猫と宇宙人はゴーストバスターを始めたようです

たっさそ

第27話 悔しい・・・惨めだ・・・努力しても報われないのなら、いっそ―――

 猫たちと一緒に窓から体育館をのぞいてみると、


――キュキュッ!


――スパァアン!


 と、小気味よい音が聞こえてきた。


『コラ岡田! もっとしっかり打ち込め! それはスマッシュじゃなくてちょっと斜めに入るドライブだ!』


『はいっ!』


 顧問の先生らしき人から激が飛び、


コート中央に戻ったおっちゃんは、ラケットを構えて――


『死ね!』


『死ぬかボケ!』


キャプテンと思しき人のスマッシュを相手コートの奥に返した
 ほーっ! あのスピードのスマッシュを返せるのか。銃弾を目で追うくらいの動体視力はある僕だけど、おっちゃんは普通の人間。あのスピードのシャトルは、ほとんど見えていないはずなのに、それでも返した。
すごいな。コースを予測していたのかな。


着地したキャプテンは、バックステップでシャトルを追って、少しバランスを崩したが、おっちゃんのコートに少し甘めに返した


これはルールをよく知らない僕でもわかる。絶好のチャンスだ!


 おっちゃんは相手コートのほぼ真下に叩きつけられるような甘いシャトルに向けて、スマッシュの構えで跳んだ


『っらぁあ!』


 気合のこもった短い掛け声とともにラケットを振り下ろす


――フォンッ! ………コン










「……………………」


「……………………」


『……………………』




 言うまでもなく、空振った。


 言っちゃ悪いけど、ものすごく格好悪い


 ママも今のチャンスボールを決められなかったおっちゃんに、口元があんぐりしてる。


 クロも目を見開いて固まっていた


 タマはアゴに手を当て、表情を変えず、真剣におっちゃんを見ている


 ………ティモはここにいなくてよかったな。大好きなおっちゃんに失望するところだったろう。






『くそっ、またダメだ。』


 前髪を掻きあげながら、 おっちゃんがラケットで地面に落ちたシャトルを拾ってキャプテンに返す。


『キャプテン、試合はもうええよ。諦めとるからもう試合終了でいいじゃろ?』


 Tシャツで汗をぬぐってキャプテンに聞く。


『うん、わかった。』


『余った時間はちょっとおっちゃんのスマッシュ練習に付き合ってくんない?』


『いいよ。』


『ありがと』




 顧問の先生がキャプテンにシャトルを渡し、キャプテンが打ち上げたシャトルに、おっちゃんがスマッシュを打つ。


流れ作業のような練習が始まった。


 おっちゃんはスマッシュの練習に入ったけど、




―――バシッ!


―――フォン!


―――ブンッ!


―――コンッ………ポテ




 三回に一回当たればいい方だった。
 そういや、初めて会った時に言っていた気がする。
 おっちゃんは運動音痴だって。


 さっきは恰好悪いなんて思ったけど、漫画みたいに努力しているおっちゃんを見ていると、応援したくなった。


『もう一回!』


おっちゃんが叫んで、


『――そらっ!』


 キャプテンが打ち上げる。


『おっ……らぃや!』


 そして、空振る。


 それの繰り返し。




『もう一回!』


 おっちゃんが何度目ともわからないスマッシュを打とうとするが


「あ………」


 となりのクロが声をもらした。


『あら――』


 ――――どしん!


 おっちゃんはラケットを空振り。着地に失敗してバランスを崩し、足を挫いて転んでしまった。
 うつ伏せに、盛大に転んだおっちゃん。




 それを見た顧問の先生は………




『ぷっ………ひひひ、あっはははは! ひーっはっはっはっあはははは!』




 ………盛大に、笑い始めた
 しばらく足を抑えて痛そうに呻いていたおっちゃんは、深呼吸してから、ゆっくりと立ち上がり―――


『キャプテン、もう一回、打ち上げて………』


 根性でもう一回打とうとする。


『あぁっはははははは! ひー、ひー、あっはははは!』


 しかし、顧問の先生がキャプテンにシャトルを渡そうとはせずに、地面をたたいて、おっちゃんを指差して爆笑しているため、打ち上げることができずにいた


『もう一回………。』


 それを聞き取れる人間はその体育館にはおらず


 ラケットを握るおっちゃんの手がプルプルと震えて、ラケットを振りかぶり、地面に向けて叩きつけようとしたが………


『馬鹿、やめとけ。』


『………。』


 ネットをくぐってきたキャプテンがおっちゃんの右腕をつかんだ。


 自分の努力を笑われたんだ。地面を叩いて、指まで指されて。
 僕だったら、その顧問の先生を殴っている。というか今この瞬間にも殺してやりたい。
 自分の事ではないのに、そこまで思ってしまった。


 それは我慢の許容量を超えるよ。


 タマも眉間にしわを寄せ、唇を噛んで耐えていた。本当はすぐにでもそこに駆けつけてあげたいはずなんだ。


 ママも、今体育館の中に入ってもなんの解決もできないことはわかっているし、そもそもこれはおっちゃんの問題だ。ママがしゃしゃりでていい場面ではない。


『………ちっ!』




 おっちゃんが舌打ちしながら憎悪の視線を笑い転げる顧問に一瞬だけ向け


 そして、深く俯いた。


 その瞬間―――










 気温が一気に10℃ほど下がったような冷気を感じた










「っ!! まずい! 修ちゃんを止めろ!」


 ママが叫んだが、僕も猫たちも、その光景に釘づけになってしまい、動けなかった。


 どこから来たのか、ゴーストが5人。おっちゃんの周りを渦巻くように飛んでいた
 ゴースト自身も、自分の意思で飛んでいるようには見えない。


 なんだ………あれは。おっちゃんは何をしようとしているんだ………?


憑依ひょうい―――うぐぇっ!?』


 急におっちゃんが喉を押さえて苦しそうに仰向けで倒れる




「バカ野郎………。」


 苦虫をかみつぶしたような表情で、ママが右腕をおっちゃんに向けていた。
 腕のみを幽体離脱させ、おっちゃんの首を絞めていたんだ。


 おっちゃんは、気道を確保しようと喉に手を当てるも、幽体であるママの手を装備もなしにつかむこともできず


 突然くるしそうに倒れるおっちゃんを見たほかの部員たちも、心配そうに見る中、
 顧問の先生だけは、さらに笑っていた。


 転んだところのみを見ていた他の部員、別コートのバスケ部員も何人かが、くすくすと笑っている。


 おっちゃんの体がくたっと力を抜いたように静かになった。


 キャプテンは倒れたおっちゃんを心配そうに見ている。友達はいないって言っていたけど、ちゃんと心配してくれる人がいるじゃん。キャプテンいい人そうだし、よかったね、おっちゃん。


 おっちゃんが気絶したのを確認したママは、体育館に草履のまま、堂々と入っていく。
 僕たちも、体育館の入り口へ移動した。


 突然の闖入者に、体育館の中は静かになり、ママが体育館中の注目を集めてしまったが、それを意に介さず


「ちょいと修ちゃんは回収させてもらうよ。」


 ママはおっちゃんの左腕を両手でひぱって、ずる、ずる、と引きずるように、ゆっくりこちらに移動する。
 キャプテンは何が起こったのかわからない様子で、引きずられるおっちゃんを見送った。




「ひひひっ…………あ、ちょっとお嬢ちゃん! なに靴のまま入ってきてるの!」


 ママの突然の参上に遅まきながら気がついた顧問らしき人。
 ママは感情のこもらない瞳をその顧問に向ける


「黙れクズ。アタシに話しかけるな。虫唾が走る。」


「は………? 何言ってんの?」


「………」


「おい、聞いてんのか!?」


 心底面倒くさそうにため息をついたママは、おっちゃんを指差してこういった。


「修ちゃんが気絶しているこの状況でそんなことを言うアンタは教師以前に人間失格だ。前世から出直してこい」


 気絶させたのはママだけど、ここにいる人たちはそれを知ることはない。
 気絶したおっちゃんを心配するでもなく、笑い転げるヤツを、僕も許せなかった。


 ………こんなことを思っている自分にも驚いた。自分で思っている以上に、僕はおっちゃんのことを気に入っているのかもしれない。


「なん………だと?」


 そこまで言われ、肩を震わせながら大股で歩み寄る顧問。


「タマ子、クロ。手ぇ貸してくれ。修ちゃんを車まで運んでくれるだけでいい。アタシには腕力がないから、できないんだ。」


「わかったよー。」


「う、うん………。」


 タマとクロも、靴のまま体育館に入り、おっちゃんに走り寄る。


「あと………アタシはこのバカがどうしても許せないもんでね。」


「てめぇ………!」


 ママは顧問に胸倉をつかまれたが、据わった目で顧問をにらみつける。


 じゃあ僕は部室にでも行っておっちゃんの荷物をまとめて持ってくることにするよ。


 タマがおっちゃんの腕をつかんで体を持ち上げ、クロが足を掴んでおっちゃんの体を浮かす。僕はその後ろに荷物をもって体育館を後にした。





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