怪力乱神の魔女が異世界を往く

たっさそ

第13話 過去と出産



第13話




 ああ、これは夢だ。
 それも、とびっきりの悪夢。


 夢だと理解しても、目は覚めなかった。




 孤児院から研究所に連れていかれ、人を人とも思わぬ非人道的な実験が繰り返される場所。
 そこは超能力研究所。


 薬の混じったご飯を食べて、長時間の点滴を受け、時には解剖され、投薬を受け、毒物を摂取し、理不尽な暴力も横行していた。
 ここにいるのはほとんどが孤児だ。


 心配してくれる人など、とうに居ない。
 誰にも見向きもされなくなった子供たちの行きつく先―――ここはそんな掃きだめみたいな場所だった。


 わたしは研究所に連れていかれ、能力開発の過程で、何人もの死者を見た。


 投薬を受けて全身から血を噴出して死亡した、No.089
 能力実験の過程で虎に食い殺された、No.010
 能力の発現すらなく、殺処分されたNo.571


 実験の過程で命のつきたモルモットの片づけをするのも、自分たちの仕事だった。




 そして、死体を焼却炉に放り込むのを、押し殺した心で眺める。


 これらはすべて、未来の自分の姿。


 いつの日か来る、自分の末路。


 夢はさらに次のシーンへと進む


『ナンバーごとに部屋を割り振った。これからお前たち3人で一緒の部屋で生活してもらう』


 研究院長である風間一番に促され、部屋の中に入る


『あ、チーちゃん………』
『チィ………』
『………ふたりと同じでよかった』


 わたしが案内された部屋は、No.001からNo.003までの3人が生活する空間。


 といっても、3つのベッドと3つの机があるだけ。
 部屋の隅には監視カメラ。ドアは内側から開ける必要がないため、ドアノブすらない。


 牢獄といっても差し支えないような空間だった。


『あのね、チーちゃん』
『………ん?』




 わたしを膝の上にのせてわたしのおなかに手を添えるみっちゃん。
 みっちゃんの声と、その手は震えていた。


 来る日も来る日も地獄のような実験の日々。


 仲間の死体を片付けて、すでにNo.100以下の子供しか生き残っていない。


 そのNo.100以下の子も、実験結果によっては死亡している。
 そして、面識のある子も、容赦なく、知らぬ間に肉片になって、焼却炉へ行ってしまう。


 さらには、同年代の女の子の死体までも、自らの手で焼却炉に放り込まなくてはならないこともあった。


 自分たちの命のカウントダウンも始まっているんだ。


 怖くない方がおかしい。震えない方がおかしいのだ




『私ね、夢があるんだ』
『………なに』
『いつか、3人でこの施設を出られたら、小さな家を買ってね、3人で暮らすの』
『………うん』
『それで、いろんな国にも行ってみたいかな』
『………たしかに、行ってみたいね』




 夢を語るみっちゃん。しかしそれは決してかなえられることのない夢の話。
 死んでしまっては、元も子もないのだから。




 さらに夢は先へと続く




『No.004の銀髪の………小学2年生くらいの子、名前、なんて言ったっけ』


 あつしくんが実験を終えて部屋に入ってくる。
 熱耐久のテストだったのだろうか、全身に火傷の痕を残している。
 見れば腕の皮膚が爛れていた。


 痛かったはずだ。辛かったはずだ。
 それでも、いつものこととばかりに平然とこの部屋に入ってくる
 もはや心も体もボロボロだ。


 かくいうわたしも、右腕は火傷の痕、左腕は凍傷、腹には切り傷刺し傷。数えきれないほどの傷が刻まれている。
 しかし、負った傷はすぐに治る。


 治癒力を高める超能力者………名前は知らないけれど、No.045の人が実験終了後に能力を掛けるから、傷自体はなくなる。傷跡は残るけど。


『………姫。どうかしたの』
『ああ、その子が死んだよ。』
『………そう』
『もう、そこまで来たのね………』






 隣の部屋の子たちも、全員いなくなってしまった。


 同じような耐久実験を受けても、能力値がトップ3のわたしたちは、当然、耐久力も高い。
 毒物もある程度は平気だし、熱にも冷気にも強い。


 わたしは能力の関係上、特にそれが強い。


 とはいえ、限度はある。その限度を知るための実験なのだから。


 2,3日休養を取れば傷はほとんど癒えるから、再び耐久実験に駆り出されることになるのだろう。




『もう、次の子供たちが1000人。この施設に来てる………俺らもそろそろ処分されるんだ』
『………』
『チィ………俺は、死ぬのはこわい』






 わたしがあつしくんの甚平のような緑色の病院着を掴むと、あつしくんはわたしを抱きしめた。


『………わたしも、怖い』
『死にたくねえよ………』


 体が震える。涙があふれる。


 自分たちは能力値が高いから、成功サンプルとして生かしておいてもらえる―――そんな淡い期待がなかったわけではなかった。


 だが、同じく優秀な成功サンプルである、No.004も耐久力のテストを行い、その限界まで調べて、そのついでで廃棄されたのだ。


 もう、治癒の能力者を除けば残っているのはわたしたち3人だけ。


 タイムリミットは、すぐそこだった


………
……



『今から耐久実験を始める。新しい実験が詰まっているから、今日ですべての過程が終了する。今までご苦労だったな』




 呼び出された実験室で告げられた言葉は、無情にも死刑宣告だった。


 熱、冷気、電流、電圧、水圧、酸素の持続、運動能力、毒物、麻薬、媚薬なんてものもあったわね。あらゆる耐久実験の末、結局、最後に生き残ったのが、No.002であるわたし。


 1000人もの人間の死を、最後まで見届けたのが、わたし。




 家族も同然で、何よりも大切だったあつしくんとみっちゃんがズタボロになって死体になる様を見せつけられて、どうして正常な精神でいられようか。


 あらゆる実験に耐え、苦痛の果てに、最後の最後は感電死。


 全身の筋肉が硬直し、弛緩し、緩み切った筋力の狭間で流れ出る体液、痛みとともに無様な姿で死体をさらしたことになっただろう


 あの時、怪力乱神を発動していて、鎖に罅を入れていた。
 もしもあの時、感電死するよりも前に鎖を破壊できていたら、運命は変わっていたのだろうか


 変わらなかっただろうな………


 異変を察知した風間一番が電流と電圧をさらに上げて、わたしはなすすべなく殺されたのだから。










               ☆




 がやがやと喧騒が聞こえてきた。


 最近聞きなれた、街の喧騒。いつもよりやかましいくらいかしら。


「………ん」
「目が覚めたか?」


 ゆっくりと目を開けると、わたしの視界には青空とともにあつしくんの顔が映った。
 体を起こそうとしたら、あつしくんがわたしのおでこに手を添えて、軽く力を込めた


「まだ寝てろ。顔色が悪いぞ」
「………ん」




 どうやらわたしは、広場のベンチに横になっているらしい。
 額には濡らした布。まるで病人ね。


 さらに、あつしくんが膝枕をしてくれているというおまけつき。
 ほほう、これは病みつきになりそう。
 でも柔らかさでいったら、みっちゃんの方が上かな。


「………ねえ」
「どうした?」


 声をかけると、あつしくんはわたしの頭をなでながら返してくれる。
 気持ちいい。もっと撫でてほしい。


 その気持ちを一度心の奥にひそめて、現在の状況を聞き出す


「………なんで、わたしはここで寝てるんだっけ」
「覚えてないのか」
「………なんか嫌なことがあったような気がする」




 思い出そうとすると、ズキンと頭が痛んだ。
 前髪をかき上げて額を押さえる


「聖剣を抜こうとしていたんだが、その剣がな、雷の剣だったんだ」
「………ああ、それで」




 トラウマを刺激されて気を失ったってところかしら。
 だから、あつしくんの膝枕という至福のひと時にもかかわらず、あんな夢をみたのかな
 ふぅとため息をついてから、額を押さえた手をだらりと下げた。


「うなされてたけど、やっぱり悪夢だったか?」
「………とびっきりのやつ。」
「そっか」




 わたしの前髪を整え、わたしの頭をなでる力が強くなる。
 悪夢を見たと伝えただけで、どんな内容かもおそらくわかっているのだろう。


「起こしてやればよかったな。ごめん」
「………(フルフル)」




 謝るあつしくんに首を振る。どうせ夢だから、現実に影響があるわけでもない。


 電気はわたしにとって、天敵だ。
 筋力が増して骨や皮膚が硬質化しても、体内を凌辱するその電流には逆らえないのだから。


 耐性が高くなっても、わたしの能力のデメリットは痛覚が10倍。


 せっかく肉体の方は電圧に耐えられても、それによって生じる痛みは、耐えきれるものではない。
 さきに精神のほうが折れてしまう。


 いっそ壊れてしまった方が楽になれただろう。




 でも、そうすると、みっちゃんやあつしくんとは二度と話せない。
 それだけは嫌だったから、文字通り、死んでも折れるわけにはいかなかった。
 精神力のみで、実験に耐えたんだ。


 ………本当に死んでしまうまで、耐えたんだ。


―――誇れ。恐れるな。誇れ。怖がるな。耐えた自分を誇っていい!


 はぁ、どんなに心の中で鼓舞しても、やっぱりトラウマが消えるわけではないか。




「………んー」
「もういいのか?」


 よっと体を起こすと、心配そうに顔を覗き込むあつしくん。


 気持ち悪いのも薄れたし、動悸もない。
 悪夢のせいですこし寝汗を掻いたくらいかしら。
 あつしくんのおかげでだいぶ落ち着いたわ。


 顔色もよくなってきてるはずなんだけど、それでもあつしくんは心配そうにわたしの顔を覗いている


 これは、もっと甘えてもいいのかしら。
 いいよね。甘えちゃうよ


「………ダメっぽいから肩借りる」
「おう、いくらでも貸してやる。ちゃんと返せよ」
「………善処する」


 あつしくんの腰に密着するように身を寄せて、その左肩に寄りかかるように頭を預ける。
 膝の上に置いてあるあつしくんの手が視界に映った。………うーん。


 えい


「ん? どうした」
「………こっちのほうが、いい夢を見れそうだから」




 あつしくんの左手を握って、目を閉じた


「そっか」


 あつしくんは何も言わず、指を絡める。


「………」
「………」




 言葉はいらない。
 心地のいい風が吹く。
 周囲の喧騒が驚くほど遠くに聞こえる。




 このまま時が止まったらいいのに














「………ところで、みっちゃんたちは?」
「後ろでニヤニヤしながらこっち見てる」
「………そっか」




 いまさらながら、なんであつしくんだけしかいないんだろう。不思議に思って聞いてみたら、そんな返答が返ってきた。
 ふーん。あつしくんだけかと思ったけど、みんな居るのね。
 視界にはあつしくんしか映っていなかったからわからなかったわ。


「………それじゃ、聖剣はどうなったの? 後ろにいたロイクが抜いたの?」
「いや、結局ロイクってやつにも抜けなかったみたいだ。それに、他の人たちも聖剣よりも他のものに興味が移ったみたいで、今はそっちに人が集まってる。」


 なんと。あんな大言壮語していたロイクは聖剣を抜くことができなかったらしい。


「………興味が移ったってことは」
「ああ、千尋が現れて聖剣を抜いたよ」
「………本当に抜くとは………やりおる」


 気絶してて見れなかったのは残念だ。いっぱい茶々を入れてやろうとおもっていたのに。




「千尋が並んで、聖剣を抜いて、歓声が上がって、実は俺が国が召喚した勇者なんだぜー! からの、神殿前の馬車からお姫様と聖女様が現れて、これから魔王を倒します的な演説を行った後、盛大なパレードを行っているところだ」


 そんなことになってるの!? 気絶している場合ではなかった!


「………うわ、なんかわたし、すごく大事なシーンを完全に見逃しているっぽい?」
「ああ。だが実は俺も見てない。でも周りの人が興奮しているだろ?」


 ………きっとわたしの看病で見れなかったのだろう。
 あつしくんには申し訳ないことをしてしまったな………




 あつしくんの肩に置いた頭を放し、周囲を見渡してみれば、後ろの方でなにやらものすごい形相でこちらをにらみつけるイグニラとバッチリ目が合った。


 その背後には、イグニラを笑顔で羽交い絞めしているみっちゃん。わたしと目が合うとバチコンとウインクをいただいた。


 そのとなりには、困惑した目でおろおろと手をさまよわせているフリーム。


 ………なにしとんねん




 それらをいったん全部無視して大通りに目を向けると、人が一定の流れに沿って歩いているのが見えた。
 あつしくんの言う通り、たしかに興奮している。


 聖剣を抜いた勇者様を一目見ようと神殿前に集まろうとしてるんだ。


 屋台などもここぞとばかりに売り出している。商魂たくましいこって。






「………わたしのSAN値も回復したから、もう宿屋に戻ってゆっくりしよ。夕飯の支度もあるし」
「千尋にお祝いとか言いに行かなくていいのか?」
「………どうせウチの宿屋に泊まりに来る。その時でいい」
「ああ、そんなこと言ってたな。どうせパレードと人混みで身動き取れなくなるしな。」


 だったら人混みに沿う必要なんかない。


 どうせなら聖女とかお姫様とか、会ってみたいとは思ったけど、毛ほどしか興味がない。


 わざわざ少ない体力を消費するために人混みに突撃をかますなど、やってられないわ


「………あつしくん」
「ん?」
「………おんぶ」
「おう」


 手を伸ばせばあつしくんが屈んでくれたので、その広い背中に身体を預け、首にしがみついた。


 ああ、ラクチンラクチン。


 チラリと後ろを振り返って、みっちゃんにハンドサインで「もう帰る」と伝えると、チラリと人混みを見て納得したようにうなづいた


 羽交締めにしていたイグニラの耳元で何かを囁き、仕方なさそうにため息を吐いたイグニラが力を抜き、みっちゃんから開放され、こちらに歩いてくる


 どうやら合流して一緒に宿屋に戻るつもりらしい


 人の流れに逆らって帰路に着いていると、すぐにイグニラたちと合流した。
 あつしくんもそれを見越してゆっくりと歩いていたからね




「チカ、もう身体の方は大丈夫なの?」
「………大丈夫。心配かけてごめん」
「し、心配なんかしてないわよ!」


 あつしくんに背負われているわたしを気遣うように問うイグニラ。
 このツンデレさんは何がしたいのやら




「いきなり気を失うからビックリするじゃない。何があったのよ」
「………わたしは、雷が苦手だから、電流を見た途端、トラウマスイッチが入ってしまったらしい。よく憶えてないけど」


「そう、無事ならよかったわ」


 おんぶされるわたしを心配そうに見つめてからほっと息を吐くイグニラ


 台座をぶち壊そうと思ったのにこのザマだ。
 しかも、無駄にお金だけ消費した結果になる。最悪だ


 もう屋台で何か買い食いしてから宿に帰って間食して夕飯の支度をしてつまみ食いした後にお夕飯を食べてから身体を拭いて夜食を食べて寝よう。


 あれ、思ったよりやること多い?








                  ☆




 宿屋に戻ってきたわ。


「………ただいま」


「おかーさん、ただいまー」


 フリームが元気よく帰宅を知らせるのだが、受付にもフルーダさんは居ない




「おかーさん?」


 どこに行ったのかしら


 受付にもいないのは困ったわね
 お客様が来たらどうするつもりだったのかしら。


 フルーダさんが居ないと宿が回らない。
 妊婦さんを一人だけ残すのはやっぱりまずかったかな


 まずいよね。何かあったときに対応が遅れる。




「来なさい、フレアウルフ!」
「ワン!!」


 宿を見回していると、イグニラがフレアウルフとやらを呼ぶ。
 すると、奥の方から炎でできた肉体を持つ犬が現れた


「うひっ!?」


 後ろでみっちゃんがおかしな悲鳴を上げながらあつしくんの後ろに隠れる。
 わたしも帰り道の途中から歩いていたから、みっちゃんを守るように移動した。


 わたしが感電死したてトラウマを植え付けられたように、みっちゃんは焼死している。


 料理に使うような火では発作を起こすようなことはないけれど、それでも心に根付いたトラウマはそう簡単に剥がれてはくれない。


 下を向いてガタガタと震えながら、あつしくんの背中に手を伸ばし、その服を握りしめた。頭頂部をその背に押し付ける


 その様子を、イグニラがチラと一瞥する




「ミウ? ………そう、あなたは火がダメなのね」
「うん………だ、だから、はやく………なんとかして」
「ええ」


 イグニラは再びフレアウルフに視線を向ける
 腰を落としてフレアウルフの頭を撫でた。
 気持ちよさそうに眼らしき場所を揺らめかせる




 たしかイグニラは炎の精霊って言ってたわよね。だからあの炎に触れるのかしら。
 炎を完全に無効かするのね。わたしは耐性があっても無効化と我慢はできないから、辛いのよね。


「ごくろうさま。何か変わったことあった? また黒い服の人が来たけど追い払った? えらいわ。………だけどフルーダが急に苦しそうに倒れたって………どういうことよ!」


「ッ!! おかあさん!!」


 イグニラの言葉を聞き、わたしの近くにいたフリームが何ふりかまわずに奥へと駆け出した


「………イグニラ。何があったのか教えて」


 店の奥へと消えたフリームをしり目に、慌てても仕方がないから、冷静にイグニラに問うことにした。


「わからないわ。私たちも直接見に行った方が早いと思おう。フレアウルフ。戻っていいわよ」


 ふっとフレアウルフの姿が掻き消える。召喚したといっていたから、自由に出したり消したりできるのかしら。
 それともイグニラみたいに転移の力も持っているとか。


 不思議なわんちゃんね。完全に炎で構成された肉体か………核とかあるのかしら。
 わたしの怪力乱神で倒せるかしら。


 いざとなったら無理やり暴風を作り出して火を吹き飛ばすことはできるけど。


「も、もう大丈夫?」
「………うん。もういない」


 震えながらもチラリと確認をとるみっちゃん。
 炎がなくなったことでほっと息を吐きながら店の奥に視線を向ける


「結局、何があったの?」
「フルーダさんが倒れたらしい。産まれてくる赤ちゃんに何かあったら大変だ。もしかしたら産気づいているのかもしれない。俺は念のために助産師さんを呼んでくるから、チィと美羽ねえはフルーダさんについてやってくれ」


「………(こくり)」
「うん。まかせといて!」


 外はパレードににぎわっているけれど、治療院くらいはちゃんと活動しているはずだ。
 緊急のお医者様もいらっしゃるはずだし、いざとなったらわたしとみっちゃんで何とかする。


 出産した経験も出産立ち合いの経験もないけれど、最低限やらなきゃいけないことくらいはわかる
 でも、出産に関する知識は薄い。何ともなければいいんだけど………




「何をするにしても、とりあえずフルーダさんの様子を見てからよ。急ぎましょ」


 みっちゃんに促されてわたしとイグニラは急ぎ足で宿の奥へと歩みを進めた




……………
………







「おかーさん大丈夫!?」


 フリームがフルーダの安否を確認するが


「うぅう…………う、産まれちゃう………」


 フルーダは床でおなかを押さえてうなっていた


「ち、チカちゃん、ミウさん………わたし………ど、どうしたら………」


 涙目でこちらを見上げるフリーム
 なんとも保護欲をそそられる姿だが、今はそれどころではない。


「………破水している」
「それほど時間がたっているわけじゃないけど、もう陣痛も始まっているみたいね」




 街はお祭り騒ぎ。あつしくんが来るまで、人混みのせいであつしくんが来るまでに相当時間がかかるだろう。


 わたしたちの誰もが油断していた。
 今日くらい大丈夫だろう、と。


 フルーダさんは受付でおとなしくしていれば、何事もなく明日を迎えているはずだ、と。


 だが、赤ちゃんは待ってはくれないのだ。
 なぜ出産がこのタイミングなのだと愚痴をこぼしたくなるが、そのタイミングはこちらで選べるようなものではない


「急いで出産の準備に取り掛かるわよ」
「………ん」
「どど、どうしたら………!」


 初めての経験だが、フリームやイグニラのようにおろおろとする余裕などない


「イグニラちゃんは、タライに井戸から水を汲んできて、それを人肌に温めてほしいの。できる?」
「やるわよ!」


「フリームちゃんはフルーダさんの手を握ってあげて! わたしとチーちゃんはお布団と毛布をもってくるわ!」




 テキパキと指示を出しながらみっちゃんは駆け足で布団と毛布が保管されている部屋まで急いだ。


 ここが宿屋でよかった。
 ある程度清潔な布がいっぱいあるから何も考えずに適当に大量に布を抱えてフルーダの居る部屋に走った




 幸い、陣痛はまだ始まったばかりみたいだし、ちゃんと場を整えるはず


 急いで準備しなくっちゃ!





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