猫と宇宙人はゴーストバスターを始めたようです

たっさそ

第45話 異変





「お、おい澄海! お前が開けろ!」


 僕たちが理科準備室の扉の前に立つと、時輝が僕にそう言った


「………あ? 別にいいけど、なに。怖いの。」


 言い方にイラッと来た。僕に命令なんかすんじゃねぇよカス。
 時輝は、僕にいつもちょっかい出してるからねぇ。正直、嫌いだ。


「ここっ! 怖くなんかねぇよ!」


 相当怖いらしい。時輝、声が裏返ってるのに気付いてるか? 説得力ないよ。
 ナナシも、顔色が悪い。こっちは正直に怖そうだ。


 僕は、時輝を鼻で笑ってから理科準備室の扉に手をかける






―――タンッ と、理科準備室の中に、地に足を付ける音が聞こえてきた。






 背筋が凍る。中からは、ゴーストの気配しかなかったはずなのにいきなり『妖怪』の気配が現れた。さながら瞬間移動でもしたかのように


 開けずに去りたいところなんだけど、まいったな、もう、開けちゃってるんだよ


 理科準備室の扉を開いた瞬間―――とんでもない量の妖気が僕たちを包んだ


 さらに、その妖気から逃げるように、一体の人体模型が、理科準備室から飛び出す。
 これは、七不思議『動く人体模型』


 ゴーストが、人型の器に入り込み、一般生徒を驚かそうというのが、この『動く人体模型』の正体。先生も、見るたびに位置を変える人体模型に怯えていた。


 中の妖気に当てられて、うまく人体模型から抜け出せなくなったのだろう。中に入っているゴーストはパニックを起こして、僕たちの方に飛びかかってきた




「うぐっ………うぇ」


「う、うわあああああああああああああああああああ!?」


「ひっ―――――!」


 人体模型がいきなり現れて、時輝とナナシが悲鳴を上げるが―――


「っ! 下がれ!!」


 指示を出しても、僕の声が聞こえていないみたいだ。それどころではないらしい。
 ティモも、溢れ出す妖気に当てられて、吐き気を堪えていた


 僕は人体模型の頭を掴んで動きを止める。


「ちっ、ティモ!!」


 『お前がしっかりしないでどうする! 早くそいつらを―――』という視線で睨みつける。すると、ティモは吐き気を飲み込み、


「う、うん!」


 ティモは二人にラリアットをかまして昏倒させた。そいつらを倒せと言った覚えはないんだが………いや、ナナシの方はまだ意識があったみたいだ
 僕はその間に人体模型を蹴っ飛ばし、理科準備室の中に入る。


「え? あ、あれ?」


 地面に転がる時輝たちを見て困惑するティモ。あーあ。時輝は失神してるし、ナナシは悶絶してるよ。


 僕はそれから目を離し、妖気の中心を見据える。そこにいたのは―――


(………優? じゃないな。優に霊感は無い。なんか厄介なものに憑かれたのだろうか)


 理科準備室の中心、バラバラに蹴っ飛ばした人体模型から抜け出たゴーストが不恰好に理科準備室から飛び出す。


 優の姿をしたそいつが、優の声で口を開く。


「こらこらー、よい子は寝る時間だよ。肝試しはそろそろお開きにして、そろそろみんな、帰ろうか」


 ………時間は、もうすぐ0時30分くらいかな。確かにもういい時間だ。2時までなら、この学校にいても、今のところは危険はなさそうだったのに。


 ……………こいつから漏れ出る妖気はいったい………


「…………………。」


 僕は無言で、目の前の優を観察する。


「ほーら、わたし・・・の言うことを聞きなさい。親が心配してるかもしれないよ」




 わたし、ね。憑いているわけでもなさそうだ。憑依なら、普段のしゃべり方すらゴーストはマネすることもできる。それをしないってことは、『憑依ではない』ということか。憑依しているなら、僕と優の関係性を知らないわけがない。魂が直結しているんだから。
 憑依でないのなら、優と僕がどういう関係なのかも知らないんだろうな。




「……………親が心配? 笑わせるな。ママが僕を心配なんかするはずがないだろう。優、お前がそれを知らないはずがない」




 そう、本物の優なら、ママが心配なんて言葉は口先だけのものだってことは知っているはずだ。だから、ゆさぶりをかけないと。
 僕は、少なからず恐怖で震える足を叱咤し、一歩前に出て、そいつに聞く。




「……………お前、誰だ。」




 そう問いかけると、ナナシが何かを言いたげにこちらに向かってきたから、せっかく踏み出した足を戻し、素早く理科準備室を閉めて鍵をかけた。
 もちろん、隙は見せないように、目の前のそいつから、体の向きを変えず、目もそらさない。


『え、え――――!』


 というナナシの声が聞こえる。
 こっちはお前に構ってる場合じゃないっていうのに


 それに………さすがに、この妖気はマズイ。
 僕一人じゃどうしようもない。修行した意味なんてなかった。
 おそらく、これには、ママも勝てるかどうか、わからない。
 優の姿をしたそいつは、優の顔で、不敵に嗤うだけで、こちらの先手を譲るような気配を出している。


「ティモ! クロとタマを呼んで来い! 今すぐだ! それと、ナナシ! お前はさっさとここから消えろ!!」


 これに一人で勝てると慢心して自惚れることはしない。
 ママですら勝てないような相手に、僕が勝てるはずがない。


『うん! すぐ呼んでくるね! 待ってて!』


「30秒だけ待つ! そいつらを連れてすぐ行け!」


 ………それ以上は、たぶん持たないから。


 僕は数珠を右腕に巻いて、優に飛びかかった。


「クハ! 一瞬で気づかれるか、いいねいいね! ただのガキじゃねぇなおい! 威勢のいいガキだよおまえは!」


「………!?」




 本気で殴り掛かったのに、片手で弾かれてしまった
 ………うそだろ、本気だぞ。殺すどころか、跡形もなく吹き飛ばすつもりだったのに


 というか、僕の動きを視認できたというのが、おかしい。


「最初の質問に答えよう。俺は、大山石動おおやまいするぎだ。覚えておきな、小僧」


 僕は続けざまに左足を上段に蹴りを放つも、優の細腕では防ぎきれないはずなのに、右腕一本で受け切られた。


 優の足元のタイルが抉れる。


「おおう! これは並の妖怪じゃ跡形もなく潰されるな」


 それを片手で防いでいるお前はなにものなんだよ!
 大山石動………これは聞いたことがある名前だ。なんだったかな


「ふっ!」


 地面に着地し、優の目の前から、いったん距離を置く。そのまま一瞬で背後に回り込み、間髪を入れず、僕は優の足元にスライディングをかますが、


「荒い荒い」


「ふがっ!? くそっ!」


 優は軽く跳んで躱し、ついでとばかりに僕の顔面にかかとで蹴りを入れた


 ………乳歯が折れた。まだ生え変わってなくてよかった。折れて血が付き、紅くなった乳歯を右手に吐き出す。


「俺は名乗ったぞ。お前の親は礼儀を教えなかったのか?」


 優が腕を組んで僕を見下ろす。ふだんの姿を知っているから、その眼光に違和感を覚えるね。
 僕は口元の血を乱雑に拭ってから名乗ることにした。


「………上段、澄海」


 右手を握り締め、もう一度殴り掛かると見せかけて、足元に散らばる人体模型の残骸を優に向けて蹴りつける


「うえんだん………? クハハ! なるほどね! 人間離れしたその動きはそういうこと―――がっ!?」


 読んでいたんだろう。残骸を両手で適当に払っていたけど、僕の目的は攻撃ではなく、一時的な目くらまし。優の左肩から、血が流れている。


 右手に持った乳歯を、強めに投げつけたからね。貫通してるはずだ。


「クハハっ! お前面白いぞ! カイの息子なだけあるな!」


 左肩を右手で押さえ、手に着いた血を見ると、大山石動と名乗った優は、さぞ楽しそうに笑い出した。
 カイ? カイって、パパの名前だ。上段海うえんだんかい。今は宇宙にいるはずだけど………。


「………パパを知ってるの。」


 顔面を蹴られた鈍痛と涙を無理やり抑え込み、質問をしながら左腕でコンパクトに殴ろうとするも


 くそっ! 掴まれた! そのまま―――




「同級生、だ!」








―――ボギュッ!








「ッ――――――――――――――――――――!!!!」




 下から膝を入れられて、左腕を折られた。歯を食いしばって耐えられる痛みじゃねぇよこんなの!


「精進しろ。コレは先輩からの選別だ。」


―――ガン ガン! と頭を掴まれた状態で、荒れた床に顔面を叩きつけられる


「が………あ………」


 そのまま、ホルマリン漬けの標本へと投げ捨てられた


―――パリィン!! と、気持ち悪い内臓や生物にまみれる。




 左腕の痛みのせいで吐き気がする。痛みと悔しさで涙が出る。視界が白黒になり、色味を失う。意識がもうろうとして、もう何もわかんねえ。
 なんなんだよ、こいつ。そもそも、何のためにこんなところに居るってんだよ………


                    ☆



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