猫と宇宙人はゴーストバスターを始めたようです

たっさそ

第63話 快水浴場百選

 鹿児島県には快水浴場百選に選ばれた海水浴場が三つある。


 一つは奄美大島。


 鹿児島のずっと南。沖縄県の方が近い。だが、それだけ海が澄んでいて綺麗だ。
 俺のお財布事情では行けるわけがない場所だ。


 次に鹿児島の北西。そこはタマたちの通う『海城かいじょう小学校』や、すぐ近くの『海城中学校』が毎年流木拾いやゴミ拾いをしているため、きれいな状態を保っている。


 だけどまだタマを海に近づいたことは無い。水を怖がるのに海を見せたらびっくりするに決まっている。
 だから海に寄ったことはない。夕暮れ時に海に沈む太陽の写真をスマホに収め、それを猫たちに見せたことくらいしかない。ものすごく幻想的で綺麗だ。


 だが、地元民からしたら、この海が快水浴場に選ばれたのが不思議でならないのだ。
 海は綺麗だ。だが、基本的に海は緑色だ。藻ではない。深いところに行けば、あたり一面緑色なのだ。
 青っぽい緑色をした海。それは綺麗な海の証明でもあるのだが、それでは満足しないのが地元民。


 都会や工場地帯が近い海などは海が黒い。それはこの海を知っているものなら、浸かりたいとは、いや、触りたいとすら思わないのだ。
 むしろ、そういう都会で人がいっぱいいる海水浴場を見ると『な、なんでそんな黒い海に入れるの!?』とツッコミを入れることができるほど、海の質が違うのだ。


 ではなぜ、そのきれいな海で満足しないのか。


 簡単だ。その海よりも質のいい海を知っているからだ。




 『阿久根大島』




 船に乗って10分で到着する4km程度の小さな無人島。
 その中で、遊泳できる砂浜は一か所のみ。


 300m程度の砂浜があり、7月から遊泳することができる。満潮の時は、10歩も歩けば足がつかなくなるほどの深さに達する深い海だ。
 そこからちょっと泳げばすぐに水深3mに達する。そこで水面に顔をつけると、海底までがきちんと透き通って見えるのだ。
 たった3mでと思うかもしれない。しかし、前に述べた海では膝まで浸かるなら底まで透き通って見えるが、肩まで浸かると足まで見えないのだ。途中で砂か青緑色に視界が潰される。1m2m。よくて3m程度で視界がふさがってしまうのだ。
 前方を見るのであれば、光の関係で5mは見ることはできるが………


 おなじ快水浴場百選なのに、この違いである。


 そこは、海が澄みきっているため、海水浴場のくせにさまざまな魚と一緒に遊泳することすらできる。
 前来た時は熱帯魚が普通に泳いでいた。捕まえてやろうと追いかけてやったぜ


 無理だったけど。


 まぁ、なんだ。なんでいきなりこんな無駄話をしているのかというと―――




「キャ―――――――――――――――――!!」


「………うっせぇ」


「おおおおおっちゃん! 海の上だよ怖いよ死んじゃうよー! このフェリーが転覆したら帰れないよー! 私泳げないのにー!」


「だーいじょぶだってば。そんなに怖いなら船から身を乗り出すなよ。」


「だ、だってー、水は怖いけど、海は綺麗なんだもんー!」




 そう。その阿久根大島までやってきたからである。
 朝9時に自転車にまたがって家を出て、タマを後ろに乗せてどんぶらこ。
 俺の背中にしがみついてくるタマちゃんの感触を味わいながら11時のフェリーに到着。
 俺は600円で船に乗り、タマは子供料金300円でどちらも往復することができる。
 九百円で日帰り旅行ができる。これはすごくいい!
 タマ子は太陽の光を浴びてキラキラと光を反射する海面を見つめて大はしゃぎ&引け腰。


 そして今に至るというわけですよ


 興奮しているのか怯えているのか、犬みたいに尻尾を振り回している。
 猫の尻尾ってこういう動きするんだっけ? 俺は今まで見たことないね。
 そんなタマを見ているだけってのもあれだから、タマのふさふさ尻尾を掴んでこちらに引っ張る


「ひゃあ!」


「そろそろこっちに来い。落ちたらシャレにならんぞ」
「は~い」


 ストンと俺の開いた足の間に収まったタマは、背中を俺に預けて目を閉じ、ゴロゴロと喉を鳴らす。
 なんかタマの右手が濡れてた。海水に手を突っ込んでいたのか。怖くないのかよ。
 シートベルト代わりにタマのおなかに手を回すと、タマが俺の手に自分の手を添えた。
 その手は海水で冷たくなり、ちょっと震えていた。


 やっぱり、水の上ってのはタマにとっては恐怖でしかないのかもしれない。
 しかし、やはり今のタマにはリフレッシュする時間が必要だ。
 悩んでばかりじゃ何も先に進まないよ。俺はその背中をほんの少しだけ押してあげるだけ。
 タマの頭を撫でる。


「ん~? そういえばおっちゃーん。県大会に行った頃より霊力増えた?」
「お、気づいた? 県大会から帰る前に、ちょっと変わったゴーストを取り込んでしまってね。憑依とかはできないけど、たのしそうな子だったから、一緒に連れてきた」
「???」
「まー、今は関係ないよ。」


 もともと霊力の少ない俺は霊媒体質であり、無差別にゴーストを取り込んでしまうという厄介な性質を持っていた
 死んだ回数分、ゴーストを取り込む量が増える。この量を増やすために、フユルギが俺を殺そうとして来る。
 曰く『使用上限が増えるんだったらそれに越したことないじゃん』らしい。
 死なないといけないこっちの身になってほしい。


 まー、ゴーストを一匹取り込むと、その分霊力が上昇する。藁人形の仕様にも、もう完全になれたので、多少自分の霊力が変動しても以前使っていた量の霊力を藁人形につぎ込むことによって同じ効果を得られるようにできた。
 イスルギさんも、案外これで藁人形を使った入れ替えを行っているのかもしれないね。


 ただ、イスルギさんは死んだことは無いし怪我をしたこともないとか。
 やっぱり化け物だ。




「おっちゃん? おーい、おっちゃーん。着いたよー」
「ん? あ、もう到着か。」


 思考に没頭していたら島に到着したことに気付かなかった
 タマに手を引かれて船を降りる。




 ここは船を降りると、100mほど歩いただけですぐに海水浴場になる。
 まだ6月だから泳ぐことはできないけど、足をつける程度ならまったく問題ない。


「ねーえ。どーするのー? 」
「どーするって?」
「これからどこにいくのー?」


「せやなぁ。とりあえず、鹿を見に行こうか。」


「………………?」


 なんか知らんけど首を捻られた


「鹿だよ? わかる?」
「うん、わかるよー? でもー、こんな島なのに鹿なんて居るのー?」
「いるんだなー、それが。なんと140頭も居る!」
「えー!? そんなに!?」


 俺が日曜日に通う老人介護施設なんだけど、そこにとある婆さんがいてだね。
 その人の旦那さんだか兄弟だか親父さんだかがどこかから鹿をこの島に運び入れたそうだ。
 なんでも、猟師が鹿を乱獲したとかで、この阿久根大島に避難させたことがその始まりっぽい。
 結構昔からこの島で繁殖してるらしい。
 鹿が草を食い、クソをする。それをフンコロガシがなんかする。それによって上質な草が育ち、鹿が食う。こういう無人島で、食物連鎖を感じるね。生態系っていうの?
 とにかくまぁ、ときどきじいさんばあさんの話を聞くと面白い情報が入るものである。うむ。




 そんなどうでもいい知識をタマに披露しながら大島を歩く。


「おっちゃん! 海ってやっぱり綺麗だねー! 私はおっちゃんのスマホからしか海を見たことなかったけど、おっちゃんがわざわざ写真にとるわけがわかったよー。」
「おー。うれしいことを言ってくれるな! そういう感性を持ってくれておっちゃんもうれしいよ」


 海岸を抜けて道を歩く。もうこのあたりになると鹿の糞がその辺を転がってる感じだ。
 まー、そうこうしてるうちに、一匹の鹿を発見




「……………ブルル」←鹿




 なんか日影を求めていたのか、看板の下でただ突っ立っていた。
 鹿にかわいい表現なんて見つかるわけもない。自然の鹿なんてこんなもんさ。


「あー、いたー、鹿さんだー!」


 タマが タタタッと鹿に走り寄る。だけど残念。奈良と違ってあまり人に寄ってこないんだよ、ここの鹿は。
 だって鹿せんべいとかないんだよ? 普通に警戒されるよ。
 タマの接近に気付いた鹿は、パカパカと足音を鳴らせながら走り去っていった


「あー………逃げちゃった………」


 残念そうに肩を落とすタマに声をかける


「なぁなぁ」
「んー? なーにー?」


 改造した麦藁帽子からネコミミをのぞかせて、首を捻るタマ。


「タマって動物の言葉とかわかったりする?」
「んー、別にそういうのはわからないよー。かろうじてわかるのが猫と犬くらいかなー。今日までそれ以外の動物にあまりふれあったこともないしねー。鹿についてもー、『おそらく警戒しているんじゃないかなー』って程度しかわからないし。」
「じゃあ飼育小屋にいるウサギや鶏は?」


「あいつらは何考えているのかまったくわかんないよー。」


 ちょっと吹き出してしまった。







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