受難の魔王 -転生しても忌子だった件-

たっさそ

第97話 ★☆修行の日々と、日常と。

 7歳になった。
 僕はリオル。魔王の子だよ。


「もういやだ………おうち帰りたい。………おうちなかった」


 そんな魔王の子である僕は荒い息を吐きながら青空を見上げていた。
 眼尻からツーっと涙が流れる。


「だらしないのう。まだ準備運動じゃというのに」


「準備運動が筋トレメニューならどうしても僕の体力じゃこうなっちゃうよ!」






 そんな僕は、武術の達人であるシゲ爺にしごかれていた。
 準備運動の前に柔軟体操をするのは当然なんだけどさ。


 まずは【10分間走】。
 スピードに関係なく、とにかく10分走ることで持久力を付け、体を温める。


 つぎに両足を紐で結んで離れないようにして、【両足をそろえてジャンプしながら武道館を一周】。
 これだけでもう死ぬかと思った。
 1kmくらいあるんだよ? 正直なところ、僕は10mで息が出来なくなるくらいバテてしまった。
 ルスカも25m地点で地面に手をついて汗をダラダラ流しながら倒れてしまった。


 子供の体力だからキツイっていうわけじゃない。
 実際にやってみればわかるだろうけど、大人でもキツイ。


 慣れているであろうファンちゃんでさえ、30m地点で一度膝をついて息を整えていた。
 でも、1周するまでは絶対に続けさせる。
 シゲ爺が棒を持って呼吸を整えているのではなく“休んでいる”と判断した瞬間には強烈な一撃が背中を襲うのだ。


 何度も叩かれた。
 ルスカも、ファンちゃんも。ミミロもキラもマイケルも。
 本当に容赦なく。


 それでも、無理やり足を動かして武道館を一周すれば、5分の休憩タイム。
 太ももとふくらはぎに溜まった乳酸でえらいこっちゃな足がプルプルする。


 なんとか揉みほぐして、ここで座ったら立てなくなると判断して、ずっと立ったままだ。


 その状態で、次のメニュー。【右足のケンケンのみで、武道館を半周】。【左足のケンケンのみで武道館をもう半周】。




 バランスと足の筋肉を鍛えているらしいが、すでに何度も両足で跳んだ後なので、バランスは崩れるわうまく跳べないわで、何度も転んだ。


 次に【シゲ爺が手を叩くまでダッシュ。手を叩いたらターンしてダッシュ】をした。


 これ、部活動のメニューとかでもありそうだよね。
 部活をしていたらこんなふうだったのかな。


 正直、やりたくなかったよ。
 準備運動だけでシャツが絞れるようになっちゃうんだから。


 さらに【2・3・4ダッシュ】


 15mを2往復。
 小休止をはさみ
 15mを3往復
 さらに小休止をはさみ
 15mを4往復


 合計9往復もしなければならないわけで、9往復目には全員ヘロヘロの状態でダッシュとも言えない不恰好な走りをしてなんとか元の場所にたどり着けば、少し歩いて乳酸を分解してから、糸が切れた人形のようにパタリと倒れこんでしまうのだ。




 7歳児の体力にはまだまだ厳しいものがあった。


 これでまだ準備運動だというのだから、シゲ爺はこわい。




「さあ、時間じゃ。立って構えるんじゃ。」


「はっ、はっ、はっ………ふぅ、ふぅーっ」
「はぁっ、はぁっ、ゲホッ、ゴホッ!」


 休憩もままならない状態で、体が冷えないうちに次のメニューに移る。


 サボろうなんて考えただけで竹刀が飛んでくるので、考える暇を与えないで次々に自分の身体を苛め抜く


 はたして、本当に強くなれるのだろうか。


 これだけキツイ訓練をしているんだから、多少は強くなってないと困るんだけどね


 ヘロヘロの状態で拳を構えて小さな5㎝程度の小さな筒を手に取る。
 それを3mほどの仕切られた枠の中の四隅に、倒れないように立てて置き、さらに自分でも一つ手に持って枠の中心で構える。




「はじめ!」




 シゲ爺の掛け声と共にステップを踏みつつ3歩で右前に立ててある筒と、自分が持っている筒を右手1本で入れ替え、自分が持っていた筒も倒れないように慎重に置きつつそこに立てていた筒を手に取り、枠の中心に戻る。


 手に持った筒と地面に置いてある筒を入れ替える間、右足は曲がり切り、左足は伸ばしきっている。
 状態を起こすだけでもキツイ体勢だ。それを右足に無理やり力を込めて、ステップを踏みつつ元の場所へ。
 イメージとしては、バドミントンのネット前に落ちたシャトルを処理する動きに似ているだろう。


 今度は左前に置いてある筒と入れ替える。もちろん右手で。


 4隅に置いてある筒に対して、これを同じように繰りかえす。


 これを3セット。小休止を挟んでもう一回。左手で同じことをする。




 不利な体勢になっても、すぐに上体を元に戻すための筋力トレーニングだ。


 正直言って、かなりキツイ。
 もう辞めたいと何度思ったことだろうか。


 それでも続ける理由は、強くなりたいから。
 こちらがやる気をなくすほどのキツイ筋力トレーニングも、指導する人が居なければ惰性になり、そのうち面倒くさくなってやめてしまうだろう。


 シゲ爺は自分がコーチを買って出ているから、やる気がある無しにかかわらずやらねばならない義務感が産まれてしまう。


 だから、体力が足りなくて面倒くさがりな自分にとってシゲ爺は本当にありがたい存在であると同時に本当に怖い存在だった。


 正直なところ、なんど暴れてやろうかと思ったことか。
 でもシゲ爺には隙がない。


 暴れたところで勝ち目がない。
 魔法で勝てって? 魔法を打つ前にやられるよ。


 シゲ爺には敵わないと散々に思い知らされたから、もう反抗の意思はない。


 これも将来の自分の為と割り切って必死に筋トレを続ける。
 でも正直言って、楽しくない。


 会話なんてないんだから。




 1時間かけてこうした準備運動を終えると、水を飲む時間を貰える。
 僕もルスカもファンちゃんも。
 キラケルやミミロだって、まずは汗だくになってカラッカラに乾いた喉を潤すために、プルプルする足を叱咤して井戸に向かうのだ。




 水を飲む時間と言っても、5分程度。
 筋肉を揉みほぐし、すぐに次のメニューに移る


「正拳突き10回!」
「いち!」
「にっ!」
「さん!」


 腰を落として突き。
 掛け声を叫びながら拳を突きだす。
 叫ぶのは、惰性で突きを放つのを防ぐためだよ。


 6人で並んで修行をしているからか、一人ずつ声を上げる。


 無言でやっていると気が狂ってしまいそうになるからさ。


 基本的に今鍛えているのは下半身であるため、蹴りの型を中心に練習する。
 基本の型を素振りして、それを終えたら今度は組手だ。




 体格差の近いキラケルとミミロがセットで。
 僕とルスカとファンちゃんがセットで。3人でローテ回しながら組手を行うよ。


 当然ながら、僕の実力は一番低いんだけどね。


 それでも、ルスカやファンちゃんから3回に1回は一本を取れるようになってきている。
 多少は成長したのかもしれないね。




 修行を1年続けていても、あまり変わった印象はない。
 僕の腕は細いままだし、運動量が増えたおかげで食べる量も増えたけれど、それでも消費カロリーの方が多いのか、身長は伸びたけれどたくましくなった気はしないね。




 朝の7時頃からぶっ通しで稽古を続け、12時にお昼の休憩。
 ご飯を軽く食べた後には、3時まで実戦稽古。武道館の人たちに混ざって試合をする。
 それを週5日。


 稽古が終わってからは自由時間。もしくは座学の勉強となる。
 自由時間に何をするかというのは、ヘロヘロだから部屋に戻ってぐでっとしているしかない。


 一日一日が濃厚で長くてつらいよぉ
 一年も続けていたから多少は慣れてきたと言っても、やっぱりキツイものはキツイんだよね


「はぁ………つかれたわ」




 壁にもたれかかって手ぬぐいで喉元や額の珠汗を拭うのは、褐色の肌に顔の右側にピンク色に変色してしまった火傷の痕の残るダークエルフのファンちゃん。


 彼女は内気な性格で、人と話すこと、人の眼を見る事が苦手で、でも寂しがり屋な女の子だった。
 でも、ファンちゃんは芯の強い女の子。
 勇気を出して、僕に友達になってくださいと手を差し伸べられる、かわいい女の子だよ。


 1年前まではコンプレックスであった火傷の痕を包帯で隠していたんだけど、自分に自信を持たせるために、あえて自分からその包帯を外した勇気ある娘なんだ。


「僕ももう動きたくない………」
「ルーもなの………」




 床に寝そべる僕と、そのお腹の上に頭を乗せているのは僕の妹で“神子”のルスカ。
 今は僕とおそろいの黄緑のバンダナを巻いているけど、その中にあるのは神子の証である純白の髪だ。


 服を脱げば、背中の肩甲骨あたりに同じく純白の翼がある。


 それは僕も同じで、バンダナを取ったら漆黒の髪に、肩甲骨には漆黒の翼がある。


「ッ、この程度で、へばるなんて、はぁ、マイクはザコなのです」
「ゲホッ、っはぁ、なんだと、表出ろ、ねーちゃん」
「ケンカする体力があるなら、お風呂で汗を流してきてくれた方が助かりますよう」


 さらに、この1年でもっと成長して14歳くらいの見た目になってしまったマイケルとキラとミミロ。


 キラとマイケルは喋り方もしっかりしていて、ちゃんとした知性を感じさせる。
 しかし、やはり二人とも仲がいいため喧嘩は毎日の日常だ。


 ということで、このツンデレ共も紹介しておこうかな。


 黒竜のマイケル。
 天邪鬼な性格だけど、家族思いのいい弟だよ。


 白竜のキラ。
 なのです口調のくせにアホの子という残念な女の子だ。14歳くらいの見た目になったのはいいものの、胸の成長が見込めず、ややしょんぼりしている。


 紫紺竜のミミロ
 彼女はマイケルとキラの産みの親。でありながら運命のいたずらで紫竜から紫紺竜として生まれ変わり、キラとマイケルのお姉さんになってしまった竜の女の子だ。
 キラよりもおっぱいが大きい。ピョコピョコと揺れる紫紺色のアホ毛が特徴で明るく活発な気配り上手な僕の親友だ。




「でも、せっかく稽古も終わったんだしさ。なにかして遊ぼうよ」


 倒れながらそう言う僕も、正直言って体力が残っていない。
 シゲ爺が僕ら全員の体力の限界ギリギリを見極めて限界を超えるまで修行させるんだもん。
 運動のし過ぎで何度吐いたことか。もう数えきれないね。


 【緑竜の加護】である“疲労耐性”があるにもかかわらずコレだからね。
 加護がなかったら10回くらいは死んでそうだ。
 でも、その加護があるからこそ、僕らは限界を超えて修行ができる。自分の身体が無理やり肉体改造されている気分。実感わかないけど。


「そうね。リオル。何をするのかしら」
「体は動かしたくないから、トランプとか?」
「わかったわ」


 ズルズルと身体を動かして引き出しからカードを取り出すファンちゃん。
 あらやだかわいい。


 おとなしくて大人っぽい印象の女の子だったのに、一緒に過ごしていくうえでだんだんと僕たちの前で見栄を張らなくなった。
 遠慮がなくなったのだと思えばすごくうれしい。


「でも、シャワー浴びてからがいいわ」
「そっか。じゃあそうしよう。僕も汗を流したいし。」


 シゲ爺のメニューは僕たちを干からびさせようとしているとしか思えない。
 カードを取り出して、力無くパタリと手を降ろす。


 僕も体力切れで動かない身体を叱咤して立ちあが………ることはできなかったので、“闇魔法”で身体を浮かせて楽をする。


「ズルいわ、その魔法。」
「闇属性の魔力を持つファンちゃんにもできるようになるよ」


 指をクイッと上に持ち上げると、ルスカの身体も宙に浮く。
 ゆっくりと地面に立たせると、流れるような動作で僕の手を握る。


 ルスカの体重を半分くらい軽くしたので、無い体力でも十分に立って歩くことが出来るはずだ。
 ファンちゃんの身体も浮かしてから地に足を着けさせる。


「ありがとう」
「どういたしまして。それじゃ、体を流しに行こうか。僕とマイケルはしばらく待っとくからさ」


 キラケルやミミロも伴ってシャワールームへと向かう。


 さすがに一緒には入らないよ。
 ファンちゃんだっているし、もう中学生くらいの見た目にまで成長してしまったキラやミミロがいるんだから、当然だ。


「やー! にーさまも一緒がいいのですー!」
「そうであります! その息子を拝ませてくださいよう!」
「リオと一緒がいーの!」
「………」


 ファンちゃんはともかく。僕の妹たちの歓迎があるのはなんでだろうね。
 というかミミロ。手をわきわきさせないで!


 普通は女の子の方が嫌がると思うんだけど、こう素直に好意を直接向けられるのはむず痒いものがある


「ダーメ。そろそろルスカも僕が一緒にお風呂に入るのも卒業しなきゃ」
「うー………」


 僕が一緒に入れないというと、上目使いで涙目になるルスカ。
 くぅ………


「僕だって、僕だってね! 一緒に入りたいよ! でも、ルスカの為を思ったらそうするしかないんだ!」


 タン! と床に両の拳を叩きつける。痛い。しかも音が軽い。


「リオ殿、そんな血の涙を流すくらいなら一緒に入ればいいではありませんか」


 そんな僕を心配してミミロが声を掛けてくれる。
 でもね、それじゃルスカの成長につながらないし、ルスカが服を脱いでも恥ずかしがらないような女の子になってほしくない


「一緒じゃダメなの………?」
「ダメ。」
「じゃあこんやはルーと一緒にお風呂に入ってくれる?」
「………いいよ」
「やったの♪」




 僕もその甘酸っぱい誘惑の罠クランベリートラップには勝てないし妹には甘いので、時々は一緒に入っちゃうんだけどね。
 実はこんなやり取りをもう1年間も続けているよ。


 ちなみに何度かファンちゃんと一緒に入ったこともあるよ。頭を洗ってあげたり背中を流してあげたりしたんだ。
 エルフという割にはかなり筋肉質ですべすべで、ルスカとは違った肌触りだったな。


 チラチラと僕の下腹部あたりを見ていたのは、興味があるからなのかな?
 子供の内からだからこそできる裸の付き合い。お風呂に浸かってお互いの裸に慣れた頃にはもうじゃれ合ってお湯を掛けあうこともできたくらいだ。
 あの恥ずかしがり屋で寂しがり屋な女の子がここまで成長したことがうれしくて仕方がない。
 涙がちょちょぎれそうになっちゃう


「ほら、体を流しておいで。魔法を切るよ」
「はーいなの」




 スカスカの指パッチンで闇魔法の効果を打ち切ると、ズシリと身体が重くなる。


 その重い身体を引きずって、ルスカとキラとミミロ、そしてファンちゃんはお風呂場に向かうのだった。




「にーちゃん」
「ん?」
「なんで一緒に入らないんだ?」
「言ったでしょ。ルスカの成長を阻害しないために」
「建前だろ?」


 ………。


 マイケルは昔からいちいち僕の心の中を読めるのではないかという発言をする。
 ため息を一つ吐いてから宙空を眺める。


「ミミロやキラが女の子らしい成長をしてさ。ルスカやファンちゃんもだんだん大人っぽくなって来ててさ。」
「うん」
「僕はあんなかわいい子達が裸でいる中で理性を保っているのは大変なんだ。」
「にーちゃん、むっつりだな!」
「ええいうるさい! 僕の苦労を知りもしないくせに! みんな美人なんだぞ! 眼のやり場に困るんだぞ!」
「おれみたいな口調になってるぞ」


 僕だってルスカと離れたくないよ。
 でもルスカも成長してきたら『リオと一緒はいや!』とか言われたら辛いしさ。
 その心配はいらないかもだけど。


 ならば僕がルスカと離れる練習をしなければ、お互いに依存しすぎて収拾がつかなくなってしまう。


 ルスカ欠乏症になってでも、ここは我慢の時である。




               ☆


 女の子たちと入れ替わりでマイケルと共にシャワーを浴びた。
 シャワーを浴びている最中にキラとルスカが裸のまま僕にタックルをかましてきたのはどうにかならんものか。


 シャワー2度目じゃないか。


 着替えも2度手間だ。


 キラに至ってはもう中学生くらいの体系なんだから、もう少し羞恥心を持ってもらいたい。
 精神年齢も相応に高くなっているはずなんだけどなぁ。


 実年齢はまだ3歳くらいなんだけどさぁ。
 もうちょっとこう、恥じらいってものをですね。


「リオと一緒がいーの!」
「そうなのです! にーさまのお背中を流すのは妹の役目なのです!」




 というか、マイケルにもかまってあげてよ。
 あの子無言で背中をごしごししてんじゃん。


「マイクです? あんなのはほっとくのです。」


 頭が痛い。




 この子達の兄離れはいつになることやら………。


 好かれるのはうれしいんだけどね。




 結局、キラはマイケルの背中をヘチマで力いっぱいごしごし(この辺にキラの優しさを感じる)してあげ、マイケルの悲鳴が風呂場に響き渡り、二人が取っ組み合いの喧嘩を始めたのを尻目に、僕はルスカと手を繋いでお風呂場を後にした。




 ふぅ、汗を流せてすっきりした。



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