受難の魔王 -転生しても忌子だった件-

たっさそ

第91話 ☆体力測定

 翌日。新しい朝だ。希望の朝だ。
 僕は朝早くに目が覚めた。


 今日はお祭りも最終日だ
 そのため、今日だけは族長たちもお祭りを満喫してから少しだけ滞在して帰るそうだ。




「くぁ………あふ」


 あくびをかみ殺すなんて無粋なことはせずに盛大にあくびを漏らす




「セイッ! セイッ! セイヤアア!!」


 すると、幼い女の子の声が聞こえてきた。


 この声は、ファンちゃんの声だ


「踏み込みが甘い! 踏み出した力をすべて拳に伝えるのじゃ!」


「ッッゼェーイ!!」


 気合の入った掛け声とともに、『ッパァーン!』という大きな音が聞こえる


「うむ。今のはよかったぞ」


 ちらりと二階の寝室の窓から様子を見ると、早朝なのに修行を積むファンちゃんの姿があった


 これから仲良くならないといけないのだ。
 僕からも積極的に声を掛けてみてもいいのではないだろうか


「ルー、起きて」
「んゅう? んー、リオがちゅーしてくれたらおきるの………」
「ん」
「おきたの!!」


 元気がいい事で。
 白雪姫をキスで目を覚ましたといっても、テンションに任せて起きただけなので、お姫様はまだまだ眠気が残っているようだ






 ぽやぽやと半目で周囲にシャボン玉を飛ばしているルスカにバンザイをしてもらい、寝巻をスポーンと脱がすと、さすがに寒そうにブルブルと震えていた。


 あれれ? 赤竜の加護の“熱変動耐性”はどこいった?


 すぐに服を着せました。


 僕もすぐに運動できる服に着替えて運動靴をはき、ルスカにバンダナを付けてもらう。
 ルスカの頭にもおそろいの水色バンダナを巻いて、準備完了だ。


「リオ。なんで今日はこんなにはやおきなの?」
「ルー。窓の外を見てごらん」


 まだ眠そうにくしくしと目元を手の甲で擦るルスカに、窓の外を見るように言うと、ルスカはすぐに窓枠に身を乗り出して外を見る


「うにゅ? あ、ファンちゃんなの♪」




 ルスカはすぐにファンちゃんの存在に気付いてニパッと笑顔の花が咲く


「ファンちゃんがシゲ爺と武術の稽古をしているみたいなんだ。僕たちも参加しようよ。これから僕たちはシゲ爺の家でお世話になるんだからさ」
「わかったの!」




 窓から身を乗り出したルスカは、そのまま二階の窓から飛び降りた。飛び降りたぁ!?


「うわぁあ! ルスカああ!」


 急いで窓に駆け寄って僕も後を追って窓から飛び降りる


 今重力操作して助けてやるから!




「って、あるえー」
「くるーん♪」


 僕が飛び降りたその瞬間には、もうすでにルスカは地面に受け身を取りながら綺麗に着地をしていた。


 やだ。あの子ったら人間やめちゃってる。
 位置エネルギーから落下の物理エネルギーをうまいこと体を回転させて運動エネルギーに変換していらっしゃる。
 足裏で着地すると同時に力を抜いて膝を曲げ、太もも、おしりを伝って背中から肩まで柔らかく地面に付けてくるりくるりと後ろに数回転することにより体への負担が極限まで減っている。なんだっけあれ。五点接地?
 6歳児の胆力じゃないし、6歳児にできる技術じゃないよそれ


 魔法よりも運動の方が得意ってのは知ってたけど、限度があるでしょ
 レスキュー隊やプロのスタントマンの技だよ!


 なんて落下しながら冷静に考えている僕の方も異常か。


 僕は運動神経がまるで古びたゴムだからね。ちょっとがんばったら簡単に壊れちゃう。
 そんな場合は闇魔法でふんわり着地だ。


「よっと。ルー、立てる?」
「ありがと、リオ」


 しっかり地に足を着けて着地成功。地面に寝転がったルスカの近くなので、すぐにルスカに手を差し伸べる。
 お姫様に手を差し伸べる魔王の子。絵になるかな。




「なにやら降ってきたと思ったら、お主たちじゃったか。」


 僕の後ろの方でシゲ爺が声を掛けてきた。
 すぐさま振り返って挨拶を返そう。ルスカも一緒にね。せーの。


「「おはようございます」」


 やはり双子だ。二人で顔を合わせてにへーっと笑いあう。


「邪魔しちゃったならごめんなさい。僕たちも今日からこのお屋敷にお世話になるんだ。一緒に稽古を付けてもらえたらなって思ったんだけど………」
「だめ?」


 申し訳なさそうに眉を寄せる僕と、コテンと首を傾げるルー。
 それを腕組みして見下ろすシゲ爺。


「ひぅ………」


 そして、若干慣れてきたと言っても、人見知りは未だに継続中のファンちゃん。


 ルスカのことはもう慣れているだろうし、昨日僕を勇気づけてくれたファンちゃんならば、僕を怖がることも、ないだろう。


 シゲ爺の腰にギュッと捕まってその陰から僕たちを窺っている様子が見て取れる。
 かわいい。




「うーむ。運動しやすい服装に着替えているようじゃし、いいじゃろう。朝稽古が終わったら―――」
「うん。朝稽古が終わったら………ファンちゃん。一緒にお祭りに出かけようよ。昨日のお礼もしたいしさ」


 シゲ爺の続く言葉は、ことごとくファンちゃんを案ずる言葉だ。
 シゲ爺はファンちゃんのことをとても大切に思っているのが伝わってくる。


 居るじゃないか。こんなにファンちゃんを愛してくれる人が。


 ファンちゃんのこと大事に思っているからこそ。シゲ爺の言いたいことが判る。


 シゲ爺だってわかっているはずだ。
 この数日で、ファンちゃんがものすごく成長していることを。


 だからこそ


「………。うん」




 彼女は頷いてくれることも、僕たちにはわかっていた。


 頬を紅くしてシゲ爺の腰に顔を埋めているのは、単に恥ずかしいからだろう。


 包帯の奥で、彼女はいったいどんな顔をしているのだろうか。
 この前のように自分に自信のない顔をしているだろうか。


 いいや、きっと――― 口元が緩んでいるに違いない。




「そうと決まれば、早朝訓練じゃな。まずは準備運動を済ませるんじゃ。ファンももう一度やってもらっていいかの?」
「………ええ」


 早朝稽古といっても、激しくぶつかり合うわけじゃない。
 まずは準備運動をしっかりと取らないと動きが鈍くなっちゃうもんね


「準備運動に、巻き藁100回正拳突きじゃ」
「ムリです。」


 即答。
 運動音痴を舐めんなよ




                  ☆




 シゲ爺の冗談は置いておいて、準備運動は普通に行った


 屈伸。前屈。体をねじってよじってジャンピング。アキレスも伸ばして手首や足首もブラブラグリグリとほぐし、ルスカに手伝ってもらって柔軟運動も行った。
 この辺は赤子の頃からやってたから体は柔らかいよ。




 その後、お屋敷の中庭を何往復かダッシュしてみたり反復横跳びなどをしてみたり、まずは僕たちの体力測定みたいなものを行ったら




「ふむ………ルスカは武術の才能があるうようじゃな」
「にへへ、やったの♪」


 完璧超人だ。
 運動できる。魔法もできる。彼女にできないことは無いのだろうか。


 いや、一応ルスカは勉強が苦手だ。
 僕が教えられる範囲(おもに算術)はほぼ完ぺきに覚えているのだが、僕が知りようもないこの世界の歴史や文字や言語を覚えるのは、若干時間がかかったしね。


 僕とは違って竜言語も未だに理解できていないみたいだしさ、でも覚えようという意欲さえあれば何でも吸収しちゃう天才肌なんだなぁ。
 自分の好きなことをめいっぱい楽しむタイプ。大成するよ。


「リオルの方は………多少筋力はあるようじゃが、運動に関する才能がこれっぽっちもないのう」
「ですよねー」


 いくら筋力をつけようと思っても、自分の肉体の制御をできていないのだ。
 だからバッファローの子供に負けるんだ。
 まぁ普通の子供なら負けて当然なんだけどさ。
 その多少の筋力だってルスカに負けているんだ。どうしようもないね。


「じゃが、儂に掛かればお前さんでも中堅くらいの前衛に育て上げることも可能じゃ。安心せい」


 一流にはなれないってところが現実味があってすごく嫌です。
 筋力も武術を習ってる人と比べたら格段に弱いだろうしね。


 やっぱ小食だからかなぁ
 いっぱい食べたいんだけど、入らないんだよね


 ちなみにファンちゃんも僕たちと一緒に体力テストみたいなのをしたよ。


 僕らよりも慣れているからか、ルスカよりも好成績だったみたいだ




「おっと、そろそろ時間じゃな。お主たちの体力の限界はわかった。あとは儂が改造してやるわい」


 そして、残念ながら体力テストをしている内に武術館の方で弟子たちの稽古を見守らないといけないシゲ爺のおかげで、朝稽古は解散という形になってしまった




「それじゃ、ファンちゃん。」
「………」


 返事は返さないものの、こちらを意識しているのが伝わる


「着替えたら、お屋敷の玄関に集合ね。一緒にお祭りを見て回ったら、きっと楽しいよ!」


 ファンちゃんに手を振って一旦別れる。
 背を向ける前に、ファンちゃんが小さくコクリと頷いたのを見て、僕はもうほっこりしすぎて暖かいです。




             ☆ ファンSIDE ★




 どうしよう。どうすればいい?
 同年代の人と出かける事なんてなかったから、どういう格好をしていけばいいのかわからない!


 いつもお爺ちゃんと出かける時はローブで顔の包帯を隠してた
 でも、恩義を感じているあの二人に対してその恰好はあまりにも失礼じゃないだろうか


 しかし、この醜い外見を衆目に晒したくない。という相反する二つの気持ちがあたしの中を支配する。


 クローゼットの中の、おじいちゃんが買ってくれた服を引っぱり出してはこれじゃない、こうでもないと頭を悩ませる




「どうしよう、どうしよう、どうしよう!」


 そんなことでいっぱいいっぱいになり、あたしの頭はショート寸前だった
 どのくらいいっぱいいっぱいかというと――


―――コンコン


 というノックの音が聞こえないくらい。


「いかがなさいましたか、ファンお嬢様? あら………」




 あたしの慌てふためく声を聞いてメイドのサリーさんが部屋に入ってきたのだ。
 そして、その辺に散らかしてあるお洋服を見て、くすりと微笑んだ。


「ど、どうしよう。ルーたちとお出かけするのに、どの服を着て行けばいいのかわからないわ………!」


 しかし、あたしはサリーさんが入ってきたことにも気づかずに、並べたお洋服を前にあたふたするだけだ。


「こちらのグレーのワンピースと麦藁帽の組み合わせはいかがですか? ファンお嬢様の身長であれば、同年代の子供くらいでなければ麦藁帽の広いツバの下を見ることは出来ないと思いますよ」


「ひゃう!? あぅ………そ、その」
「いいですよ、無理なさらなくても。お嬢様が大層悩んでおいででしたので、老婆心ながら少々口出しをさせていただくだけです」
「う、腕、も………」


 突然、サリーさんが現れたことに対して思考が真っ白になる。
 しかし、藁にもすがる思いでサリーさんの話しを聞いた。
 グレーのワンピースは、袖口と裾がこげ茶色でふちどられており、あたしの褐色の肌とよく合っている


 だが、ワンピースでは右腕にも残る火傷の痕を隠しきれない。
 それを呂律の回らなくなった舌でなんとか口にすると


「では、腕にはこちらの水色のリボンを巻いてごまかしましょう。そうすれば、ただ腕に付けているかわいらしいアクセサリーになります。」


 そうして、解決策を提示してくれたの。
 さっとあたしの腕の包帯を取ると、驚いて思考が真っ白になっている間に腕に包帯替わりのリボンを巻きつけてくれた。


 おかげで、無事に服を決めることができた。
 自分一人ではきっと決めることは出来なかっただろう。
 感謝してもし足りないくらいよ。


「その、ありが、とう」
「ええ。お役にたてたようで、なによりです」


 お礼は大事だとお爺ちゃんからも魔王の子からも教わった。
 本当に、ありがとう。
 そして、こんなことも一人でできない自分に腹が立ってしかたがないわ。


「そういえば、今日の彼らのバンダナは水色でしたね。ファンお嬢様のお顔の包帯も、水色の布に替えて見てはいかがですか? そうすれば、お揃いですよ?」


 確かに。今朝一緒に運動している時のルーたちのバンダナの色は水色だった。
 今日は一緒に出掛けるのならば、それに合わせてみるのもいいかもしれない。


 サリーさんは持ち合わせの水色の布を切って包帯を作り、あたしにすぐに用意してくれた


 でも今は緊急事態。すぐにこれに着替えて、包帯を付け替えてお屋敷の玄関にいそぎましょう


 バタバタと無言のまま水色の包帯とワンピースを手に部屋を走り、小物入れから同じく水色のシュシュを手に取り、鏡の前で頭のシニヨンを水色のシュシュで纏める


「本当に、この数日でずいぶんと変わられましたね、お嬢様」




 クスクスと微笑むサリーさんには、最後まで気付かなかった。


                 ☆




 玄関前まで行くと、魔王の子とルーは二人で手を繋いで待っていた。
 本当に仲良しだ。


 二人はあたしの存在に気付いた時に手を離し、あたしに向かって手を振ってくれた


「こっちこっち!」
「ファンちゃん!」


 待たせるわけにもいかないと思い、麦藁帽を押さえながら小走りで彼らの元へと向かう。


「………。」




 “お待たせ。”なんでこんな簡単な言葉も出てこないのだろう。




「その服、かわいいね、ファンちゃんにとっても似合ってるよ!」
「あたまのおだんごも、ルーたちとおそろいなの!」


 それでも、開口一番にあたしの精一杯のオシャレを褒めてくれた
 ルーも、あたしのシニヨンに気付いてニッコリと笑った。


「そのリボンも、僕たちとお揃いだね」


 魔王の子も、サリーさんが作ってくれた包帯を見てお揃いだと喜んでくれた
 よかった。変じゃないわよね。
 でも、褒められるのに慣れていないし、話すのが恥ずかしくて、俯いてしまった。


「………あぅ」


 顔が熱い。赤くなってないかしら


「それじゃ、いこっか」
「にへへ♪」


 上手にしゃべれないあたしに構わず、魔王の子とルーはあたしの手を握って歩き始めた




 魔王の子があたしの右手を取って。
 ルーがあたしの左手を取って。


 あたしはそんな二人に挟まれる形で、お祭りの大通りまで連れられた


 魔王の子は白いシャツに黒いベストを重ね、グレーのズボンと黒と白のブーツを履いている。
 シャツは肘の下まで巻くってあり、かなりシックでオシャレな印象が伺える


 ルーも白を基調としたノースリーブに薄水色のスカートで清潔感を漂わせている


 二人とも、すごくオシャレに気を使っているんだ。
 そんな二人に挟まれて、あたしは浮いてないかしら。


「ファンちゃん、あっちに射的があるよ、やってみようよ」


 魔王の子が指差した場所にあるのが、矢じりを柔らかい素材で作られている、射的だった。
 大銅貨5枚で5本の矢を放って、当てて倒した番号札の景品をもらうことができるものよね




「おっちゃん、3人分。全部景品を掻っ攫うから店じまいの準備をしてたほうがいいよっ!」
「言うじゃねえか坊主。少しでも掠ったらそれをお前にくれてやるよ」


 魔王の子は銀貨と大銅貨5枚をダンと台に叩きつけ、挑発的な発言でその子供じみた挑発にやさしく乗ってあげる射的のおじさん。
 こういう社交性の高さは、一種の武器よね。


 あたしにはできないことだもの。


「言ったね? 男に二言はないよね。」
「おお、いいとも。ほれ、嬢ちゃんたちもやってみな。」
「わかったの!」
「………(こくり)」




 どんな景品があるのか、景品に眼を巡らせてみると、一つ、気になるものを見つけた


「あ………」


 的は小さく、番号は17番。白い兎のぬいぐるみだ。
 自分とは正反対の色。
 そして、あたしとは正反対の愛くるしい見た目。


「………。」


 かわいいと思う反面。“アレを打ち抜きたい”と思ってしまう醜い心がひょっこりと顔を出した。


 醜い醜いあたしは、きれいなモノやかわいいモノに対して嫉妬の感情を持ってしまう
 こんなんじゃいけない。
 あたしには、となりの大きな的の18番。グレートボアのぬいぐるみで充分よ。


 グレートボアは猪の魔獣だ。かわいい兎のぬいぐるみとは正反対の、醜くて汚い、この街の農民にとっては作物を荒す大敵だ。
 なぜそんなもののぬいぐるみがあるかは不明だが、醜いあたしには醜いグレートボアがお似合いよ。


「ファンちゃん?」
「………っ!」


 そんなことを考えているあたしを見て、魔王の子が声を掛けてくる。


 慌てておじさんから弓矢を受け取り、構える。


 子供でも弓を引けるほどの軽さなため、当てても景品は倒れないだろう。
 だからこそ、店主のおじさんはあんな条件を出してくれたのかもしれない


 狙いを定めるも、本来ならば照準を果たす役目を持つ右目が、包帯で完全におおわれているため、自分でもどこを狙っているのかわからない。
 でも、気持ちはグレートボアの18番を狙って


 矢を放つ。


 あたしはエルフだけど、弓を使ったことは一度もない。
 そのため、弓矢の使い方もいまいちよくわからないのよ。


 そのため、当然見当違いの方向に矢は飛んでいき、何かに当たることもなく、矢は地面に落ちた。




「………ざんねんだったね、ファンちゃん」


 ルーが慰めてくれる。
 そんなルーも一射目は見当違いの方向に飛ばしていた。


「おっちゃん、これ全然飛ばないよ!」


 魔王の子の方を見れば、そもそも矢が飛んで行かずに、つがえた矢が放つ前に外れてしまい、放つと同時にカランカランと足元に転がっていた。
 あたしよりもヒドイ………。


 ビッグマウスを叩いた割りには実力が伴っていない魔王の子に、クスリと笑ってしまい、あたしの醜い心も、どこかに行ってしまった。




 続けてチャレンジをしてみたものの、あたしは照準を合わせることができず、結局最後の一射でようやく18番に命中した。


「ルーはどう?」


「にへへ、三つ当たったの! はい、ファンちゃんにもあげるの!」


 とくにかわいいわけでもないぬいぐるみを抱えながらルーの方はどうなのかと確認してみると、ルーは大きな的であった25番。小さな飴を三つ手にしていた。
 わざわざ私達の為に3人分飴を取ってくれたみたいだ


 そのうち一つを、あたしに手渡してくれた


「あ、ありがと」
「にへへ~♪」


 お礼を言うと、はにかむルー。
 笑顔がいちいち可愛い。笑顔が素敵なあたしの一番大事な友達。


 ずっと笑顔でいてほしいとさえ思える。
 そんな彼女からもらった飴玉を、口に含む。


 射的の成績は散々だったけれど、もらった飴は、とてもおいしかった




「ぐぬぬ、最後の一射………」
「まぁ、あれだけ大口叩いたのに収穫が0だもんな。元気をだせ。嬢ちゃんたちも励ましてやれ」
「リオ、がんばってー!」
「その………がんばって………!」
「めっちゃがんばるよ! 狙うは1番! 着火の魔導具!!」


 ルーとあたしの声援に、やる気をたぎらせて弓を引き絞る魔王の子。


「うおおおおおっ! やあっ!」


 そして放たれた矢は見当違いの方向へと飛んでいき―――偶然にも小さな的である17番。つまり白い兎のぬいぐるみに命中した。




「あ、当たった? やった! 当たったよ、見た? ルー!」
「見てたの! リオはすごいの!」


 ぴょんぴょんと飛び跳ねて二人は手を合わせ喜びを表現する
 そこに混ざれないあたしは、静かに二人を見守った


「やるなあ、坊主。ほれ、景品のスノーラビットのぬいぐるみだ」


「ありがとう、すっごくかわいいねこれ」


 もふっとスノーラビットのぬいぐるみに顔を埋めてみる魔王の子。
 ふわふわしてて、とても気持ちよさそうね


「ファンちゃんもやってみる?」
「え………う、うん」




 そんなに羨ましそうに見ていたのかしら。
 魔王の子から手渡されたスノーラビットのぬいぐるみをムギュっと抱きしめ、顔を埋めてみる。


 たしかに、気持ちいい。
 どうしてこれを射抜きたいなどと思っていたのだろうか。


 こんなに可愛いものを。




「………ふふっ」
「………?」
「ファンちゃん、よかったら、このスノーラビットとそのグレートボア、交換しない?」
「え………」


 魔王の子があたしを見て微笑んだかと思ったら、急に交渉をしてきた
 訳が分からなくなって呆然としていると




「ファンちゃん、本当はこのぬいぐるみを狙ってたんでしょ? ずっと17番の近くに矢が飛んでたもん。」


 違う。17番の兎じゃなくてあたしは本当に18番を狙っていた。
 醜いあたしには醜いぬいぐるみがお似合いだと思って


「やっぱりね、かわいいぬいぐるみは、かわいい女の子が持っているべきだと思うんだ。ファンちゃんが持ってるその猪のぬいぐるみ、すごくかっこいいし、僕はうらやましいって思ってたんだ。ファンちゃんがこのかっこいいイノシシの方がいいって言うなら諦めるんだけど、どうかな?」


「………。」


「え? 交換してくれるの? ありがとう、ファンちゃん!」


 なのに、なんでだろう。
 彼が交換を申し込んでくれたこのスノーラビットが愛おしくてしょうがない。


 あたしは、それを言葉にするのが恥ずかしくて、気が付けば無言で俯きながらもグレートボアのぬいぐるみを魔王の子に差し出していた


 魔王の子が喜んでくれているのなら、よかったわ。


 ああ、なんかいいな。こういうの。
 とても充実しているように感じる


 昨日のお風呂場の時のように話しかけることはできないけれど、それでもあたしの意を汲んで意思疎通をしてくれる。


 スノーラビットのぬいぐるみを大事に抱え、あたしは、とても幸せを感じていた。






 だが、問題はすぐそこに迫っていたことに、今のあたしは、全く気付かなかった



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