自爆の勇者は世界と共に ‐Destruct's Hero‐

たっさそ

第1話 自爆する少年

「いやだ! やだやだやだ!! 死にたくない!! 誰か、誰か助けてよ!!」


 幼い少年の声が迷宮の奥から響く。
 少年は学生服を着ており、後ろ手に腕を組まされ、地面にうつ伏せに倒れながらも必死な抵抗を示していた




「ッるっせんだよお荷物野郎!! 助かりたいのはみんな同じなんだよ!! テメェだけが特別だなんて思うなよ! 黙ってテメェはテメェの役目を果たせボゲ!! <二索リャンゾー対子トイツ>!」




「あぐぅっ!! ゲホッ、ゴボッ」


 そして、何かを蹴りつける音と、血の混じった湿った咳と苦痛の声。
 蹴った拍子に内蔵を傷つけたのか、はたまた肋骨が折れたのか


 それとも両方なのか。


 だが、その苦痛の声も、周囲の恐怖にまみれた絶叫に紛れて誰にも届かない




「<九索チューソー刻子コーツ>! ぉらああぃッ!!」


 ズドム!


「ッがぁああああああああああああああああああああああああ!!!」


 さらに蹴りつけられ、絶叫と血をまき散らしながら、幼い少年はボールのように奥に吹き飛んで行った。
 圧倒的なステータスの差であった。
 幼い少年では、どうあがいてもその蹴りを防ぐことはできないのだから。


 迷宮の地面を何度もバウンドし、少年は『ナニカ・・・』にぶつかって静止する


「やめてぇ―――!! 俊平しゅんぺい君をいじめないで!!」


「もうおっせーんだよ縁子ゆかりこ! お前も死にたくなかったらさっさと逃げるか<精霊の聖域エレメントサンクチュアリ>の発動をしやがれ! チッ! そっちに行くんじゃねェ! 死ぬぞ!!」


 縁子と呼ばれた少女が俊平という先ほどの蹴り飛ばされた少年の方に走り出そうとしたのを、とっさに縁子の襟首を掴んで引き留める
 襟首を掴む少年を恨みがましく睨みつける縁子




「でもっでも! 俊平くんが! 赤城くん、なんであんなことを! あぁ、ぁぁ………いや、いやぁああああああああああああああああああ!!!」




 地面に泣き崩れる。
 その視線の先にあるのは、俊平が蹴り飛ばされた拍子にぶつかった『ナニカ・・・』―――


―――『漆黒竜ブラックドラゴン』がその大きなアギトでボロボロになった俊平を丸のみしようと口を開けていたからだ




「うわああああ!! 助けてくれええ―――!!」
「きゃー! どいて! 逃げられないじゃない!!」


 しかし、縁子の悲鳴も、周囲でも同じような絶叫を上げている少年少女の喧騒にかき消される




 大きな咢に咥えられる寸前。


「くくく食われて、たたまるか………っ! ぅああああああああああああああ!!!」


 俊平は痛む身体にさらに鞭を打ち、血を吐きながら地面を転がってなんとかやり過ごす


 しかし、それでも、俊平は己の死期を悟っていた




(………さっきので肋骨が折れて肺に刺さったかも………内臓も、もうダメだろうなぁ)


 自分の命はもう長くない。意識も遠のいてきて、なんだか眠たくなってきている
 それに、もしこの怪我で命を落とさなかったとしても、漆黒竜ブラックドラゴンから逃げおおせられることなど、最弱の俊平ができるはずがなかった


「ゆかり、こ………よく、聞いて」




 俊平は紙風船から空気が漏れるようなかすれた声で、縁子を呼ぶ


「なに、なに!? 俊平くん! 死なないで、いやだよ! 早くこっちにきてよぉ!!」


 俊平の声を聞いて顔を上げる縁子。
 求めるように俊平の下に駆け寄ろうとするのを、赤城と呼ばれた少年が羽交い絞めにして止める


「僕は、もうダメだ。ここから生きて地上に戻れるとは思えない………」


「そんなことないよ! わたしが! わたしが俊平君を治すから! だからっ! 早くこっちに来てよぉ!!」


 縁子の持つアビリティは<精霊術師>
 火、水、風、土、雷、氷、光、闇属性の精霊を操り、精霊結界を張ったり、仲間に属性の加護を掛け、ステータス上昇させたり、攻撃、防御、支援のすべてに優れたアビリティだ。
 たしかに、縁子ならば光属性の精霊や水属性の精霊の回復魔法を唱えれば今負っている俊平の怪我も治せるだろう。
 だが―――


「団長の、ダンさんには、お世話になったって、伝えておいて………」


 ズルズルと身体を引きずって、少しでも漆黒竜ブラックドラゴンから距離を取ろうとする俊平だが、どういうわけか、前に進めない。
 それもそのはず、漆黒竜ブラックドラゴンが俊平の身体を足で押さえているのだ


 つまり、縁子が回復魔法を唱えられる射程に、俊平は居ないのだ。


「イルシオと………ネマにも、僕と仲良くしてくれて、ありがとうって、兄妹………ゴホッ……ッ仲良く………するんだよって………」


「いやだいやだ! いやぁ! そんな最後の言葉みたいなのなんか聞きたくないよぉ!!」


「僕が………最後にみんなを、守る………から。うぐっ ぅあああああああああああ!!」


 突如足に走る激痛。
 視線を向ければ、漆黒竜ブラックドラゴンは俊平の枝のように細い右足を腕で踏み潰し、勢い余ってその細い足を切断していた


「いや、いや! いやぁあああああああああああああああ!!!!!」


 吹き出す鮮血。洞窟内を紅く彩るそれは致死量の出血だと物語っていた
 縁子の悲鳴と周囲の悲鳴が大きくなる


『緑川―――!!』
『俊平――! うそだろぉ!!』


 地面に押さえつけられていた俊平が漆黒竜につまむように持ち上げられ、その口の中に放り投げられる。
 口の中で弄ばれているのをクラスメイト達も視認しているのだ


「いぎぃいいあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 牙が食い込み、足を潰され、肺も機能しない。
 この世の終わりを悟らせる絶叫が漆黒竜ブラックドラゴンの口内に囚われた俊平から放たれる。


 漆黒竜ブラックドラゴンに対して大きな火球や氷弾、はたまた風の弾までもが殺到するも、まるで効果をなした様子を見せない




「ぐぅ、ぅあぁ………つよく………いきて」




 ボロボロと涙を零しながら、俊平はそう言い残し、漆黒竜ブラックドラゴンはそれをあざ笑うかのように、俊平を丸ごと飲み込んだ。




「俊平くん!! いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」


 縁子も、涙と鼻水を飛ばしながらなりふり構わず漆黒竜ブラックドラゴンに駆け寄ろうとするが、それを赤城が縁子の首筋に手刀を打ち込み、気絶させることで押しとどめた


「チッ!」


 赤城は舌打ちをしながら気絶した縁子を肩にかつぐと、漆黒竜ブラックドラゴンに背を向けて迷宮の出口へと向かって走り出す


『きゃああああああああああああああああ!!!』
『緑川が食われたぞ!! はやく、早く後退しろ!! あいつが来る!!』
『俊平っ………く、嘆いている暇はないぞい! 結界の魔法が使える奴は魔力を全部使ってでもあヤツを止るのじゃ!!』
『くそぉ!! 俺達もいずれああなるんだ! もう嫌だ! 地球に返してくれ!! もうたくさんだ!!』




 周囲では、クラスメイトの死というものをありありと見せつけられ、恐慌状態に陥ったことにより、帝国騎士団長たちや神殿騎士、生徒会長らの奮闘もむなしく迷宮からの避難が完了しそうになかった




「神より賜りしこの光の剣の礎となり、汝の邪気を今ここに祓さん! <破斬>!!」




 <聖剣使い>のアビリティを持つ生徒会長、虹色光彦にじいろみつひこの渾身の一撃が漆黒竜ブラックドラゴンを襲い、漆黒竜ブラックドラゴンはその攻撃に怯み、鮮血が舞う。その隙に宮廷魔術師たちの上級魔法が漆黒竜ブラックドラゴンの身体を少しだけ蝕む。多少の効果はあったようだ


 だが、それでも時間稼ぎとしては不十分だったようで、生徒たちのほとんどが迷宮の外に逃げ出すには至らなかった


 充分な成果を得られないことに歯噛みする光彦




 そんなときである。
 突如、漆黒竜ブラックドラゴンの腹が赤く光り出したのだ!


「これは………まさか緑川の! 全員、結界を張れ!! 全力でだ!!」


 生徒会長の叫びに呼応するように、宮廷魔術師や生徒たちが一斉に結界を張ると、漆黒竜ブラックドラゴンは、赤く光る腹から急激に膨れはじめる




『グルル………GYAOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!』




 なぜか胸を掻き毟りながらもがき苦しむ漆黒竜ブラックドラゴン
 だが、無慈悲にも、その腹の中から大爆発が起きる。


 ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!


 という爆音が鼓膜を激しく揺らす


 爆心地に居た漆黒竜ブラックドラゴンの身体は、当然のごとく爆発四散した


 爆発の衝撃は、魔術師や結界師たちの張った結界をたやすく打ち破り、その衝撃を受けた者たちは例外なく、抗うこともできずにあっさりと吹き飛ばされた




「ぐうっ………なんて威力だ………コレが緑川の………」


 地面に伏せて爆風と爆炎をやり過ごそうとした光彦は、想像を絶する威力の大爆発に思わず息をのむ。


 爆発の影響で、光彦自身も数十メートルほど後ろに流されていたのだ。
 爆風が吹き荒れる中。びちゃり、と光彦のすぐ近くに小さな何かが落ちた。




「………? なんだ………うっ!?」


 落ちてきたそれは、とある生徒の右腕だった。


 その小さな右腕には、焼けて溶けた腕時計が張りついており、つい先日、彼が縁子に自慢していた物と同種のものであった。


 緑川俊平みどりかわしゅんぺい
 すべてのステータスで最弱を誇る彼のアビリティは<自爆ディシンテグレイト


 自らの身体を犠牲にし、相手を確実に屠る一度限りのアビリティである。


 その時計は15時25分を指したまま、もう二度と動くことは無かった



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