受難の魔王 -転生しても忌子だった件-

たっさそ

第117話 ☆20年越しの再会



 孤児院を後にした僕たちは、リールゥとサナを伴って、アリス院長が居る孤児院に向かった。


 孤児院から孤児院にたらいまわしにしてしまってリールゥ達には申し訳ないけれど、現状、これしか手がない。


 今以上にシゲ爺に迷惑をかけるわけにはいかないし、僕には信頼できる味方が少なすぎる。


 偶然にもアリス院長という信頼できそうな人物に出会うことができたのもそうだけど、その場にイズミさんの旧友であるユーコに出会えたことが奇跡だった。


 おかげでイズミさんにも協力を得られたことが特に大きいね。




「アリス院長とやらの場所にいくんですよね」
「うん。そこにユーコちゃんを待たせているから」




 魔界うんぬんのことは、アリス先生に口止めされているから、口外はしない。
 でも、ユーコちゃんはイズミさんの前世での大事な親友だ。
 絶対に引き合わせなければならない。


 こころなしか速足になっているイズミさんを案内しつつ、アリス院長が居る孤児院に足を進めた。


 当然、リールゥが慌てて着いてくるけど自分の足で歩かせる。


 彼は孤児で、助けなど借りずに生きなければならないから。
 一人で妹を守らねばならないから。こんなことで甘やかしてはいけない。


 ただし、まだ2歳児であるサナは栄養失調であるリールゥに任せるには荷が重く、イズミさんにだっこしてもらっている。




 僕は魔力不足に陥ったラピス君に肩を貸すことも忘れない。
 ラピス君が一番の功労者なのだ。一番に労わなければなるまい。




 ルスカは普段通り、僕の隣を陣取って歩いている。


「イズミさん、リールゥ、サナ。あそこの建物だよ」


 ボクが指さしたこじんまりした建物。
 それがアリス院長とユーコちゃんのいる孤児院だ。


 当然、窓ガラスなんてものはない。
 雨戸で風よけをしているが、隙間風に悩まされそうな貧困孤児院である。




 でも、ここの卒院生は自身が得た給与の一部をこの孤児院に振り込んでいるため、教会や国からの給付金以外でも収入があるので、一人二人増えても大丈夫だそうだ。




 ジャムのおじさんもここの孤児院にお金を振り込んでいる卒院生の一人なんだって。


 少ない額だけど、ちりも積もればなんとやら。
 アリス院長が慕われている証拠だね。




「おじゃまします」




 勝手知ったるなんとやら。
 僕は孤児院の戸を開いた。


「ファンちゃん!」
「………来たわね、リオル、ラピス、ルー。その子が、リオルの………?」




 孤児院に入ると同時にファンちゃんとルスカが手を絡ませ、再会を喜ぶ。
 さっき学校で別れたばかりというのに、本当に仲良しだなぁ。
 まるで――


「まるでボクとリオルくんみたいだね」
「心を読まないで、ラピス君」
「クスッ、リオルくんが僕と仲良しだと思っているのがうれしくて、ね」




 魔眼を使う力は残っていないハズなのに、空気を読む力は未だに健在か。
 ぐでっと僕に体重を預けながらほほ笑むラピスくん。
 今はボケてないでゆっくり休みなさいよ。


 さて、学校でファンちゃんと別れた後は、ファンちゃんとキラケルだけは孤児院で待機してもらっていたんだよね。
 糸魔法で連絡を取り合って、もうすぐ孤児院に到着することもすでに伝えてあったし、そのおかげか、玄関で待っててくれたようだ。


 僕たちの方にファンちゃんを連れて行くのはファンちゃんの人見知り的にもアドリブ力的にも、総合的にラピス君に軍配が上がっちゃうから見送らせてもらったんだよね。
 ファンちゃんの方からも気心知れたキラケルと一緒の方が余計な緊張をしなくて済むということも聞いたしさ。
 それに、一応一目見ただけとはいえ、ユーコちゃんとも面識があるし、僕らが居ないからと言って寂しい思いもしない………はずだ。




「この子がリールゥ。こっちがその妹のサナ。」
「あれ、妹も居たのね」
「僕も初めて知ったけどね。アリス院長は居る?」
「ええ、院長室に居るわ」




 リールゥは、顔の右半分がやけどで変色し、右腕に包帯を巻いているファンちゃんに一瞬ビクリと身を震わせたものの、僕の服を後ろからぎゅっと掴んで、隠れるようなことはせずにファンちゃんを見上げていた


 やっぱり初見じゃファンちゃんの姿は異質だよね。
 僕はもう慣れているし、ファンちゃんはかわいいってことを知ってるけど、事情を知らないとその姿に委縮してしまうのはわからないことではないからね。




 ファンちゃんに案内してもらっていると、元気な女の子も走って来た
 昨日、お茶を運んでくれて、ラピス君たちと一緒にあそんでいたククリちゃんだ。


「あー! リオルくんにルスカちゃん! ラピスくんもまた来てくれたんだね!!」
「ククリちゃん、昨日ぶり! また来たよ!!」


 魔力欠乏でフラフラだというのに、表情どころか顔色まで隠し、笑顔で再開を喜ぶ


 決して人に弱みを見せないそのラピス君の根性がすごすぎる。


「おかーさんが待ってたよ、いこ?」




 ずいぶんと仲良くなったみたいだね。ラピス君の手を引いて院長室へと案内をするククリちゃん。




 その後に続いて、リールゥとサナを院長室まで連れて行く






 コンコンとノックをすると、内側からドアが開かれた




「お待ちしてました。どうぞ、こちらへ」


 お出迎えしてくれたのは、幸薄そうな、眼の下にクマのある美女。
 元気いっぱいの子供を育てるのはやはり大変なのだろう、アリス院長が迎え入れてくれた。


「ククリちゃん、すこし大事な話があるの。ほかのみんなと遊んでてね」


 だが、ここから先はヘビーな話だ。
 子供であるククリちゃんはいない方がいい。
 余計な話をして混乱してしまう前に、この孤児院の子たちとは離れていた方が都合がいいのだとアリス院長はそっと拒絶すると


「むぅー、せっかくラピスとルスカがきたのにぃー」
「ごめんね、ククリちゃん。とっても大事な話だから」




 頬を膨らますククリちゃんの頭を撫でるラピス君。
 子供はやっぱり遊びたい盛り。
 ラピス君に任せよう。同年代の扱いなら、ラピス君を上回る人はいないだろう。


「また一緒にあそぼうね、ククリちゃん」
「わかった、やくそくだよ!」


 ラピス君の手腕にかかればこの通りか。




「………その子たちが、例の子ですか?」
「そうみたい」


 僕たちが魔王の子や神子であることを伏せつつ、アリス先生は聞いてくる。


 肯定すると、アリス先生は僕らに椅子をすすめてくれた




「では、無事に買い取ることができた、という認識で大丈夫でしょうか」
「まあね。ちょっとムリヤリすぎて貴族に喧嘩を売る形になっちゃったけど、たぶんどうにでもなるし」
「だ、大丈夫なのでしょうか………?」
「ついカッとなってやった。後悔はしていない」


 僕がそういうと、イズミさんが『クッ………!』と笑いをこらえて横を向いた。
 状況についてきていないリールゥが、僕の服をぎゅっと握る


 そんなリールゥに僕は向きなおって、視線を合わせると


「リールゥ。僕たちにできるのはここまでだ。これからはこの孤児院で暮らすんだよ」
「おにいちゃんも一緒じゃないの?」
「僕たちは違う。まだまだすることがあるからね。一緒には居られない。たぶん、ここの孤児院なら理不尽にリールゥを打つ人はいないから、あの孤児院よりはましだと思う」


 マシだと思う。希望的観測だ。
 なんといっても、ここは孤児院なのだ。この孤児院でいい食事が出るかと聞かれたら、それはNOだ。


 この人数を食えるだけの食事となったら、かなりのお金がかかる。
 アリス先生はなんとか工面しているけど、やはりかつかつなのだろう。アリス先生のほっそりとした身体がそれを物語っている。


 そんな中で負担を増やそうってんだから、僕らはアリス先生にとって疫病神か何かだろうね。




 リールゥとサナが大人になるまでにかかりそうな値段をこの孤児院に寄付しておこうか。




「将来のために、ここで学んで、そして強くなって、妹を守れるくらい立派に成長してね。それがお兄ちゃんからのお願いだ」
「………うん」


 何やら決意を秘めた表情でうなずくリールゥ。




「がんば」
 ぐぅ~~~~………


 リールゥは「頑張る」って言おうと思ったんだろう。


 でも、それはおなかの音にかき消され、自分の決意がおなかの音なんかに紛れてしまい、顔を赤くしてお腹を押さえた




 その様子を見ていたアリス院長がふっとほほ笑むと


「それじゃあ、二人も新しい子たちが増えたのですから、身体をきれいにして、ご飯にしましょうか」




 たしかに、小汚い格好のリールゥが居る状態じゃ、この子たちの処遇についても話し合えないか。
 栄誉失調が深刻なリールゥに、ひとまず栄養を取ってもらわなければなるまい。


 今までは満足に食べられなかったみたいだしね。




 というか、リールゥとサナを救ってここに連れてきたことで僕らのミッションは終了だ。
 無責任かもしれないけれど、あとのことはアリス先生に丸投げするよ。
 お金だけは援助しよう。このくらいしかできないし。






                     ☆






 こざっぱりしたリールゥとサナは、バクバクとアリスの作った料理を勢いよく平らげ、そして疲労が溜まっていたのか、初めての安心できる空間にホッとしたのか、眠ってしまったようだ。




 そんな彼らを就寝部屋に連れて行き、ラピス君が布をかけてあげる。
 ラピス君は本当にボケ担当で場を狂わせるくせに面倒見がいいな。


「………ありがとうございます、アリス先生」
「いえ、こちらこそ、こんな古ぼけた孤児院で申し訳が立ちません」
「ううん。預かってくれるだけ、僕よりマシだよ。助けたいって思いつつ、自分が受け持つ程の度量も甲斐性も拠点もないからね………。」
「そんななかで、なんとか助けようとすることは、私には立派に映りますよ」
「そう言ってくれるならありがたいよ。本当に、リールゥをよろしくね」
「はい。お任せください」




 と、頭を下げあったところで


「あの、すみません、リオル。そろそろ本題を………」




 と、イズミさんが切り出してきた。


 ああ、そうだった。僕らにとっての本題はリールゥのことだけど、イズミさんにとってはこっちが蛇足だった。




「わかりました。すみません、アリス先生、ユーコちゃんを呼んでもらってもかまいませんか?」
「ええ………そういうと思って、すでにこちらに来てもらっています。昼間は彼女の活動時間ではないので、現在は………そちらのお布団で眠っておりますが………」
「それじゃあユーコちゃんは起こせな………は………え?」




 なんで、そう言うと思ったんだ?


 今日、ユーコちゃんにも会いたいなどとは言っていない。


 すぐにユーコちゃんとの再会はできないと知って肩を落とし、昼寝をしている子供たちの中の誰がユーコちゃんなのかを探しているイズミさんをしり目に
 僕は疑問に思って首を捻るが、そこにはいつものように幸薄い笑みを浮かべるアリス先生の顔があるのみだった


 アリス先生は、ユーコちゃんとイズミさんが前世での知り合いだなんて知らないはずだし、そんなことがなければ、僕だってわざわざイズミさんを呼んでユーコちゃんに会わせようとはしなかった




 いや、違う。
 問題はそこじゃない。


 もっと前だ。


 そもそもなぜ、アリス先生は僕たちにユーコちゃんを見せた?
 魔界に匿う、吸血鬼であるユーコちゃんを。


 僕らの信頼を得るため?
 僕が魔王の子だと知ったから?


 それも違う。


 知ってたんだ・・・・・・


 昨日、僕らが来ることも。リールゥを預かることも。
 ユーコちゃんが僕らと同じ、古代種であることも。




 全部、知ってたんだ。


 だから、自分に隠蔽をかけて、本来ならば怪しくて関わる必要のない僕たちに
 一度、去ろうとした僕たちに
 アリス先生から・・・・・・声をかけてくれた


 そこから導き出される答えは………




「未来視………だね」
「………。」


 僕と同じ思考に至ったのか、ラピス君のつぶやきに、ほほ笑むアリス先生。


 このアリス先生………とんだタヌキだ。
 最初から、全部知ってたのか


 知らなかったふりをして、僕らの信用度を操作していたんだ。
 腰が低いのも、僕らに警戒心を抱かせないためのブラフ


 正直、してやられたよ


「………ボクらの味方でよかったね、リオルくん」
「本当だよ………」




 彼女は味方だ。
 捨て身で、全力で子供を守る、そんな女性だ。
 リールゥのことも、サナのことも、ユーコちゃんのことも
 もちろん、僕だって見捨てない。


 警戒なんてするだけ無駄だ。子供たちの未来だけを考えているよ、この人は。


 じゃないと、知ってて僕らに声なんか掛けないって。


「ええ、大事な弟も居ますしね。期待には応えたかったのですよ、申し上げられず、申し訳ありません………」




 ああ、腰が低いのは素だったみたいだね




「って、弟? だれ?」
「え、あれ? てっきり気付いていることとばかり………ラピスさんと私は、腹違いの姉弟になると思いますが………ちがいました?」




 あわあわと慌てだすアリス先生に対し、僕とラピス君が顔を見合わせる


「私、本名を【アリスドット】と申します。【ラピスドット】さん………あなたは【ジークドット】さんのお子さんでしょう?」
「え、と………この間、シゲ爺さまに聞いてボクも知ったばかりだけど、そうだよ。ボクはメデューサの息子。ボクの本名も知ってるってことは………鑑定眼も持っているんだね」
「はい、すみません………そうなんです。勝手に見てしまいました、すみません」




 やはりペコペコと頭を下げるアリス先生。
 ラピス君にしては珍しいことに、この孤児院では自己紹介をしていない。
 するまえにククリちゃんに連れ出されていたからだ。


 だから【ラピス】という名前ならともかく、【ラピスドット】という名前を知っているとなると、やはり導き出される答えは、鑑定眼。




 アリス先生はラピス君と同じ、魔眼使い。
 しかも、不安定なラピス君とは違い、確実に使いこなしている。


「うわわ、ボク、ずっと一人っ子だと思ってた………ちょっと予想外すぎてびっくり」
「未来視でもわからなかったの?」
「さすがにボクもそんな頻繁に未来視なんて使わないし、ピンポイントでそんな未来の情報はわからないよ………」




 なんと、ラピス君にもわからないことがあったとは………




 孤児院に来る時のラピス君はいつも魔眼を使ってヘロヘロになった後だったしね。
 気付くのが遅れるのもしょうがないか。
 というか、本当にラピス君の魔眼頼みのリールゥ奪還作戦だったから、酷使しすぎて本当にごめんなさい。


 あとでラピス君の願いを何でも聞くよ




「ありすぅ………うるさぁい」




 と、そこでお昼寝していた子供からお叱りの声が聞こえた




「す、すみませんユーちゃん………」


「もー、眼が覚めたよー………」




 くしくしと目元をこすりながら体を起こしたのは、オレンジ色の髪と、コウモリ型のタトゥーをほっぺにつけた、ユーコちゃんだった




「んんーっ! …………はふぅ………あれー? やほー!リオルたちも来てたんだー!」
「やあ、おはよう、ユーコちゃん」
「れでぃーの寝顔を覗いちゃだめだよー!」




 ぷりぷりと怒って見せるユーコちゃん。
 活動時間ではないうえに寝起きだからか、ぽやぽやと頭を揺らしながら僕を指さす


「ユーコ、ちゃん? り、リオル………もしや、あの子が………」




 が、イズミさんが大きく目を見開き、震える声でユーコちゃんを指さすと
 僕はイズミさんの目を見て、頷き返す


「んー? あれー? またわたし好みのおねーさんが増えてるー! ねえねえ、このおねーさんはだれー?」


 ユーコちゃんがイズミさんの存在に気付いて、布団から起き上がり、テコテコと歩いてくる
 無邪気に、無警戒に歩いてくるユーコちゃんを、イズミさんは






「優子!!!」


「ふにゃあああ!!!?」






 ボロボロと涙をこぼしながら、ユーコちゃんを抱きしめた




「ずっと、ずっと………貴女を探していました………やっと………やっと会えた………優子ッ………!!」
「え? え? えええ!!? なになにー!? なんなのこの状況―! なんでわたし抱きしめられてるのー!!? だれか説明してええーー!」




 イズミさんとは裏腹に、ユーコちゃんのほうはパニックを起こしていた




「ユーコちゃん。その人がイズミさんだよ。ほら、一緒に交通事故に会ったっていう」


 助けを求めるユーコちゃんに、僕が説明してあげると


「こうつう………え? じゃあ、和泉ちゃん!?」
「はい! やっと会えました………優子………この日をどれだけ待ち望んだか………」
「う、うそ………リオルから聞いたよ、竜に転生したって………」
「うん、したよ、私は竜に転生したの………寂しかった、辛かったよ………ずっと会いたかった………」
「わ、わたしも………ごめんね、和泉ちゃん………ずっと、謝りたかった………わたしが運転する車が………あんな、ことに………!」
「謝らないで優子、こうして会えたんだから………!」




 じわじわと再会に実感を持てたのか、ユーコちゃんの方もボロボロと涙を流しながら、イズミさんを抱きしめ返した


「くっ、うっ、うぅうう………………!!」
「わたしも、わたしも会いたがったよぉおおおお!!!」




 人目もはばからず、泣き続ける二人。
 20年越しの再開を邪魔するものなどここには居なかった。





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