受難の魔王 -転生しても忌子だった件-
第106話 ☆リオル&ラピスvsゴブリン×200=5分
子供という生き物は、時として予想もしない行動力を発揮するものだ。
ルスカの時もそうだ。
ルスカは僕にべったりとくっついてばっかりだったけど、いつの間にかファンちゃんの心の中に入り込んで親友になっている。
あの時のルスカの行動力は僕もびっくりしたほどだ。
ファンちゃんもそうだ。
引っ込み思案でいつも俯いて人の目を見ることが出来なかったファンちゃんが、自分の殻を破って火傷の痕をさらして、僕をダンスに誘ってくれた。
あの時のファンちゃんの美しさと言ったら、口では語れない程だ。
ラピス君は言わずもがな。行動力の塊だ。
人気者の秘訣だろう。ちょっとおバカな行動と常識的な思考で許されるバカの行動を見極め、堂々と己を恥じることなく行動し、笑いを取り、ツッコミを誘う。
魔王の子だと知ってなお、僕と友達になろうとするその胆力。
積極的に僕の味方を作ろうとするその行動力。
再会した時のラピス君の行動は僕に衝撃を与えてくれた。
嫌われるだけだった僕を、認めさせてくれたのだから。
だが、普通の子供だって、もちろん予想外の行動はする。
「ほら、ここだぜ! ここのねじが緩んでいるから―――ほら取れた」
王都と外界の境界にある柵をいじって隙間を作ったくすんだ赤髪のゼクスくん。
身体をねじ込んで外に飛び出した
「危ないよ、ゼクスくん………ボクはやめようって何度も言ってるよね」
「でもここまで着いてきちゃってるじゃんか。ラピスも同罪だぜ」
「………」
同罪と言われて耳をシュンと垂らすラピス君
同罪なわけがあるか。最初から危ないことに手を出そうとする子供たちを止める役目だったんだ。
ラピス君は学年首席で、一応学級委員長を務めているんだ。当然止めるよね
ちなみに副委員長はラピス君が僕に指名してきたけど、リコッタちゃんが立候補したから僕はただのモブだよ。
モブでも僕はクラスを裏から守れる存在だ。
危険なことをしている子達に、すぐに先生に知らせるぞ!
(あかん、フィアル先生、子供たちが門から出ようとしてる………)
(もう!? 止める間もないなんて………リオル、守れそう?)
(マイケルとキラとミミロにも応援を頼んでるよ。まさかこんなに早く行動されるとは思わなかったよ)
(子供の行動力って侮れないわね………わたしの監督不足という不名誉なことになる前になんとか連れ戻して!)
(判ってるよ。戻ったらちゃんとみんなを叱ってあげてね)
(ええ。詳しい場所を教えてもらってもいい?)
(ええっと、なんだかボロッちい孤児院らしきものの後ろだね)
(あー、確かに清潔な騎士様もそんな場所には寄りたくないものね。)
僕だってあまり孤児院というところには寄ろうとは思わないさ。
この世界は命の価値が軽い。
親が居ないと言うことは守るものが居ないことに直結する。
衛生状態だって、決していいとは言えない。そんな場所の孤児院がどんな場所かなんて想像するのはそれほど難しくない。
だが、まぁ今はそれどころじゃない。
フィアル先生が初めて受け持ったクラスの生徒が勝手に外に出かけて死傷沙汰になって見ろ。フィアル先生はクビだよ。
そんなのは絶対阻止だ。
しかし、多少は痛い目を見ないと懲りないのではないかと思っている自分もいる。
どうしたらいいだろうか
ここに居るメンバーは火魔法の才能がある“レイザ・バン”くん。そして悪ガキの“ゼクス”くん(火属性)。でもってラピス君と、僕と、ルスカとファンちゃん
ゼクス君といつも一緒に居る“ジューライ(風属性)”と“ラッハ(土・風属性)”の二人もだ。
これといった特徴のない3人組だ。まとめて3バカと呼んでもいいレベル。
3バカを含めて僕たちは計8人だ。子供だけの大所帯で移動するには目立ちすぎるのだが、街を探検と称して散歩しまくった3バカのおかげで人目につかないルート(おもに路地裏)を通ることで人目につかずに件の王都の柵までたどり着いてしまった。
貴族の子………なんだよね?
ちょっと冒険心が強すぎなんじゃないかな。
路地裏なんか通ったら人攫いの恰好の的だよ!?
今まで何もなかったことが不思議でならないよ!
「早く来いよ」
「じゃあ、俺は先に行くぞ」
「俺も行こう」
小さい身体を器用にねじ込んで柵を抜けたゼクスくんに続いて柵を抜けたジューライくん。
その後に続いてレイザ君。
ああもう、みんな行動がはやい!
「ぅんん………はぁ。」
ラピス君も眉を寄せながらウサ耳を折りたたんで柵を潜った。
それを尻目に、僕は後ろを振り返る。
「ルーとファンちゃんはここで人が来ないか見張ってて。騎士団の人が来たら、僕たちが外に出ていることをちゃんと伝えるんだよ」
「うゅ………」
騎士団がここに来るのは時間の問題。
僕たちが帰るまでに騎士団が柵を直しに来てしまえば、僕たちが帰る術が無くなる
だったら、怒られるのを覚悟で騎士団の方には本当のことを知らせた方がいい。
一緒に行きたそうにしていたルスカの頬を撫でてあげると、眉を寄せながらも眼を閉じた。
寂しそうな顔をしないで。ルスカにはそんな顔は似合わないよ。
そんなルスカの額に元気の出るおまじない。僕は優しくルスカの額に唇を押し当てる。
「ふぁっ………」
呆けた声を出してキュッと僕の手を握った。
ゆっくりと口元を離すと、パチクリしたおめめが僕の瞳を打ち抜いた。
ルスカはぽうっと頬を染めてから
「おねがい、できる?」
「………リオはズルイの。わかったの、リオもきおつけてね」
「うん。行ってきます」
にへっと頬を緩めてルスカが僕の頬に右手を添える。
ぽわんぽわわんとピンク色のシャボン玉が宙に浮かんで見えるよ。ここは僕とルスカの固有結界。誰にも邪魔はさせません。
ああもう、ルスカはかわいいなぁ。ルスカの手があったかい。帰ったらこの手で撫でてもらうんだ。えへへ
あれ? コレ死亡フラグってやつじゃ?
「その………」
ルスカのかわいさに内心で身悶えていたらファンちゃんが遠慮がちに声を掛けてきた
あ、しまった。いつもルスカと二人っきりの時にするような甘い事をやってしまったと今更ながらに気付いた
「ん? どうしたの、ファンちゃん………?」
「あ、なっ、なんでもないわ」
ぷいっとそっぽを向いてしまったファンちゃん。そんな彼女の心情を理解できるほど、僕は乙女心に精通していない。そんな僕に柵の向こうのラピス君から小声でアドバイスをもらったよ
「嫉妬・不安・憧れ………リオルくん、ファンちゃんの頭を撫でてあげたら? 本当はデコチューが一番効果的かもしれないけど」
「あ、うん」
なるほど、そういうことかと理解してファンちゃんのオレンジ色の頭に手を伸ばした。
ファンちゃんも仕事を任された以上、頑張ってと言ってほしいのだ。
「ファンちゃんも、ルスカと一緒にお留守番をお願いね」
ポンとそっぽを向いたファンちゃんの頭に手を乗せると、ファンちゃんが一丁前の人間不信を発動してびくりと肩を震わせる。
しかし、それは触られ慣れた僕の手だ。すぐに硬直させた肩を弛緩させて
「あ………うん………」
安心したように頷いた。
「危なくなったらすぐに念話で僕を呼んでね。すぐに駆けつけるから!」
「わかてるわ。リオルも気をつけて。逐一状況を報告してほしいわ」
僕がファンちゃんの頭から手を離すと、ファンちゃんが僕の手が触れていた部分を軽くさする
「そうだね、そうするよ」
僕はそう答えてスルリと柵を潜る。
おや? 他のみんなと違って体に何の引っ掛かりも無いぞ。
みんな小さな体系を押し込んで通ったというのに、僕の場合は素通りだ
なんで? 筋トレしてるしご飯も食べてるのに! 僕ってそんなに痩せてたっけ!?
恐る恐る後ろを振り向くと、ファンちゃんが「いってらっしゃい」と言ってくれた
そうだよね、そんなことないよね
「おい、遅いぞ!」
「ご、ごめん、すぐ行くよ!」
体格のいいレイザ君に促されて駆け足でその場を去った
た、体育の授業ではシゲ爺の元で体力を付けてきた僕よりもいい成績だもんね、レイザ君。
「ね、リオルくん」
「ん?」
レイザ君の後を付けて歩いていると、クイクイと服の袖を引っ張られた。
ラピス君だ。
「リオルくん、ちゃんと食べてる?」
「食べてるよ! ちょっと野菜の方が好きなだけだよ!」
このウサギっ子には、僕の悩みすらお見通しらしい。
☆
てくてくと歩みを進めていく子供たち。
西門の近くの柵の外。藪を抜ければそこは森だった。
道なき道を歩いて10分。この子達、帰り道わかるのかしらと思いながらも歩いていると
「お、出たぞ、ゴブリンだ」
そしてさっそくお出ましのゴブリンさんが―――
「で、でも」
「なんか………」
「数がおかしくない?」
ゴブリンさんが………200体ほど。
ウジャウジャといるわいるわ。
ここはゴブリンの集落かな?
それにしては居すぎじゃね?
これだけ居たら、小さな町くらいなら簡単に滅ぼされちゃうよ
王都なら冒険者も多いから何とかなるだろうけどさ。この数はあかんって。
「しっ、声を立てたらダメだ。これは一目見てわかる。異常事態だよ。連中の神経を逆なでする前に帰った方がいい」
僕がそう進言してみると
「はぁ? なんで? あれだけの数を倒したら英雄だろ?」
そんなことをくすんだ赤毛の少年。ゼクス君がおっしゃった。
ああもう、ゼクス君はやっぱりバカなんだな。
あれだけの数を倒す以前に、一匹倒せる実力がないだろ! と大声で怒鳴ってやりたい。
「お前はバカか? 先生の話を聞いていなかったのか? まだ俺達にはゴブリンを1匹倒す程度の力があるとしか聞いていない。さすがの俺も、あの数を相手にして無事で居られるとは思えない」
3バカはともかく、レイザ君は案外冷静なようで助かった。
これでレイザ君までバカを言い出すようじゃ、フィアル先生の教室は崩壊したも同然じゃないか
この学校に僕たちが居て本当によかった。
フィアル先生だけじゃ、こんな問題には対処できないはずだから。
まず子供がこんな危険な行動を侵す時点でいろいろおかしいもんね。
「そう、だから帰ろう? これは騎士団の仕事だよ」
「わかった………」
ゼクス君が顔を伏せて了解の言葉を得たので、僕たちはその場を離れることにした。
よかった。多少の危険はあったものの、コレで大丈夫―――
「でもやっぱり一匹くらいは倒したい!」
「は!?」
突然立ち上がるゼクス君!
「火よ、我が魔力に応えその熱を彼の者へ火球となりて打ち抜け! “火球”!!」
「ばっ!」
ばっか野郎!! 何してんだよこのクソガキ!!
………はっ!
あ、あまりにも常識外れの行動を取るゼクス君に苛立ちのあまり心の中で酷い事を言ってしまった!
この子の行動には既視感がある。
自分の実力に慢心して、何でもできる気になって、結果やらかしたアルンとリノンの二人に、とてもよく似ている。
慢心とは、つまりこういうフラグなんだよ!
「うぐえっ!」
急いで手を伸ばしてゼクス君の首の襟を掴んで引っ張るものの、詠唱はすでに終了しているし、魔力を放つ工程はすでに完了している。
その小さな手のひらから発生した小さな火の玉は、本人の意思とは切り離されて射出され、彼の放った火球はゴブリンの集団に向かって特攻をかます
「いったぁ、なにすんだよ!!」
「こっちのセリフだよ馬鹿! 今までも散々馬鹿だと思っていたけどこれほどまでとは思わなかったよ!」
僕に引っ張られたことで尻餅をついたゼクス君を見下ろしながら罵声を浴びせる
やっていいことと悪い事ってのがある。
これは、絶対にやってはいけない事だ。
その間にも火球は放物線を描きながらゴブリンの集団めがけて飛んでおり、ラピス君がその魔法を破壊せんと魔眼を使うものの
「だめだ………間に合わない」
魔砕眼は発動に若干のタイムラグが発生する。
僕の闇魔法と似たようなものだ。
火球はゴブリンの集団に向かって着弾し、『ギィィィイイ!!』というゴブリンの悲鳴らしきものが聞こえてくる
その声と火球の光にパニックを起こした集団が不気味な鳴き声を上げながら、火球の飛んできたこちらを指差し、て『ギィギィ』と不気味な声を出す
竜言語をなんとなく理解できる僕だけど、さすがにゴブリン語はむり。
『ギギィ!!』
しかも火球をブチ当てたゴブリンは憎悪の視線をこちらの茂みに向けながら血走った目でこちらに駆けてくるではないか。
「ひぃっ!」
「見ろ、コレがゼクス君の実力だ! ゴブリンを倒せず、怒らせて、僕たちを危険にさらして! コレがキミのしたかったことか!」
尻餅をついたまま腰を抜かしてしまったゼクス君を、両手で胸倉を掴んで無理やり立たせてから左手でゴブリンの方を指差す。腕に魔力を通してこっそりと身体強化を使うのを忘れない。僕の素の身体能力では子供を持ち上げることはできないのだ。
「ち、ちがっ」
「だから、ボク達はやめるように言ってたんだ。こうなることが眼に見えていたから………まさかそれでも行くとは思わなかったけど」
ラピス君がため息を吐きながら首を振るゼクス君を睨んだ。
どうやらラピス君は未来視で彼の未来が見えていたらしい。
自分たちが付いていくことで少しでも未来を変えようとしたにもかかわらず、頑なにゴブリン退治をこだわって、こちらの危険を全く考えずに集団に向かって魔法を放つとまではさすがのラピス君でも思わなかったようだ。
ラピス君は『無理にでも止めとくべきだった………ボクのせいだ』と青ざめた顔で右目を押さえながら眉を寄せて呟いていたが、これはラピス君のせいではない。
間違いなくここに居る阿呆のせいだよ。
「………」
自分のしでかした事の重大さにさっと青ざめるゼクス君
当然だ。
この量のゴブリンを相手にするのは、正直言って凄腕のAランク冒険者でも厳しい戦いになる。
数の差というのは力の差だ。
力量でこちらが勝っていても、こちらの防御力はペラッペラの紙だ。一撃貰えば死。
相手の数が圧倒的に勝ってしまえば、人間はアリにさえあっさりと負けるのだから。
「慢心して何でもできる気になってるから、実際にそうなっているんだよ!!」
ここで説教しても危険が迫っている事には変わりないし、仲間割れしている場合でもない
「ご、ごめ………」
「コレで謝って済むなら僕の墓石もキミの墓石も立たないよ! 泣きそうな顔で謝る時間があるなら死ぬ気で逃げろ! 大馬鹿野郎!」
掴んでいた胸倉を突き放して、向かって来るゴブリンに向き直る
だがどうやら彼は腰が抜けてふにゃりと再び崩れてしまった
情けない。
王都の外に出るために出していたあの行動力は何処に行ったのだ
「レイザくん! ジューライくん! ラッハくん! 彼を担いで逃げて!」
ラピス君も声を上げて前線に立つ。
ラピス君もチート性能を持った子供だ。
安心して、とまではいかないけれど、ラピス君になら背中を任せられる。
「わっわかった!」
「リオルとラピスはどうすんだよ!」
すぐにうなずいてレイザくんが戦犯ゼクス君に肩を貸す。
子供の筋力では厳しいのではと思ったが、僕と違って筋肉質であるレイザ君は軽々とまではいかないが、何とかゼクス君に肩を貸していた。
ジューライ君は迫りくるゴブリンに向き直っている僕らに対し、心配そうに声を掛けるが
「僕たちが時間を稼ぐから!」
「だから早く王都に戻って!」
成績優秀を飛び越して賢人級以上の魔力を持つ僕たちなら、殲滅することはたやすい。
それを知らないまでも、僕らの成績を知っている彼らは心配そうに頷いて、「すまない! すぐに助けを呼んでくる!」とこの場を離れてくれた。
「ごめんね、リオルくん。キミの手を煩わせちゃって」
全員がこちらに背中を向けた瞬間。此方に向かってきたゴブリンの腹に風穴があく。
僕が先頭に居るゴブリンの腹に向けて“ストーンショット”を放ったからだ。
コレでまずは時間的な余裕ができた。そこでラピス君が顔を伏せながら謝ってくる。
「んー、まぁいいよ。このくらいだったら僕の近くに来ない限り脅威ではないし」
どうやらラピス君はこの状況の原因は自分にあると思っているらしい。
未来視で視えていた未来を、こんなモンスターを押し付けられるMPKみたいな形で変わってしまうなんて誰が想像できようか。
「きっと僕たちが居なかったら、レイザ君とゼクス君。ジューライ君、ラッハ君が大けがを………もしかしたら死んでいたかもしれないんでしょ? 子供が死ぬのは寝覚めが悪い。その未来を変えたラピス君はえらいよ」
きっと僕たちが居なかったら、勝手にゴブリン退治に行って勝手に死んでいたかもしれない。その未来を変えただけでも上出来でしょう。
そう言ってポンとラピス君の頭を撫でる。
すると、意外そうにこちらを見上げるラピス君。
「なに?」
「いや、リオルくんならもうちょっと怒るのかと思っていたから。未来を知っていたのに、言わなかったこと」
「怒ってはいるよ。でもそれはゼクス君に対してだけ。未来なんて本来は知りようがないモノなんだ。それに対して怒ることはないって。僕やルスカに関わることだったら、どうなっていたかはわからないけどさ。僕たちに被害は出てないんだし、ラピス君に怒ることは無いよ」
「………そっか。ありがと」
どうやら少しくらいは肩の荷が下りたようだ。
先頭に居たゴブリンだけではなく、それに続いて何十というゴブリンがこちらに向かって駆け出してくる。
しかし、僕たちは慌てない。
そのくらいで死ぬようなタマではないからだ。
むしろ、それよりも心配なことがあった。
「ところで、みんなは帰り道わかるのかな。森の中をずんずんと自信満々に進んでいたからボクは特に何も言わなかったけど………」
「だよね………」
ちらりと森の中を振り返るが、もちろん彼らの姿は何処にもない。
視線をゴブリン達に戻してから、頭のバンダナをきつく縛り直す。
「早めに殲滅して後を追うかな」
「そうだね」
「ラピス君はそっちの半分をお願い」
「うん」
迫りくるゴブリンに対して、僕は手のひらを突きだす。
同じく、ラピス君は数秒だけ眼を閉じた。
僕は右手に闇を纏って。
ラピス君は瞳に冷気を宿して
―――その力を解放させる。
「《十倍重力》」
「《氷結眼》」
ミシィ! という木が軋む音と、シャリっとガラス質のものが擦れる音が聞こえる。
僕が正面に居る左半分の敵を押しつぶし、ラピス君が右半分の敵を氷漬けにしたのだ。
境目に居た奴らは押しつぶされて凍ったり、凍った後に割れたりして大惨事だよ。
正直、格好つけて半分お願いと言ってみたはいいものの、本当にできるのか不安だったんだけど、それは杞憂に終わった。
「本当に何でもアリなんだね、その魔眼」
「ボクもそう思ってる。使い慣れると便利だよ」
そう言えば同じく魔眼使いの紫竜族長、ゼニスも同じようなことを言っていたな。
『ギギギィ!』
「うん? ああ、はいはい。すごいすごい」
なんか十倍の重力を喰らってももがきながら生きていたゴブリンの上位互換的な奴が居たから、適当に鉄槍を放って心臓を打ち抜いた。
十倍重力って言うのはドラゴンすら地に伏せて動けなくなる重力だ。
コレで動ける生物はそうそういないって。
鉄鉱石竜のような化け物と戦った僕にとっては、あんなのは雑魚である。
油断はしてないよ。常に糸魔法で空間把握もしてるから。だからこそ動いている奴に気づいたんだけどね
他にも体格のいいゴブリンが生きていたが、ちょっと重力を上げたらすぐに死んだ。
ラピス君が凍らせたゴブリン達の中にも、凍りながらも動き出していた奴が居たものの、ラピス君が優先して魔砕眼でゴブリンの魔石を魔素に分解してその行動を終わらせていた。
「なにやらゴブリンの亜種っぽいのも居たけど、まー簡単に終了したね」
「ボク達は基本性能がぶっ壊れてるからね」
僕ら二人は苦笑気味だ。
オーバーキルも行き過ぎるとつまらないな
必要時間は五分とかかっていない。
そんな数分で大惨事を引き起こしたけど、こんなものを僕たちがやったと言っても信用されない。
だから。
「ただ、コレをやったのは僕たちじゃないからね」
「え? ………ああ、そういうこと。キラちゃんたちがしたことにするんだね」
だから、この現象を引き起こしたのはキラとマイケルとミミロの手柄だ。
そうした方が楽だし、僕よりも目立つデコイが居るから、本当に助かるよ。
後片付けと、僕らの護衛の為に、もうすでにみんなを呼んでいる。
すぐに来てくれるだろう。
「キラケル達が来るまでは、僕がはぐれないようにみんなに糸は繋いでいたから、早くみんなを追おう」
「みんな、普通に帰れていたらいいんだけどね」
僕は指先から出した糸を辿って、先に逃げたレイザ君たちを追いかけるために走り出した。
ラピス君は魔眼があるから糸は見えているし、僕は糸を伝ってレイザ君たちの周囲の視覚情報を入手できる。
だから迷うことなく、“ラピス君は”森の中を軽やかに疾走していった。
え? 僕? 確実に転ぶから重力を操って滑空してます。
運動音痴舐めんな。
滑空しながら、意識をレイザ君に引っ付けた糸に集中してその周囲の視覚情報を脳裏に移すと
「あ、みんなコボルトに囲まれてる」
「ええっ! リオルくん、それ本当!?」
「うん。かなりやばいや」
わお、なんなのあの子達。
トラブル体質なのかな?
出生が特別なだけでトラブルとは基本無縁で人の視線から隠れて過ごす僕とは真逆の人たちだわ、本当に。
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