受難の魔王 -転生しても忌子だった件-

たっさそ

第107話 いのちがけの ぼうけん

「くそう! なんでこんなことに!」
「なんでって、ゼクスのせいだろ!」
「ごめん………」
「おい、今は言い合ってる場合じゃない!!」




 薄暗い森の中。


 幼いと言っても差し支えない4人の少年たちが走っていた。
 高価な服装は泥にまみれ、その清潔感は何処にもない。


 今は必死で逃げ回り、ただ生きる事だけを目的として森を走っていた


「ラピス達は大丈夫かな」
「ラピスなら………あいつなら絶対大丈夫だって」
「伯爵令嬢の従者と獣人なんかに助けられるとは………」




 金髪を揺らして、幼い少年のうちの一人、レイザが愚痴をこぼしつつも、自分たちが今生きているのは、人気者であるウサ耳の少年とバンダナを巻いた少年のおかげだと言うことを理解しているので、素直に感謝の念を送る


「あれ?」
「どうした?」


 少年のうちの一人、一度腰が抜けて動けなくなっていたくすんだ赤い髪の少年、ゼクスが首を傾げる、ようやく動けるようになったようで肩を貸す必要が無くなったらしい。
 レイザが彼が首を傾げたことを疑問に思い、彼に問うと


「帰り道って、どこだっけ?」




 薄暗い森の中。進んでも進んでも、右を見ても左を見ても、同じような光景が広がるばかり。
 手がかりなども何もなく、何の考えも無く進んでいた彼らには、当然帰り道など判るわけがなかった


「とにかく、まっすぐ戻ればすぐに王都にたどり着くだろ」


 レイザのその考えは当然なのだが、森の中という障害物が大量にある中で正確に『真っ直ぐ』というのは案外難しいものだ。


 実際、彼らは王都への道筋からすでに90度ほどズレてしまっている。


 このままでは一生王都へはたどり着けない状態だ。




「でも、こんなぬかるみ、来るときに合ったっけ?」
「あったんじゃないか?」


 それに全く気付けぬまま、彼らは足を止めることは無かった。




「止まれ!」
「えっ!」




 レイザに指示され、彼らはその場にとどまり、草陰にしゃがみこむ。


「コボルトの群れだ………」


「そんなっ!?」


 視界の奥に居たのは、Fランクの魔物、犬の身体で二足歩行をしている奇妙な生き物。
 コボルトであった。


 体格は幼い児童である彼らよりも一回り小さいが、その機動力は犬をはるかにしのぐ。




 それが5匹。


 冒険者はゴブリンの次に狙う獲物が、このコボルトである。


 ゴブリンで戦闘の感触を覚え、コボルトの機動力で先読みを覚える。
 そうした経験の積み重ねで、冒険者たちはランクを上げていくのだ。




 だが、大人の冒険者と言えども、ゴブリンにさえやられることはある。
 子供である彼らならなおさらだ。彼らはまだ力を合わせてもゴブリン1匹にさえ勝つことができないで今現在敗走しているのだから。


 しゃがんで様子を窺っていると、木々が風で揺らめき、葉擦れの音が場を支配する。


 そんな緊迫の状態の中、スンスンとコボルトは鼻を動かしたコボルトは、一斉に彼らの方を向いた。


 風下にいたコボルト達にとっては、風上に居た少年たちの居場所など一目せずとも瞭然であった。


「くそっ!」


 立ち上がって逃げようとする彼らだが、機動力はコボルトの方が圧倒的に上である。


 すぐに囲まれてしまった。


 汚い涎を垂らしながら、ジリジリと近寄るコボルト。


 コボルトが近寄るにつれて、子供たちは身を寄せるように中央に集まる。
 それがコボルト達の狙いだとしても、そういう風に動くしかないのだ。


 逃げ出そうとしたら、そいつから喰われる。
 彼らも理解しているのだ。


「みんな、よく聞け」


 だが、そんな中で、少しでも生存人数を上げるための策を考え付いた子供が居た。


「俺が中級魔法のフレイムバーストを唱えて正面のコボルトを倒す。そしたらすぐにそこを走り抜けるんだ」




 火魔法の才能を持つ、バン子爵家の長男。レイザ・バンであった。
 彼は火魔法の才能が有り、クラスの中でも唯一中級魔法の発動すら可能なほどの魔力を宿している子だ。


 ただし


「そ、そしたらまた魔力枯渇で倒れちまうだろ!?」
「………生きて帰れる人数が多い作戦は、このくらいしか思いつかないんだ」


 発動が可能である程度の魔力があるだけで充分な威力は持たず、まだ発展途上の彼の魔力ではその一発で確実に魔力枯渇を起こすという欠点も存在する。


 彼の実力では、一発打てば即座に視界がもうろうとして、すぐに倒れてしまうだろう。
 そしたら、もう彼はただの肉の塊だ。コボルト達の餌となる。


 それでも、自分以外は生き残る可能性がある。


 だからこそ、彼はその決断をした。




 中級魔法も初級魔法も、魔力の込め方はそう変わらない。
 魔力量と詠唱を変えれば、あとは詠唱が自動的に発動までのプロセスを作ってくれる。


 死ぬのは怖い。怖いが、今はそれ以外自分にはできないし、何か行動を起こさないと食われて死ぬという運命は変えられない。


 ならば、動いてみるしかないのだ。
 行動を起こさなければ、待っているのは死しかない。一か八か、今賭けに出なくてどうやって助かる道があるのだろうか。
 コボルトの腹の中に入ってからでは、何もかもが遅いのだから。


 ゴブリン達の方へ置き去りにしてしまった獣人と伯爵令嬢の従者も、こんな気持ちだったのだろうかと思うと、なんと恐ろしい事をしてしまったのだろうという気持ちでいっぱいになる


「よし………!」


 それでも、それが今度は自分の番になったというだけだ。王都の外に出るというのは、こういう危険を孕んでいたことは当然はずなのだから。


 後悔先立たず。自分たちは外について無知すぎたのだ。
 レイザは覚悟を決め、気合を入れ直して右腕に魔力を込め、左腕で顎を伝う汗を拭いながら決死の覚悟を持って詠唱を始めようとしたところで―――


「ガアアアア!」


 コボルトの一匹がレイザに向かって飛びかかった!


「くっ!」


 詠唱は間に合わない。
 コボルトの機動力も速い。


 レイザはとっさに腕を下げ、背を向けてしゃがみこんだ。


 魔法を放つために突きだした腕を降ろすことによって、腕を噛みちぎられると言うことはなくなった。
 だが、その代わりにコボルトはレイザの左肩へとその牙を突きたてた。


「ぐぅうううう、ぎゃあああああああああああああああ!!!」


 ブシュッ! と肉が裂けて血が噴き出す音が聞こえる。


 同時に、子供特有の甲高い悲鳴が、森の中を駆け巡った。
 幼い子供の肉はたいそうおいしそうに見えたのだろう。


 じゅるじゅると柔肌に牙を突きたてたまま頭を振るコボルト。
 そのままレイザの肩を引きちぎるつもりらしい。


 牙を突きたてられたまま頭を振られて、レイザの肩の骨や肉が悲鳴を上げてブチブチとちぎられる感触に、たまらず絶叫を上げ、それでも思考を停止することなくその牙からのがれる術を探る。


 藁にも縋る思いでレイザが右手に掴んだのは、ただの石だった。


「あああああああああああああああああ!!!!」


 それを振りかぶり、激痛を覚悟でコボルトの脳天に向かって振り下ろす


「ギャウッ!?」
「っぐぅうううう!!!」


 偶然にも、それが頭を振っていたコボルトの眼に突き刺さり、激痛に耐えかねてコボルトはレイザの肩から牙を離した。




 左目からドクドクと血を流しながら警戒を強めていったん距離をとるコボルト。


 そして、左肩から大量の血をダクダクと流し続けて、満身創痍のレイザ。


 その血の匂いにコボルト達の気も高ぶっている。


 指先ひとつ動かすだけで走る激痛と、肩の赤色。そして大量の失血での思考力の低下。
 もはや生き残ることは絶望的ともいえる状態であった。


「ぐぅぅ………炎よ、わが、我が………魔力に応え…その劫火で、以って……彼の者を、焼き、払え!“フレイムバースト”!」


 それでも、彼は生存率を上げることを優先して詠唱を完了させ、正面のコボルトに向かって劫火を放った。


「キャイン!!」
「ギガァアア!」


 中級魔法は初級魔法よりも範囲が広くより実践的な魔法だ。
 その炎は二匹のコボルトを巻き込んで燃焼し、周囲の森にまで燃え広がったところで、レイザは魔力枯渇を起こして地面に倒れた。


「は………く、に、げ………」


 焦点の合わない目でゼクスやジューライ、ラッハの三人に逃げるように促した。
 レイザの決死の覚悟を見た彼らは、満身創痍のレイザの腕を掴み、肩に回して走り出す


「お、おい………俺は、置いていけ」
「置いていけるかよ! ここで置いて行ったら、おれ、格好悪すぎる! みんなを危険な目に遭わせて、おれたちを逃がすために死ぬなんてダメだ!!」


 3人で力を合わせて魔力枯渇と大量出血で意識も朦朧としているレイザを引きずりながら走りだした。


 コボルトは火を警戒していたが、それでも久しぶりの獲物は逃がさないとばかりに彼ら三人に回り込んだ。


「なっ!?」
「うそ、だろ………」
「どうやって帰ればいいってんだよ………」




 コボルトの機動力はFランク随一だ。荷物を背負った子供の足を追い越すなど造作もない事であった。




「くそ、ちくしょう………」




 自分の攻撃さえ、2匹を焼き払った程度。それに、逃げることもできず、更には荷物にさえなってしまったレイザ自身。


 やりきれなさと虚しさで、涙が溢れていた


 コボルト達は、無力感に溢れて棒立ちになった彼らを見てにやりと口元を歪める。


 もはや子供たちは獲物ではなく、餌であった。


 餌であるなら、容赦なく肉に食らいつき、腹を満たそうとコボルト達は勢いよく彼らに飛びかかった


 もうダメだと4人の子供たちが膝をついてすべてを諦めた、その時。




「無事でありますか!? 今助けるであります!!」


 バシュン! という何かを射出した音と共に、飛びかかったコボルトの頭蓋が爆ぜた。


「えっ………?」




 その光景を見て、レイザは痛みを忘れて口を開けた


「悲鳴が聞こえたから来てみれば!」
「おいしそうな子供が襲われているのです!」
「子供は食べ物ではないであります」




 投石機を持った紫紺色の髪と、その頭頂部にある煙突のごとくぴょっこりと飛びだしたアホ毛が特徴の少女と
 巨大な大剣を背に携え、コボルトの頭を鷲掴みにしていた漆黒の髪を持つ少年。
 さらに、バチバチと紫電が伝う片手剣でコボルトを串刺しにしていた純白の髪の少女が、自分たちを守るように周囲を警戒しながら自分たちを囲んでいたのだ。


「鉛球を射出するのは威力が高くていいでありますね」
「頭がトマトみたいに潰れたのです」
「別に素手でもできるぞ」


 指に挟んだ鉛球を投石機スリングショットに装填しながら呟く少女と、邪魔そうにコボルトを片手剣から引き抜いて蹴り飛ばす純白の少女。
 さらに、コボルトの頭を鷲掴みにして、それを遠くに放り投げる黒髪の少年の三人。
 彼女たちは無駄な掛け合いをしながらもしばらく警戒を続け、もう他にコボルトは居ないと判断した3人が肩の力を緩めて振り返った


「もう安心であります。魔物はすべて倒しましたよ。」
「え、あ………」


 まさか助けが来るとは思ってもいなかった彼らは、そろって口をパクパクとさせては言葉になっていなかった。


「おや、怪我をしていますね………ちょっと触りますよ」


 紫紺の髪の少女、ミミロがレイザの左肩を、血が付くのも厭わずに触れる。


「たっ!」


「うーん、左腕は折れてますね………リオ殿もそうですが、人間とはなんとも脆い生き物であります」
「兄ちゃん、すぐ怪我するもんな」
「でもにーさまの回復は驚くほど速いのです。このくらいならねーさまの手当てがなくても骨さえつなげれば3日で完治するのです」


 リオルの身体は弱い。驚くほどに脆い。本気で殴れば自分の方が傷ついてしまうほどに。
 だが、リオルは魔王の子であり、その肉体は根本的な部分で人間とは異なり、回復力に優れているものだ。


「リオ殿はただの人間ではありませんからね。当然であります。キラ、お願いしてもいいですか? さすがにこのままでは命に係わりますし、なにより牙が骨にまで届いております。処置が遅れたら切断しなければならないかもしれません」
「コボルトの牙の毒が全身に回る前に、キラがなんとかするのです!」


 レイザの血まみれの肩口に手をかざす、白い髪の少女。
 それはまるで、おとぎ話に出てくる神子ように美しく慈愛に満ちた表情に見えた。


 コボルトの牙は雑菌だらけであり、噛まれると狂犬病もしくは破傷風にかかる恐れがある。
 慣れた冒険者ならそもそも噛まれることも無いだろうが、それを子供に求めるのは酷というものだ。


「“浄化吐息ホワイトブレス”と“治癒光キュアライト”なのです」


 レイザの傷口に吐息を吹きかけ、その後治癒の魔法を行使する。
 傷口を浄化して毒素を抜き、光魔法により治癒でその傷を塞ぐ。


 多少痕が残ってしまったものの、傷は完全に塞がり、もう痛みは残っていない。
 奇跡を目の当たりにしたような気分だった。


 クラスメイトで唯一の光魔法使い。リコッタ・リリライルという、王族で特別魔力の多い家系の少女でも、未だに周囲を照らす光を生み出すことで精一杯だと言うのに、この目の前の少女は当たり前のように光魔法を使って見せたのだ。光魔法と言うだけでも特別な価値を持ち、数多の組織から狙われかねない。正直なところ、レイザも本物の光の治癒魔法というものを見たのはこれが初めてだった。
 彼はこれほどまで効果の高いものだとは知らなかった。


 痛みのあまり発狂して死んでしまいそうだったのに、もうその痛みがどこにも残っていないのだから。






「お前たちはよく頑張ったのです。説教は後回しにするから、すぐに帰るのです」


 ポンとレイザの頭に手を乗せて、白い髪の少女が微笑んだ。


「背中の傷跡は戒めだな。今日の事に懲りたら、もう勝手に王都から抜け出すんじゃないぞ」


 邪悪を彷彿とさせる黒髪の少年が4人の少年たちの頭に拳骨を落とす。
 涙目になるものの、泣かないギリギリの絶妙な力加減で落とされたその拳に頭を押さえて黒髪の少年を睨みつけるが、ガタイのいいその少年が恐ろしくて何も言えず、自分たちが王都を抜け出したのは自分たちなのでその拳骨は甘んじて受け入れた。


 拳骨程度で済んだのは奇跡だ。
 今を生きているのは、まぎれも無く彼らのおかげなのだから。


「そ、そうだ! まだ奥に人が残ってるんだ!」
「あ、ラピス達が! ゴブリンと! お願い、お姉さん、あの二人も助けてよ!!」


 子供の舌による要領の得ないお願いであるが、服をぎゅと掴まれ、上目づかいで子供たちに『お姉さん』と呼ばれた実質3歳児は、その『お姉さん』という単語に舞い上がり


「おねっ!? ふふん、キラにまかせるのですー♪」


 ドンと薄い胸を叩いてそれを軽々しく承諾した。


「こら。勝手に承諾しないでください。取り残されているお友達が居るのでありますか?」


 紫紺の髪の少女がそれをコツンと頭を叩くことで諫め、情報を深く聞き出す。


「あ、頭の上で耳がこう、長いやつと、赤いバンダナを巻いてるやつがゴブリンと………うぅ……うわぁーん!」


 思い出すと怖くなったのか、ゼクスは泣き出してしまう。
 自分の魔法が全く通用しなかった相手、それも200匹という大群に、立った二人で立ち向かった。
 あれから時間もかなり経過している。生きている可能性は皆無と言ってよかった。


 そこまで考え、彼らを殺してしまったのは自分だという、恐ろしい感情に支配される。
 二人はずっと自分の行動を止めようとしていた。


『ボクはやめといた方がいいと思うな』


 ゼクスはウサ耳の少年。ラピスのセリフを思い出す。


『危ないよ、ゼクスくん………ボクはやめようって何度も言ってるよね』
『でもここまで着いてきちゃってるじゃんか。ラピスも同罪だぜ』


 そして、何度も止めようとする彼を鬱陶しく思い、同罪にした自分の言葉。


「うわあああああああああ!!!!」


 頭を抱え、掻き毟り、狂ったように泣き叫ぶ。


 自分のことなど放っておけばいいものを、それでも放っておかずについてきてまで止めようとしてくれた。
 そんな彼らが自分のせいでゴブリンに殺されたのだ。


 なぜ、正しい事をした彼らがそんな目に遭わなければならないのか。
 なぜ、生きているのが自分なのだ。
 そうなるべきは、罰が当たるべきは、王都の外に出て馬鹿をした自分であるはずなのに!


「大丈夫ですよ」


 不意に、ゼクスは暖かく優しいものに包まれた。


 その優しげな声は、混乱する頭をクリアにし、根拠のない安心を与えてくれた


 紫紺の髪の少女が、ゼクスの頭を撫でる。
 何度も、何度も、優しく。彼が落ち着くまで。


「大丈夫です。絶対その子達も生きておりますよ」


 確信を持って紫紺の少女はそう言い切った。何を根拠にと思うモノの、その確信が、泣きじゃくるゼクスを落ち着かせてくれた


「………ぐすっ」


 ゼクスは鼻をすすって、紫紺の髪の少女から離れる。


「落ち着きましたか? さあ、どちらの方にお友達が居るのか、教えてください」
「………たぶん、あっちのほう、だったと思う」
「あっちですね? ………“魔力探知”」




 少女は目を瞑り、気配を探る。
 そして


「おや、やはり彼らでしたか。すぐそこまで来ていますよ」


 人を安心させる笑みで、そう告げた
 二人を知っているのか? 問いかけようとした、その時。


「おーい!!」
「みんな、大丈夫―!?」


 ゼクスがそちらを向けば、身綺麗な格好をしたウサ耳の少年ラピスと、赤いバンダナを巻いた少年リオルがこちらに向かって手を振っていた


「あ………よかった………」


 ゼクスはそれを視認したとたんに肩の力が抜け、ストンと腰を落とした。
 どうやら再び腰が抜けてしまったらしい


「お前ら、どうやってあのゴブリン達から逃げられたんだ?」
「ああ、それはね………」


 リオルはチラリと少女たちを見ると自分の左肩を右手の人差し指で叩き(つじ)、流れるように右肩を右手の親指で叩いて(つま)その右手の人差し指と親指を胸の中央あたりでくっつける動作をした(合わせ)。




(つじつま合わせ、よろしく)
(了解であります)


 その合図を見て少女はコクリと頷いた
 紫紺の少女はすぐに彼らの会話から思考を巡らせた。


 先ほどの会話を聞くに、ゴブリン達に追われていたらしいリオルたち。無事であるということはすなわちすでに彼らがゴブリンを殲滅したということ。
 しかし、それを悟らせるわけにはいかない。


 さらに、リオル達は子供たちを逃がすために残ったと推測される。ならば導き出せる答えは一つ。


「実はわちきたちが彼らを助け出したのであります。」
「え?」




「まずゴブリンに囲まれている彼らを見つけ、助けに入ってゴブリン達を殲滅したのち、彼らがあなた方はこちらの方に逃げて居るから助けてほしいと言われたので、急いで駆け付けた次第であります」
「そうだったんだ………」
「言ったでしょう? 絶対に生きてるって。」


 ポンとゼクスの頭を撫でる少女。
 だから二人を知っているような口ぶりだったのかとゼクスも納得したようだ。


「すまない………助けを………呼ぶつもりが、また、助けられた………」


 レイザも魔力枯渇で意識を保つのもやっとの状態でリオルたちに詫びを入れる。


「いいよ。レイザくんも頑張ったんでしょ? あとは冒険者たちに任せて、王都に帰ろう。そして親にめいっぱい怒られよう。まったく………こんなことしたんだ、命があっただけマシだよ。罰くらいは甘んじて受け入れてね。僕たちも一緒に怒られるから」
「………ああ………お前たちが、ただし、かった」


 レイザはそこまで言って、気を失った。
 だいぶ無理をしていたんだろう。


 そんな彼を漆黒の少年が肩に担ぐ。
 すこし乱暴な運び方だけど、彼の背中には大剣が携えてあるのでおぶることはできないのだ。


 こうして、学校と家と少年たちに迷惑を掛けた子供たちの探検は幕を閉じることになった。


 西門から子供を引きつれて入ってきた冒険者に目を丸くした門兵たちと、すぐに駆けて来た騎士団たちにこっぴどく叱られたのは言うまでもない。


                 ☆


 学校に帰りつくと、フィアル先生も泣きながら無事を喜んでいた。
 そして、当然ながらフィアル先生は緊急の連絡用魔法道具でレイザ、ゼクス、ジューライ、ラッハの屋敷に連絡を入れていたらしく、迎えに来て居た馬車の中で怒声が聞こえたのは、彼らの名誉のために伏せておこう。


                 ☆




「それにしても、こんなところに抜け道がねえ………。案内してくれてありがとう。でも、もう二度と勝手にこういう場所から出たらダメだよ、ラピス君。」


「はーい」


 騎士様が一人派遣され、ラピス君に軽く注意しながら修復作業の準備をする騎士様。
 どうやらこの騎士様はラピス君の知り合いらしい。


 本当に彼はいろんな場所にコネクションを持っているな。


 偶然ながらこの騎士様はラピス君を魔法学校に入学させるときに村々を回って優秀な子供を勧誘していた騎士様だったらしい。
 どうやら特徴的なウサ耳と、強烈な個性のおかげで騎士様の記憶に止まったらしく、会話が弾んでいるようだ。
 獣人を差別しない、とてもいい人だって言っていた。“心眼”をもつラピス君がいい人だなんていうとは、聖人君子なのかしら。


 そんなアホみたいなことを考えながら、ぼんやりと騎士様の背中を眺める。


 緩んだねじを締めるだけなので、さほど重労働ではないのだが、それでも孤児院の裏ということで、やや居心地が悪そうにしていた。


 そんな哀愁さえも漂わせる騎士様の背中を、僕とラピスくんがじっと眺めた。


「もろい防壁が孤児院の裏ってのがね………」
「リオっちも思った?」
「しかも、すぐ近くにはゴブリンの変異種。王都の外側はまぁ行っちゃえば貧民街みたいなものだし、貴族街の防壁は石でできているから王都に攻め入られた時の時間稼ぎ兼生贄みたいなものなんだろうね」
「………まぁ、王都の境界に面する場所の半分くらいは孤児院みたいな場所になっているはずだよ。もし災害とかで作物が足りなくなったとき、口減らしをするなら働き口の無い子供の方がいいからね」
「合理的だけど、身もふたもない事を言うね、ラピス君」
「それが魔族との子であるならば、母親ごと、となるのは当然。ボクはその経験があるからね。覚えてないくらい昔の事だけど」
「………そっか。」


 なるほど、集落の口減らしで村から追い出され、そしてなんとか今まで生きてきた、と。
 そして、兎人族の暮らす土地を探し求めて大森林に向かって旅をしているのが、ラピス君とそのお母さんということか。
 なんだかんだで今ここで肩をすくめているラピス君も壮絶な人生を歩んでいたようだ。
 人生を楽しそうにしているから、あまりそういう悲観的な人生だと言う自覚はなさそうだけど。




「ま、結局はお金を持っている人が勝つ世の中なんだよねー」
「そこに行きついちゃうか。僕も否定はしないけどさ」


 お金があれば食べ物を食べられるし服も買える。飢えをしのげるのだ。
 安全は、お金で買えるのだ。


 学校がある場所は貴族街が近い商店街だ。最も活気が溢れている場所の為、比較的治安がいい。
 なにせ貴族も立ち寄る場所なのだから。


 ゆえに比較的に裕福なものが多いらしい。




 ま、お金を使ったことってあんまりないんだけどさ。




 子供の会話とは思えないヘビーな会話をラピス君と楽しみつつ、騎士様がペンチを取り出して工事を開始しようとした、その時。






「ん? おじさん、ちょっと待って!!」


 ラピス君が急に叫んで騎士様の修理を中断させる。というかまだ修理は始まっていないんだけど。


「どうしたの、うわっ!」


 突然の声に慌てて騎士様は後ろを振り向いたその瞬間。ラピス君はまだ柵に隙間が空いているその部分に飛び込むように体をねじ込んだ!


 王都から外に飛び出したんだ!
 何してるのラピス君!?


「ちょっ! 危ないからすぐに戻ってきなさい!!」


「ごめんなさい、すぐ戻るよ! ちょっと待って!!」


 ガサガサと叢をかき分けたかと思うと、ラピス君はしゃがんで、一つの“石”を手に取った。


「………やっぱりあった。でも、なんでコレが、こんなところに………」


 呆然とその石を見つめるラピス君。


 その小さな手に握られたその石は、鮮やかな青色をしていた


 その石には、紐が付いていた。首からかけられるように、それはまるで、お守りのペンダントのように


 石を手に取って、チラリと僕をみてから、それをポケットに仕舞い、再びこちらに戻ってくるラピス君


「コラ!! 出るなって言っただろ!」
「いったーい!! 」


 柵を潜ると、騎士様から拳骨を落とされた。まあ、当然だよね………。
 騎士様の拳はゴツゴツしていてかなり痛いようだ。しかし、まぁ騎士様の目の前で王都から飛び出すなんて、僕にはできない芸当だよ。




「それで、なにをしてきたの?」
「あ、うん。ちょっとあの時になくしたボクの大事なものが見つかったから、ちょっとテンションあがっちゃって………ごめんなさい」


 ウサ耳をシュンとしならせて上目づかいで涙を溜めながら頭を下げる。
 僕ならば見てわかる。演技だと。


 でも、彼のあざとさは騎士様を普通に騙しきった。目の前で約束を破って怒られ、反省している小動物を演じ切り、それ以上の説教を回避して見せたのだ。


 ちゃりっとペンダントを騎士様に見せてから再びポケットにしまった。




「………リオっち、すぐに来て」
「あ、うん………」




 ラピス君が再び王都から出ては敵わんとすぐに柵の修復が開始されたが、ラピス君は先ほどまでの小動物然とした表情を消し去り、真剣な顔で僕の服の袖を掴んで孤児院の裏に引っ張った




「ねえラピス君、どうしたの? なんか急に走り出していたけど………」
「このペンダント、見おぼえない?」


 ラピス君は僕に一つのペンダントを突きだしてきたので、僕は慌ててそれを手で受け取った。


「えっと………たしかに見覚えがある気がする………水魔晶石………だったかな。それに、なんだか普段からなじみのある魔力を感じる」




 ペンダントに意識を向けると、その石は水魔晶石という水属性の魔法を一度だけ封じ込め、魔力を込めながら発動キーを唱えることで水魔晶石に込められた魔法を発動することができるというやつだった。


「なじみがあるのは当然だよ………さっき鑑定眼を使ってたしかめた。この水魔晶石に込められているのは、“氷壁アイスウォールex” 正真正銘、ルスカちゃんの魔力なんだから」











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