EX級アーティファクト化した介護用ガイノイドと行く未来異星世界遺跡探索~君と添い遂げるために~

青空顎門

089 稀人へのお願い

「よく来てくれたな。稀人達」

 笑顔で歓迎の意を示す街の管理者ロット。
 しかし、マグは彼が喜ぶ理由がよく分からず、一先ず愛想笑いをするに留めた。
 その誤魔化しをフォローするように。

「私達が知る地球の文化を知りたいとか」

 アテラがディスプレイを淡く緑に点灯させながら音声を発する。
 オネットからカムフラージュのための依頼内容を聞いたのだろう。

「今の状態は不十分ってこと?」

 それを受けて率直に問いかけるドリィ。

「さて。十分かもしれないし、不十分かもしれない。時空間転移システムの暴走に伴い、様々な情報が失われてしまったのでね」

 対して、ロットは特に気を悪くした様子もなく答えた。
 失った記憶を失ってしまったと自覚することが困難なように、なくなってしまった情報をなくなったと認識することもまた難しい。
 不自然な空白のようなもので浮き彫りにでもできない限りは。

「そうである以上、不十分であることを想定して動く必要がある。文化の継承こそ人間の心に安寧を生むもの。この街の機人は皆、そう信じて活動しているのだ」

 だからこそ、より完璧に近づける努力は怠らない。
 そういうことなのだろう。

 それぞれの街をそれぞれの存在意義に即した形で管理する。
 共生の街・自然都市ティフィカに続き、この標本の街・機械都市ジアムという事例を目にしたことで、オネットの言っていたことが段々と理解できてきた。

「ともあれ、そういう訳で君達には今日の夏祭りに参加して欲しい。その中で何かおかしなところがないか、足りないところがないか確認してくれ」
「…………分かりました」

 カムフラージュのためにも街を素通りすることはできない。
 であれば、丁度いい用件だろう。そう考えて頷く。

「では、早速行くとしよう。車は公民館の駐車場にでもとめてくれ」

 ロットはそう言うと、黒塗りの角ばった昔の高級車に戻った。
 そして緩やかに発進するそれの後に、マグ達もまた装甲車を走らせて続く。
 やがて公民館……と言うよりも村の集会所という感じの建物が見えてきた。
 その前に無駄に広く作られた駐車場に入り、車から降りる。

「こっちだ」

 そこからロットの先導で歩いていくと、祭囃子の音が耳に届いてくる。
 しばらくすると、神社へと続く参道に無数の屋台が立ち並ぶ光景が目に映った。
 楽しげに駆けていく浴衣を着た子供達の姿も見える。
 仲睦まじく歩く男女。微笑ましい家族連れ。威勢のいいテキ屋もまた。
 正に縁日の様相だ。
 言われなければ、この全員が機人だと気づくことはないだろう。

「何だか懐かしく感じるな……」

 アテラのようなガイノイドが世に出始めた時代とは言え、それでも国を見渡せば古きよき文化を守っていた場所はいくらでもあった。
 そういったものに触れたことも幼い頃には何度もあった。
 しかし、過酷な労働の中では遠い世界の出来事。病に倒れてからは尚のことだ。
 それだけにマグは郷愁を感じ、何とも切ない気持ちを抱いた。
 と同時に、そうした感情をポストアポカリプスの更に先の世界とでも言うべきこの未来、この異星で感じることができる事実はありがたいことだと思った。
 秩序の街・多迷宮都市ラヴィリアが作りものめいた街だったこともあり、お客様感覚が抜けていなかったが、地続きの世界として見られるようになった気もする。

「射的、くじ引き、輪投げ、金魚すくい、水風船すくい、お面屋、型抜き、焼きそば、お好み焼き、綿あめ、チョコバナナ。屋台がたくさんです!」

 目を輝かせるフィアが微笑ましい。
 自然と顔が綻び、折角だから自分も楽しもうと辺りを見回す。

「……さすがにどんどん焼きはないか」

 そうしている内に何となく記憶の中にあるものを探し、無意識に呟きが漏れた。

「どんどん焼き、とは?」

 それを聞き逃さず、真剣な表情で問うロットに少し気圧される。
 マグとしては軽い気持ちでの発言だっただけに、己の存在意義に関わる重大な問題と言わんばかりの彼の様子に少々申し訳なくなった。

「主に山形県の屋台などで見られる食べものです。お好み焼きを丸めて割りばしに巻きつけたような形をしていました。触感や味が割と特徴的だったと思います」
「成程」
「あ、いや、その、子供の頃に何度か食べたことがあるだけで……全国的にメジャーものじゃなく、ご当地グルメみたいなものでしたけど」
「バリエーションはあるに越したことがない。何より、ローカルな伝統だとしても蔑ろにしていいものではない。注釈は必要だが、確実に受け継ぐべきものだ」

 優雅な老紳士の雰囲気はどこへやら。凄い勢いで迫ってくるロット。
 根掘り葉掘りと聞かれた挙句、有無を言わさず神社の社務所に連れていかれ、そのまま端の方にあった台所へと通される。

「ここで、それを作ってみて欲しい」

 材料を用意し、出口を封じる位置に立って告げるロット。
 流れでどんどん焼きを再現する羽目になってしまった。
 完成するまで帰れない雰囲気をひしひしと感じる。とは言え――。

「レシピはおおよそ予測できます。ただ、旦那様一人では食べられる量が限られる上、私は味覚センサーを持たないので味見はフィアとドリィに任せます」

 機人のスペックはやはり凄まじく、二時間かそこらで思い出の味に至ることができた。それはよかったのだが……。

「俺の記憶の中のこの味が、過去の世界の文化として後世に残ってしまうのか」

 妙なところで大それたことをしてしまった気がしたマグだった。

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