があるので、誰が誰だか分からない。
二人の距離を縮めるのにはいい機会だと、ジジルも思った。
「問題はどうやって行くように仕向けるのか、ね」
「――だったら、いっそのことまつりに出店をしては?」
話の中に突然入ってきたのは、部屋の隅で大人しく読書をしていた執事のエリック。雪まつりの露店の申込書を持っていると言う。
「旦那様は屋敷の修繕費の資金繰りにお悩みです」
「そっか! 出店で一儲け、とかだったら喜んで行くかもしれないわ!」
ジジルはエリックにいい子だと言って、抱擁をしてついでに頬に口付けをする。
さっそく話をしに行って来ると言って、休憩所から出て行った。
嵐のような母親を見送ったあと、アレンは苦笑する。
「いい子じゃなくて良かった」
その一言に、両手を上げて肩を竦める仕草をするエリックであった。
◇◇◇
ジジルは早足でベルナールの私室へと急いだ。
扉を叩き、中へと入る。
部屋には、ぎこちない表情で並んで座る偽夫婦の姿があった。
アニエスは恥じらうような顔をし、ベルナールは顔を顰めている。
だが、そんなことは問題ではない。
ジジルはすぐさま雪まつりの出店についての相談をすることにした。
「――という訳なのですが」
「話は分かった。商売するのはいいが、肝心の売る物はどうするんだ?」
「ドミニクの薬や、アレンのクッキーなんかどうかと思っています」
「なるほどな」
開催は一ヶ月後。手の込んだ物はあまり作れない。
「クッキーに薬か。微妙な組み合わせだな」
「確かに。どちらかにしますかねえ」
「でしたら、薬草クッキーとかいかがでしょう?」
乾燥させた薬草や香草を入れたクッキーは、貴族女性の間で人気だとアニエスは言う。
傷薬と薬草クッキーで、ちょっとした家庭薬局的な店にしたらどうかという着想を出した。
「薬草クッキーは健康にもいいですし、甘さも控えめで、お酒にも合うと聞いたことがあります」
「いいですね。お茶用に乾燥させた物がいくつもあるので、お菓子に合う癖のないものを選んで試作品を作るように頼んでみます」
アニエスのおかげで意見はあっさりと纏まる。
「当日、旦那様も店番して下さいね」
「分かってるよ」
「アニエスさんも」
「え?」
「嫌ですか?」
ぶんぶんと左右に振るアニエス。
店番が嫌なのではなく、まつりの当日は留守番かと思っていたので驚いたのだと言う。
「雪まつりはね、とっても寒いから、動物の被り物を被るらしいの。誰が誰だか分からなくなるから安心なのよ」
「そうなのですね」
「ええ」
ジジルはアニエスに被り物を作る手伝いをして欲しいと願う。
「勿論です」
「良かったわ。キャロルとセリア、お裁縫苦手なの」
「頑張ります」
こうして、話は纏まった。
翌日からまつりの準備が始まる。
◇◇◇
アニエスは動物の被り物作りに集中する。
手先が器用なエリックが作った被り物の型に、布を縫い付けていく。
ベルナールとアニエス、ジジルで、全部で三つ。キャロルとセリアは学校のまつりで作った兎の被り物があるので、それを使って行くようになっていた。当日、ドミニクとエリック、アレンはお留守番となる。
ジジルは鳥、アニエスは猫、ベルナールは熊の布と型が用意されていた。
内側には起毛素材を縫い付け、温かくしている。
途中、ミエルの遊んで攻撃に何度も陥落しながらも、アニエスはせっせと縫っていった。
薬草クッキーはまつりの三日前に大量に焼くことに決めている。材料の手配や、役割分担など、当日あたふたとしないような取り決めをしていた。
ドミニクは庭仕事をしつつ、空いた時間は傷薬を黙々と作っていた。
ベルナールも、休日は薬作りを手伝った。
三日前になれば、アニエスの被り物も完成する。
彼女もクッキー作りに参加をすることになった。
今回、特別なクッキー型を作るという気合の入れようだった。
葉っぱの形が数種類、机の上に置かれている。味によって形を変えるらしい。
作るのは四種類。
若返りの薬草と言われている迷迭香草。
胃腸の調子を整える花薄荷。
鎮静効果がある目箒草。
疲労回復効果がある立麝香草。
以上の体に良い薬草クッキー作りを開始する。
材料を量り、生地を作って休ませ、型抜きして焼く、という作業を繰り返す。
アニエスは型抜きを手伝った。
クッキー作りは朝から晩まで行われ、屋敷の中は甘い香りに包まれていた。
準備が整った頃には、アレンは魂が抜けたように虚ろな目をしていた。
そんな一番の功労者に、ベルナールが街から土産を買って来る。
「頑張ったな」
「だ、旦那様!」
差し入れは瓶詰キャンディ。女性が喜びそうな、色鮮やかなものだった。
アレンは涙を浮かべ、お礼を言う。
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