猫と宇宙人はゴーストバスターを始めたようです

たっさそ

第68話 絶対に、居なくならないでくれ………





「聞こう。なんであんなことをしたの?」






 修さんが腕を組んでわたしを見下ろす


「…………」


「黙ってないで、言ってくれないと俺もなにもわからないよ」


「…………ごめんなさい」


「ふぅ~~~~。あのねクロちゃん。ごめんなさいって謝ることはいいよ。だけど、なんでそんなことをしたのか。その理由を教えてちょうだい。目をそらすな!」


 目を逸らそうとしたら、怒鳴られた。ビクンと肩が震える。
 やさしい修さんの、怒気のはらんだ目を見つめ返す。………怖い、けど、逸らしてはいけない………。
 遠くで、さっき知り合ったゴーストのハルナちゃんが心配そうにわたしを見つめる


「泳げるように………なりたくて………」


「それで?」


「わたしだけ………まだ水がこわい、から。」


「…………」


「修さんに………迷惑も、かけられないし………」


 言葉がつながっていないのを自覚できる。思考がぐちゃぐちゃになる。
 目の前が真っ白に染まっていく
 それでも、修さんは嫌な顔をしないでわたしの言葉一つ一つ頷いてくれた


「あのなぁクロ。一人で泳げるようになろうと努力したことは褒めてあげる。
 でもな、そんなに俺が信用できないか?
 俺が見ていないところでクロに怪我されたら俺が心配するってわからなかったのか?
 今回はたまたますぐに澄海が駆けつけてくれたからよかったものの………
 これでもし、澄海がいなくて俺が見つけるのが遅かったら、クロが死んでいたかもしれないんだぞ!」


「………ごめんなさい」


「焦る気持ちもわかる。だけど、それでまだ水に触ることもできないのに水の中に飛び込むのは、勇気じゃなくてただの無謀だ。バカのすることだ。だからクロはバカだ。」


 返す言葉もない。その通りだったから。
 焦ってもすぐに泳げるようになるものじゃない。
 タマちゃんたちだって、水に慣れてきたからといって、泳ごうとはしていない。
 まずは水に慣れるために少しずつ肩まで浸かっているんだ。
 なのにわたしは………


「本当に死ぬかもしれない苦しい思いをしたクロちゃんにはきついことを言うけど、死んだら元も子もないんだぞ!
 みんながみんな俺みたいに復活できるわけじゃないんだ!
 俺だって死ぬようなことがあれば、それこそ死なないために死ぬ気で抵抗する!
 自らの命を粗末にするやつは大っ嫌いだ!!」


 キライ………修さんに嫌われる
 わたしが、嫌われる。そんなの嫌だ。いやだいやだ!


「やだ………嫌われたくない、やだよぉ………ふぇええええええん!!」


「いーや、キライだね。泣いて許されようなんて思うなよ。今日の俺はいつもみたいに甘くない。」


 俯いて目元を拭おうとしたけど、わたしの頭に手を乗せた修さんが無理やりわたしの頭を上げさせて目を逸らさせない。
 わたしは「ひっ」という声とともに、また押し黙った。
 涙で視界が歪む。 頬を伝って雫が足元に落ちた


「俺もあまりこういうのは好きじゃないし説教だってしたくない。俺も気分が悪いからな。
 だけど俺はめちゃくちゃ怒っている。それはわかるな?」




 わたしは、ゆっくりと頷いた。すると、わたしの頭に置いていた手をどける。




「―――じゃあ、今から割と本気で殴るから、歯ぁくいしばれ!!」


「えっ―――」






―――ガヅン!!




 という、とても平手とは思えない音で、わたしは修さんに頬を殴られた
 考える暇もなかった。よろよろと後退して、しりもちをつく。


 それからようやく、わたしは痛みを知覚した




「い………痛い………いっう、ああああああああああああああん!」


「だろうな、痛いだろうな! でもな! 死んだら遺体なんだよ! 痛いもクソもねぇ!
 それがわからんようなら、クロ。家から出ていけよ。
 命を粗末に扱うような奴は、ウチにはいらない。」


 冷めた瞳で修さんはわたしを見下ろした。


「いやだ! いやだよぉ! いっしょにいたい! 一人にしないで!! ごめんなさ、ごめんなざああああああああああああん!!」


 左腕を押さえながらゆっくりと近づいてくる修さんに、わたしは少しだけ後ずさる。
 へたり込んで泣きじゃくるわたしの頭を、修さんは優しく撫でた


「だが、クロはちゃんと命の大切さをわかっていると、俺は思っている。
 俺はクロに危険なことをするなとは言わない。
 子供は怪我して覚えるべきだ。だが、死ぬかもしれない事だけは、絶対にするなよ。
 大好きなクロがいなくなったら、俺はどうにかなっちまいそうだ」


「う、ん………うええええええええええええん!!」


「おーよしよし。俺も目を離して悪かった。叩いてごめんね、クロちゃん。」




 そのまま、修さんはわたしを抱きしめて背中と叩いてしまった右頬をさすってくれた


 右頬? 修さんは右利きなのに………左手で、怪我してる方の手で叩いたのか


 『今から割と本気で殴るから』


 ………うそつき


 頬がじんじんと痛みを訴えるけど、音に反して痛みはそれほどでもない。
 張るような痛みだ。 皮膚だけが痛い。たぶん、これなら痣にもなっていない。




「っく、ごめんなさい、ごめんなさい、修さん。心配かけて、ごめんなさい」


「大事にならなくて本当によかった………。クロ、絶対に居なくならないでくれ」


「うん、うんっ! 」


『おねーちゃん、だいじょうぶ? いたくない?』


 ハルナちゃんがこちらにペタペタと歩み寄ってきてわたしの身を案じる
 ありがとう。もう大丈夫、だよ。








        ☆ 修SIDE ★




 あー、最悪だ。
 暴力とか振るったことないのに、クロちゃんを叩いてしまった


 本気で殴るとは言ったけど、右手で殴ったら痛そうだし
 左手は怪我してるから自分が痛いし


 結構前にクロに静脈を盛大に傷つけられて左腕の傷が今だ塞がらない。
 まだ力が入らないから、俺が痛くなるけど、出来うる限り、左手の本気でクロを叩いた


 本当は、強くはたく程度でよかったはずなのに、当たり所が悪かったのか、ガヅンって音出しちゃうし、クロちゃんも泣き出しちゃうし
 ………暴力で訴えた俺の方が悪いかもしれないな。


 でも、自分の命をなくすかもしれない行動を取ったクロちゃんを叱らないでいることはできなかった
 本気で怒ったからなぁ、クロに怯えられてしまった


 そのせいで、ほら、クロちゃんが少し俺から距離を取っている




 俺を怖がっているんだ。まぁ、そういう風に怒ったんだけどさ………


 いつもは俺の服の裾を掴んで後ろをついてくるだけだったのに
 意図的に俺を避けている


 あー、自己嫌悪




 どうして俺はこう、未熟なんだ。


 偉そうに説教しといて、自分は何度も死んでおいて。


 説得力もなにもあったもんじゃないよ


 クロが死にそうになったから怒ったことは後悔していない
 でも、叩くまではしなくてもよかったのでは? と、後になって後悔が押し寄せてくる


 それに、クロは泳げるようになるために、『無謀』なことをしようとしていたけど、その『無謀』を行うためにも、たしかに『勇気』は必要なんだ。
 ………だけど、せっかく俺のために頑張ってくれたクロちゃんを叱るのが忍びなくて


 やっぱり、俺はダメな保護者だよ




―――ポンポン




 肩をたたかれた


 誰だよ。俺がせっかくひとりで鬱になっているときに
 ちょっとイラつきながら振り返る


「おっちゃん」


「タマ子ぉ………」




 タマだった。タマは何もかもを悟ったような笑顔で俺の手を握った




「大丈夫だよ。おっちゃんは間違ったことは言ってない。私が保証するよ」


「ほんとうか? 俺はクロを叩いたんだぞ。親として失格じゃないのか?」


「んーん。溺れかけたクロちゃんに追撃をしたのはたしかにキツイねー。
 けどー、私もおっちゃんと同じ気持ちだよー。
 たぶんおっちゃんが私だったら、私もクロちゃんをひっぱたいていたよー。
 怒ってるのは私もおんなじだからねー。」


「でも………クロちゃんに怯えられちゃった………」


 常にティモの側にいて、俺と目が合うと、さっとティモの陰に隠れてしまう
 よく目を凝らすと近くには小さな女の子のゴーストがおり、俺と視線を合わせないようになにやらずっと会話を続ける。露骨な反応だった。
 それに、クロは俺が近づこうとすると、ビクリと肩を震わせてから、早歩きで俺から離れてしまう。ああ、嫌われてしまった
 俺が女々しくいつまでもイジイジしていると、


「こらー! おっちゃん、しっかりしてー!」


 ―――ガッ!


「おふん!?」


 おあ!? タマにケツを蹴られた!
 なにするの!? ちょっと反り返って変な声を出してしもたやないか!


「そりゃあ叩かれたら誰だって怯えるよー。でもねー、クロちゃんも自分が悪かったことはちゃーんとわかってるし、修さんが叩いた理由もクロちゃんは理解しているのー。結局、こんな距離感もんは時間が解決してくれるんだよー。」


「そうなのかな………」


「そーなんだよー。修さんに怯えるのはどうせ一時的なものなのー。まー、ただ今日中にはいつも通りに戻ってほしいから、ほらおっちゃん! さっさとクロちゃんを捕まえてきなさい! 手早く仲直りするのー!」


「は、はひぃ!!」




 腰に手を添えたタマの威圧感に負け、俺は無様に地を走った





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