受難の魔王 -転生しても忌子だった件-

たっさそ

第92話 ファンちゃんの強さを垣間見たよ



 魔王の子と交換した、かわいいスノーラビットのぬいぐるみの入った袋を抱えながら露店をめぐる。
 相変わらず、あたしの右側には魔王の子が、左側にはルーが居る。


「ちょっと疲れたね。休憩しよっか」


 魔王の子のその一言で、広場のベンチに腰掛けて休憩することになった。




「ルー、なにかつまめる食べ物を買ってきてくれる?」
「わかったの!」


 魔王の子はルーにそう命じて、ベンチに座るのはあたしと魔王の子だけになってしまった。


 ど、どうしよう。
 男の子と二人っきりという状況が初めてだから、どうしたらいいのかわからないわ。


 それに、あたしは一緒に出掛けているのに、全然しゃべってないし、迷惑に思われていないだろうか




「ファンちゃんは楽しい?」
「………うん」
「そう、よかったぁ」


 せっかく魔王の子が話しかけてくれるのに、一言、かすれた返事を返すので精一杯。


「ファンちゃん。昨日のことなんだけど………」
「………。」
「なさけないところを見せてごめんね。」


 昨日の、お風呂場のことだ。
 あたしが魔王の子の髪を見てしまった時のこと。


 あの時、彼は相当パニックになっていた。




「ファンちゃんが慰めてくれたおかげで、すごく楽になったんだよ。そのお礼を言いたかったんだ」
「お、お礼なんて………」
「言わせてよ。僕がファンちゃんに感謝しているんだから、ちゃんとそれを受け入れてほしい」
「………。(こくり)」
「ありがとう」




 あたしがその感謝を受け入れるたことで、魔王の子はにこっと微笑んで礼を言う


 広場の方ではたくさんの人たちが伝統歌唱トラディションリリック“陽気の唄”に合わせて精霊円舞エレメントワルツ・“友の舞”を踊っているのが見える。


 たくさんの人たちがあそこで手を取り合って円舞ワルツを踊り、友情を深めている


 今までのあたしには友達が居なかったから、あそこに踊っている人たちすべてに嫉妬していただろう。
 でも、今は違う。あたしにはルーが居る。


 それに、あたしに歩み寄ってくれている魔王の子がいる。
 だから、もう寂しくない。


 寂しくない………か。おとといまでのあたしなら、きっと今日も泉に行って、妖精たちと遊んでいたかもしれないわね。
 そして、妖精が帰ると途端にさみしくなって泣いてしまうのだ。


 今はもう、寂しいと泣いていたあの頃とは違うわ。


「あ、あたしも………」
「ん?」
「あたしも、あなたにお礼を言いたかったの」
「お礼? 僕、なんかしてたっけ?」


 どもりながらも、お礼が言いたいことを伝えると、なにのことに対してかわからず首を捻る魔王の子。
 そんな彼の眼をしっかりと見据え




「おとといの夜。あたしの手を握ってくれて、ありがとう。ルーとあたしを引き合わせてくれて、ありがとう。精霊契約の時に、精霊を呼んでくれて、ありがとう。他にもいっぱい、あたしはあなたに“ありがとう”を貰ったわ。どう返したらいいかわからないくらい………だから、ありがとう」


 彼が居なかったら、あたしはおそらくルーと友達になれなかった。


 無愛想で、人見知りで、言葉足らずなあたしに愛想を尽かさずに根気強く友達になろうとしてくれていた。
 彼のおかげで、あたしは精霊とも契約ができたし、ルーとも友達になれた。


 不安がるあたしの手を握って、安心させてくれた。


 まだあの夜の手のぬくもりがあたしの右手に残っているような気がして、顔が熱くなる


「あと、これも………」


 ついでに袋に入っているスノーラビットのぬいぐるみを示すと


「僕がやりたくてやったことだけどね。ファンちゃんも喜んでくれたのならよかったよ」


 と彼は微笑んだ。
 ルーと同じく、その魅力的な笑顔に思わず見入ってしまう




「リオー、買ってきたのー!」


 すると、ルーがたれのついた肉を串で刺してある焼き鳥らしきものを持ってパタパタと走りながら戻ってきた


 その時である。


「うわっ!」
「きゃん!」


 ルーが人とぶつかってしまったのだ


 ルーの注意力が散漫だったというわけではない。
 お祭りの雰囲気に当てられてお酒で酔っていた男が足元をふらつかせてルーの前に踏み出したのだ。
 さすがに予期できなかったルーはバランスを崩してその男の服にたれを思いっきりつけてしまった
 しかも、色の濃いたれは洗った程度では落ちそうにない。




「あ………ごめんなさいなの………」




 悪いのは足をふらつかせた男の方である
 しかし、男の人の服にたれをつけてしまったのも事実。
 それゆえ、ルーは一瞬だけ串焼きを残念そうに見てからそれを頭から追い出し、男に頭を下げる


「おいおい、謝って済む問題じゃねーよ。どうしてくれんだよこの服」
「これから祭りを楽しもうってのに、こんな服で遊び歩けるかってんだ」
「わかってんのか、おい!」


 しかも、運の悪いことに、3人組の男で、全員酒に酔っている。
 まだお昼前だというのに、だ。
 ルーは大人たちに怒鳴られてビクリと肩を揺らして縮こまった


「くそっ、昨日は財布はスられるわ、ナンパは失敗するわ、いつの間にか路地裏で寝てるわで散々だったってのに」
「今日も散々だな。マジやってらんねー」
「祭りもクソだしな。何が豊穣祭だ。リョクリュウ伯爵領の豊穣祭だっていうからエルフのかわいい子ちゃんでも居るかと思えば、居やしねえ。」
「さっき話しかけてみたかわいい子も、実は男だったし、マジどうしてくれんだよ、クソガキ」




 さらに、虫の居所も悪かったらしく、謝ったルーに対してしつこく絡んでいる男
 最後の一人は、なにを言っているのかよくわかんなかった。
 かわいい子が、男?


「ほんとうに、ごめんなさいなの」


 謝っても男たちの機嫌が直るわけでもなく。
 さらには周囲の人たちも巻き込まれたくないとばかりにルーや男たちを遠回りして避け、ルーを助ける気は無い癖に遠巻きに見て様子を見る大人たち。


 どうしよう、ルーを助けないと!
 で、でも、怖い


 身体が、言うことを聞かない




「ごめんなさい、弁償しますから、その子を解放してください!」


 あたしが動けないでいると、いつのまにか、あたしの隣に座っていた魔王の子がルーに駆け寄って男たちにルーを解放するように懇願していた


「あん? なんだこのガキ」
「あ、昨日のねーちゃんと一緒にいたガキじゃねえか!」
「そうだ、あのあと、たしかガキどもに殴られて気絶したんだった!」


「ふえ? あ、昨日のナンパ男!」




 男たちは魔王の子の姿を見るなりなにか因縁をつけはじめ、魔王の子もそれに思い当たる節があったのか、不快そうに顔を歪めながらも、ルーの隣に並ぶ


「ルー、大丈夫………?」
「うん。ごめんね、リオ」
「いいよ。ルーが無事でよかった」


 魔王の子はルーを守るように後ろに隠し、男たちの前に出る。
 だけど、あたしには見えていたわ。


 彼の足は、ずっと震えていたのよ。
 それでも、動かなかったらルーがどうなってしまうのかわからない。
 そんな彼には、“動かない”という選択肢はないのだ。


 あたしと同じくらい怖がっているのに、あたしよりも臆病なのに。
 それでも、前に足を踏み出す勇気。
 あたしに、足りないもの。


「昨日のことも謝ります。服も弁償します。許してください」
「ごめんなさい」


 深々と頭を下げる魔王の子。
 後ろにいたルーも、それに続いて頭を下げる


「ああん? 許せるわけねぇだろ! 一張羅だぞ!」
「それに昨日のこともあるしな!」
「ま、金だけは貰うがな! ぎゃははは!」


 男はポケットに手を突っ込んだまま、頭を下げる魔王の子の肩に足を乗せ、ぐいっと押す。


「うわ!」


 突然の行動にバランスを崩す魔王の子。


 体格差が違うのだ。
 それに、今朝の体力測定でも、彼は運動が得意ではないことが判っている。


「あ、そーだ」


 顔を上げた魔王の子に対し、服にたれをつけた男がしゃがんで目を合わせる


「はっ、許してほしかったら昨日のねーちゃんを呼んで来いってんだ」
「そんな………!」


 昨日のねーちゃん、というのはおそらくフィアルって呼ばれていたエメラルドグリーンの髪をした女の人の事だと思う。
 それを呼べば許してやるという男に、魔王の子は眼を見開いて男を睨みつける


「居るんだろ、簡単じゃねえか、お前は呼ぶだけでいいんだ。そしたら、コレたれのことも許してやらんこともない。まぁ、これの弁償代は貰うがな。ぎゃははは!」


 呼ぶだけでいいのなら、と思ってしまうあたしがいる。
 でも、よくかんがえたらこの男たちはそもそも許す気はないのよね。
 ストレスを発散したいだけの酔っ払いなのよ


 それに、もしそのフィアルさんを呼んだとしても、きっとひどいことをされてしまう


 仲間を売れと言っているに等しい行為だわ


 周りの人たちは我関せず。助ける気もなく遠巻きに心配そうに見るだけだ


「や、やめ、て」


 ならば、あたしがいかないと。
 何のためにおじいちゃんに武術の稽古をつけてもらったの?


 この足を一歩踏み出せばいい。それだけでいい。
 鍛えてもらったこの身体が動かないなど、論外!
 勇気を出せ。あたしを救ってくれた彼らを、今度はあたしが助ける番なのだから!




「やめて!」




「あん?」
「ひぅ!」


 大声をだすと、鬱陶しそうにこちらを睨みつける男性
 たまらず後ずさってしまう。


 だけど、あたしは変わったんだ。勇気をもらったんだ。
 間違っていることは間違っていると、ちゃんと言わないと!
 ぐっとこらえて魔王の子の前に立つ。


「………あ、あなたたちが酔っぱらっているから、ぶ、ぶつかったのよ。ルーは悪くないわ」


「ファンちゃん!」
「ファンちゃん………!」


 ルーと魔王の子が心配して声を掛けるが、震える足を叱咤してさらに前に出る


「あ、あたしの友達に、へんな因縁をつけないで!」


「ぁんだ、このガキ」
「俺達が悪いだぁ?」
「関係ない奴はすっこんでろ」


「きゃっ!」


 男が振り上げた手が、あたしが持っていた袋と麦藁帽に当たって、スノーラビットのぬいぐるみが飛びだしてしまう


「っとと」
「あ………」


 しかも、手を出してきた男は、お酒で足元がおぼつかないらしく、よろけてそのままスノーラビットのぬいぐるみを踏みつけてしまった






「俺らはこのガキに用があんだよ」
「テメェは邪魔だ」
「あん? なんだその顔の水色のやつ。オシャレのつもりか? だっせぇぎゃははは!」


 さらには飛んでしまった麦藁帽のせいで、多少は髪で隠しているとはいえ、あたしの顔に巻いてある包帯が白日の下にさらされてしまう
 それを見た男が、それをバカにして大声で笑いだす


 じわりと包帯が湿気を帯びる。
 だめだ、こらえて! 泣くな。あたしがルーたちを守るんだ!


「………こどもを相手に恫喝してお金をせびるあなたたちの方が、よっぽどダサイわよ!!」


 言ってしまった
 怒っただろうか


「言わせておけば!」
「こんのガキ、ぶっ潰してやる!」
「あんま調子に乗ってると痛い目に遭うぜ!」


 当たり前だ、酔っている相手に叫べば逆上してしまう
 でも、ルーたちを守らないとって思ったら、言わずにはいられなかった




 興奮した男たちは、当然のように拳を振り上げてきた


「ファンちゃん!」
「危ない!」


 怖くなって目を瞑りそうになるのを、歯をかみしめて堪え、拳の軌道を目で追う。
 これなら、お爺ちゃんとの組手の時に放つ貫き手の方が早い。


 迫りくる拳に対し、手を伸ばしてその手首を掴み取り、体の位置を入れ替えるようにこちらに引き寄せると―――


「あでっ!」


 おもしろいようにバランスを崩してスッ転んだ。
 おじいちゃんに散々教えられた合気柔術だ。


「このガキ! 何しやがった!」


 続く二人目の蹴りを、半歩引いて躱し、《ブースト》を右のふくらはぎと太ももに掛けて瞬発的に加速し、ガラ空きだった金的に向けてひじ打ちを放つ


「おごっ!」


「お前ら情けねぇな、こんなガキに転がされちまいやがって、酒の飲み過ぎかぁ? オラッ!」




 最後に、服にたれをつけた男が掴みかかってくるのをしゃがんで躱し、立ち上がる力をすべて腕に集約し、両手で男の腹に向け、渾身の力を込めて掌打を放つ


「ハァッ!」
「ぐはぁ!」


 腹と言っても、鳩尾。急所である。
 倒れる三人を見下ろし、急いで踏まれてしまったスノーラビットを取りに行く。


 靴の痕がついてぺちゃっとなってしまったわ




「ファンちゃん、強いね………」
「すごいの………!」
「………。」




 そんなことない。今だって、緊張で胸が張り裂けそうなくらいよ
 それに、魔王の子と神子であるあなた達なら、魔法で解決することも可能だったはずだわ


 遠巻きに見ていた人たちが歓声を上げる。
 自分では動かないくせに、身勝手な人たちだ。


 でも、なんだか恥ずかしくなって、俯いてしまった。


「ありがとう、ファンちゃん。僕たちの為に怒ってくれて。怖かったでしょ」
「………うん」
「ファンちゃんのお顔の包帯、とってもかわいいの!」
「………ありがと」


 ルーがそう言ってくれたけれど、落ちてしまった麦藁帽を取りに行くことにした。
 だって、いくらルーや魔王の子がかわいいと言ってくれても、他の人からはあたしの包帯のは見れないから、なぜ包帯を巻いているのかがわからないから、だからこそダサく感じてしまうのかもしれない


 普通に白の包帯にしていた方が良かったかしら。
 そんなことを考えていた時だ


「こんの、クソガキャアア!!!」


 あたしが最初に転がした男が起き上がって、腰につけた短剣で切りかかってきたのだ!


 お酒を飲んでいたせいで怒りの沸点が低くなり、さらに子供であるあたしに転がされた男は我を忘れていた


 突然目の前に刃物が突きつけられ、反射的に眼をギュッと瞑ってしまう


「危ない!!」


 すると、突然魔王の子に突き飛ばされてしまった
 ナイフはあたしの右頬をかすめて通り過ぎる


 はらりと水色の包帯が落ちてしまった


 同時に、頬が熱を帯び、一拍遅れて縦に鋭い痛みが走る




「ああああああ!!!」


 痛い、痛い、痛い!
 あまりの痛みに顔を押さえると、頬からダクダクと血が溢れてきた
 目の前が暗くなってくる
 手を離せば、手のひらにべっとりと血が付いている




「クソが、調子に乗りやがって、ぶっ殺してやる!」




 顔を向けると血走った眼をした男が血の付いた短剣を構えていた


 歓声を上げていた周囲の人たちは一転して悲鳴を上げ、逃げ出す者もいた


 怖い、怖い、怖い、怖い、怖い!




「っぐう! ファンちゃん、立って! ごめんね、僕たちの問題に巻き込んじゃって」


 そんなことはいい。あたしは、あたしが貴方たちの助けになりたくてやったことだから




 そう言おうと思って魔王の子を見れば


 彼も右腕を切りつけられていた。


 あたしを庇った時に切り付けられた傷だろう
 あたしよりも出血量が多い
 それでも、彼はそんなことを気にすることなく、あたしを心配してくれたのだ


 そんな彼を見て、あたしはすこし冷静さを取り戻す。
 落ち着いて、光属性の魔力を頬についた傷口に送り込んで治癒力の活性化を行う
 痛みが引いていく。程なくして、血が止まった。




「たれをつけた負い目があったからちからずくではしたくなかったけど、これはやりすぎだよ、お兄さんたち」


 魔王の子はその血が滴る右腕を男に向けると


二倍重力ダブル
「ぐっ、なんだ!?」


 男は膝をついて、ナイフを取り落した


「リオ、大丈夫!?」
「いった……うん、平気。ファンちゃんの治療お願いしていい?」
「………あたしは、大丈夫よ。もう、治ったわ。」


 まだ少し痛みが残っているけれど、このくらいならすぐに治るわ。


「だったら、ごめん、僕の腕をお願い。正直、痛すぎて泣きたいくらいなんだ」
「わかったの」


 その隙にルーが魔王の子に駆け寄って傷を身体で隠して周囲にばれないように治療する




「クソが! 何しやがった!」
「………こっちのセリフよ。」


 地面に膝をついて動けない男が喚く。
 あたしはそんな男を見下ろして呟く。


 もしも、魔王の子があたしを突き飛ばしていなかったら、あたしはどうなっていたのかしら。
 ナイフが刺さって、もしかしたら死んでいたかもしれない。


 そう思うと、体の震えが止まらなかった




「ん? お前、その顔………?」
「え? あ!」


 膝をついて動けなくなっていた男が突然あたしの顔を見て聞いてきた


 そういえば、先ほどの剣線で包帯が切れてしまっていたわ!
 慌てて右手で右目を覆う。
 そんなあたしを見て、魔王の子の魔法で拘束された男はニタッと笑う


「その顔―――気持ち悪いな」
「―――――」


 その瞬間から、あたしの頭の中は真っ白になった















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