受難の魔王 -転生しても忌子だった件-

たっさそ

第119話 毒物検査







 ざわ、ざわざわ………




 食堂がラピス君の絶叫で騒然とする。


「ラピスさん、大丈夫ですか!?」


 南大陸、リリライル王国の第2王女であるリコッタちゃんが心配してラピス君の背中をさする


「ぜ、全員食べるなって………どういうこと………? ラピスくん」




「げほっ……‥! 毒だ! 毒が混じってるんだ!!」




 大声で叫ぶラピス君。
 その眼は真剣で、今から食べようとしていた者。
 すでに食べている者も含め、すべての人間の動きを止めた。




 僕がハンカチでラピス君の顔を拭いてあげると、奪うようにハンカチを掴み、乱暴に口元を拭う。


 ラピス君の吐瀉物がまだ口の周りについているからだ。


「はぁ、はぁ………!」


 荒い息を吐きながらフラフラと立ち上がり、厨房を睨みつける。


 そして――


 トン――




 と、軽く地面をける音が聞こえた。






「リオルくんにこんなもの食べさせて………どういうつもり?」




 見れば、ラピス君は一瞬のうちに厨房カウンターまで跳んでいた。
 周囲の人垣も軽々と飛び越えて。
 ラピス君の体重は僕とさほど変わらない。つまりとっても軽いんだ。


 なのに、脚力は僕よりも数段上のステージにいる。
 つまりそれは、超人的な跳躍力を発揮するわけで………


「答えて。リオルくんを殺すつもりだったら、ボクが許さない」


 薄桃色のうさ耳をたなびかせ、カウンターに足をかけ、手も同じくカウンターに付ける。
 普段のニコニコ笑顔とはかけ離れた、暗い感情を乗せた冷たい瞳。
 普段より低い声で、脅すように、睨みつけた。


 それに呼応するように、ラピス君の瞳が朱く輝く。


 温厚で、普段は決して怒らないラピス君が、怒りに任せて飛び出すなんて
 そんなこと、初めて見た。


「し、知らないよ! なんのことだい!? 妙な言いがかかりはよしてくれよ!」


 そんなラピス君を鬱陶しそうに追い払おうとする厨房のおばちゃん。
 おばちゃんをじっと見つめたラピス君は………




「うそつき………」


 冷めた瞳で見つめ―――




「いけない!」
「うわっ!」




 僕はラピス君のおなかに糸魔法を括り付けて思い切り引っ張った。


 あの状態のラピス君は、恐ろしく冷静でありながら、正気じゃない。
 もちろん、そのことに気付いて、動かない僕じゃない。


 ラピス君が跳んだとわかった瞬間に人垣を割って急いでラピス君のところに駆けるくらいはするさ。


 バランスを崩し、うしろ向きに倒れるラピス君。
 彼を抱き留めながらドスン、と一緒に尻もちをついた。


「あぶないよ、ラピス君。うっかり踏み外すところだったでしょ」
「リオルくんが引っ張って落としたんじゃないか」
「足場を、じゃないって。人の道を、だよ」




 彼の眼は、確実におばちゃんを殺る眼だった。
 頭に血が上ると即行動に移すのは魔族の血なのかな
 いや、僕もそうか。うん? 僕も魔族だったりするのかな?
 あれ、どっち?




「落ち着こう、ラピス君。僕は毒に耐性を持ってるから、毒は効かないんだ。たぶん。」
「耐性の問題じゃない。毒を盛ったこと自体に問題があるんだよ」




 今にも駆け出しそうなラピス君は、それでも一応の自制をして、僕の手を掴んで立ち上がらせてくれた。




「いったい、なんの騒ぎですかな?」






 騒然とする食堂に現れたのは、白衣を纏った一人の先生。


 その姿を見た瞬間、背筋が泡立った。
 見覚えのあるその姿は、僕とラピス君にとっては負い目を感じる先生だ。




「アントン先生、実は、………この子が、料理に毒を混ぜって言いだして………」




「ほう、毒をね………よくもまあ、そんな根も葉もないことを言えたもんだな。さすがは薄汚い獣人のすることだ。人間に迷惑をかけてくれる」




 彼は、僕の弟であるリールゥの妹。サナを買おうとした人だ。
 正直、僕が何も知らなかったらサナが誰に買われようがどうでもよかった。
 でも、リールゥの妹だと知った以上、リールゥがサナと一緒にいることを望んだ以上


 サナを誰かに買われるわけにはいかなかったんだ。
 だから、ラピス君の魔眼の力で、無理やり洗脳して、金の力でサナを奪い取った。


 洗脳されていた時の記憶はないかもしれない。
 だけど、それ以前に僕らと会話していた記憶は残っているだろう。
 なんにせよ、このアントン先生は僕らに好意的な感情を持ち合わせていないことは明らかだ。




「何その言い方。ラピス君が嘘ついているとでも?」
「そう聞こえなかったのかね?」




 ああ、なるほど、よくわかった。
 こいつにサナを買われずに済んで本当に良かった。




「そもそも、何を根拠にそんな妄言を吐いているのか………。食堂スタッフへの名誉棄損と暴行未遂。これはもう退学でもいいのではないかな」
「なんだよそれ………」
「それに、魔法もろくに使えないくせに赤クラスに配属された獣人風情とインチキ小僧の話なんぞ、誰も信じはせんよ。さあみんな。食事を続けたまえ。この獣人と小僧は生徒指導室に連れて行っておいてやる」


 パンパンと手を叩いて、アントン先生は食事の手を止めていた生徒たちを催促した




「ダメだ!! 絶対に食べちゃダメだ!!」


 まだ吐き気の収まっていない青白い顔で、ラピス君は必死に叫ぶものの


「わ、わたくし、もう食べきってしまいましたわ………」


 南大陸の第二王女である、ふくよか体型のリコッタちゃんはすでに料理を食べた後だったらしく
 怯えたように後ずさる


「す、すぐに吐いて!! リコッタちゃん!」
「ふん、学園に余計な混乱を招くな!! こい!!」
「あぐぅ!!」


 振り返ったラピス君が蒼白な顔ををさらに青くしていると、
 アントン先生はラピス君の頭頂部から伸びた薄桃色の耳を掴んで引っ張った


「ラピス君!!」


 引きずる勢いで思い切り引っ張っている
 体重が軽いラピス君は、ズルルッと引きずられ、耳を引っこ抜かれてはたまらんとアントン先生の腕にしがみつく


「痛い!! 離してよ!!」


 と、涙を浮かべながら叫ぶものの、アントン先生はどこ吹く風だ
 それどころか、食堂のおばちゃんの方を見つめてこうのたまった。


「毒だなんだと騒ぎ立てる獣人に容赦が必要か?」


「いいや、気持ち悪い。先生、さっさと連れて行ってくださいな」


「だ、そうだ」




 ああ、そうか。そういうことか。
 間違いない。ラピス君のように心を読む力がなくたって、僕にだってわかる。
 彼らはグルだ。


「黙ってこい! 私自らバツを与えてやる」
「だから痛いって!!!」




 さらにグイッとラピス君の耳を引っ張るアントン先生。


 僕の中でプツンとなにかが音を立てて切れた。




「あは」


 ああ、もう。
 ここ最近は不愉快な事件が多いなぁ。


 どうして世界はこうも、僕を不幸にさせたがるんだ。
 小さな幸せすら享受させないつもりなのかな。


「………おまえ、もう動くな」


 僕が小さくつぶやくと、アントン先生の全身に闇の重力を掛けた。


「ぐっ!?」


 先生の全方位から圧力をかければ、金縛りの完成だ。
 先生の全方位からおよそ100Kgずつ圧力をかけている。


 人間は重さや圧力に若干強い傾向にあるみたいだから、100kgでも死ぬことは無い。
 ミミロが動けなくなる程度の圧力があれば、人間は動けないはずだから。


 これをウン千倍に強化したものが、その昔、盗賊を真赤な珠に変えた【紅珠デッドボール】の魔法になる。




 手のひらだけは圧力を弱めてラピス君の耳が抜け出せるようにしたんだけど、その一瞬で先生の右手の色が白く染まってしまった。
 一部だけ圧力を弱めると、無理に血管が締め付けられてそこだけ血が通わなくなるのか………




「ラピスを離しなさい!!」
「痛がってるの!!」


 僕が先生を拘束した一瞬の隙をついて、ファンちゃんがアントン先生の顎に掌底を。
 ルスカがアントン先生の右腕にフォークを突き刺した!
 挙句に刺さったフォークに体重をかけて内側の肉をえぐる!!


「があああ!!?」


 微動だにできないアントン先生はその掌底の衝撃を逃がすこともできずに受け
 腕に突き刺さったフォークの痛みで、たまらずラピス君から手を離す。




 それに乗じて、僕もアントン先生にかけていた重力を解除。


 先生は慌ててフォークを引き抜き、放り捨てるものの、白衣には血が広がる。
 ルスカは僕が思っている以上に過激な攻撃を繰り出してしまったが、別に後悔はない。


 ラピスの耳を無理やり引っ張るようなやからに容赦なんかはなからしないさ。


 ラピス君は頭皮を押さえて涙目になりながら僕の隣に並び、アントン先生を睨む。
 耳の付け根が裂けて血が滲んでいた。


「教師への暴力行為………しかもフォークまで刺すとは、これはもはや殺人未遂だな………このクソガキども!!」


 右腕の出血はそのままに、左手をこちらに向けるアントン先生。
 魔力が目で見える僕には、それが炎系統のファイアボールだと見当がついた
 魔法名を唱える前に、すでに来る魔法が割れているなんて、やりやすいにもほどがある。
 そんな魔法名を唱える暇があるなら、ファンちゃんが鳩尾に一発くれてやる方が早い。




「やめなさい、あなたたち!! 何をしているの!!」




 ところが、ファンちゃんが鳩尾に一発くれてやる寸前に、さらなる部外者がこちらを呼び止めた。
 それに伴い、アントン先生の腕に集まっていた魔力が霧散する。


「フィアル先生………」


「ふん、新人教師風情がしゃしゃり出てきおって………」




 現れたのは、フィアル先生。
 教師も学食での食事ができる。
 だからフィアル先生もここで食事をとることがあるんだ。


 先生たちの昼食は経費だってさ。購入して、半分になった食券を小口精算で戻ってくるってさ。
 いくら魔法学校の教師がエリートの職場だからって、ずるくない?


 だから、教師も学食にくるのはとても自然な事。
 フィアル先生は眉を吊り上げてツカツカと歩いてくると、僕たちの方に説明を求めてきた。


「リオル、これはいったい何の騒ぎなの!? なんでアントン先生が腕をけがしているの! これはあなたたちがやったのね」
「………そうだよ。僕たちがやった」


「なんでこんなことをしたの! 理由を説明して!」




 フィアル先生は食堂に入ったばっかりだったのか、状況を理解していないみたいだ


「ラピス君の耳を思い切り引っ張ったから」


 血のにじんだ耳の付け根を見せると、痛々しそうに顔をゆがめるフィアル先生


「それだけで、先生にこんな傷を負わせたの?」


 だけど、それじゃ当然フィアル先生は納得しない。
 明らかに重症なのはアントン先生の方だから。


「それだけじゃないの!」
「ラピスはみんなを守るために………」


 説明をする時に、時系列順に説明できればよかったんだけど
 僕もルスカたちも興奮していてそれどころじゃなかった。


「それじゃあ、なんでアントン先生はラピス君の耳を引っ張ったの?」


 そんな僕たちのことを慮って、僕たちの答えに『なぜ』を繰り返すことで時系列と、何が起こったのかを把握することにしたみたいだ
 僕たちに足りない説明力を、フィアル先生が引き出してくれていた




「料理に、毒が混ぜられていたんだ。それを追求したら、獣人は信用ならんって。引っ張られていたよ」
「毒!? でも、なんで、そんなことがわかるの?」
「ボクが見つけたんだよ。リオルくんの牛丼に毒が混ぜられていた。だから食堂のおばちゃんを問い詰めたの。ねえ、これって、悪いことなの?」


 担任のフィアル先生は、当然、ラピス君の魔眼について知っている。
 鑑定眼を持つラピス君が、こんなところで毒を盛ったと嘘をつく理由はない。
 鑑定眼を持つからこそ気付いたラピス君の行動は賞賛こそされど、叩かれるいわれはないはずだ。


 だが、周囲の者はラピス君が妄言を吐いているようにしか見えない。
 それが毒であるという証拠が見えないからだ。




「いいえ、悪いことではないわ。それが本当の事なら一大事よ。むしろ発見したことに対して感謝をしたいくらい」


「ふんっ、根拠も証拠もなく、よくもそんなことを………獣の分際でウソまでつくとは、つくづく汚らわしい存在だ」




 吐き捨てるようにそう言ったアントン先生は、出血する右腕を押さえて止血を行う。
 その顔は痛みで歪んでいるがこちらを許さないとばかりに睨みつけている。


「根拠ならある。」




 ラピス君は、ルスカが耳の付け根の治癒を施そうとするのをやんわりと拒否してから対抗するようにアントン先生を睨みつけた


「ボクの眼だよ」
「はん。ろくに魔法も使えない獣人風情が何を言い出すかと思えば、眼だと? なにをバカなとを。」
「………確かにボクは魔法を使えない。でも代わりにボクには魔眼がある。」




 ラピス君は魔法を発動する授業の際は、監督を務めている。
 それはフィアル先生がラピス君の魔眼を信頼しているからであり、ラピス君には魔法を使うことができないことがわかっているからだ。


 フィアル先生は、魔眼のゼニス。つまり魔眼を持つ紫竜族長と行動を共にしていた。
 魔眼を持つ者の宿命として、魔力の燃費が悪く、魔眼使いの魔力には属性が宿らないことをよく知っているのだ。


 その代わりに、魔眼の持つ効果は絶大だ。


 ただし、やはり魔法の発動は全くできないので、ラピス君の魔法実技の成績は当然最下位となる。
 もちろん、学校側も魔眼の特性を理解しているし、魔眼使いには魔法実技の授業免除を言い渡されている。かわりに魔力を制御する特別講習があるが、それは些細なことだ。




「ボクの眼はごまかせても、ボクの魔眼はごまかせないよ」
「結局ラピス君の眼だよそれ」


 すこしラピス君も落ち着いてきたのか、軽い冗談を飛ばしてくれた。


「バカも休み休み言いたまえ。魔眼で毒物が入っているかわかるなど、そんな魔眼、聞いたこともない」
「鑑定眼。聞いたことあるんじゃない? 人やモノの情報を読み取る魔眼。この魔眼って料理に毒物が混ぜられていることも、わかっちゃうんだよね。魔眼辞典には載ってないけど、勉強不足なんじゃないの?」




 ああ、ヤバイ。ラピス君キレてる。
 冗談を飛ばしつつも、自分の中の譲れない点を犯した者を決して許す気はないようだ。
 落ち着きを取り戻したラピス君はまるで挑発するようにアントン先生を睨みつける
 あまりにも挑発的なセリフに、アントン先生もこめかみをピクピクさせていた。


「埒が飽きませんね。ラピス君は、料理に毒が混ざっていたから、みんなに料理を食べさせたくないってことね。根拠は自分の魔眼だと」
「そう。リオルくんには毒は効かないけれど、だからってそれを許せるほど、ボクも甘ちゃんじゃないからね。」




 一触即発。アントン先生はすぐにでも腕の治療をしたいみたいだけど
 この空気じゃいったん事件を置いておくこともできない。


 フィアル先生はお互いの主張をはっきりとさせるために間に入る。


「そしてアントン先生は、その話がばかばかしいと一蹴しているということですね。料理に毒が混ざっていないという根拠はあるのですか?」
「そんな獣人の戯言を信じる方がどうかしている。時間の無駄だ」
「つまりアントン先生には根拠らしい根拠はないままに否定しているわけですね」




 間に入ったフィアル先生は、アントン先生のあまりにも差別意識の強い発言に、一気にこちらに味方に付いた。
 わお。僕だってなんかこう、いい感じの言い訳くらい考えようと思うけど、言い訳すらせずに獣人だから悪の一点張りを続けるとは思わなかった。


「貴様、新人教師の分際で私に非があると言うつもりかね!」
「そもそも根拠になってないですからね。ならば魔眼で見たという彼の話の方が、信憑性があります。毒が入っていなければそれに越したことはありませんし、毒物検査をしましょう。」


 そういってフィアル先生は腰についていた小さなポーチから、試験管を取り出した。


「何のつもりだね?」


「私は一応、採取のAランク冒険者なので、毒性のある植物を採取するために、毒の種類を判別する薬品を常備しているんですよ。毒性の反応があったら、食堂を封鎖ののち、騎士団を呼んで毒の混入ルートと犯人の捜索に当たらせます。毒性が無かったらラピス君および暴行を働いた3名の生徒を生徒指導室に送ります。毒がなければいいだけの話です。不満な点などはございますか?」


「………大ありだな」


 事態の収拾にあたるはずだったフィアル先生に、粘つくような視線を向けるアントン先生


「どのあたりがでしょうか」
「キミはその生徒たちと特別仲がいいことを知っています。あなたが肩を持つことになるでしょう。薬品が本物かどうかも怪しい。そんなものは認めません。」




 そりゃあ、フィアル先生とはもう3歳のころからの付き合いだ。
 彼女の初めての生徒でもあるのが僕たちだ。
 しかも、シゲ爺のお屋敷までの送り迎えまでしてもらっている。


 正直言って特別待遇だ。
 フィアル先生が望んだこととはいえ、確かに特別待遇が過ぎるかな。


 生徒受けも保護者受けもよくないのかもしれない。




「うーん………そこまで疑心暗鬼になる必要があるでしょうか………もしかして、本当に毒が混じっているから調べられたくない、ということですか? なぜそこまでこちらを否定するのでしょうか」
「ふん、平民と獣人だからだ」




 何を言ってもこの一点張り。
 凝り固まった思考でこちらのすべてを否定するその姿勢はもはや天晴といいたい。




「伯爵令嬢もいるわよ………」


 ポツリと呟くファンちゃんの声はアントン先生には届かなかった。




「むー、ラピス君はぜんぜん悪くないの!! かしてせんせ!」


 そこで、僕らの中で最も短気な性格をしているルスカがフィアルの手から試験管を下からスルリと奪い取った


「あ、ルスカちゃん!」


 試験官を奪ったルスカは、《ブースト》で身体能力を爆発的に上昇させ、こちらを囲む人垣を飛び越え、一直線に僕らのテーブルまで向かい――ガシャンッと食堂に音を響かせながらテーブルに着地すると


「えい」


 牛丼、パスタ、猿の脳みそに試験管の中身をぶちまけた




「これでいいの?」


 そういて、僕らを振り返るルスカ。
 テーブルから降りるときは、さすがによじよじとテーブルに手をついてゆっくりと降りてくれたよ。


「何をしているのだキミは!!」




 思わず怒鳴るアントン先生
 ルスカのあまりの早業にもはや止める時間すらなかったらしい


「ルーたちはわるくないの! ラピス君はわるくないの!」


「この、クソガキが………」




 額に青筋を浮かべるアントン先生だけど、こうでもしないとこちらの要求全てを否定してしまうこの先生では話にならないからね。




「フィアル先生、どう? やっぱり毒は入っているの?」




 生徒たちをかき分けてフィアル先生がやってくる




「ちょっとよくみせてね………。ほんとはスポイトで一滴たらすだけでいいんだけど………」


 と、僕らのテーブルにやってきてドンブリの上を確認すると




「ッッ!!!」


 途端に顔色を真っ青に変えた


 何事かと思って僕も牛丼を覗き込んでみると




 牛丼が“黄色”に、猿の脳みそとパスタ“薄桃色”に染まっていた。




 牛丼にタマゴなんか掛けてないのに黄色くなっちゃったか………




「全員、食事をやめて!! 食堂は封鎖します! 食堂スタッフは――」


「――僕が拘束しといたよ」




 異常事態なのは見ればわかる。
 間違っても逃げられたりしないように、あらかじめ食堂スタッフとアントン先生には《糸魔法》の糸を巻き付けておいた。


「ギャッ!」「アイタッ!」


 と、突如見えない糸で拘束されて転倒する食堂のスタッフ。
 それを尻目に、僕はフィアル先生に近づいた。


「ところで、この毒ってなんなのかな?」


「黄色く染まるのは“どくどく草”即効性の毒で、種には致死性があるわ。食して30分後に発汗発熱、激しい腹痛ののちに、1時間で全身に発疹がでて体中がしびれて、死ぬの。」


 わーお、まさかそんな毒を盛られるとは思わなかった。
 今まさに毒殺されそうになっていたとか、笑えないね。




「つまり、僕とラピス君は1時間後に死ぬんだね」
「ボクは一口食べてすぐに吐いたから、毒はほとんどないよ。まだ気持ち悪いけど、影響はないはず。あとでちゃんと自分を鑑定するよ」


 それでもなお、ひょうひょうとしていられるのは、ラピス君のおかげだ。


「さすがに料理を一口食べて死ぬ、なんてことはないけれど………あとで全員に毒物検査を受けてもらわないといけないわね………」




「薄桃色の方は?」
「こっちは、たぶん“アルミナ”という魔獣の胆に含まれる毒ね。遅効性で、体の中に蓄積しやすくて、ある程度蓄積されると、倦怠感と発熱、めまい。風邪と似た症状を引き起こすのだけど………魔力を多く持つ者には効果をなさないの」
「それってつまり、魔力が弱い者にのみ効果がある毒ってことだね。それって貴重なものなのかな?」
「アルミナは、Eランクのフォックス型の獣よ。中央大陸では草原か森にいくらでもいるわ。隠れるのが上手だから、うまく罠に嵌めて、内蔵なんかを問屋を通して薬師に売るんだけど………」
「その毒そのものは薬師かそれに準ずる人、もしくは狩った本人じゃないと手に入らないってことだね。毒の管理は必要だから」




 そんなものを混入できるのは、教師でありながら調合士の資格を持つ先生ということか


「といっても、調合士の免許ってフィアル先生も持ってるんでしょ。だからそんな薬品を持ってるんだし」
「そりゃあね………ただ、この学校には調合士の資格を持った先生なんかいっぱいいるから………」






「とはいえ、生徒全員を危険にさらしてしまった挙句、たくさんの貴族が食事するこの食堂で毒を混入させてしまった食堂スタッフは騎士団まで連行しなければなりませんね」




「そんなっ! 私たちはなにも知らないんです!!」


 床に転がったまま、顔を真っ青にして叫ぶ食堂のスタッフ。
 知っていたか、知らなかったかはこの際どうだっていいんだ。
 盛ってしまった事実がそこにある。
 僕自身は毒が効かないから気にしていないけれど、他の貴族たちにとってはどうだろうか。


 自分の娘息子の料理に毒が混ざっていたという事実があれば、それだけで処刑対象だ。




「アントン先生。ここは私に預からせてもらいます。毒物の混入はあってはならない事態ですからね。まさか、この毒物反応を見て、まだ毒が入っていないと疑っているわけではありませんよね?」




「………ふんっ、勝手にしたまえ。私はそこの少女に刺された腕を治療しに行かねばならないからな。戻らせてもらう。ただ、教師にフォークを突き立てたこと、後悔させてあげますよ」


「べーっ!」




 腕の止血を行いながら食堂を出ていくアントン先生。それを舌出して見送るルスカ。


 僕がルスカの背中をさすって落ち着かせてあげていると、ラピス君が僕の隣で小声で話しかけてくる。


「リオル君。アントン先生があそこまでフィアル先生の毒物検査を拒否した理由ってやっぱり」
「僕もそう思う。アントン先生が犯人なんじゃないかな。僕の牛丼に致死毒が入っていたことも、アントン先生ならこの間の孤児院での件があるから、充分動悸たりえるしね」
「だよね………洗脳じゃなくて、邪眼で記憶を破壊するくらいしとけばよかったかな………」
「えげつないね………」






 食堂を去るアントン先生の背中に不可視の糸を張り付け、騒然とする食堂に騎士団が到着したのは、30分後の事だった。


 食堂は封鎖。さすがに事が大きい事態なので、本日の午後の授業は中止
 フィアル先生は事情聴取に付き合わされ、食堂スタッフは全員お縄となった。


 たぶん、ここから拷問を受けるなりして、毒物の入手、混入ルートの割だしを行うのだろう。


 果たしてちゃんと混入ルートを割り出せるのだろうか………
 毒を混入させるとなると、当然、バレる危険もある。


 ばれたら当然、今回のように事が大きくなる。
 あの先生がその時のことを考えていない訳がないだろう。




 なにか、嫌な予感がする。







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