怪力乱神の魔女が異世界を往く

たっさそ

第15話 エロい夢を見たネコチカの話

                15話






 朝、目を覚ましてからボーッとしている間にみっちゃんとあつしくんがわたしに絡みついている鎖を解いている時のことだ。




「………なんだかすごくエロい夢をみた」


 わたしは目ヤニの残る目じりを指でコシコシとこすりながら、ポツリと呟く


「へえ、どんな?」


 わたしがそんな話をするのが珍しかったのか、あつしくんがやや目を見開きながら訊ねる
 どんな夢、か。


「………ちょっと再現に付き合ってもらってもいい?」


 言葉だけじゃちょっと難しい。ふたりにも付き合って貰わなければ説明ができないわね




「ん? いいけど」
「チーちゃん、私も?」


「………ん、ふたりとも。」


 そういって頷いてから、わたしはベッドから降りる。


「………まず、夢のなかであつしくんがわたしを後ろから抱きしめる」


「ほい」


 なんのことないとばかりにあつしくんがわたしを後ろから抱き締めた
 暖かいあつしくんの体温が背中越しに伝わる


「………その後は、左手をここ」
「胸?」
「………そう」


 あつしくんの左手を、わたしの右の胸にあてがう。
 残念ながら、弾力のないコツコツとした肋骨の感触しか伝わっていないはずだ
 胸に脂肪が欲しい。


「………で、右手はここに」


 あつしくんの右手を誘導して、わたしの股に強めに押し付ける


「ここって、股じゃねーか」


「………んっ、少し強めに押さえて。」
「で、続けるのかよ」


 あつしくんが嘆息しながらも、少しだけ力を入れた。


「………みっちゃんは、そんなあつしくんの背中に、胸を押し付けるようにして抱きついて」


「んー、こんな感じかな?」


 ピトッとあつしくんの背中に張り付くように密着してからあつしくんごとわたしを抱き締める。




「………これで完成」


「え、終わりか?」
「この後何かしたわけじゃないの?」
「………この後、くんずほぐれつの3pかと思った所で目が覚めたの」


 少し残念。
 ………ぁふ。まだ少し眠いわね。


「………こんな夢を見るなんて、欲求不満なのかしら」
「そうかもな」


 こうしている状態に恥ずかしさ?
 ありません。


 研究所では互いの裸にも見慣れているのだ。


 触れ合ったことも幾度となくあるし、今更だ。


 こんな三人で仲良く抱き合っている格好の状態で


―――バン! と大きな音を立てて宿の扉が開いた




「チカ! ミウ! アツシ! もうフルーダが朝ごはんの準備を始めているわよ! 早くおり、て………ぁ……おじゃま、しました」


 勢いよく扉を開けたイグニラがわたしたちの格好を見て、顔を真っ赤に染め上げたかと思うと、しずしずと扉を閉めて退室しようとした


 わたしたちは顔を見合わせて、肩をすくめる


 あながち誤解じゃないけど、少し気まずいわね。




「………イグニラ」
「ひゃいい!」


 扉が閉まる寸前、わたしはイグニラに声をかけると、飛び上がらんばかりの悲鳴のような返事が返ってきた


「………ゆっくり、こっちに来なさい」


 逃がすことの無いように殺気を飛ばしながら、こちらに手招きをする。


 フルフルと震えながら歩み寄る
 歩み寄る先は合成怪獣チアミーだ。


 今まさに、イグニラは自分が餌になる状況を幻視した。


 わたしはイグニラの手を引き寄せてから抱き寄せ、イグニラの尻をむんずと掴む


「ひゃわあーー!!」


 悲鳴をあげるイグニラ。
 合成怪獣、チアミイの完成だ。




 ………なにこれ。






                  ☆




 宿屋では3人とも正座してイグニラに叱られた。
 わたしには「アホな事するな!」
 みっちゃんには「アホを止めろ!」
 あつしくんには「アホの提案に乗るな!」


 わたしがアホだと。解せぬ。


 わたしはいたってまじめなボケだというのに。


 そんなこんなで叱られたけど、お客さんも少なくなって、ベッドメイクも終えて、シーツを大量に洗濯した後、時間的な余裕ができた。


 なので―――




「………おっぱいが欲しい。切実に」
「いきなり来てなに言ってんだ、嬢ちゃん」


 ここは魔法屋。宿屋に休日は無いとはいえ、人数的に時間的な余裕もできる。
 そんな時間を利用して遊びに来たのが、ペペさんの魔法屋だ。


「………わたしは13歳なのに、平均以下の身長しかない。体重は13歳の平均よりも1.5倍近く。だというのに、脂肪が足りないの、このへんに」


 ぺたりとペッタンコのまな板に手を添える。


「そりゃあ、エネルギーの燃費が悪いからだろう。食ったそばから燃焼してりゃ、そらつく脂肪もつかねぇよ………」


「………だから、胸が大きくなるようなステキアイテムってないの? 自分でいうのもなんだけど、胸以外なら、スタイルはいいと思うのだけど」




 能力の関係上、若干筋肉質であるため、ウエストは細い。ヒップも引き締まっている。二の腕も無駄な脂肪はない。
 ただし、胸にも無駄な脂肪はありません。筋肉質といっても、能力の使用をしていないわたしなんて、13歳の平均以下くらいの体力しかないだろうけどね。
 わたし、小っちゃいし。


「ったくしょうがねーなぁ………」


 そういってペペさんはガサゴソと気だるげに棚を漁ると、一つのチョーカーを取り出した


「………コレは?」


「俺もよくわからん。変装用のチョーカーだとか………。これつけりゃあ、好きなように変身できるとかなんとか、そんな怪しい呪いの一品だぁ」


 ペペさんが取り出したのは、真ん中で赤い宝石が輝く、チョーカーだ


「………見るからに怪しいわね。しかも呪いって」
「ああ、最近は忙しすぎて鑑定すらしていない。このあいだ遺跡に行った時に見つけたアーティファクト的な代物だぁ………。遺跡で見つかったもんはたいてい変な効果を持っている者が多いからなぁ………。うかつに触れないんだ。変身だか変装だか、そんな機能だってのはわかるぞ………。どうだ、一か八か、つけてみるかぁ………?」


 どことなく、まがまがしいオーラがそのチョーカーから漂っているような気がするではないか


「………ふぅん」


 わたしはそのチョーカーを手に取るや否や、首に付けてみる


「って躊躇なしかよ………」


 何を言っているのよ。呪いのアイテムをとりあえず身に着けてみるのは常識じゃない。
 後の事なんて、後で考えればいいのよ。


 ペペさんが慌てたようにのんびりと声を荒げるが、時すでに遅し。


「うわ………」


 ピカー! と、輝き出すチョーカー。
 驚くにしても、もっと声を張りなさいよ。わたしも無口なほうだけど、ペペさんも無駄に口を開くことはない人間だから、しかたのないことなんだけどさ


 もっとこう、『!』をつかってもいいのよ。
 わたしも人のこと言えないけどさ。


「………なんかひかってるけど」
「マジかよ、なんか光ってやがる………」


 目を覆うような鋭い光量のなか、光が収まるのを待つ
 音もなければ振動もない。あるのはチョーカーから溢れる光だけ。


 どれくらい時間がたっただろうか、しばらくすると、光が次第に収まってきた。


「おい、どうなっ、た………?」


 困惑しながらこちらを見下ろすペペさん。
 おや、ペペさんってこんなに巨人みたいな人だったっけ?


 あつしくんと同じくらいの身長だったとは思うけど、さすがに大きすぎない?




「………にゃあ」




 ん?
 どうもしない、と返事をしようとしたら、自分の口から自分の物とは思えない、かわいらしい声が聞こえてきた


 どういうこと? 発声できない




 それに、あれれ? なんでわたしは四つん這いで地面に手をついているの?
 なんで、こんなに地面が近いの?


 足元に視線を向けると、薄桃色とピンクが縞模様を作っている、自分の手が目に映った




 なにこれ、自分の手?
 なんでこんな、動物みたいな手に?


「ぬこになりやがったか………」


「………にゃあ?」




 呆然と呟くペペさん。
 ぬこ? そっか、この肉球、この腕に生えた毛。
 たしかに猫っぽいわね。


「まさかチョーカーがそんな効果だとは思わなかった………。取りあえず、言葉がわかるなら頷け………」


「………にゃあ」


 わかるわよ。バカにしないで。


「意識はあるんだな………」


「………にゃあ」


 あーあ。せっかくここに来ればおっぱいが大きくなれるのではないかと思ってきたのに、猫になるとは思わなかった。


「ちょっと詳しく調べさせてもらうぞ………」


 あー、はいはい。詳しく調べられるのは慣れてるから、好きにすればいいよ


 ペペさんは、ぬこの姿になったわたしを抱き上げる
 そのまま、腕、首元、股とじろじろと観察をし始める




「首輪は………あるな。………毛並みは、元の髪質と同じだ………薄桃色だし。左腕の腕輪は………なんかミニサイズになってやがる………変身してもメスのままなんだな」




 ぺたぺたと体中を触るペペさん。耳も鼻も、尻尾もお股も、丁寧に触診されて、完全に猫になったことを確認された。


 ほうほう、腕輪は猫サイズに合うように勝手に調整されているとか、なんというご都合展開。
 動物になったときだけTSだったとしたらなんか嫌ね、それ。


「嬢ちゃん、その状態で能力………『怪力乱神』だったか? それは使えるか?」




 ゴッ! と自分の中に秘めたるオーラを解放すると


「おーけー。能力も問題なく作動しているようだな。よくわからんが、嬢ちゃんは今、化け物みたいなぬこになっちまったってわけだ。」
「………にゃん」




 原理はわかんない。
 なんでかわからないけど、チョーカーをつけたらぬこに変身できるようになってしまったようだ


 ファンタジーって不思議。




「それにしても、なんで嬢ちゃん、そんな落ち着いてられるんだ? 子猫になっちまったんだぞ」
「………にゃあ」


 なんでって言われても、このチョーカーがそういうもんだったんでしょ?
 子猫になったら子猫になったで気ままに暮らすだけよ。


 別に人間にこだわっているわけでもないし。


「しゃべれねえんじゃ不便だな。まあ、いいや。チョーカーを外せば人間に戻れるみたいだから、外してやろうか?」
「………(ふるふる)」




 ペペさんは凄腕の魔法技師らしいし、チョーカーが作動してからだけど詳しくチョーカーを見てくれたようで、解除条件もすでに見破ったようだ。ペペさんの言葉は信用していい。


 なーんだ、簡単に人間に戻れるのか。


 つまんないの。


 それにしても、おっぱいは大きくならないなんて………困ったわね


 ここに来た用事も無くなったじゃないの。
 ここにいる意味もないなら、ペペさんの腕の中からピョンと飛び降りて地面に着地する


「ん? その状態で帰るのか?」
「………にゃあ」
「まあ、驚かすことはできるだろうな………。気をつけて帰れよ。気に入ったならそのチョーカーはくれてやる。ただし、後で複製できないか詳しく調べるから、一通り遊んだらもってこい………」
「………(こくり)」




 了解。


 ペペさんは魔法屋のドアをギィと音を立てて開けてくれた。


「………にゃあ」


 バイバイとお座りして手を振ると、気だるげに「おう、じゃあな………」
 と手を振り返してくれた。




               ☆




 さて、猫の姿になったはいいけど、なにして遊ぼうかしら。


 テコテコと街をあるく。
 子供がわたしを抱き上げては撫でまわして、放り出す。


 そんな繰り返しだ。


 撫でられるのは嫌いじゃない。それに、ひとしきり撫でたら解放してくれるから、わたしとしてもちょうどいい。


 とくに不便だと感じることもなく街を歩き続け
 ひときわ大きな建物の場所にたどり着いた。


 おお、今宿屋と業務提携を結んでいる――


「………」


 そう、ここは冒険者ギルド。
 あつしくんたちもここにいるかもしれない。


 入ってみようかしら。


 よし、入ってみよう


 軽やかに冒険者ギルドに突撃をかまそうとしたその時―――


「あれ? こんなところに子猫がいる。お母さんはどこかな?」


 ひょいと抱き上げられてしまった。


「………にゃあ」


 誰よ、わたしの突撃を邪魔するのは
 髭をひくひくさせながら抱き上げた者を睨みつけると




「ティファ、ミリア。この世界の猫って桃色なの?」
「いいえ、とても珍しい毛色ですわ、チヒロ様」
「マニアに売れば、とてもいいお金になりそうなのです」




 取り巻きを引き連れた勇者チヒロだった


 なんだ、この女性たちは。ティファと呼ばれた金髪ロールの美少女。ご令嬢だとかお姫さまだとか言われたら納得しそうな容姿だ。
 役所とギルドにいた『プティロート』『パティロール』姉妹よりもより貴族然としている女の子だ。


 持っている杖も特注品のようで、一見で家が一戸建ちそうな値段がつぎ込まれていることが分かる


「かわいいのですー」


 傍らに控えるミリアと呼ばれた14,5歳くらいの黒髪の少女は、修道服を着た見るからにシスター。
 右手に嵌められた腕輪に、そこはかとなく存在感を感じる。首から下がるネックレス的なモチーフは、司祭よりも上の地位に位置する人間に与えられるものっぽい。


 ああ、あれだ。巷で噂の聖女様だ、この人。
 聖女ミリア様。なんかすごい回復魔法の人だとかなんとか。興味ないからどうでもいいけど。


「………にゃあ」


 とりあえず、降ろしてくれませんかね。勇者御一行よりも、みっちゃんたちに会いたいのだけど


「でもこの子、首輪しているよ。飼い猫なのかも」


 チョーカーよ。


「そうですわね」
「左前脚に腕輪がついているのは?」
「それはわからないのです。テイマーの登録魔獣だと体のどこかに赤い印を巻き付けると聞いたことがありますが、黒い腕輪は初めて見たのです」




 能力制限の腕輪よ。自分じゃ外せないけど。


 興味深そうに腕輪を見つめる聖女ミリア。ボンヤリした瞳。どことなく眠そうな雰囲気がある。
 そして、聖女というよりも性女とでも言ったらいいのだろうか、みっちゃんと同等レベルのおっぱいを所有している。
 うぬぬ、これだからまな板は嫌なのよ。


 うねうね


 うねうね


「おっと、降りるの? はい」


 勝手に抱くな撫でるなこのやろう。猫の気持ちを考えてよ、もう。
 身体をゆすって抗議して、地面に降ろしてもらう。


「あ、冒険者ギルドに入っていくよ」
「いいのかしら」
「子猫なら問題ないのですー」




 そのままテコテコと歩みを進めて冒険者ギルドの中へと入っていった。




「………」


 居た、みっちゃんとあつしくん。


 今日はお仕事の日だから、冒険者ギルドに来ているのよね。
 わたしが宿屋にいる時に何をしているのか、少し興味がある


 二人は依頼が張り出されている掲示板の近くで今回受ける仕事の相談をしているようだ


「オークの討伐って、思ったよりもお金にならないのよね」
「そうだな。オーガでも出てくれりゃすぐにでも金が溜まるってのに。でも、オーガがでりゃあ被害が出た後だから、出ないに越したことはないんだけどさ」
「そんじゃ、受付でいつものにしとく?」
「ああ、いいぞ。ギルドでの心証はよくしておくにこしたことはないからな。今日のところはオークで目標額は稼いだし、後は夕飯まで汚れ仕事で時間をつぶすか」
「そうね。あまりチーちゃんに心配を掛けたくないから、街の依頼をこなしていきましょう」




 しかし、どういうわけか、クエストボードからは依頼を受けるわけでもなく、そのまま受付に向かっているではないか。


 午前の仕事としてオーク討伐。午後の仕事としてなにか割のいい仕事をないか模索していたが、なかなか無いらしい。


「ヴィルマさん。今月で一番不人気の依頼はありますか?」
「はい、ありますよぉ~♪ いつもありがとうございますぅ。お二方がそういった不人気の依頼を受けてくれるおかげで、ギルド職員が駆り出されることが減ったのですよ」
「まあ、こちらとしてもギルドから色を付けてもらっているのでありがたくやらせてもらいますけどね」


 どうやら不人気の依頼を片付けているようだ。


 不人気の依頼とは、まあつまり報酬に対して危険度が高かったり、3Kだったりする奴の事ね


 臭い、汚い、給料安い。それに危険ととなれば、仕事に対して割に合わないのだ。


 正直、あつしくんたちもやりたくはないだろう。
 だが、ギルド職員の心証をよくしておけば、ふとした時にいろいろと便宜を図ってもらうことが可能だと漏らしていたっけ


 掲示板に張り出されていないお得な情報だとか、依頼だとかを優先的に教えてもらえるとか。
 ギルドに対する貢献度ポイントでも測っているのだろうか?


 Aランク冒険者であるあつしくんは、もっと外に出て討伐に出てもいいと思う。
 とはいえ、だ。あつしくんの身体能力は高くても、もともとはただの人間。油断したら死ぬし、あつしくんの能力は集中力という、接近戦よりも援護に向いた能力だ。
 目標額まで稼いだら、焦らず撤退して比較的安全な仕事をすることにしているのだ。


 晩御飯の時にAランクの癖にチキン野郎と噂されるよと苦笑いで言っていたことを思い出した。


「今日は………公衆浴場の掃除ですね。ほんと、これくらい自分でしろって感じですよ」
「まったくだな。俺が泊まってる宿屋でも、小さい子供が一生懸命ベッドベイクしてシーツ干して料理運んでるのに、なにしてんだか」
「まあ、その浴場を管理している人がおじいちゃんなので、一人ではできないというのが現状ですが」
「あーそれならしょうがないねー」
「公衆浴場の掃除だけだと時間が余るな………せっかくだから、久しぶりにジムで筋トレにするか」
「そうね、身体がなまっちゃったらいけないもの」


 みっちゃんたちと受付嬢が楽しそうに会話しながら依頼を受けている。
 もっとお役所みたいなところかと思っていたけど、受付と仲良くなればこんなにフランクに依頼を受けることができるのか


 後ろで金髪ロールのパティロールさんが爪を噛んでヴィルマさんとやらを睨みつけているのはどうにかならんものか。
 あつしくんに気があるのはわかったけど、残念ながら、あつしくんはわたしのよ。


「そんじゃ、サクッと昼飯くったら行くとするか」
「そうね。今日はチーちゃん特製のお弁当だから、敦史たのしみにしてたもんね」
「たりめーだ。チィの作る料理は日本食ばかりだけど、だからこそうまいってもんだ」




 おや、わたしの噂話をしているようだ。


 二人が受付から離れて酒場になっているテーブルに腰を下ろす
 どうやらお昼のお弁当を食べてから仕事に向かうっぽいね


「………」


 よーし。いいこと思いついた。
 えいっ!


「ん? 子猫?」


 そのテーブルに、わたしは飛び乗って自己アピールを開始
 はたしてわたしが智香だと気付いてもらえるのかしら


「………にゃあ」


 アピール終了
 二人の目を見て一言にゃあと言っただけ。


「ああ、チィか。脅かすなよ」
「あ、ほんとだー。どうしたのチーちゃん。子猫の格好なんかして」


「………!?」


 一発で気づかれた
 なんでやねん!!


 身振り手振りでいつかは気づくとは思っていたけど、一目で看破されるとは予想外だった
 しかも、とくに驚いた様子もなく、それを平然と受け入れているではないか!!


「あはは、チーちゃん驚いてるー。そりゃあわかるよー。チーちゃんの気配もそうだし、毛並みもチーちゃんだし、なによりもオーラだねー」
「子猫の身体から立ち上る薄桃色のオーラ。チィ以外に怪力乱神のオーラを垂れ流している奴はいないからな。変身してもわかるって」


 あつしくんは苦笑しながらわたしの喉をくすぐる
 なるほど、つまり、信頼のなせる業だということね。そういうことにしておくわゴロニャン。


「………ゴロゴロ」


 あかん、気持ちいい、これ。


「それにしても、人間に戻れるのか?」
「………(コクリ)」


 頷いて首のチョーカーに肉球をポンポンと押し当てると、二人は納得したように頷いた


「首輪を外せば戻れるのね。外してあげようか?」
「チィのことだから、しばらく猫生活を満喫したいと思うぞ、美羽ねえ」
「………(コクリ)」


 ご名答。さすがあつしくん。
 わたしのことをよくわかってるね


「そっか。外したいときに言ってね、チーちゃん」


 そう言ってみっちゃんもチョーカーに伸ばした手を引っ込めてわたしの頭を撫でる
 そりゃもちろん、頼らせてもらいます。
 猫の手ではチョーカーは外せないもの。


 みっちゃんの柔らかい指に顔を擦りつける。


「………」


 しかし、驚かすこともできないとは思わなかった。
 おっぱいも大きくならないし、猫になるし、驚かすこともできないなんて、今日はなんだかうまくいかない日ね。
 せっかくちょっとエッチな夢を見たというのに、別にエッチな気分になるわけでもないしさ。


 もういいや。しばらくはあつしくんの膝の上で丸くなってお昼寝でもしよう。
 テーブルからあつしくんの膝の上に飛び降りた。


「おっと」
「………にゃあ」




 あつしくんの膝の上をぐるぐると回ってちょうどいいポジションを探し、腕を枕にして目を閉じる


 ふひぃ、あったかい。


 ポンポンと左手でわたしの背中を撫でながら、あつしくんが弁当の箸を進めていく。


 突如ギルド中に現れた子猫のわたしを目で追う冒険者たち。
 そうだよね。猫が入り込んだら注目の的だよね。
 なにやら「かわいい………」と呟きながら遠巻きに筋肉質なおじさんたちが目を細めている。正直キモイ。






 そんな時だ。わたしの至福の昼寝を邪魔する声が聞こえてきた




「美羽、敦史」
「ん? ああ。千尋か」
「どうしたの、千尋くん」




 どうやらチヒロが近づいてきたらしい。
 剣呑な雰囲気はないが、近寄ってほしくはない。そんな雰囲気が伝わってきた


 ピクリと耳だけを動かしてそちらの声を拾う。


 今思ったけど、便利ね、この身体。
 五感は怪力乱神の影響で通常よりも鋭いけど、動物の身体はもっと敏感に周囲の情報を知ることができる。
 匂いも、髭を伝って空気の振動も。


「どうなさいましたの? チヒロ様。こちらの方はお知り合いですか?」


「この人たちはAランク冒険者の『竜殺し』だよ、ティファ」
「へえ、この方達が………」


 チヒロがあつしくんのことをティファと呼ばれた金髪ロールに説明してあげると、不躾な値踏みするような視線をあつしくんとみっちゃんに向けた
 じろじろと二人を見た後、ニマッと上品な笑みを浮かべて


「あなた方、もしよろしければ―――」
「断る。ほかを当たってくれ」
「まお………ってまだなにも言ってませんわよ!」


 何かを言う前にあつしくんが断りを入れた。


 憤慨するティファに冷ややかな視線を向けた後、それを無視して殺意を込めてチヒロを睨みつけるあつしくん




「おい、自称勇者。姫様連れて勧誘なんて卑怯なんじゃねえか? 前に一度その話は断ったよな」
「ま、まってくれ! そんなつもりなんかじゃないんだ! 本当だ! ギルドの外で見かけた子猫がキミたちのところに向かっていったから、気になって声を掛けただけなんだ! 他意はない!」


 慌てて弁解する
 その声に、ギルドの中の人たちもなんだなんだとこちらを注目し始めるではないか


――自称勇者?
――姫様?
――あ、あれ聖女様じゃねえか?
――あっちは第2王女のティファ様だぜ
――そういや、あいつ、たしか聖剣を抜いたっていう………


 注目の的だ。
 そっか、金髪の子は本当にお姫様だったんだ。


 それを意に介さず、あつしくんは殺気を込めたままチヒロを睨み続ける。
 そんな剣呑とした雰囲気を破壊するかのように


「ん、さっきのピンクのぬこ。かわいいのです」


 チヒロの背後にいた聖女様があつしくんの膝の上で丸まったわたしを見下ろした
 あなた、さっきわたしをマニアに売ろうとしてたでしょ。


「ミリアに抱かせてほしいのです」


 手を組んであつしくんにお願いする聖女ミリア。


「あー………」


 その無邪気な発言に毒気を抜かれたのか、一瞬だけ視線を泳がせてから、ちらっとこちらを見下ろすあつしくん。
 わたしは一度頭を上げ、あつしくんに視線を合わせてからゆっくりとまばたきを一つ。


「………ほら、大事にしろよ」
「感謝感激なのです」




 意をくんだあつしくんがそっとわたしを抱き上げて聖女ミリアに抱き渡した。


「………」


「おとなしいのです! ミリアはいつもなぜか動物には嫌われてしまうのですが、感動なのです!」


 細い指で鼻先をツンツンするな
 お腹をプニプニするな
 ぎゅっと抱きしめるな。


 小さい体なんだから思ったよりも苦しいし辛いんだからね


 わたしの髭をギッと引っ張られ――あいた!


「………にゃん」
「わっち! ぬこパンチをお見舞いされたのです!」




 きゃっきゃとはしゃぐ聖女ミリア。
 見た目よりも年齢が低いのかしら。


 身長にそぐわぬ巨乳。これが噂のロリ巨乳という奴か。
 身長からして聖女ミリアは13歳くらい? あれ? もしかしてわたしと同い年?


 キエエエエエィ! このおっぱいが憎い!!


 ぐにーっと胸に肉球を押し付けてやるものの、弾力で跳ね返される! くそっ!


 そんな子猫と聖女の戯れに、冒険者たちも微笑ましく見守って頬を緩ませる


「この子、おまえたちのぬこなのです?」
「ん? まあ、そうだな。俺たちのぬこだ」
「宿屋ではペットを飼ってる様子はなかったけど、本当かい?」




 宿屋はペット禁止ではない。むしろ、旅のお客様が馬車と馬を預けるために、馬小屋が準備されているくらいだ。
 さすがに馬の面倒は見切れないから、馬の食費くらいは追加で払ってもらうけどさ。


 というわけで、別に猫が居たところで問題ないよ。


「マジに決まってんだろ。つか、ペットじゃねえ。だってこいつ、チィだもん」
「………にゃあ」


 あつしくんの宣言に合わせて1鳴き。


「は………? この猫が、智香? なに、冗談を言っているんだ。智香は人間だろう?」


 ワナワナと震えながら聖女ミリアに抱かれるわたしを指さすチヒロ
 そう、わたしはそういう反応が欲しかったのよね


 みっちゃんとあつしくんんが一目で見破るから、こういう反応を見れなかったけど、漸く見ることができて満足である


「人間だよー。チーちゃん、人間に戻れる?」
「………(コクリ)」


 コクリと頷いてチョーカーを肉球で叩くと、みっちゃんが聖女ミリアに抱かれているわたしのチョーカーを外してくれた


 ポンッ! という小規模な爆発音とともに、わたしは人間サイズに戻る


「「「 えええええっ!!? 」」」


 驚愕の声がチヒロたちからだけでなく、ギルド内部の様々な場所から聞こえてきた


「わっわっ!」


 その中心部である、わたしを抱いていた聖女ミリアは、突如人間の大きさに戻ったわたしを支えることができず………。
 わたしを抱きしめた状態でぺたりと倒れこんでしまった




「………あ、デジャブ」




 もちろん、抱きしめられたわたしも倒れこむことになるだろう。
 そのまま重力に任せてわたしも倒れこみ―――


 ゴチュッ!!




 という音が顔面に炸裂した




「まあ!」
「んな!?」
「二度目!?」
「チィ!!」




 目を見開く面々。
 あいたたた………。なんでこう、わたしはこういうことに巻き込まれちゃうかな。




「………(パチクリ)」←聖女
「………(諦め)」←チカぽん




 瞳をまんまるにしてわたしの眼を覗き込む聖女ミリア


 二度だ。二度目。


 一度目ファーストはイグニラ


 二度目セカンドは聖女ミリア。




 一度ならず、二度までも!




「………」




 『ちゅぱっ』というみずみずしい音を立てて、銀色の糸を引きながら、ゆっくりと唇を離して額に右手を当てる
 やっちまった………。


 聖女ミリアの方はというと、顔を真っ赤にして両手で顔を覆っていた


 そう、あろうことか、聖女ミリアと………唇を重ねてしまったらいい。






 ………。どうしてこうなった?




 うぬおおおおお!!


 こういうイベントは男女で起きないと意味がないんだよー!!!







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