受難の魔王 -転生しても忌子だった件-
第105話 ☆狂気の神
天界、神の社にて。
荘厳な雰囲気を漂わす巨大な白い城。
呼び名も似つかわしくないその名は、“神の社”。『社』の呼び名にふさわしくない、神の住まう純白の城だ。
その白い城の一室で、不機嫌そうに頬杖をついている女性が居た。
「………おかしいですわね」
城の色と同じく“白い髪”を床に付きそうな程まで長く美しく伸ばしている一人の女性が、爪を噛みながら呟いた
「いかがなさいましたか、ライナー様」
それを見かねた、見事にメイド服を着こなした茶髪の女性が、白い髪の女性のテーブルの上に紅茶を置きながら尋ねた。
ウェーブした茶色の髪が、まるで生きているかのように微風に揺れる。
「ええ、今代の神子に掛けた加護が、破壊されてしまいましたの」
はぁ。とため息をついて嘆かわしいとばかりに目を瞑る。
「加護を破壊………ですか。ライナー様の加護を破壊するとは、今代の神子はなかなかに優秀ですね。早く神の座を譲って隠居なさってはいかがですか?」
「すでに隠居しているようなものですわ。人間界に遊びにも行けないなんて、窮屈すぎて死んでしまいそうですわ!」
「では、さっさと死んでください。ライナー様」
「あなた、言うようになりましたわね」
茶化しあいながらライナー様と呼ばれた白い髪の女、“ダゴナンライナー”は紅茶をすすって茶髪のメイドを睨みつけた。
茶髪のメイドとはどうやら昔からのなじみであるらしい。
普通の者がダゴナンライナーにそんな口を聞けば、間違いなく1秒先には首が飛んでいるはずなのだから。
「それで、今代の神子はなんで加護を破壊したのでしょうか? 軌跡陣は繋いでいたのでしょう? それでわからないのですか?」
「その軌跡陣も破壊されているのですわ。情報がなんにもありませんの。なぜかルスカの魔力も感じられなくなってしまったし………それもこれも、あのリオルとかいう魔王の子のせいね。忌々しい。」
降参とばかりに両手を上げて椅子に深く腰掛けたダゴナンライナー。
「なら、さっさとそっちを殺しちゃえばいいじゃないですか」
「それが出来たら苦労しないですわ! やけに闇の魔力が高いから軌跡陣を介して魔法を掛けようにも抵抗されるし、すでに“魔王の加護”が付いているのですわ。強力な光属性の耐性を持っていますの。生半可な攻撃は警戒心を強めてしまうだけですもの」
「ほう、神をして一撃では殺せないと言わせしめる魔王の子に俄然興味が出ました」
「魔法耐性に関してはとくに一級品ですわね。本当に、忌々しい」
ぶすっと不機嫌な面で再びテーブルに頬杖をついて魔王の子について考える。
そう、魔王の子―――リオルは魔力量が常人よりはるかに高く、さらには有り余る魔力を無意識ながらも力の限り圧縮をしているので、“魔法”に対する対抗力がきわめて高い。
今までは盗賊が相手の時も、不良が相手の時も、アルンとリノンが相手だったときも。
相手が武器を手に戦う相手としかリオルは戦闘を経験したことがない。
リオルの接近戦闘力は皆無に等しいレベルだが、ダゴナンライナーもそれに似たようなモノであり、魔法を得意とするタイプであった。
しかしながら、そのダゴナンライナーをもってしても、リオルにその魔法抵抗力を上回る攻撃を放つことが出来ない程、リオルは魔力を身に着けていた。
さらに、リオルは普段から魔力の感知に優れている者達―――竜の族長たちと行動を共にしているため、ダゴナンライナー自身も迂闊な行動に出れば即座に反応されることが判り切っていた。
不用意な行為は自身の不利益に直結する。それをよくわかっているのだ。
「直接対面に立ったらわたくしの圧勝でしょうけど、軌跡陣を通すと確実にレジストされるもの。光線を放っても気づきすらしませんでしたわ。異常ですわよ、あれ。」
ダゴナンライナーは肩をすくめてリオルに手出しをできないと言い切った。
リオルの最大の武器は魔力でもなく、臆病なことでもなく、“魔法に対する絶対的な防御力”。これにあった。
リオル自身は全く気付いていない事だが、リオルは魔法による大抵の攻撃は肉体にダメージを負うことなく、完全に防ぐことが出来る。
魔闘気や身体強化といった一部例外はあるものの、物理攻撃以外ではリオルを傷つけうる可能性のある魔法は、魔眼のように特殊な効果を持つ魔法か、リオルの防御力を貫けるほどに圧縮された攻撃魔法くらいしかない
ただし、リオルの場合は魔力が高く魔法防御力が増している反面、身体能力が著しく低下している傾向にある。
シゲ爺との特訓の成果か、同年代の子供よりは多少は良い成績を残しているようだが、所詮は“同年代の子供よりは”という言葉が前提についてこそだ。
その同年代の子供が体を鍛え始めれば、リオルの身体能力を追い抜くことはたやすい。
ましてや体力面に置いて、突出した体術の才能に恵まれた子供たち―ルスカやファンといった子供たちに身体能力でかなうことはありえない話だった。
「だからいつも近くにいるルスカに、魔王の子を消すように頼んでいたというのに………あの子ったらいつの間にか魔王の子の加護を受け入れているし、わたくしの声には何一つ耳を貸さない。言うことを何一つ、ちっとも聞きやしないですわ」
「神子にとっては唯一の肉親なのでしょう? 当然ではありませんか?」
「そうだとしても、相手は魔王の子なのですわ! わたくしが我慢できませんの!」
「はぁ、ライナー様は子供ですね」
駄々をこねながらティーカップを皿の上にカチャンと乗っける。ダゴナンライナー。
それを困った子供を見るようにため息をついたメイド服の女。
空になったティーカップに新たな紅茶を注ぐと、再びちびちびと紅茶を飲み始める。
「はぁ、緑竜族長の屋敷に行った辺りまではわかりますが、それから先は何処で何をしているのやら、まったくわかりませんわね」
ダゴナンライナーとて、四六時中ルスカたちを観察し続けられるわけではない。
シゲマルの屋敷についたあたりまではルスカの位置を把握できていたのだが、フィアルによる転移、さらにラピスの魔砕眼による軌跡陣の破壊によって、ルスカの位置を正確に把握することが出来なくなり、それを確認するよりも早く、ルスカの加護をラピスが破壊したため、ダゴナンライナーにはルスカの動向を探る術は無くなってしまったのだ。
よもや学校に行っているとは思いもしないだろう。
王都の学校には一日で、いや、ひと月かかってすら行ける距離ではないのだから、
「ルスカの姿を見失ってしまった以上、緑竜族長の屋敷に居るかどうかさえ怪しいですわ」
ルスカに掛けられた神の加護は、軌跡陣を介して慎重に厳重に掛けられた加護であった。
加護を掛けた本人以外が解除するのは難しいはずなのだが、それを壊された。
それは神の加護が掛かっていると確信されていなければできないことだ。
ルスカは気付いていないはずだった。気づかれないように加護を掛けたのだから当然なのだが。
しかし、実際に加護は外れている。
加護が付いていたことを知られてしまっている。
「そもそも、どうやって加護を破壊したのでしょうね」
「………可能性があるとすれば………魔砕眼、ですわね」
「なるほど、たしかにそれなら可能性はありますが、ライナー様の加護を破壊するほどとなると、相当な使い手ということになりますね。気配を探れないというのはどういう訳なのでしょう」
「それは………ルスカが死んだか………隠蔽眼………かしら。考えたくはないけれど、魔王ジャックと同じように、魔王の子がメドューサを仲間に引き入れた可能性がありますわね」
「メドューサを………」
ダゴナンライナーは知っていた。
メドューサの恐ろしさを。
魔眼ごときはどうとでもできるが、最も厄介な『邪眼』を扱う一族が居ることを。
しかし―――
「ルスカの姿が見えない事には、どうすることもできませんわね。こうなったら教会の方に連絡を取って、本格的に神子を捜索してもらうことにしましょう。そしたら、ルスカを天界に連れてきて覚醒させてあげますわ」
「………そうですね。そしたら天界の管理も楽になりますし、何より“創造神”に届きうる駒になりますから」
「ええ。ひとまずは中央大陸に居ることはわかっていますし、中央大陸のダゴナン教会に神託を降ろすことにしますわ。シャープ、後はお願いね」
ダゴナンライナーはティーカップを手に取り、中身の赤い紅茶を床に捨てた。
その紅茶は、紅茶よりも赤く、紅く、まるで血のようにべっとりと床に斑点を付けながらゆっくりと広がった。
「かしこまりました」
それを掃除するのは私なのだが………と眉をしかめながらも、絶対的に上位の存在であるダゴナンライナーに物申すことはできず、言ったとしても変えないどころか嬉々として続けそうなので、本心を隠して頭を下げる。
「ああ、それと。この紅茶にも飽きましたの。魔界でまた新しいおもちゃを捕まえてきてくださらない?」
「心得ております。では、次は上級悪魔を捕えてきます。以前捕らえた淫夢族はどうなさいましょう」
「生き血を全部抜いてから、適当に処分しておいて頂戴」
白い床に広がる赤い色。
それを見てダゴナンライナーはペロリと唇に舌を這わせ
「魔族の生き血は美味ですもの♪ ああ、ヨルドハルトの時は最っ高に美味でしたわ。次代の魔王、ジャックハルトはどんな味なんでしょう?」
そう言って、椅子から立ち上がった。
コツコツと足音を鳴らせてその場を去るダゴナンライナー。
「………。」
礼をしながらその背を見送った、シャープと呼ばれたメイドの女性は何を思ってかティーカップを取り盆に載せ、盆をテーブルに乗っけると。
「………我が神ながら、狂ってますね。こんな鉄臭いものの、どこがおいしいんだか」
水を出現させ、床にしたたる赤を薄めて白い布巾で拭い取る。
ダゴナンライナーは重度の魔族嫌い。魔族を捕え、いたぶっては悦に浸る。
そういう神であった。
☆
ラピスの計らいによって神の監視を逃れることが出来たルスカであるが、その反面、姿を認知できなくなったことで、本格的に教会を動かすことになってしまった
運命の歯車は、今。動き出す―――
☆リオルSIDE★
学校に入学してそこそこ経った。
ひと月? ふた月? そんな感じ
フィアル先生も学校の授業に慣れ始め、ちゃんと天才的理論ではなく、僕たちのレベルに合わせて教えてくれる、言わば教え方をちゃんと理解したようでスムーズに授業が進行するようになった。
正直なところ、学校に来てから学ぶものはない。
何をしに学校に来たのかわからなくなってしまった。
正直なところ、フィアル先生が学校の先生をするって言うからそれにあやかって僕らも学校に行くことにしたから、フィアル先生が学校に慣れてしまえば、学校のシステムに囚われてしまうより、シゲ爺の元でずっと修業を続けていた方が将来の為にいい気がするんだよね
ほら、神様とか天使とかが攻めてきて頂上戦争とかになったら大変じゃん。
たぶん、僕なんてコロッて死んじゃうよ
シゲ爺の元で修業を続けてきた成果かな。筋力がついてきた。
この間、なんとルスカをおんぶ紐なしでおんぶしたまま武道館を一周もできたんだよ。
すごいでしょ
乳酸で腕がエライことになってしまったけど、成し遂げた達成感はでかかった。
武道館を一周するだけでもだいぶきついから、人をおぶりながら武道館一周って大人でも案外難しいんじゃないかな。
そんな自信に満ちた僕を、簡単に背負い投げでルスカはブン投げちゃうんだけどね。
受け身の取り方は死ぬ気で勉強したから完璧である。
正直なところ、学校は楽しいよ。
ラピス君にも会えるし、何より遊ぶ時間があるからね
でも、遊んでいたらきっと足元をすくわれちゃうと思うんだ。
勉強は大事かもしれないけれど、今の僕たちに必要なのはきっと戦闘力。
幼い身でできることなど限られているから、外堀を埋めるようにクリアリングしてすこしでも生存率を上げるようにしないと。
「ゴブリン退治に行きたい!」
本日の授業もつつがなく終わり、フィアル先生の残業が終わるのをのんびりと待っていたところ、教室に残っていた“ゼクス”“ジューライ”“ラッハ”の悪ガキ3人組のうちの一人、くすんだ赤色の髪をした男の子。ゼクスくんがそんなことを言いだした
「ゴブリン退治? なんでそんなことしたいの?」
獣人差別に対して得意の魔眼による精神汚染で改善を重ね、クラス内ではすでに頂点に君臨しているラピス君が首を捻った。
未だに別のクラスの貴族の子からとやかく言われることもあるそうだが、ラピス君は今やクラスの人気者。
そういう場面を見たら僕が助けに行くし、僕が行かなくてもクラスメイトの誰かがすぐにそれを注意しに行く。
このクラスの人たちは比較的にくらいの高い子が多いみたいだからね。
辺境伯の娘のファンちゃんとか。
その付添いの僕たちとか。
子爵の息子、レイザ・バンくんとか。
はては王族のリコッタ・リリライルちゃんとか。
リコッタちゃんとも何度かお話をしてみたんだけど、彼女はどうやらラピス君がお気に入りみたい。
留学に来てから大事にしていた言語を把握させてくれる指輪を見つけてくれて、魔力譲渡で指輪に魔力も通してくれたらしい。
もともとは獣人を差別していたみたいだけど、ラピス君はイタズラが好きだけど根は親切の塊みたいなものだからね。
そんなラピス君だからこそ、ゼクス君の発言が理解できなくて自慢のウサ耳をは“?”の字に曲げながら首を捻った
「だってもう先生が俺達赤クラスはみんなゴブリンくらいなら一人で倒せるくらいの魔力はあるって言ってたぞ」
そりゃあ、貴族だから魔力は多いだろうよ。
この学校には、今の時期ならば一発だけなら、今は初級魔法のファイアーボール・アクアボール・ストーンショット・エアショットを打てる子はいっぱいいる。
毎日毎日魔力を使うように練習しているだもん。
それが赤クラスだったらどうだろうか。
初級魔法だったら、3回は打てるし、威力の足りない中級魔法だって打てるかもしれない。
今は授業では無魔法使いの生活魔法であるライター程度の“ファイア”・コップ一杯分の“アクア”・前髪がなびく“ブリーズ”・石を落とすストーンといった魔法しか教えていないが、相手は貴族。
すでに家族が魔法の使い方が判ってきた息子娘たちに初級魔法の詠唱の仕方を教えている可能性がある。
きっとゼクスくんもそういうタイプなのだろう。
しかし、僕は知っている。
それは慢心なのだと。
高所で身体を動かし続け、自分は運動ができる気になっていた4歳の頃。無謀にもバッファローの子供に突撃かまして返り討ちに会ったあの頃と同じだと言うことを。
人はそう簡単には変わらないよ。魔力が多少増えて戦闘のバリエーションが増えたからと言っても、それを咄嗟に出せなければ意味が無い。
結局は経験がものを言うのだ。
先日、そういう慢心が原因でフィアル先生にミミロ達が怒られていたけど、冒険をしない事こそが利口なんだ。
多少の冒険は確かに必要だろう。でも、焦ってはいけない。成長するまで待たなければ、今死んでしまえば終わりなのだから。
「うーん。たしかに魔力だけならゴブリン程度は倒せるかもしれないけど、それがなんになるの?」
それは倒したところで糧にはならない。
この世界に経験値なんてものもレベルなんてものもない。
倒したところで何の益にもならないことを、なぜしないといけないのか。
ラピス君にはそれが判らないんだ。
僕もわからない。
痛いのは嫌だし、怖いのも嫌だから。
正直なところ、僕だってゴブリンは怖い。
身長は僕よりも高いんだよ?まだ120cmくらいを舐めんな。
「俺達貴族は民を守る義務があるんだぜ! なんてったっけ、のぶ………のぶきよ?」
「貴族の義務?」
「そう、それ! 平民を守れる貴族にならないと意味が無いからな!」
悪ガキながらにプライドは存在しているらしい。
ラピス君がクラスの頂点に君臨している影響からか、人を見下すという行為がこのクラスには少ない気がする。
「ふん、馬鹿のゼクスにしては一理あるな。」
鼻で小馬鹿にしながら首を縦に振ったのが、バン子爵の長男、レイザ・バンくん。
金髪碧眼でイケメンなんだけど、獣人を差別して民を見下す系の親にかわいがられまくったワガママ貴族くんだ。
この間、魔法の授業でファイアーボールを詠唱して見せてクラスメートたちから尊敬の眼差しを貰い、調子に乗って連発したら3発目に魔力枯渇を起こしてフラフラになって倒れたんだよね。かっこ悪い。
空っぽにしたら魔力はすこし増えるし、まぁいいんじゃないかな。
僕は魔力枯渇には慣れているから少し吐気と眩暈と偏頭痛があるくらいは何ともない。
ちなみに、魔法に関してはこのクラスの中でレイザくんが一番の才能を持っているみたいだよ。
まだ7歳なのにすごいな。
僕ら賢人級の持ち主は出生そのものが異常だからカウントするべきではないよね。
「だろ? だからはやく倒したいんだ」
なにが『だから』なのか全くわからない。
子供の思考回路は全く持って不明だ。
「ボクはやめた方がいいと思うけどな。そもそも、どうやって町の外に出るつもりなの? 子供だけで外に出るのは危ないから、普通に出ようと思ったら門番に止められるよ?」
ラピス君がそう言ってレイザ君とゼクス君を諭す。
そう、なにせここは『王都』なのだ。警備は厳重だし、子供だけで外に行くなんて、絶対に許してもらえるはずがないのだ。
「へへっ、その辺は大丈夫だぜ! こないだみんなで探検してたら、王都の西門の近くに柵があるんだけど、そこのネジがバカになっててさ、外してみたらなんとか通れる隙間ができたんだ! しかも、茂みの中だから絶対にばれないぜ!」
「………!」
これあかんヤツや!
柵の管理不足だよそれ!
子供の探検ってのは時として予想もしないモノを発見するなぁ
感心するよこんちくしょう!
(フィアル先生! 子供たちが王都から外に抜けられる抜け道を見つけた模様。しかも魔法が使えるようになってきたことに胡坐をかいてゴブリンを退治に行きたいとか言ってる! 危険! 危険! 危険!)
糸魔法で繋いであるフィアル先生に即座に報告。
報告連絡相談は基本ですね
本当、内緒話ができるから便利だよ、この魔法。
(わかったわ! すぐに騎士団に連絡するわ。場所を教えてもらってもいい?)
(西門の近くって言ってた! 詳しい場所まではわからないけど、茂みがあるとこっぽい! 急いで補強しないと子供たちが外に出ちゃうからね!)
(教えてくれえてありがとう、今日は少しだけ帰るのが遅くなりそうね)
(子供の命には代えられないって。しょうがないよ)
念話を切ると、ラピス君がサムズアップしてくれた。
会話を聞いていたわけじゃないだろうけれど、僕がフィアル先生に伝えたことが判っているみたいだ。
このまま会話を終わらせて、『へー、そんな場所があるんだー』『すごーい』で次の日には柵が補修されていれば万事解決だ。
これで何も困らない。
―――筈だった。
「よーし、それじゃあ今から行ってみるか」
レイザくんがそんなことを言いだすまでは
「へ? 今から?」
素っ頓狂な声をだすラピス君。
授業が終わってからそこそこ時間が経っている今の時間に西門まで行ったら、夕方になるというのに、まさか行くとは思わなかったようだ。
時間の計算すらできていないのではないかと疑いたくなる。
ラピス君が疑問に出したことに疑問に思ったのか、レイザくんがさらに驚く言葉を継げる。
「ん? おかしなことを言ったか? ゴブリンを倒す力が俺達にはある。外に行く方法もある。だったらすぐにでも行くべきだと思ったんだが」
あ、ダメだ。
この子は自分が間違っているとは認めない、正しいと信じたら突き進むタイプだ。
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