自爆の勇者は世界と共に ‐Destruct's Hero‐

たっさそ

第6話 ステータスプレート

「おい、この者達に例のモノを!」


 王がそう命じると兵士の一人が何やら板のようなものを複数枚用意してきた


「これは………?」


 首を傾げる俊平たち。兵士はとりあえず全員の保護者的存在である担任の矢沢聡史に10枚程度の板を手渡した


「それは、ステータスプレートである」


「ステータスプレート………」


「今は手元にそれだけしか無いが、近日中に全員分のステータスプレートをそろえよう。それは我が国が発行している身分証のようなものだ。無くさぬように気をつけてくれ」


 渡された板を一枚だけ自分の分に取ってから、何とはなしに近くにいた凄腕マジシャン、加藤消吾に手渡す聡史。
 突然手渡された大事なモノに対して、「え、ワイに渡されたっちゅうことは消してもええのん!? 戻らんくなってまうで!?」と渡されたプレートを一枚取ってから消吾の隣にいた佐之助エロガッパに手渡す


「そんじゃ俺っちも一枚だけ拝借するっぜぃ。ほい、虹色どん。」
「ああ、助かるよ」


 佐之助は一枚取ってからこれまた近くにいた光彦に残りの7枚を手渡す。
 光彦はそれを瑠々、瞬、リキ、そして縁子に手渡した。


「えへへ、はい、俊平君」
「ふえ? あ、ありがと、縁子ちゃん」




 光彦に最後に手渡された縁子が残りの2枚を俊平に渡す。
 担任の矢沢聡史が近くにいた消吾に手渡したことから始まったプレートリレー。
 聡史が初めから自分の独断で選んでも文句などなかっただろうが、生徒の自主性に任せると言った手前、そう言うことも生徒自身に決めさせた方がいいと思った結果だった。


 まさかリレーになるとは思わなかったが。


「えっと、最後の一枚だ。妙子ちゃん。いる?」
「うむ。では儂が貰い受けよう。」


 なんとなく手渡されてしまったそれを、一枚だけ自分の分として手元に置き、ラストの1枚を近くに居た妙子に手渡した。
 身長の低い俊平からプレートを受け取る際、顔は下を向いているはずなのに、頭の上に乗っている葉っぱはなぜか頭から落ちない。不思議である。


 プレートは数が足りないため、クラス全員分は無かったが、後日用意するという話なので、慌てず騒がず生徒たちも待っている。


「それで、このプレートをどうすればいいんだ?」


 聡史の質問。
 プレートを渡されたはいいが、見る限り、ただの鉄の板である。
 スマホよりも薄く、スマホ程の大きさだ。何かが表示されている様子もない。


 振ってみて、指ではじいてみて、曲げてみても特に変化をもたらさないそのプレートに何の意味があるのかが分からず、王に詳細を聞いた。


「そのプレートの表面に血を垂らすことにより、その者の情報をその板に刻み付けることができるのだ。個人の登録が完了すると、そのプレートは完全に血を垂らした者の所有物となる。魔力の波長で承認されるから偽造はできんぞ」


「なるほど………血を垂らさないといけないのか………」


 プレートを持ってきた兵士とは別の男が、小さなナイフを持って来ていた。
 コレで指先を刺せということだろうか


「あ、僕は料理を作ったときに指を切った傷跡があるや―――あっ!」
「コレは俺が貰うわ」


 それを見て、自分を指すのは嫌だなぁと思っていた俊平だが、


 そういえば今日のお昼ご飯の『ジバ●ャン』のキャラ弁を作る際に包丁で指を切って血が出ていたんだ!


 と絆創膏を剥いでその血をプレートになすりつけようとしたその時。


 俊平のステータスプレートを横から赤い髪の少年が掻っ攫ったのだ
 ピンとプレートを指で上に弾くと、クルクルと回転してパシッという音と共に赤い髪の少年――赤城雄大の指の隙間に収まる。


「ちょっと赤城くん! それは私が俊平君に渡した物よ! 俊平君に返しなさい!」
「あん? 別にいいだろ。そのうち全員に配られるんだ。早いか遅いかってだけだ」
「だからって人から取るのはいけないよ!」


 人のものを平然と取る赤城に憤慨する縁子。
 しかし、赤城はそんな縁子の言葉も鼻で笑って俊平を見下ろした


「はん、おいチビ介。こいつぁ俺が貰ってもいいだろ?」
「ひぅ! う、うん………僕は後でもいいよ………」


 頷くことしかできない小心者の俊平は、おとなしく赤木にステータスプレートを差し出すしかないのだ。


 彼は俊平からステータスプレートを盗った罪悪感は無い。
 その様子を見て、光彦が眉根を寄せる。
 妙子や佐之助と言った俊平と親しき人間も眉間に皺を寄せて赤城を睨んだ。だが、被害者である俊平が「後でもいい」と言っている以上、そこを深く掘り下げるわけにもいかないもどかしさ。


「へっ、初めから俺に寄越せってんだ」


 赤城はそのまま右手の平にプレートを押し付ける


 それは、この世界に召喚される前に椅子で教室の窓を割ろうとして割れなかった時にその反動で手のひらの皮がむけてできた傷だ


 手を離すと、ステータスカードは淡く光を発する。
 しばらくすると、なにやら文字が浮かび上がるではないか。


 その様子を見て、聡史や消吾、佐之助といった面々もかさぶたを剥いだり小指の先にナイフの切っ先で突っついたりしてステータスプレートに血を垂らしていった


 浮かび上がった文字を見て、一同は眉をしかめる




―――――


 ●▼◆:
  ×Д:○◎▽
 ξΨ:<■□Ω>
   Ψ:ω〟Ш
^Д^m:ωξΨ
  Шχ:ξ〇Ю
  ∽£:£∽£
☆ω〟Ш:ξΨ〇
  ξ★:χ▼н
Ш∽£∽:ξШ☆
  Ш☆:ξ・£・ξ
  ξ★:<〇><★><ξ><ξ£ξ〇>
  нΨ:<×_▼ξ>


―――――




「よ、読めない………」
「………なるほどのぅ」
「ま、当然だっぜぃ」


 当然ながら、全く知らない言語ですべてを書かれているため、読むことができなかった
 俊平からステータスプレートを奪った赤城ももちろん同様である。


 奪った意味など初めからなかったのだ。


 周囲の生徒たちからクスリと笑われて顔を赤くした。


「そうですか………では、わたしがプレートを預かって読み聞かせますねっ!」
「頼んでもいいか?」


 光彦の手を取って頬を染めながらプレートを預かるミシェル。


「ひっ!?」


 その周囲に居たクラスの女性陣はこぞって殺気を飛ばし、ミシェルがキョロキョロと殺気の正体を探るが、そこにはにこやかにほほ笑む女の子たちしかいなかった。


「そ、それでは、読み上げますね! そうだ、勇者様のお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


 そういえば、自己紹介がまだだったことを思い出し、ミシェルは光彦の手を―――殺気が放たれたため握ることはなかったが、手を降ろして光彦の眼を見つめる


「ああ、虹色光彦です。よろしくおねがいします、ミシェル様」
「呼び捨てでも構いませんわ、光彦さま」




―――――


 個体名:
  種族:異世界人
  能力アビリティ:<聖剣使いソードマスター
  筋力:150
  敏捷:150
魔力障壁:100
  魔力:50
  通力:200
魔力浸透:200
  器用:100
魔法適性:光・火・雷
 スキル:<聖剣召喚><瞬動><破斬><纏魔剣><リミッター解除>
  称号:聖剣の勇者


―――――




 コレが光彦のステータスであった。
 個体名に何も記載されていないのは、まだ名前を登録していないからか。


 <筋力>とは文字通り力のことだろう。
 <敏捷>もまた然り。どちらも、この世界での17歳の平均的な数値は30程度である。
 この世界の者達から飛びぬけていることが一目瞭然であった。


 <魔力障壁>とはいわゆる魔法への耐久値。魔法攻撃を生身でどれだけ耐えれるかの目安となる。これも、この世界の平均は20ほどである。




 <魔力>とはすなわち魔法を使うに当たり、必要な力だ。それがなければ、魔法を使用することができない。当然だ。
 だが、当然ながら、魔法の素質を持つ者は多いとは言えず、一般人でも10もあれば頭一つ抜けている方である。


 <通力> これは技能やスキルを使うに当たり、魔法に必要とされる魔力とは別種類の力である。“魔力”で魔法を放つことはできても、“通力”ではできず、“通力”でスキルを放つことが出来ても、“通力”で魔法を放つことはできない。
 別名で<第2魔力>。魔力とは別の、スキルを放つための不思議な力。
 しかし、スキル自体はそう珍しいものではない。限られた人物しか使えないとはいえ、万人居ればその半分以上は“通力”を使いこなして魔物を狩って生活しているのだから。


 <魔力浸透>とは、魔力との親和性を示す数値である。数値が高ければ高いほど、魔力をスムーズに魔法へと現象を起こすことが出来る。いわゆる魔法攻撃力の値だ。
 “通力”を使う“スキル”もこの魔力浸透の威力に左右される節があるため、“第2魔力”と呼ばれるのである。


 <器用>は文字通り器用さを表す数値だが、“魔力”の操作技術でもある。
 一般的に“通力”は操作することは不可能で、“魔力”は操作が可能ということ。それはすなわち魔法の出力調整に関する項目だ。
 ただし、体内にある魔力を体外に出すためには魔法陣や杖と言った媒体が必要となる。


 <魔法適性>はその魔法を使うことが出来るという事。適性の無い魔法は使えない。
 魔方陣を使えばその限りではないらしいが、適性を持たない者が魔方陣を使おうと思っても、魔力変換の効率が悪いらしい。
 魔法と言っても何でもできるというわけではないらしい。


 <スキル>とは、“通力”で述べたとおり、魔力とは別の力で発動する能力。
 おもにアビリティに関する技や特殊技能のことである




「なるほど、数値もそんなに高いのか………」




 ミシェルの説明に光彦はまじまじと読めない文字で書いてあるそのプレートを見つめる。


「はい! この国の騎士団長のダンと遜色ないレベルかと!」
「ふうん………でも、俺達は戦闘経験の全くない素人だ。現職の騎士団長に勝てるとは思えないな」
「そこは勇者様方の鍛錬次第です! <聖剣使いソードマスター>というアビリティは伝説級のアビリティです! は、初めて見ました………おとぎ話ではなかったのですね!」


 キラキラした瞳で光彦に熱くそう語るミシェル。
 光彦のステータスを聞いて、自分たちも『チート来た!』だの『俺TUEEやりてえ』だの『俺は誰だ!?』だの言いたい放題だ。
 それほど、自分の持つ能力の詳細が気になっているのだ。
 後日同じものを渡されるとはいえ、それは仕方のない事と言えた


「なあなあ姫様! 俺のステータスの詳細も教えてくれよ!」


 ずいぶんと光彦に執着しているらしいミシェルに痺れを切らし、ミシェルに自分のプレートを見せたのは、100m走日本記録保持者の早風瞬だった


 早風瞬。彼は幼少期から陸上選手に成るべくして育て上げられた天才である。
 両親は共にオリンピック陸上競技の出場者。その息子である彼がサラブレッドとして親から受け継いだその足と、さらには整ったその顔で学校内でも光彦に次ぐ人気を誇っている。


 彼は自分の思い通りに行かないことは腹を立ててしまう少々ワガママな性格になってしまい、女遊びも激しい。
 そんな瞬は、ミシェルを一目見た瞬間から、彼女に一目ぼれしていた。スッと通った鼻筋。蒼い瞳に金糸のような美しい金髪。ホレるなという方が無理な話であった。
 思い通りに行かない事の方が少ない彼は、彼女もそのうち自分が好きになるに違いないと全く疑っていない。


 やや押しが強すぎるせいでミシェルは少し引いていたが、それでもイケメンからの頼みである。彼女は快くそれを引き受けた。


―――――


  個体名:早風瞬
   種族:異世界人
アビリティ:<韋駄天ランナー
   筋力:100
   敏捷:250
 魔力障壁:100
   魔力:50
   通力:100
 魔力浸透:100
   器用:50
 魔法適性:雷・風
 スキル:<瞬動><縮地><刃蹴><空歩>
  称号:韋駄天の勇者


―――――


「こ、これは………速さが飛びぬけております! すごい、こんなステータスはみたことがありません! この国では敏捷が200を超えるような方はいらっしゃいませんので、本当にすごいことですよ!」


「へっ、当然だぜ。誰も俺に追いつけやしねえんだ!」


「しかも、<韋駄天>なんて、伝説級のアビリティですよ!」


 どうだすごいだろ、と言わんばかりに胸を張る瞬。
 そらから後も、しばらく「ねえ、好きな食べ物って何?」だの「婚約者っているの?」だの、しつこくミシェルに付きまとっていたのだが、それを押しのけるように巨体がぬっとあらわれた。


「うお!?」
「………。」
「てめ、なにすんだよリキィ!」
「………。」
「あ? しつこいだぁ? 姫様は一言もそんなこと言ってねえだろ! 余計なことすんじゃねえよ!」




 ドスッとその鍛え上げられた足を、その巨体――松擦力まつするリキのふとももに突き刺した。
 だが、その異世界に来たことによる筋力の変化などものともせずに何事もなかったかのようにピンピンしている。


「………」
「………ちっ。わぁったよ。姫様。このノッポのステータスも見てやってよ」


 無口なリキと、なぜか会話が成立しているのは、彼が幼馴染だからだろう。
 無言のやり取りの後、なにかしらに決着がついたのか、瞬が折れてミシェルから離れた




「え、ええ。わかりました」


 松擦力は、身長が2mを超す巨漢だ。
 体重も100kg近くある。しかし、それは無駄な脂肪など全くない、芸術的なまでに磨き上げられた美しい筋肉の塊であった。
 いまも、学制服に身を包んではいるが、はちきれんばかりのその筋肉に、今まさに学ランの第1ボタンがはちきれて飛んでしまっていた。


 その圧倒的な迫力に、ミシェルや王も眼を見開くしかない。
 腰を折って、ミシェルに目線を合わせながらステータスプレートをミシェルに手渡す。


 リキの掌は小柄なミシェルの頭を簡単に握り締めてしまいそうなほど大きく、スマホ程の大きさがあるステータスプレートも、どこかつまんでいるような印象さえ与えていた。




 そんな彼はバスケットボールや柔道部、バレー部などからも引っ張りだこ。陸上競技も砲丸投げ、ハンマー投げ、やり投げ重量上げといったパワーを使うものでは学校のエース級の生徒さえもぶち抜く成績を誇っている。


 大きなガタイをしている割に、かわいいモノが好きという一面もあり、そのギャップからか、女子からの人気も高い。
 すれ違うたびに俊平の頭をポンポンと撫でる姿も確認されているため、もしかしたら“小さいモノ”が好きなのかもしれない


 そのたびに俊平が「ぴゃー! なでないでー!」と喚いているのはご愛嬌だ。


―――――


  個体名:松擦力
   種族:異世界人
アビリティ:<要塞フォートレス
   筋力:300
   敏捷:30
 魔力障壁:200
   魔力:20
   通力:100
 魔力浸透:30
   器用:10
 魔法適性:重力
 スキル:<不動><威圧><爆拳骨><巨大化>
  称号:要塞の勇者


―――――




「魔力値や敏捷は低いですが、これはいくらなんでも、筋力が異常すぎです………。しかも<要塞フォートレス>なんて………これも伝説級………これは夢なんでしょうか………しかも、スキルに<巨大化>だなんて………さらに大きくなっちゃうのですか………?」


 どうやら、生徒会メンバーはぶっ壊れた性能を持っていたらしい。


「………?」
「ん? ああ。姫様。普通のアビリティってのはどういうのなんだ?」


 ミシェルのつぶやきに疑問を思ったらしいリキを瞬が通訳してミシェルに聞くと


「え、ええ。アビリティを持つ者は5人に1人程度でよくあることなのですが………そういう人は大抵常人よりもステータスが高い傾向にあります。では普通のアビリティなのですが………<剣士>や<武道家>、<足軽>に<戦士>、<重戦士>などといったものなのですが………なんと説明したらよろしいのでしょう。あなた方のアビリティはそういったアビリティの数段階上をゆく、特別なアビリティなのです」


 どうやら、アビリティにも強さのランクがあるらしい。
 下級 中級 上級 超越級 伝説級 といった具合である。


 <聖剣使いソードマスター>でいうならば


 下級に<剣士>
 中級に<重剣士>や<双剣士>
 上級に<剣闘士>
 超越級に<剣聖>
 最後の伝説級に<聖剣使いソードマスター


 といった具合である。
 それ以外にも、“ユニークアビリティ”を持つ者もいるという。
 ユニークアビリティとは他と被らぬ自分のみが持つアビリティ。もしくは希少性の高いアビリティのことを言う。その効果は強力で、ほぼ確実に“上級”“超越級”以上の強力なアビリティとなるらしい。




「………。」
「なるほどね。だいたいわかったぜ。次は縁子あたりが調べてもらえよ」


 本当に理解しているのかいないのか、瞬は目を瞑って『理解してるぜ!』と言いたげに頷いた。
 たぶん理解していない。


「うん、わかった」
「では、その次は私だな」


 だが、そんな難しいことは考えを放棄することで解決する。彼は次に縁子のステータスを見てもらうように促し、縁子はミシェルの前に歩み出た。




            ☆ イルシオSIDE ☆




 イルシオ・ルルディアは退屈していた。


 イルシオ。彼は王子である。
 彼の齢はまだ10歳であった。


 姉のミシェルは16歳。年の離れた弟だが、イルシオは紛れもなく長男。国の跡取りを任されるべく教育を受けた、王の資質を持つ10歳児であった。


 だが、王の資質を持てども、10歳。やんちゃ盛りである。


(お父様のお呼び出しがなかったら、またいつもの秘密基地・・・・に遊びに行くんだけどなぁ)


 彼の視界の先では、異世界から召喚されたという少年少女たちが何語とも知れない言語で話しながら、姉であるミシェルや父のガルヒム王と会話している。


「おにーさま。あのひとたちはだれなのです?」
「しっ、今ぼくたちはしゃべっちゃダメだよ」
「なんでなのです?」
「なんででも」




 そんな王子、イルシオの服の裾を掴んだまま離さない少女は、ネマ・ルルディア。
 イルシオの妹である。


 第2王女のネマは、ことあるごとに「おにーさまー♪」と駆け寄ってくるので、よく可愛がってあげている、イルシオの自慢の妹であった。


 ネマはまだ5歳。お王宮での礼儀作法は叩き込まれているとはいえ、それでもイルシオと同じくヤンチャざかりの5歳児だ。


 言語も分からない人たちと会話をしているのは大人たちだけ。
 自分たちはなんでここにいるのかもわからない。


 ただ、黙って父であるガルヒム王のそばに控えているだけなのである。


 それを退屈と言わずになんという。


「あ、そうだ。宝物庫に忍び込んで、コレを盗んできたんだ」


 ポンと思い出したかのように柏手を打って、イルシオはポケットの中から一つの指輪を取り出す。


「おにーさま、いけないんだ」
「内緒だよ、ネマ」
「はい、おにーさま♪」




 イルシオが取り出したのは、現在ガルヒム王とミシェルが付けている指輪と同等の効果を持つ物である。
 いかなる種族の生き物とでも会話をすることが可能になる、値は張るが、富裕層や上級冒険者には割と出回っている特別な魔法が込められた魔道具である




「おにーさま」
「ん?」
「おといれにいきたいのです」
「………今は我慢して」


 ネマは内またになってドレスをギュッと握り、少し俯く。
 今はガルヒム王の大事な謁見の最中である。
 それを邪魔するわけにはいかなかった。


 イルシオはぶかぶかの指輪を右手の人差し指に嵌めると、先ほどまで意味不明な言語を話していた異世界人の勇者という人物たちの言葉が、急に意味を持ち始めた。


 イルシオが聞いていたのは、聡史が王に質問を繰り返していた時のこと。


 彼が理解したのは、彼らが現状に納得していないということ。
 無理やり異世界から連れてこられたのだ。
 イルシオも、自分がいきなり物置部屋に閉じ込められたら納得できない。


 それと同じだと思った。


 次第に、話が進んでいき、兵士が持ってきたステータスプレートを10人程度に配ることになった。


 その際


「あれ? なんで子供が居るんだろう」


 自分と同じくらいの身長の子供が、他の勇者たちと同じ服を着て、赤い髪の男からステータスプレートを取り上げられていた


「あんなのでも、勇者なんだ」
「おにーさま?」


 イルシオのつぶやきにネマは首を捻る。
 目の前に、勇者として召喚された、自分と同い年か年下くらいの男の子が居るのだ。
 自分は王の隣でボーっと突っ立っているだけで、あの自分と同じくらいの少年が、命を懸けて魔族と戦わなければならない現状を想像する。


「だったら、僕だって英雄になれるはずだ」
「おにーさまは、はじめからえいゆーなのです!」


 勇者の集団の中にいた少年は、剣術を齧っている自分よりも、確実に弱いと断ずることが出来た。
 赤い髪の男にステータスプレートを盗られた際に、魔族でもない同じ異世界人の男に怯える姿から、そん断言できたのだ。


「………ずるい」
「あれをやっつけるのです?」


 幼さゆえに、英雄願望の強い彼は、自分と同い年くらいのあの少年が妬ましかった。
 なんで、自分があそこにいないのだろう。なぜ、自分よりも弱いあの子供が“勇者”なのだろう、と。


「いや、やめておこう。お父様からなんて言われるかわからない」
「そーですか」


 姉であるミシェルや父であるガルヒム王は、今はなんだかキラキラした少年や大きな体の大男のステータスを見て興奮していて、まるで自分たちに興味を払っていない


「おにーさま、おといれにいきたいのです」
「………もうちょっとがまんして」




 視線を先ほどの小さい子供に向けてみると、ステータスプレートを盗られてからすることも無いようで、壁際に立って内またで震えていた。


 王室で壁際に立って俯いたままなど、王室のマナーとしては正しくない行為だが、小さい少年はまるで何かを我慢しているようだった


「あれ………?」


 しかも、どこかキョロキョロと目線を動かしている。


 彼の視線を追うと、騎士や兵士の姿を見ていた。
 騎士や兵士は先ほど光り輝く剣を出現させた男や、伝説級のアビリティを持つ少年たちに興味津々らしく、子供のように小さいあの少年のことなど、まるで見えていない様子だった。


「あー………」




 この部屋に入ってから、しばらく時間が経っている
 チラリと自分の隣を見る


 内またになってプルプルと震えるネマがいた。
似ている。


 あの少年も、トイレを我慢しているようだ。


「もう、もれちゃう、の、です………」


 ネマの限界も近い。
 さすがにこの衆人環視の中でネマの失態を晒すわけにもいかない。


「………わかった」


 顔を赤くしてプルプルと震えるネマの手を取り、イルシオは静かに歩き出した。


 どうせ今は誰も自分たちを見ていない。
 目の前の勇者様たちに夢中なのだ。
 お城の兵士も近衛騎士も何をやっているんだと思いながら


 ゆっくりと小さな少年へと近づいた。


「ねえ」
「ぴゃっ!」


 声を掛けると、その少年は大きく肩を揺らしてこちらに勢いよく振り向いた。
 そこまで怯えなくていいのに、と思いつつ、あまり大きな声を立てて周囲の注目が向くのは好ましくないと考え、人差し指を唇の前に持ってくる。


「しー。おまえ、ぼくと同じで10歳くらいの年だろ」
「えっと………」
「トイレだろ。こっちだから、ついてきて」
「う、うん。ありがとう」






 こうして、イルシオとネマは俊平と出会った。




「僕、17歳だよ」
「うそつけ」




 自分と同じくらいの身長である俊平の年齢を信じられぬまま。
 10歳児と遜色ない身長に愕然としてしまった俊平はしょぼんと肩を落として、イルシオよりも小さくなってしまったことは、内緒である。









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