受難の魔王 -転生しても忌子だった件-

たっさそ

第118話 ☆★毒





       ☆アントン・ブリッツ SIDE☆




「クソッ! なんなんだ、私は孤児を引き取りに行っただけなのに、なぜ私は孤児をあのガキどもに譲ったのだ!」




 アントン・ブリッツ先生。


 彼はリオルたちの通う魔法学校の中等部2年、【橙クラス】の担任。魔法理論はもちろんの事、薬草、毒草の調合士としての腕も持つ優秀な先生であった。


 立場が上の物には媚びを売り、立場が下の物はとことん見下すという素敵な性格も持っている。


 当然、新任教師であるフィアルのことも、ポッと出の新人だと侮っている。
 一度没落した貴族の出であるフィアルのことを、彼は貴族だとは認めていない。
 だというのに、フィアルは【赤クラス】の担任を任されるほど優秀であることも、彼には認めがたかった。


 フィアルの初めての職場での新人つぶしの役は、このアントン・ブリッツ先生が賜っておいでなさったのだ。


 そんな彼が、今現在、最も腹が立っているのは、リオルとラピスのことだ。




「忌々しい………インチキ小僧と獣の分際で………私に何をした!! せっかく孤児を新薬の実験台にできたというのに!!」




 調合や研究の過程で魔力が必要となり、孤児院から魔力の高い孤児を買い取り、その孤児の魔力を使おうと思っていた。
 さらに、その薬を孤児に使用し、その効果を確かめるつもりでいた。


 要するに、ある程度の魔力を保有した人体実験の被検体を欲していたのだ。


 それを行うには、孤児は本当に都合がいい存在だ。
 悲しむものも居なければ、減っても勝手に増え続ける。


 奴隷を買うよりも安価で、死亡した際の処理も楽。


 孤児などいくら減っても次から次へと現れる。
 その消費を手伝ってやっているのだ、と。


 彼は平民を、それも孤児を人とは認めてはいない。
 だからこそ、自分の作る新薬の実験台にするために、孤児を欲していた。


 目をつけていた子供は、2歳児ながらになかなか多くの魔力を持っているようだったのだ。
 その買い取り交渉をしている最中に、リオルたちが現れた




「あの、クソガキ共が居なければ!! 今頃あのガキで新薬の効果を確かめることができたというのに!! くそっ、クソッ!!!」




 アントンは思い切りゴミ箱を蹴散らす。
 その様子を見ていた使用人が怯えたように後ずさった。




「絶対に許さねえ………人のもんを勝手に取りやがって………。………そうだ。どうせならあのガキどもを使って新薬の効果を確かめるとしよう! あのガキどもはたしか俺が提示した額の倍以上を支払ってあの子供を買っていたはずだ。ついでだ。あいつらが持ってるもん、全部私が奪ってやる!!!」








                  ☆




 リールゥを救出してから1週間。




「それにしても、意外だったなぁ」
「ユーコちゃんのこと?」
「そそ」




 ポツリとつぶやく僕に応えたのは、ラピス君だ。


「まさか孤児院に残る選択をするとは思わなかった。」
「そうだね。ボクだったら、リオルくんに出会ったら何をおいても傍に居たいって思っちゃうからね」
「ラピス君の僕に対する好感度が天元突破している!」




 ラピス君が僕のことが大好きなのはもう知ってる。
 それよりも気になるのが、ユーコちゃん。
 彼女はイズミさんと再会してから、僕はてっきりイズミさんと一緒に暮らすのだと思っていた。
 長い間互いを探していたんだもん。そう思っちゃうよ。


「吸血鬼だから、ちょっとケリー火山での生活は直射日光と熱が強すぎて耐えられるものじゃないからね」
「ふーん。ケリー火山がどんなところか、ボクはよく想像できないんだけどね。行ったことないし」




 ユーコちゃんがケリー火山で暮らすには、圧倒的に成長が足りない。
 日光に対する耐性もだし、幼い身で火山に放り出されてみろ。死だ。


 僕? 僕は魔王の子だからね。紙防御だけど耐性は強いよ。




 ユーコちゃんはまだ旅に耐えられるほどの体力はない。
 イズミさんとの再会で、すぐに一緒に暮らす、などということはできないのだ。


 だから、彼女を守ってくれるアリス先生と一緒の方が、ユーコちゃんにとっても幸せなんだよ。




 それに、ユーコちゃんは基本魔界の方に居るらしいし、人間側からの迫害の心配もないだろう。




「リオルくん、リールゥたちの様子はどんな感じなの?」
「ああ、この間見に行った時は元気にしてたよ。前見た時よりもふっくらしてたし、サナも世話を焼いてくれるお兄さんお姉さんが増えて楽しそうだった」
「おー、それは何よりだね。リオルくんの肩の荷が下りてボクはホッとしたよ」


 僕にとっては重要な案件であっても、ラピス君にとっては、ただの負担だ。
 彼が僕に協力してくれたのは、僕がリールゥのことを心配していたから。


 彼の関心ごとは常に僕だ。
 もし、リールゥが僕とまったく関係のない子なら、僕がリールゥを助けようとすら思わなかったら、きっとラピス君は動かなかっただろう。


 そのことに若干の寂しさを覚えつつも彼の優しさに感謝した。




「りーおー! はやくー!」
「ごめん! すぐ行く! ラピス君も行こう。遅れちゃう」


 ルスカに急かされて、ラピス君と一緒に教室へと向かう。


「やっと来た………。遅いわよ」
「ごめんね、ファンちゃん」




 朝。僕はいつもラピス君の寮まで迎えに行っている。
 一緒に登校するのが楽しいのだ。


 そのせいで、フィアル先生に学校近くまで送ってもらってから、ファンちゃんは一足先に教室に入っているんだ


 ファンちゃんが教室で待っていてくれたんだけど………違和感に気付いた




「あれ? 今日ってこんなに人が少ないの?」
「うん、なんでも、体調が悪い生徒が多いみたい」


「風邪が流行ってるのかな………」
「なんにせよ、気を付けないとね」




 どうやら風が流行っているらしい。
 気候も夏から秋に替わる境目だし、体調を崩しやすいんだろうね。


 僕はほとんど体調を崩したことないよ。魔王の子だからかな
 ルスカが僕の隣を陣取って手を握り、にへ~っと笑みを浮かべてきた。
 かわいい。


 当然ながら、僕とルスカは隣の席だ。
 ファンちゃんは僕の一つ前。ラピス君はその隣。そのラピス君の前の席にいるのが


「こうもいっぱいお休みの方がいると、心配ですね………」


 リリライル王国のお姫様
 リコッタ・リリライルちゃんだ。




 彼女は南大陸からの留学生。翻訳の指輪を使って、ようやく意思疎通が可能な女の子。
 体系はお姫様というにはすこしぽっちゃりしているけれど、とても愛らしい女の子だ。
 彼女のお気に入りはラピス君。




 よくラピス君の傍にいるのを見かけるけれど、ラピス君はほぼ常に僕の近くにいるから、リコッタちゃんも僕たちとほとんど同じグループにいるんだ。


「なんかおかしな病が流行ってたらやだなぁ………」




 幽かな不安を胸に、授業が始まる






                ☆






「お昼休み!!」
「なの~♪」
「はしゃぎすぎよ………」


 お盆を持ってクルクルと回る僕とルスカ。
 だってお昼休みだよ。
 退屈な授業を終えて、ようやくお昼ごはんなんだよ!




 ここで学食のシステムについて教えよう。
 なんとここの学食は国が支給してくれるため、1人前は無料なのだ!!


 そもそも、魔法学校に通う子たちはお金持ちの子が多いし、寄付金なんかがあるため、金銭面では余裕がある。
 そこで、お金はないけれど魔法の才能がある子たちのために、衣食住を提供するのだ。


 平民から魔法の才能がある子たちを集めておいて、食費は自分たちで賄えなんて言えないからね。そこは国が人材発掘のためにお金を使ってくれるのだ。


 ラピス君はその魔力量と才能を買われ、特待生として学費と生活費は免除されているし、寮での生活だ。
 ファンちゃんは保護者がシゲ爺ということもあり、袖の下に大量の賄賂を通されている。


 僕やルスカも同じだ。




 実はこの世界で魔法を使えるほどの才能を持つ者は結構珍しいのだ。
 僕は魔力が有り余っているせいで実感がわかないけれど、僕とルスカの母親、ローラがコップ一杯の水を作り出す程度の魔法しかできないレベルだと言ったら、攻撃魔法一発撃てるのがどれほど貴重な戦力かわかるだろう。




 食費の面倒を見てやる代わりに、その才能を伸ばせって言ってるんだね。




 まあ、そんなこんなで学食に参りました。システムとしては、食券だね。
 印鑑で品名が印刷されている食券をメニューから選んで、おばちゃんが食券を半分に千切ってから手渡してくれる。


 いくら無料と言っても何をいくら生徒に出したのかを把握しなければならないため、それはしょうがない措置だね。




 僕とルスカが手をつなぎ、お盆を持ってクルクルと回り――


「「 じゃん♪ 」」


 お盆を胸に抱えた僕を抱きしめ、ルスカはポーズを決める




「………ねえリオル、それ男性パートと女性パート、逆じゃない?」


 しかし、決めポーズが明らかに男女逆だった。
 本来ならば、僕がルスカの腰を片手で支えるそのポーズには明らかに欠点がある!


「僕に片手でルスカを支えられるほどの筋力を求められても困る」
「リオにできないことはルーがするの!」




 こんなところでも以心伝心。
 というか、ほんとなんでルスカは僕を片手で支えられる筋力があるの?
 まあたしかに、僕の方が圧倒的に軽いし背も小さいけどさ。


「ねえ、本当にこれが魔王の子? 妹を支えられる筋力が足りないとかほざいているけど」
「クスッ、リオルくんらしいよね。かわいい」
「否定はしないけど………まったくもう」


 あきれたため息を漏らすファンちゃんと口元をω←こんなふうにして僕を見つめるラピス君の掛け合い。失礼じゃない? 僕はちゃんと魔王の子だよ。
 自覚薄いけど。




「………ていうか、ここも人が少ないね………僕たちのクラスだけじゃなくて学校全体で風邪が流行ってるのかな?」






 本来ならば大賑わいの初等部の食堂。
 現在は椅子に座ってお弁当を食べている生徒しか見当たらない。


 そうそう。実は食堂ではお弁当を食べることも可能だよ。
 実家から手作りのお弁当を持ってきて彼氏に食べさせたい子も居れば
 趣味が料理の子もいるし、お弁当の持ち込みは自由なのだ






「そういやここ数日、学食食べてる人の人数が異様に少ないね」


 お盆の上におばちゃんから受け取った食券を乗っけて注文を受け取る列に並ぶ。


「いつもなら騎士クラスの子たちがこぞって大盛の注文をしているのに、客が掃けるのも早いや」


 なんて思いながら、牛丼(小)の食券を差し出した。


「はい、リオルくんにはこのメガ盛り牛丼をサービスだよ!」
「いや、そんなにたべられな………」
「成長期に食べないなんてもったいないことをしない! ほら、行った行った!」




 そしたらおばちゃんにドン!! とメガ盛り牛丼を渡された。
 いや、これはさすがに高校球児でも食べきれないよ………




 というか、人が少なすぎて廃棄処分になる前に押し付けたな?
 なんて奴だ。食堂のおばちゃん。侮れん奴………。




 これじゃあ午後の体育は嘔吐祭りだ。




 ふらふらとこぼさないように運んでいると


「あんたにはこれで十分だろ」


 と、不機嫌を隠さない声が後ろから聞こえてきた。
 振り返ると、ボクに笑顔でメガ盛りをプレゼントしてきたおばちゃんが、ラピス君にニンジンを丸々10本。そのままラピス君のお盆に置いていた。
 しかも、腐りかけているのか、黒く変色しかけている。




「………。ありがとう、おばちゃん」
「気色悪い。さっさとどっかいってくんないかい。獣臭いったらありゃしない」






 一瞬顔を伏せたが、ラピス君は笑顔でニンジンを受け取る。
 それが、精いっぱいのラピス君の皮肉だ。




 中央大陸の王都ともなると、獣人差別が強い。
 中央大陸東部の大森林なら獣人が多くみられるけれど、中央大陸西部は人間族が多く住まう場所だ。
 田舎ならともかく、都会ともなるとさすがに根強い獣人差別が残るらしい。


 この間、フィアル先生から歴史の授業で習ったよ。


 300年前の人魔戦争よりさらに前。獣人と人間族とで大規模な戦争があったんだって。
 どうせ私利私欲に走った人間族が奴隷に獣人を攫ったり、人間の方が優れているなんてわけもわからない優越感を満たすために戦争を仕掛けたに決まっている。


 まあ、獣人の方が人間よりパワーがあるし、獣人の方が人間を舐めていたって可能性も捨てきれないけどね。


 どっちが原因なんか、どうでもいい。ラピス君が苦しんでいるのを放っておけない。


 メガ盛りをテーブルに運ぶと、ラピス君は顔を伏せて腐ったニンジンを手に取った
 僕の隣に座って、腐りかけてふにゃふにゃのニンジンを弄ぶ。


 ルスカとファンちゃんも、沈痛な眼差しでラピス君を見ていた。
 なぜ、あんな状態のラピス君を、僕らが誰もその場で庇わなかったのか。


 それはラピス君からのお願いだった。
 『獣人差別は根強い。リオルくんがそのために動いたら、リオルくんが魔王の子だとバレるんだ。だから、獣人差別のことは放っておいて』
 とのこと。


 未来視を持つラピス君からの情報だ。
 僕がラピス君のために何かをしようとすると、バレる恐れがあるらしい。


 だけど、わが身可愛さに友達を放っておけるかと言われると、NOだ。
 僕の事ただけを考えてくれるこの兎に、自分の幸せを考えてもらいたい。




「ラピス君………あのおばちゃん。いい加減僕が殺そうか?」
「リオルが手を下せば、誰にも気づかれずに肉塊にできると思うけど」


 そう思って提案したら、ファンちゃんからもそんなお言葉を頂いた。
 だんだん過激になっているね。や、もともと武闘派なんだけどさ、ファンちゃんは。


 たしかに今の僕ならここから闇の魔法をポッと放っておばちゃんを肉塊に帰るのは造作もない。
 目に見えない重力という力を操るのだから、気付かれることもないのだ。




「いいよ。どうせただ飯なんだ。なくて当然。食べなくても問題ないよ。」


 しかし、ラピス君はそれを拒絶。
 そのまま僕の牛丼のスプーンを掴み、流れるように口に含んだ。


「で、僕のメガ盛りを食べるのね。まあ、僕一人じゃ食べきれないからいいけどさ」
「もきゅもきゅ。おいしいよ。はい、リオっちも。あーん」
「あー………む。うまい」




 ひょうひょうとしているけれど、辛くない訳じゃないんだよね。




「リオ………」
「リオル………」


「ん? ………あー………ん」


 見ればルスカとファンちゃんまで僕にスプーンを差し出しているではないか。
 僕が少食だって忘れてない?
 僕は、胃が弱いんだよ!


 なんて思いつつも、ルスカがフォークに巻いたパスタをパクリ。
 ファンちゃんの差し出した猿の脳みそをパクリ。


 って、なんでそんなゲテモノ料理がこんなところにあるの!?
 有料での高級メニュー!? しらないよ!!




「ん?」




 と、そこでラピス君が疑問の声をあげる。
 僕の代わりに牛丼のスプーンを手に持って、しげしげと眺める


 かと思えば、今度は牛丼をじっと見つめた




「え………」




 たらり、と汗を垂らすラピス君。




「どうしたの? ラピス君」




「ッッ!!! 」




 僕の問いに答える間もなく、ラピス君は己の口の中に指を突っ込んだ
 喉の奥に向かって、焦るように、ぐりぐりと。


「ラピス!?」
「ラピスくん!?」
「ラピス君、何を!?」


「オエッ………」




 そんなことをすれば、当然、先ほど口に入れていたものを吐き出すことになる


 幸いにして、ラピス君が口にしたのは一口だけだったため、
 戻したのは、少量だった。


 しかし、突然の嘔吐に騒然とする食堂


「ラピス! いったいどうしたというのですか!?」


 あまりの様子に、近くにいたリコッタちゃんが、食べる手を止めてこちらに走って来た




「カハッ、ゲホッ………! はあ、はぁ、っ!!」


 真っ青な顔で顔を上げたラピス君。
 口元を拭う時間すら惜しい様子で叫んだ




「全員、食べるなあああああああああああああああああああああああああああ!!!」





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