受難の魔王 -転生しても忌子だった件-

たっさそ

第121話 私は大人で孤児院長なんですよねぇ









「それで、もうちょっと詳しい話を聞きたいんだけど………」


 ここは孤児院の広間。
 ラピス君たちが裏庭で子供たちの相手をしている間に僕とミミロ、ファンちゃん。イズミさんとアリス院長が集まってとりあえずお茶を飲んでいる。


「あちち………尾行けていた男の話でありますね?」
「そうそう」


 安物の紅茶をふーふーして冷ましながら唇を湿らせたミミロ


「尾行、されていたのですか?」
「リオルさんたちが?」


 イズミさんとアリス院長にもいきさつを話す。
 おそらく、二人とも無関係じゃないから。


「うん。学園からここにくる途中でこっちを見張るような視線に気づいたから、ミミロたちに対処してもらってたんだ。」


「先ほどさらっと話したことでだいたいまとまっているのですが、もう少し掘り下げますと、あの男、暴力団の構成員なのであります」
「暴力団?」


 首をかしげるファンちゃん。
 暴力団という単語を初めて聞いた様だ。


「ヤクザ………まあ、ならず者ってことであります、ファン殿。基本的にはスラムの治安維持と娼館の用心棒やボーイとして、働いていたり、もしくは非合法のドラッグの売買をして生計を立てていたりしている者たちの事でありますよ」
「ミミロもよくそんなことまで調べたね」
「わちき自身、すごく最近ですが社会勉強として入場料大銀貨5枚と種銭大銀貨5枚を手に地下の違法賭博の場を覗いたことがございますゆえ。あ、もちろんキラやマイケルには見せておりません。リオ殿の母君の情報を集めるための情報量としたら安いくらいでしょう。まあ、結果はハズレでしたが」
「うわぁ………本当に苦労を掛けるよ………」


 ミミロは手段を選ばずに僕の力になってくれている。
 僕自身、あまり身動きが取れないから、裏から表から、サポートをしてくれるミミロの存在に感謝しかない


「まあ、それがヒトの醜い部分でしょう。当然ながら、違法賭博の会場をセッティングしているのはそういうヤクザ者です。金貸しもそこにおりましたし、用心棒もおりました。賭博に溺れてしまえば、わちきだって<神隠し>に合ったっておかしくない。そんな場所でありますが………とにかく、先ほど気絶させた男も、それに連なる者、ということですね」
「ヤクザに詳しいね………僕、何一つわかんなかったよ………」
「わからないのが普通ですよ、リオル」


 黙って聞いていたイズミさんもさすがに口をはさんできた。


「とはいえ、ミミロさん一人でそんなところに行くのは感心しませんね。相談はしなかったのですか?………いえ、愚問でしたね、すみません………」


 同じくアリス院長も苦しそうに眉を寄せてミミロを見つめるが、申し訳なさそうに質問を撤回した
 アリス院長からすれば、ミミロも守るべき子供なのだ。
 そんな子供がそんな危険な事をするのは耐えられないのだろう。


「ええ、そんな相談したら優しいリオ殿はやめさせるでしょう。事後承諾のような形になってもうしわけございません………」
「まあ………大事無くてよかったよ。」


 勝手に危険な事をしたことで言いたいことはある。
 でも僕だって人のことを言えないから、しかも僕のためを思っての行動だ。
 怒るに怒れないって。


「話を戻しまして、今回倒した男は、黒竜の牙と呼ばれる組織の末端構成員ですね。おそらく闇金の借金に追われて仕方なく復讐屋や殺し屋をしているタイプであります。かといって、冒険者として王都の外に出るような度胸もない。こういうのはトカゲのしっぽになりやすく潰しも替えもきく使い捨ての駒である可能性が高いのであります」
「つまり?」


 僕が首を捻ると


「あー………様子見、かな?」


 ファンちゃんが考えを述べる。
 様子見………か。なるほど。


「おそらくそうでありましょう。彼は喧嘩もさほど強くありませんでした。黒竜の牙の名を出せばビビって親にすがって金をだす、もしくは切り抜けられると思って最初に黒竜の牙の名を語っただけだと思われます。」
「となると、バックにいる何かしらは、使い捨ての駒を使って、僕らがどう動くのか確認したかったってことかな」
「すべて憶測ですが、そう遠くないと思います」


 アリス院長も頷く。
 この人に迷惑をかけるわけにはいかない。
 きっと、この件で僕らが最も迷惑をかけてしまうのはアリス院長だ。


「じゃあ、僕は見事につり出されたってことなのかな?」
「いえ、リオ殿がここに来る前にその尾行の男は排除できたので手の内はなにも見せていないでしょう。わちきとキラとマイケルが末端とはいえ構成員を倒した事実は残ってしまいますが」


 それならよかった。いや、よくはないけど………。ミミロたちの戦闘力ならある程度は大丈夫だろう。過信はできないけど。
 この孤児院は僕らの弱点にもなりうる。この孤児院まで特定されて居たらアリス院長にまで迷惑がかかる。
 いくらこの孤児院が教会の隣にあると言っても、暴力団が相手となると何をするのか全く見当もつかないもの。
 僕のわがままでアリス院長に苦労を強いるのは間違っている。
 暴力団まで出てきて、今回は末端を排除できたからよかったものの、あまりここに顔を出さない方がいいかもしれないね


「わちきが賭博場で情報を集めようとしたように、わちきたちの情報がどこでどの様に流れているか、ヤクザの情報力が未知数なのがすこし恐ろしいところでありますね」


「しかたないとはいえ、無理やり貴族の商談に横入りしてからサナとリールゥを買い取ったツケってことか………」


 一刻を争う状態とはいえ、乱暴な手段だったからね………


「わたしも短絡的でしたかね………」


 優子ちゃんのことで頭に冷静さを失っていた自覚があったらしいイズミさんはカップをコースターに置いた。


「イズミさんは悪くないよ。悪かったのはタイミングだ」


 ヤケになった人がどう動くのか、僕にもわからない。
 今回の毒物事件だってそうだ。まったくわからなかったもの。


 騎士団の調査でアントン先生が逮捕されたらいいのにな。なんて思いながらアリス院長お手製のクッキーをパクリ。
 おいしい。


「なんでリオルは落ち着いているのよ………」


 と、ファンちゃんが聞いてきた。
 そんなファンちゃんやミミロだって落ち着いているじゃないか。
 というか………


「別に、僕は落ち着いているわけじゃないよ。ミミロが危険な目に合ってないか不安だしアリス院長には迷惑を掛けたくないのに僕らのせいで多大な迷惑を掛けちゃって罪悪感がものすごいし、どうすればいいのかわからないことだらけで泣き出したいくらいだよ。」


 魔力の量が多い僕でも、肉体は7歳児。できることが圧倒的に少ない。
 それに、髪を見ると憎悪の対象になる。
 ハンデが多すぎる。


 はぁ………もっと僕が残虐な性格だったら何も考えずにいられたのになぁ
 残虐になろうとも思わないけど。


「ごめんなさい、アリス院長………僕たちのせいでこんな迷惑をかけてしまって」


 ちょっと苦笑いになっちゃったけど、アリス院長の眼を見て改めて謝罪をする。










「いえ、あなたたちもリールゥも子供で、あなたたちは困っていました。子供を助けるのが大人の仕事ですし、困っている子を助けるのは孤児院のお仕事です。私は大人・・で、孤児院長・・・・なんですよねえ」












 何気なく、本心で呟くアリス院長。
 なんてことないように、スルリと口からこぼれたその言葉に僕はゾクリと震えた。
 アリス院長を見たまま危うくカップを取り落としそうになる。
 同じように、眼を見開いてアリス院長を見るミミロとファンちゃん。


 イズミさんも口元に手を当てて、震える声で答える。


「いい人すぎますよ………」






「え? え? なにかおかしなこと言いましたか………? 気に障ることを言ったのなら申し訳ございません」


 何を勘違いしたのか、あわあわとうろたえて恥ずかしそうに謝るアリス院長
 天然さんなのかな………。ここの子供たちが元気で、安心してこの孤児院で暮らせる理由そのもの。
 それを聞いた気がした。


「リオル。この好意に甘えたらダメよ」
「そうであります。これが天然の人たらしでありますよ。頼ったら間違いなくでろでろにふやかされて甘やかされてトーストに塗られます!」
「人としての器の大きさで、これほどの人は今まで見たことないですね………」
「そ、そんな大層なものじゃないです! 私はただの孤児院長ですから!」


 完全に天然だ。
 ここまでくると、本心から子供を助けたいという神々しいオーラが僕にまで見えるようだ。


 ………これほど頼りになる大人は、族長クラスしか知らない




「とはいえ、アリス院長に頼り切りになるのも気が引けるし、もしもの時は僕がリールゥたちを連れて逃げるよ。シゲ爺にも頼れないけれど、紫竜や赤竜の里でサバイバル術も学んだし、生きるだけならなんとかなると思う」
「リオルさんならともかく、普通の子供にそんな過酷な環境は耐えられません。サナちゃんはもっと危ないです。体調を崩せばそれまでですよ。もうリールゥの親権はこの孤児院にありますので、リオルさんが何を言ってもわたしはしっかりとした里親が見つかるか、成人までは面倒を見ますよ。子供の面倒を見るために私がいるのですから、頼りないとは思いますが、子供のことは私に任せてください。」
「………。そうですね。あまりこの無条件の好意に甘えたくはないけれど………本当にたすかります。」
「子供を守るのが大人の義務ですから。」


 迷いなく言い切る。
 ………この人がお母さんだったらな、と。一瞬考えてしまった。
 きっと、僕とルスカは人目につかないようにユーコちゃんと同じように魔界の倉庫で安全に暮らせていただろう。
 寂しいこともあるかもだろうけど、きっと、僕らが傷つかない一番最善の方法のはずだから。
 でも、僕の本当の母さんはローラだ。
 アリス院長じゃない。
 子供を捨てたとはいえ、それでも親だ。情はある。


「とりあえず、リールゥのためを思うなら、しばらくここに来るのは控えるよ。暴力団が今回の毒物事件に関与しているかもわからないしね。」


「毒物事件………ですか。あ、だからこの時間に孤児院へ………!」


「そうなんだよね………。今日、お昼に学食で食べた食事に毒が混入していたんだ。僕が食べたやつにはご丁寧に致死量のどくどく草が混ぜられていたらしいし、ファンちゃんとルスカが食べようとしていた者にはアルミナっていう魔獣の胆が混ぜられていたしね。」


 そういやまだ毒物事件については言ってなかったね
 僕にとってはとくに問題ないから説明が後回しになっていたよ。
 そんな毒を盛られた僕が平然としているのに、今度はアリス院長が息をのみ、イズミさんが形のいい眉を大きく上にあげる。




「ええっ! 大丈夫なんですか!?」
「うん、まあ平気だよ。一口しか食べてないし、そもそも藍竜の加護のおかげで毒に対する耐性を持っているから、多少の毒ならどうにもならないかな」
「………ラピスがすぐに気づいたおかげでわたしたちも食べなくてよかったから………」
「ああ、ラピスドットさんの魔眼ですね。それなら納得です。」


 ちびちびと紅茶を口に含むファンちゃん。
 そうなんだよねえ………高性能魔眼を持っているラピス君じゃなかったら、今頃僕は毒入り牛丼を食べていたんだ。


 そうじゃなくても、ルスカやファンちゃんにも毒が盛られていた。
 フィアル先生が言うには保有魔力量が多いと効果を成さないとされるアルミナという魔物の胆を使ってあったらしいとか。
 いくら保有魔力が賢人級を超えている僕ら古代種組でも、毒を盛られた事実は変わらない。


 正直ね、はらわたは煮えくり返っているんだよ?
 本当だよ? 僕より先にラピス君がブチ切れちゃったけど、自分より切れている人を見たら冷静になるの法則でフォローに回っていただけで、僕だって怒っているんだから。


 

「それにしても、学び舎で毒物事件、ですか。子供たちにそんなことをするなんて………許せませんね」
「騎士団の方が調査をしてくれていますから、犯人はすぐに逮捕されるよ。」
「だと、いいのですが………」
「まぁ、楽観はできないよね。毒物事件のすぐに尾行されるくらいだもん」




  グイッと紅茶を飲み干したところで、フィアルから糸魔法で通信が入った。


「ごめん、フィアルから連絡来た。ちょっとまって。」
「連絡、ですか?」
「リオルの無属性魔法です」




 首を捻るアリス院長に、簡潔に説明するイズミさん。「なるほど、念話テレパス系の魔法ですね」と納得していた。




『騎士団の事情聴取は終わったよ。迎えに行くけど、いまどの辺?』
『糸たどれない? 一応、例の孤児院にいるよ』
『私には糸が見えないよ。リールゥを預けているところね。わかった。今から向かうね』




 フィアルには実体化しない限り糸は見えないんだった。
 魔力が見える賢人級以上の魔力の持ち主でも、非実体化の糸は見えないし、魔眼持ちじゃないと見えないなんて、本当にこの糸魔法ってズルイと思う。
 魔王ジャックも使っていたし、たぶん、この糸魔法は種族特性みたいなもので、僕とルスカみたいに、魔王の子と神子だけが使える技能なのかも。


『わかった。結果だけ教えてもらっていい?』


 とにもかくにも、知りたいのは結論。
 取り調べの結果、どうなったのかを知りたい。 


『結果だけ? うーん、結論から言うと、毒を仕掛けたのはアントン先生で間違いないよ』


 だろうと思ったけどちょっと意外。


『ありゃ、正直逃げられるなりなんなりするかと思った。』
『物語の読みすぎじゃない? あんな大規模な事件を起こしておいておいそれと見逃すほど騎士団も無能じゃないでしょう。貴族のご子息やご息女が居るんだよ。親の方が首謀者を絶対に許すなと声高に叫ぶって』
『それもそっか。』
『あとは会って直接話そっか』
『了解』




 念話を切ってみんなに向きなおると、念話の終了を察知したイズミさんがこっちを見ると


「フィアルはなんと?」
「こっちくるって」
「なるほど。わかりました。」


 なんだかんだでコイバナとかで仲良くなったイズミさんとフィアル。
 ユーコちゃんとは別で友達に会うのはやはりうれしいのだろう。
 口角が上がっていた。


「あの………フィアルさん、というのは、どなたなのでしょうか?」


 だけど、アリス院長はフィアルを知らないため、初対面だ。
 申し訳なさそうに聞いてくる。


「えっとね、僕が信頼できる初めての人間、かな。紫竜の里で暮らしてた頃の僕とルスカの魔法の先生で、今は国立の魔法学校の先生をしているんだよ。」
「わたしたちの、担任の先生」
「先生ですか。リオルさんの信頼できる人でよかったです」


 アリス院長は僕がどれほど敵を作りやすいのかよく理解してくれている。
 ほっと息を吐いて安心してくれた。
 たぶん、この人にとっては僕も守るべき子供なんだな。


「頼れる大人が増えるのは、僕もうれしい。………っと、そろそろルスカたちを呼んでこないと。」


「わちきが行きますよ。こういう時は見た目が大人なわちきが適任でありますよう」


 ルスカを呼ぼうと浮かしかけた腰をミミロが制し、ミミロが腰を上げた。
 たしかに、子供に捕まっているルスカやラピス君を子供たちから引き離すのは、子供である僕には無理だ。舐められる。 


「じゃあ、お願い。」




 さあて、今度はどんな話が聴けるのやら



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