怪力乱神の魔女が異世界を往く

たっさそ

第6話 ちゅっちゅします。

                  6




 フリームと二人で受付に座って、持て余した時間を使って二人でおしゃべりをしていた時の事だ。


「………聖剣?」


「うん!この街の中央に神殿があるんだけど、その中央の台座に聖剣が刺さってるの。なんでも、その聖剣が街に結界を張っているおかげで魔物や魔族が入り込むことは少ないんだって」


 話題に出ているのは、この世界に関する神話の話しと、それに関する聖剣のお話。
 どうやらこの街の中心には伝説の聖剣とかいうものがあるらしい。
 おとぎ話みたい、というか、ゲームみたいな話ね。


「………へえ」


「でも、台座からはどうやっても抜くことができなくて、世界の危機にはその聖剣を抜くことができる勇者が現れるって伝えられているんだよ!」


 興奮気味に語るフリーム。
 ますますゲームみたい。
 その内、魔法とか出てきそうな雰囲気ね。


「でもね、一説によると、聖剣を抜いた人が勇者になれる、なんてのもあるんだよ!」


「………途端に胡散臭くなったわね。所詮は噂なら、仕方ないのかしら」


「あはは、そうかもね。たしか、誰でも聖剣を抜くことにチャレンジできるみたいだよ。銀貨5枚で!」


 ばっと指を開いてわたしに突きだしてくるフリーム。
 銀貨5枚………高いわね………でも銀貨5枚で勇者に成る権利が貰えるなら、チャレンジしてみたくもなるかも。


 でも………


「………それ、絶対に偽物よ。本物だったら聖剣で商売なんてしているわけが無いもの」
「ただ、そのお金は聖剣を抜いた人が総取り出来て、世界を救うための資金にするらしいよ」
「………神殿の職員が横領しているわよ。手元に残っているのはすくないはず」
「もー、チカちゃんは夢が無いなぁ」
「………現実主義なの。」
「チカちゃんたちはこの街では一番強くて有名なんだから、一回くらいチャレンジしてもいいのに」


 いつのまにそんなことになっているのよ、とツッコミを入れつつ、フリームの話しについて深く考える
 きっと一番強いと言うのはあつしくんとみっちゃんのことだ。そっちは勝手に頑張って欲しい。


 それにしても、聖剣か。
 マスターソードとか女神の剣とか、そういったものかしら。


 オカリナとかハープとか準備した方が良さそうね。………なんでやねん。


 今は冒険者として仕事に行っているあつしくんやみっちゃんなら、聖剣を抜けるかしら。
 なんというか、わたしたちは元々この世界の人間では無いし、超能力さえ持っている。


 普通の人間ではないわたしたちの誰かなら、聖剣も抜けちゃうかもしれないわね。


 あ、でもそうすると聖剣が張っているとかいう結界がなくなっちゃうんだっけ?


 この街には騎士団だっているし、問題なんて無いでしょう。
 よし、ダメ元で聖剣を引っこ抜いてこよう。


 もし、なんかの間違いで引っこ抜けてもわたしは剣を扱える技術は持ってい無いもの。


 わたしにできることといったら、怪力でものを投げるかぶん殴るだけ。
 剣なんて考えられないしね。


 怪力乱神を発動していないわたしなら、剣を持つのさえやっとのはずだ。
 引っこ抜けたらみっちゃんにあげよう。有効に活用してくれるはずだ。


 がらっ――チリンチリン


 聖剣についてかんがえていたら宿屋の戸が開いて青年が顔をのぞかせた


「こんにちは」


「………フリーム。お客様」


「うんっ!  いらっしゃいませ! お一人様ですか?」


 フリームも気づいていたらしく、笑顔で接客を開始する


「ああ。一人だよ」


 視線を青年に向けてみると、目があった。
 わたしと目が合うと、青年は驚くように目を見開いた。


 青年は黒い髪が特徴で16歳くらいだろうか。かなり若い。一人で泊まるのかしら。


「本日は素泊まりですか?」


 フリームのセリフで我に帰った青年は、道具袋から一枚の紙を取り出した。
 あ、その紙は知ってる。青年が差し出したその紙をわたしが受け取ると


「ああ。この依頼書を持って来れば宿泊料金がタダになるって聞いたんだけど、合ってる?」


「はいっ! 冒険者様にとっては実質無料となりますね。朝夕の食事は別料金となりますが、私どもの宿が依頼達成をギルドの方へ報告すれば、宿の代金分ーー大銅貨5枚が支払われるはずです。あ、ご存知だと思いますが、依頼で宿泊するように指定しているのでこちらも大銅貨5枚を支払っていただきますよ。このお金がそのまま冒険者様の懐に戻ることになります」


「それならよかった。最近は金欠気味でさ、助かるよ」


「連泊なさる場合は、二日目以降は料金が発生しますので、ご注意ください。では、こちらにお名前の記入をおねがいします」




「ああ。わかった」




 そういって黒髪の少年は帳簿にペンを立てる。その瞬間、チラリとわたしを一瞥してから書き始めた




 かかれた名前は――『藤田千尋』
 日本語だった。


「チヒロフジタ様ですね、203号室がチヒロ様のお部屋となります。ごゆっくりしていってください」


 ぺこりと頭を下げるフリーム。
 どうやらフリームはこの世界の文字として認識しているらしい


「名前を聞いてもいいかい?」
「あ、私はフリームと申します。ここの店主の娘です」


 黒髪の少年にきかれるがままに答えるフリーム


「そちらのお嬢さんは?」


 そして、流れるようにわたしの名前まで聞いてきた。
 はて、どうしたものか………


「………智香。………井上」


 すこし悩んだ末、苗字まで答えることにした。名前だけでも日本的なんだ。髪の色が変色してしまっているとはいえ、わたしの顔立ちすら日本人なのに、今更隠す意味もない。
 わたしはそう判断した。


「やっぱり、キミも日本人なんだね」


 やはりというかなんというか。チヒロも日本人だったらしい


 でも、だからどうした。日本人でも他人は他人だ。
 そのへんの有象無象となんら変わりない


 妙な親近感を持たれても困る。
 わたしの家族はみっちゃんとあつしくんなのよ。
 日本人だからといって気を許すつもりはない


「………依頼書はチェックアウトの時に依頼達成の印を押してから返します。それではごゆっくり」


 ぺこっと頭を下げてから、受け取った依頼書を引き出しに仕舞ってフリームに振り返る


「………フリーム。わたしはベッドメイクに行くわ」


「あ、うん。ありがとうね!」


「あ、ちょっと!」


 そんな素っ気ないわたしの態度に慌てて引き止めようとしてくるチヒロ。


「………なに。営業妨害なら騎士団に通報するよ」


 日本人だからと馴れ馴れしくしてくるこの青年を睨みながら牽制しながら歩みを進めると


「なんでや! ちょっと話を聞きたいだけなのに! 同郷のよしみで話だけでも聞いてくれよ!」


 む、此方がボケたわけではないのだが、なかなかにキレのあるツッコミモドキに思わずわたしの足も止まる。
 それはわたしがボケ担当だと見抜いた上でのツッコミだとしたら見事としか言いようがないわね。


 これは、確かめる必要があるわね。


「………なに。忙しいから手短に。そうね………4段落構成で400字以内に纏めて提出しなさい」


「読書感想文かっ!」


 ビシッとわたしの肩に裏手の衝撃が炸裂する。
 どうやらツッコミはキレッキレらしい。


「………ふむ。………話を聞くわ。こっちに」


「どういう基準で話を聞いてくれる気になったのか非常に気になるところだけど、ありがとう」


 わたしの中の基準では、この人は合格だ。
 理由? わたしにツッコミを入れてくれたからよ。


 ロビー兼待合室に設置してある机と椅子に招待する。
 対面に腰掛けて話を促した


「………それで、話ってなに」


「ああ。キミも女神様に言われてこの世界に来たんだろう? 俺と一緒に旅をしないか?」


「………宗教の勧誘ならお断り。お疲れ様、帰っていいよ」


 座った側から話は終わった。わたしは椅子から立ち上がってベッドメイクに行くことにした。
 まさかここに来て宗教の勧誘だとは思わなかったわ。


「ま、待ってくれ! そんなつもりじゃないんだ!」


 わたしが躊躇いなく席を立ったことで、慌ててわたしの手を掴むチヒロ。


「………じゃあなに。ロリコンさんなの? もっとお断りなんだけど。ロリコンさんはその辺にでも転がってトウモロコシを股に挟んで全裸でヒャッホウとでも言っている方がお似合いだわ。」


 そんなチヒロの手をバシッと払って叩き落とした。
 ロリコンさんはお断りだ。


「違う、違うって! そんな倒錯的ローリングな性癖は持ち合わせていない! ちゃんと話を聞いてくれよ!」


「………いきなり目の前に現れたかと思ったら初対面のくせに女神がうんぬん、果ては一緒に旅をしよう? 犯罪の香りしかしないわ。そもそも、胡散臭いのよ。そんな人の話なんて聞くわけがないでしょう」


「俺はっ! この世界に勇者として召喚された―――」


「………さようなら」


 胡散臭い。もはや一瞥すら必要ない。視界に入れないようにしてチヒロに背を向け、わたしはベッドメイクに向かった


「わ、わかった。キミを勧誘したりしないから、一度だけでいい。話を聞いてくれ」


 その瞬間。チヒロはわたしの進路を塞ぐように、一瞬でわたしの目の前まで移動していた。
 瞬間移動、ではなさそうね。視線だけを床に向けるとブレーキ痕があるから、素のスピードかしら。
 実力は高そう。確実に、みっちゃんやあつしくんを超えるスピードだ。


 一瞬、超能力者という言葉がよぎるが、彼が実験という名の拷問を受けているようには見えない。左腕に腕輪も無いし、腕輪の痕もない。
 でも、なんらかの影響を受けて常人以上のチカラを出しているのは明らかね。


「………。」


 少し考えてから口から出そうになった溜息を飲み込んでわたしは椅子に座った。


「………わたしの居場所を奪わないのなら、聞いてあげるわ」


 フリームはわたしたちのやりとりを受付から見ていたらしく、ハラハラと心配そうに手を組んでいた
 大丈夫よ。取って食ったりはしないでしょう。心配いらないわ


 トントンと指先でテーブルをたたいてチヒロにもう一度座るように促す。
 すると、申し訳なさそうに腰を下ろした。


「同じ日本人を見つけて、ちょっと舞い上がってたんだ。反省してる」


「………そう。単刀直入に物事を申すのは悪いことじゃない。でも、いらない誤解を招かない様に順序は必要」
「ああ、ごめん」


 チヒロが頭を下げたことで、重い雰囲気はどこかに霧散された。
 まあ、話が怪しかったら、速攻で抜けるけど、一応話くらいは聞いてあげることにしましょう


「………それで?」


 わたしはアゴをしゃくって話を促す
 態度が悪い? だったらこの人のその事前の行動を思い出しなさい。そりゃ態度も悪くなるわ。
 不機嫌よ。


「俺の話だったね。俺の名前は藤田千尋。前の世界じゃ高校2年生でサッカー部だった。この世界に来たのは10日前からなんだ」




 なるほど、やはり青春を謳歌している16歳の青年だったのね。
 そちらが自己紹介をしてくれるなら、こちらもそれにならってわたしのことを教えてあげようと思う




「………井上智香。13歳。学校には行ってない。この世界に来たのはひと月前、目が覚めたら近くの森にすっぽんぽんで座ってた。今はこの町の宿屋の店番をすることで、無料で泊めてさせてもらっている」


 一度死んだことや超能力者であること。実験の数々などはいう必要が無いだろうと判断して口を閉ざすことにした
 当然だ。平々凡々に暮らしていた少年に、社会の闇を見せて信じられるものか。
 無理に決まっている。


「13歳か。もうちょっと下かと思ってたよ」


「………よく言われる。話ってなに」


「ああ、この世界は魔物が出る危険な世界だってことはしっているよな?」


「………(こくり)」


 当然だ。1日目にいきなりワイバーンに腕を喰いちぎられそうになったのよ。
 怖くて出られないわよ
 ああこわいこわい。蹴りの一撃で脳漿をぶちまけてやったとしても、あの時の激痛は思い出したくもない。
 もう一度戦えと言われたら、わたし一人だったら倒せるだろう。でもやりたくない。当然よね。なにせ、怪力乱神を使用したわたしの痛覚は10倍。蚊に刺された痒み・・でさえ、激痛に変わるデメリットを孕んでいるのだ。そう簡単に戦いの場に出られるような肉体じゃないのよ。


「俺がこの世界に来るときに、女神様に会って、特別な力を貰ったんだ。それで魔物を倒して欲しいって言われたんだよ」


 また女神。わたしがこの世界に来たときに、そんなのには会わなかった。
 みっちゃんとあつしくんからもそんな話は聞いていない。
 会っていたらすでに話のネタになっている。それが無いってことは、わたしたちは女神様とやらには会ってい無いと言うことに他ならない。


「この世界は5本の聖剣と5本の邪剣。計10本の魔剣の力がせめぎあっていて、その結界の力で魔界と人間界を隔てているみたいなんだ」


 なにを言っているのか全然わからないわね。
 頭の中では10本の剣が世界を舞台に盛大な陣取り合戦をしている様にしか思えないのだ。


 おそらくはその認識で間違いないとはおもうのだけど


「………それが、どうしたの?」


 魔物側と人間側で陣取り合戦をしているのはなんとなくわかった。だが、それがなんだというのだ。
 わたしには何の関係も無い話だ。
 国は世界の偉い人が勝手になんかやって、勝つか負けるか隷属するか決めればいい。




「近々、大昔に聖剣の力で封印した魔王が復活して邪剣を手に取り人間界に攻めてくると、俺の会った女神様はそうおっしゃった」


「………ほう」


「それに対抗するために、俺はこの国の召喚術師から呼び出された勇者らしいんだ。聖剣を抜いて、魔王や魔物達に対抗するために、俺は呼び出されたらしい」


 胡散臭い話だが、チヒロはわたしたちみたいに一度死んでからこの世界にいたわけじゃ無いらしい。
 聖剣を抜いて魔王に対抗できる素質があるからこそ、わざわざ日本から召喚されてしまったとか。


「………それで、チヒロはどうするの。魔王を倒す旅に出るの?」
「んー、そうするつもりなんだけど、今は仲間集めの最中ってところかな。」


「………そう。でも、その様子を見る限り、あまり順調には見え無いわね。宿屋の依頼書を受けているのを見ても、まだ冒険者のランクはFランクだろうし」


 わたしがそう言うと、チヒロは眉を寄せて両手を頭の後ろで組んで背もたれに体重を預ける
 そう、この宿屋に宿泊を促す依頼は、ランクの低い冒険者しか受けることが出来ない依頼だ。
 チヒロがこの依頼書を持ってきたということは、つまり彼はランクの低い冒険者でしかないということなのだから。


「そうなんだよなぁ、旅の支度金として渡されたお金は装備を整えただけでほとんど無くなってしまったし一応勇者として一定の技量はあるからこそ旅に出ることを許されたんだけど、なかなか気を許せる人間もいなくてな。だからこの宿にも一人で寂しく泊まることになったんだよ」


 たははと笑うチヒロ。地球には友人もいただろう。
 なのに一人でこの世界に飛ばされて、寂しくないわけがない。
 おそらく、わたしが初日にみっちゃんやあつしくんに出会わなかったら、今の自分はここにいない。きっと、森の中で寂しく餓死して終わりだ。


「………。」


 国としても、勇者一人に重荷を背負わせるわけにもいかないはずだろうし、きっとお目付役が付いているはずだ。
 勇者としてなにができるのかを知ら無いけど勇者一人を勝手に放浪させるのはダメだろうし、ゆく道を示してくれる人くらい、国から派遣されていると思う


 とはいえ、お一人様で宿に泊まるのはさみしいということには変わり無い。同情するわ。


「………それで? 今の話を聞いて、わたしにどういう反応を期待していたのかしら? 生憎だけどわたしにとっては然程重要な案件でもなかったのだけど」


 わたしは今の居場所が奪われなければそれでいい。
 将来はみっちゃんやあつしくんと力を合わせて家を買って、みんなで一緒に暮らすんだ


 それを邪魔する奴はぶっ飛ばすけど、それ以外は割とどうでもいい。


 世界が滅びようと関係がない。


 家を買うまではこの宿屋にお世話になる予定なだけだ。


「キミは仲間にはなってくれないとはっきり断ったから、そこまで反応には期待していなかったんだ。正直なところ、この世界に来てから初めて会った同郷の士なんだ。思いの丈をぶちまけたかったんだ」


 ………なるほど。つまり、重くのしかかる重圧を、重荷を、すこしでも軽くするための愚痴箱ダストボックスとして利用されたのか


「………はぁ。愚痴くらいならいつでも聞いてあげるから。いつでもこの宿に来なさい。魔王退治、せいぜいがんばって」


「ありがとう、智香ちゃん」


「………智香でいい」


 もういいわよ。ココでかかわったのが運の尽き。人間界が平和になるに越したことはないし、頑張って欲しいものね


「同じ世界のひとなら、俺と同じように特別なチカラを持っているひとかと思ったんだけど、智香は持っているのか?」


「………さぁ。わたしがこの世界に来た時は、女神なんていう生物かどうかすらもわからない輩には出会わなかったから知らない。だから今のわたしは地球にいた時のまま。故に旅に耐えられるような体力はない」


 身体の前で腕を交差してバッテンを作る。
 わたしは怪力を持っていても、体力は無いのだ。デメリットばっかりの異世界冒険譚なんて危険すぎてやりたくないわ。


「そっか、残念だ」


 残念そうに肩を落とすチヒロ。
 この世界にやってきた地球の人は女神とやらから、なんらかのギフトを貰うことを期待していたんだろう。だから旅に誘ったたのだと思う。
 そんな恩恵があったら、わたしだって今すぐあつしくんたちの手伝いをするわよ。


 そもそも、わたしは体力が少ないため、わたしを背負って長距離を歩いてくれる人でなければならない


 わたしの能力、怪力乱神は燃費が悪い。カロリーが必要なのよ。つまり、食べないといけない。
 おかげで、身長がフリームと同じくらいだというのに、フリームの2倍くらいの体重だったりするのよ。


 むねもおしりもウエストも二の腕も細いけれど、体重だけは重いのよね。
 お腹を壊した時は一気に体重が軽くなったりするわ。つまり、そういうことなのよ。
 能力を開発するにあたって、わたしの身体は毒や菌に対しても強い抵抗力を持っているから、そうそうお腹を壊すこともないんだけどね。


 でも、能力のおかげで一日に何回もトイレに行かないといけないし、トイレはわたしの生活空間といっても過言ではないのよ。そりゃあ、トイレの環境に力を入れたくもなるわ。


 自由に行動できる時間が限られているわたしは、長期の旅などは、家族であるあつしくんやみっちゃんと一緒に行動することしかできないの。
 旅に出たくても出られるような身体じゃないのよね。


「………?」


 自分の特殊な身体機能に心の中でため息をついていると、ふと視線を感じた。


 フリームではない、なにやら監視するような視線を。
 チヒロがその視線に気づいている様子はない。
 超能力を開発する上で、わたしたちの耐久性や五感、筋力などは大幅に強化されている。
 だから気づいたのだろうか。


「………話はここまでね。この宿に来たら日本食もどきがあるから、故郷が恋しくなったら泊りに来なさい。有料だけど、歓迎するわ」


「ははっ、サービスはしないんだな」


「………当然。こっちも商売をしているもの。そうね、今日は豚の生姜焼きかしら」


「ほほぅ! 醤油があるのか!こりゃあ夕食が楽しみだな!」


 チヒロは今夜の夕食に気を取られている。気づいていないのかしら。
 この視線は、どうやらチヒロに向けられているものだというのに。


 早めに話を切り上げてよかったわ。


 ふぅ、こんなのが勇者でいいのかしら。もっとこう、25歳くらいの肉付きの良い男性で、肉体を最高に仕上げている人の方がよっぽど勇者という職業にむいているとおもうのだけど。


 16歳っていったらまだ子供よ。
 みっちゃんやあつしくんと同年代なのよ。
 特別なチカラを持ったからといって、簡単に成し遂げられるほど甘い仕事ではないはずだ。


 殺す覚悟はあるのだろうか。死の恐怖を体験したことはあるのだろうか。絶望の味を知っているだろうか。
 わたしは、すべてある。すべてしっている。


 殺さなければ殺されるなら、心に蓋をして、殺される前に殺すしかない。
 何度も実験と拷問で死にかけた。その度に、死の恐怖は心の深淵からふつふつと湧き上がり、心臓を締め付ける。
 望みは絶たれ、実験に堪える日々。言葉も無くしてただただその日の実験を終えるのを待つでけの日々。みっちゃんやあつしくんが死んだ時の、あの絶望を、わたしはもう二度と味わいたくない。


 だが、彼は?


 未熟な精神で殺しを経験してしまえば、死の恐怖を体験してしまえば、絶望の味を知れば、自己の崩壊すらありえるのだから。


「ふんふーん♪」


「………。」


 能天気に鼻歌を歌い、浮かれながら自室に向かう彼の背を尻目に、わたしはそっと溜息をついた。






……………
………





「ふぅん、あれが勇者かぁ。なーんか頼りなさそうね」


「………そうね」


 声が聞こえたので、返事をしつつそちらを向くと
 先ほどまでチヒロが座っていた席に、一人の女性が座っていた。


 年の頃はわたしとそう変わらない。14歳くらいかしら。
 カールしたフワフワの“真紅の髪”に、コレまたカールした“黒いツノ”が側頭部から2本出ているのが特徴だろうか。
 黒い角の左角の方。その根元には黄色のリボンが巻いてあった。オシャレだろうか。いいアクセントになっていてかなりかわいい。


 彼女は長い袖で手を全て覆いながら頬杖をついてチヒロの背中を長い睫毛が震えるその黄金色の瞳で追っていた。


 そんな彼女を見て、わたしが最初に思ったことと言えば


(………めっちゃ火とか使いそう)


 そんなものだった。
 黒い角を持っている時点で人間ではなさそう。なんというか、もっと上位の存在感。
 そんな人が真紅の髪をしているのだ。そりゃあ火とか使いそうじゃない?


「あら、あなた………私が怖くないの?」


 彼女はロビーから見えなくなったところでチヒロから視線を外し、やや目を丸くしながらわたしを見た


「???  ………なぜか目の前に可愛いおなごがいるとしか認識していないけど?」


 この人がチヒロを監視していた人なのだろう。それはわかる。
 でも、それよりも目の前にかわいい女の子が居ると言う情報の方が重要だと思うのよね。
 ちらりと彼女の胸部に視線を移すと、袖が長い割には露出度の高い服でつつましやかな胸が自己主張している。


 ふむ………B、かしら。なかなかやるわね。


「そう、面白いわねあなた」


 クスクスと笑う彼女がわたしの頭をポンと撫でる
 今のところ、敵意はなさそうだから、されるがままにうりうりと頭を撫でられたわ。
 だんだん楽しくなってきたのか、彼女は金色の瞳を細めて笑った。


 笑うと魅力的に見えるその女性の手を払ってから軽く髪を整えて


「………それで? あなたはこの宿に泊まりに来たひと?それともチヒロを殺しに来た人? それとも恋人?」


 このままでは話が進まないと判断したので、単刀直入に用件を聞く。


「恋人はないわね。どちらかというと殺しに来たんだけど、脅威になりそうにないから、上にはそう報告するわ」


「………そう。わたしとしてはそういう油断が命取りになると思うのだけど。力をつけられる前に、『疑わしきはぶっころ』ってした方が利口じゃないの?」


 惜しげもなくチヒロを殺しに来たと公言したその深紅の髪の女性に対して、わたしは首を捻る。
 先ほど言っていた事だが、チヒロが(自称だけど)勇者だと言っていたし、勇者を殺すために来たはずだ。
 漫画みたいに成長しちゃうまえに殺した方が楽なんじゃないかなと思ったのだけど………


「あなた、どっちの味方なのよ。今はあまり目立つ行動はしないだけよ。」


 そんなことを言ったら逆に宥められてしまった。


「………わたしはどっちの味方でもない。『どっち』ていうのがどの勢力のことか、わたしにはさっぱり。あなたが何をしている人かも知らないし、チヒロがわたしの知らないところで犯罪をはたらいていて、あなたがそれを裁く人かもしれない。その邪魔はしない」




 わたしがそういうと、へえっと笑う真紅の髪の女性。


「私が魔人族だって言っても?」


 やや好戦的な視線をわたしに向ける


「………言ったでしょう。わたしはあなたが何をしている人か知らない。わたしの不利益にさえならなければ、それでいい。そもそも、わたしは魔人族とやらを知らないし見たこともない。」


 一月前にこの世界に来た人間をなんだと思っているんだ。
 そんなことはわたしにわかるわけがない。


「本当? 魔王の娘、四天魔将のイグニラって名前も知らない?」


 イグニラ、というのが彼女の名前なのだろうか。袖の長い服で指先さえ見えないが、その手で自分の胸に手を当てるイグニラ。


「………偉いの?」


 だから知らないって。と心の中で愚痴りながら、その地位が世界にどういう影響のある地位なのか全く理解出来ず、聞き返してしまう


「そ、ならいいわ」


 興味を失ったかのようにテーブルに肘をついて頬杖しながらわたしを観察するイグニラ


 わたしもそんなイグニラから視線を外して、受付で座っていたフリームに視線を移すと、フリームはイグニラを凝視したまま小刻みに震えていた




「あ、あぁああぁ………」
「………フリーム? どうしたの」


 明らかに様子がおかしい。視点はブレて焦点が合っていない。


「チカちゃん、その人は………」


「………ん。なんかマオーさんとやらの娘さんなんだって。イグニラって言うらしいよ」


「初めまして、人間の御嬢さん」


 長い袖からは手を出さないまま、イグニラは手を胸に当てて優雅に礼をする。
 一応ながら、王の娘というだけのことはある。


「ひっ!」


 しかしながら、フリームはカタカタと震えながら視線を逸らしてわたしを涙目で見つめる
 イグニラの優雅な挨拶は、どうやら更にフリームを怯えさせてしまったようだ。


「チカちゃん、危ないよ。そのツノ………魔人族だよ………しかも、い、イグニラっていったら魔人族の中でもすっごく危険な人だよ、魔王軍の幹部だよ………」


 ふぅん。角が魔人族の象徴なのかしら。


「………その角、取れないの? フリームが恐がっているのだけど」
「取れないわよ! はぁ、今日のところは何もしないわよ。召喚されたっていう勇者も一目見たし、今日はもう魔界に帰るわ。もう一度ここに来てもまだここに泊まっているようなら、また何度か様子を見に来るかもしれないから、その時はよろしくね、チカ」
「………ツノを隠してから来なさい。貴方のせいでこの宿屋に不穏な噂でも流れたりしたら、その角をへし折ってあげる」
「いやよ。この角がかわいいんじゃない」


 つつッと角を人差し指で撫でてリボンまで這わすイグニラ。
 おそらく、魔人族というのは人間とは敵対関係にあるのだと思われる。


 魔王の娘というのだから、なおさらだ。
 そんな彼女がこの宿屋で出入りいしているのが目撃されてみなさい。さまざまな風評被害でこの宿屋なんか簡単に潰れるわ。


 それは、わたしの居場所を奪う行為に直結する。


「………わかった。その角はへし折るわ」
「へ?」


 結論はすぐに出た。魔人族の象徴らしきツノがあるから、イグニラは魔人族と認識されているっポイ。
 へし折ってしまえば、余計な噂の流出を防ぐことも出来る。
 自称勇者のチヒロがこの宿屋に泊っている限り、イグニラはこの宿屋に何度も来そうだしね。


 なので、わたしはイグニラの角を掴んで引っ張った


「きゃっ! なにするのよ!」
「………わたしの居場所を奪いそうな可能性があるから、その排除。言ったはずよ。わたしの不利益にならなければいいって。わたしの不利益になるなら魔人族だか何だか知らないけど………当然、許さないわ。」


 イグニラが袖の長い服から手を出さずにわたしの細腕を掴んで引っ張るが、わたしは怪力乱神を発動してその角から手を離さない。
 ミシッとツノが悲鳴を上げる




「や、やめて! わかった、わかったわよ! イタッ! 角は隠してから来るから! 手を離して―――きゃあ!」
「わっ!」
「チカちゃん!!?」


 角を握るわたしの手を掴み、わたしを引きはがそうとするも、思い切り引っ張れば自慢のツノが折れかねない。
 それを避けたいイグニラは、わたしを突き飛ばそうとわたしの肩に手を突きだした。


 しかし、力加減を間違えたのか、イグニラはわたしを押し倒してしまったようだ。
 それでもわたしはイグニラのツノからは手を離さずにいたため、それにつられてイグニラはわたしに覆いかぶさる形で倒れこんでしまったのだ。
 たまらずフリームが悲鳴を上げたところで






















「んむぅ!?」
「むぐっ」
























―――ゴチュ! という衝撃が顔面に炸裂する


 特に痛かったわけではないが、訳が分からずに目を瞑ってしまった


「………。」
「………!!?!?」




 目を開けてみれば、私の目の前に広がる深紅の光景。
 覆いかぶさったイグニラのカールした髪が周囲を埋め、その中央ではと困惑したような黄金色の瞳が、先ほどのわたしと同じく訳が分からないとばかりにパチクリと瞳孔を広げていた




 くちびるに、不意に感じる甘い味。


 チカぽん。心の一句。
 ふむ。魔人族の唇は意外と美味である。


 こういうイベントっていうのはもっとこう、ラブコメ的には主人公じみたチヒロとか、あつしくんとかが経験するべきものじゃないかしら。


 なんでわたしなのよ。


 わたしが経験するにしても、なんで相手が女の子なのよ。
 もっとこう、こういう女の子が主人公の小説ってイケてるメンズの殿方とのキッスから始まるラブコメがあるはずのなのに。


 わたしだって、初キッスは気心しれたあつしくんの方がよかったわよ。


 今の説明で大体さっき起こったことがわかったかしら? 




―――そう。あろうことか、わたしは先ほどの衝撃で不本意ながらイグニラと唇を重ねてしまったらしい。




「あ、そうだ。智香、晩御飯って、なん………じ?」


 しかも、最悪のタイミングでチヒロが戻ってきた。


 なんてこった。こりゃあもう百合の花がバックに咲いているような盛大な誤解の嵐が降り注ぐこと間違いない
 なんで戻ってくるのよ、さっさと部屋に戻っておけばいいものを




 と、そこでさらに同じタイミングでチリンチリンと宿屋のベルが来客の到来を告げる。
 ガチャリとドアが開いたかと思えば


「ふぃー、ただいまー。チィ、今日は朗報が………あ、る?」
「チーちゃん、フリームちゃん、今戻ったよー! あら?」


 どうやらみっちゃんとあつしくんが帰ってきたらしい。


 宿の戸を開いた瞬間に、深紅の髪の女に押し倒されて唇を奪われるわたし。
 見様によっては抱き合っているようにも見えるこの体勢。この光景は、他者にはどういう風に映るだろうか。


「………。」


 わたしなら、絶対に背景には百合の花が咲くわね。













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