受難の魔王 -転生しても忌子だった件-
第84話 ☆☆決壊
『おとこのこだー!』
『ぼくたちがみえるの~?』
『しゅごいおー!』
子供の姿の妖精が僕の周りをブンブンブンと蜂のようにうるさく飛び回っている。
泉の周りにはたしかに野薔薇(幻覚作用のある花粉を出すよ)が咲いているけど、蜂は居ない。居るのは妖精だ。
幼稚園の頃に聞いたような童謡を心の中で歌いつつ、僕の肩や頭、座り込んだ膝の上にちょこんと座る妖精たちを見やる。
妖精っていうのは精神年齢が3歳児程度なのだろうか。言動がすごく幼い。
この妖精たちは、水色の髪の妖精さんのお友達らしい。
『なまえはなんてゆーのー?』
『しりとりしよー?』
『おいちぃ~♪』
自由気まま過ぎて脱力してしまった。
この妖精たちを呼んだのは水色の髪の妖精さんだ。
自分たちのことが見える人間が珍しいのか、僕にくっついてくる。
なるほど、コレがハーレムってやつか。
こういう小さい生き物に囲まれると幸せを感じる。
僕の肩に乗る赤い髪の妖精を魔力を込めた指先で撫でていると(魔力を込めないと触れなかった)、僕の指に口を付けてちゅうちゅうと魔力を吸い出していた
なにこのかわいい生き物。
『ゴホン。ウチらの弟妹を可愛がるんはいいけど、さっさと話し進めるで。』
はわわ、ちょっとトリップしてた。
水色の髪の妖精さんが実は精霊だったという話を聞き、今はファンちゃんをどのように勇気づけられるかの作戦会議っぽいのをしているんだった。
わざとらしい咳払いに、ごめんねと謝って話の続きを促す。
『ファンちゃんの友達を作ろう大作戦』を妖精さんや他の妖精さんたちも交えて作戦会議を行った。
この水色の髪のやや大人っぽい妖精さんもそうだけど………
『りおるくんりおるくん』
『つぎはぼくからだおー、めろん。あ! おわっちゃった!』
『もっとたべたーいー!』
なんだかんだでこの妖精たちもファンちゃんのことが大好きだということがよくわかった。
自由すぎるこの妖精たちは今は放っておこう。ごめんね、呼ばれてきたのに。
あとで遊んであげるから、ちょっとだけ待っててね。
僕と水色の髪の精霊さんが泉の近くの茂みで会議をしているその間もルスカとファンちゃんは泉の畔で足だけを水に浸けて石に座り、ぽつりぽつりと僕には聞こえない話をしていた。
糸魔法で音声を拾うこともできたけど、僕は聖徳太子じゃないから一つずつしか聞こえないので、ちょくちょくと妖精たちをからかい、からかわれながらも精霊さんとの話に集中している。
「情報をまとめさせてもらうよ。」
『ええで~』
木の枝を手に取って地面に文字を書く。
とりあえず、目の前の小さな精霊さんに精霊契約の条件を教えてもらったので、一つ一つ詳しく聞きながら確認だ。
一つ。精霊契約を行う場所が自然と魔素に満ちた聖域であること。
聖域というのは、まぁ、簡単に言えば聖なる場所であり、普通の方法じゃたどり着けないような場所にあるらしい。
そう言う場所は妖精が隠れ家にして多く生息しているため、エルフにとっては見つけやすい場所であり、同時に妖精や動植物のイタズラで普通の人にはたどり着くことのできない場所だ。
つまり、幻覚作用のある鱗粉を放つ蝶々や怪しげなにおいを発して平衡感覚を狂わせる花などが邪魔をして普通じゃいけないような場所ってことだ。
エルフの隠れ里では自然の中心に祭壇を作り、木花を植えて人工的な聖域を作って精霊の降霊を行うこともあるそうだ。
ただ、今回の場合はあの泉の場所そのものが聖域と化しているし、契約すべき精霊がすでに現世に顕現しているため、降霊の儀を行う必要が無い。
泉が祭壇の役割も果たしてくれるそうだ。
二つ。契約の際、<古代歌唱・『契約の唄』>という歌を歌わねばならない。
精霊と契約をする、とはすなわち精霊と同化する、ということ。
体の中に精霊を宿し、必要に応じて呼び出すらしい。
精霊と契約をするには精霊が契約者と同化をしている最中に『契約の唄』を唄うことにより、精霊と契約者を魂で結びつけることになるそうだ。
詳しいことはよくわからないけれど、つまり『契約の唄』を唄えば問題ないってことだね。
三つ。これが一番重要。契約者に契約の意思があること。契約する精霊が契約者を主と認める事。
この水色の髪の精霊さんはファンちゃんとの契約を望んでいる。
精霊が契約を望んでさえいれば下位精霊だろうが上位精霊だろうが精霊王だろうが契約自体は可能なのだそうだ。
問題はファンちゃんに精霊契約の意思があるのかどうかということ。
トラウマはそう簡単に克服できないからトラウマなんだ。
こればっかりは彼女の意思で決めてもらうしかないのが不安だ。
ファンちゃんと友達になるのも、前途多難だなぁとため息が漏れてしまう。
「こんなところかな。」
『せやな。こんなもんやろ。』
地面に書いた三つの条件を棒でつっつくと、僕の頭の上に腰を下ろした精霊さんも頷く。
精霊本人がそう言うなら間違いないだろう。
ただ、この三つの条件のなかで一つだけわからないものがある。
唄を唄うことだ。
僕はアゴに手を当てて唇を尖らせ、首を捻りながら精霊さんに説明を求める
「この唄ってのはなんなの? そもそもファンちゃんはこの唄のことを知っているの?」
『この唄は声に魔力を込めて歌う唄や。あんさんも【伝統歌唱・『陽気の唄』】とか、聞いたことあるんちゃう? 有名どころっちゅったらこんなもんやろ。』
………そういえば、たしかに街中でずっと唄が流れていた。
聞けばなんだか楽しい気分になれる不思議な唄だった。
街の広場ではその曲に合わせて人が円舞を踊っていたことも記憶に新しい。
『そういうのを大昔から種族間だけで絶やさないように伝えてきたもの、もしくは大昔にすでに失伝してしまった唄が<古代歌唱>や。ファンちゃんはおそらく、それを知らんかったから契約に失敗したんやろうなぁ。』
僕の頭の上で腕を組んで唸る精霊さん。
『それに、ダークエルフっちゅーんはほんまにエルフには恨まれとるさかい、契約時の関係者がファンちゃんを陥れるためにわざと唄を教えなかったということもありえる。ファンちゃんは妖精や精霊には愛されておる子やし、上位精霊でも喜んで契約を交わそうとするやろ。基本的に失敗なんかありえへん筈やから、その可能性が極めて高いで。』
………ちっ。話を聞いてはらわたが煮えくり返りそうになった。
そのせいで彼女はこんなにもふさぎ込んで人前で全く素肌を出せなくなってしまったんだ。
人の人生を一瞬でめちゃくちゃにした顔も知らないエルフに怒りの感情を向ける。
「でもさ、だとするとファンちゃんはどうやってキミと契約するのさ? 唄を知らない可能性があるんでしょ?」
『そこの心配はいらん。なんせウチも新参者とはいえ精霊なんよ? 『契約の唄』を知らんとファンちゃんとの契約もできんて。ウチがファンちゃんに唄を教えれば問題あらへん』
それならよかった。これで契約ができない、なんてことにはならないはずだ。
精霊契約にトラウマのあるファンちゃんが、この精霊さんと精霊契約を交わし、精霊さんを使役する。
それができれば、ファンちゃんの自信にも繋がる。
そして、自信が出ると、勇気が出る。勇気が出れば、声が出る。声を出せれば、一番僕の言ってほしい一言が言えるはずだ。
―――『友達になってください』
僕は人間不信であってもコミュ症じゃない。
僕から友達に誘うのは簡単だ。昨日みたいに突撃をかませばいい。
今のあの子なら、もっと簡単に仲良くなることは出来る。現にルスカが仲良くやれている。
その輪に加わればいいだけの話。
しかし、それじゃあダメなんだよ。ファンちゃんの友達を作るのに、僕が頑張っても意味が無いし、ファンちゃんの為にもしたくない。
「問題ないならちょうどいい。都合もいい。というわけで、こんな作戦はどうだろう。」
『なんや? 作戦が決まったんか? ウチに聞かせてーな』
☆ ファンSIDE ☆
ぱしゃぱしゃと、ルーが泉の水を足で蹴る。
水面にいくつもの波紋を作っては広がり、またぱちゃぱちゃと足で水を蹴る。
今の季節は晩秋。実りの秋とはいえもうすぐ冬だ。
あたしも水に素足を付けて冷たい水をじかに感じる。冷たくて気持ちがいい。
先ほどルーと二人で泉に落っこちたときに、全身がびしょびしょに濡れてしまっているため、風が少々肌寒いかしら。
「ファンちゃんはさー。シゲじいからぶじゅつのけいこをつけてもらってるの?」
「………うん。」
ぱちゃりという水音が響く。
お互いに顔は視ないで、水面に映る波紋をぼんやりと眺めながら、ルーの呟きに頷く。
お友達になろうと言われて、思わずうなずいてしまったけれど、互いのことを全く知らないのだ。
「たいへん?」
「………たいへんだけど、ほかにすることもないもの。」
「………そっか。」
「………うん。」
会話が途切れる。
ルーが水面を足で叩く音だけが場を支配する
「ルーは………」
「うゅ?」
「………。」
一言あたしが言えば、ちゃんと返してくれる。相槌を打ってくれる。
ちゃんと話を聞いてくれる。でも、やっぱりまだうまくしゃべれそうにない。
それでも、あたしが次に話すことをきちんと待って、急かさない。
こんな言葉に不自由しているあたしのことを、馬鹿にしたりしない。
「ルーは、まおうの子のこと、どう思っているの………?」
「リオのこと? んー、だいすきな、おにーちゃんなの!」
魔王の子のことを聞けば、嬉しそうにそう返してくれた。
目をキラキラと輝かせて、太陽のような眩しいほどの笑顔をこちらに向ける
よっぽど大好きらしい。
魔王の子って、伝承だともっと物騒な人だったから、どんなものかと思っていたけど、この子の笑顔をみたら、伝承なんか当てにならないとよくわかる。
それに、あたしだって、ついさっき見たばっかりだ。
アルンとリノンが大きな冒険者相手にやらかしたとき。
魔王の子は地面に頭を擦りつけて相手に謝った。
そして間違いを起こしたアルンとリノンを叱った。
ルーがそんな彼を慕う訳も分かる。
「リオはすごいの。いつもいつも、ルーたちにいろんなことをおしえてくれるの。」
「………。」
ルーは魔王の子のこととなると本当にうれしそうに話してくれた。
「あとね、リオはね、すっごくつよいの! もうあんまりおぼえてないんだけど、ルーたちがまえにすんでたむらにね、しりゅうが入ってきちゃってね、それでね―――」
聞けば村に入ってきた紫竜に、村人たちが殺されたらしい。
自分たちも食べられると思ったら、魔王の子は魔法でたくさんの紫竜を動けなくして、紫竜の群れを撃退したらしい。
魔王の子は村の人たちからひどい扱いを受けていて、ご飯もまともに食べられない状態だったとか。
痩せこけたその状態で、魔王の子の背中のルーを守りながら、Sランクに相当する紫竜を撃退したとか。
到底信じられる話ではなかったけれど、彼は『魔王の子』だし、ルーは『神子』だ。
そう思ったら不思議と納得してしまった。
………。
それにしても、ルーたちは家族や村の人たちと死に別れてしまっていたんだ。
今のその幸せそうな表情からは考えられないくらい、辛い体験をしていたんだ。
まだよく覚えていない幼い頃のことだったとしても、それはやはりとても辛い事だ。
魔王の子も、おそらく産まれた時から疎まれて育っていたのだろう。
人間に対する憎悪を抱いていてもおかしくないくらいに。
ルーに対して醜い感情を抱いてもおかしくないくらいに。
でも、魔王の子はむしろ神子であるルーが道を間違わないようにかじ取りをしている。
村の人たちや自分に対する憎悪の視線などを反面教師にして強く生きているんだ。
“闇属性”持ちのあたしも疎まれていたが、同時に“光属性”も持っていたため、精霊契約をするまではさして大きな被害はなかったあたしに対し、“闇属性”持ちで生まれた時から暴行を受け、黒い髪と翼のせいで魔王の子というレッテルを貼られ、世界中から敵視されてもおかしくない魔王の子。
あたしとはベクトルが違うけれど、あたしと魔王の子は似ていると、そう思った。
むしろあたしよりも、もっと過酷で辛い環境だったに違いない。
自分を蔑む村が崩壊し、3歳という幼すぎる年齢で慣れない環境でルーと二人で生きて行かないといけないのだから。
あたしの場合は、すぐにおじいちゃんが養子にしてくれたから特に不自由はなかったけれど、ルーたちはそんなことは無かったらしい。
紫竜に連れられて紫竜の里に入り、そこでの生活は、家もない、あったかいごはんもない、息苦しい高所での、危険な魔物も出没するアルノー山脈での生活だ。
辛くない訳がないだろう。
「ファンちゃんはシゲじいのところにくる前は、どうしてたの?」
ルーの話もひと段落して、今度はあたしのことを聞いてきた。
「あたしは………」
あたしは、なにをしていただろうか。
お父さんとお母さんと、精霊たちと、妖精たちと、隠れ里で暮らしていた。
そして、里の人たちからは―――
「………崇められて、祟られていたわ。」
「………。」
あたしは水面に映る夕陽を見つめ、ルーは真っ直ぐにあたしの目を見る。
「あたしはね………。ダークエルフ、なの。」
「………。」
「ダークエルフは………エルフにとってきょうふのショウチョウみたいなもので………。でも、あたしはハイエルフのとくちょうも持っていて………人によって、石をなげたりあたしをあがめたり………よくわからなかったわ」
今思い返してもあの頃の自分の存在は酷く不安定なモノだった。
自分だけ、どうして他の人とは決定的に違うのだろう。
なぜ、あたしだけがそんな特徴を持って生まれてしまったのだろう。
考えても答えの出るものでもない。
ただ、その生活がひどく窮屈なモノだったことは覚えている。
「………たいへんだったね」
ルーがあたしの手を握って、そう言ってくれた。
その言葉を簡単に切り捨てることはできなかった。
方向性は違うにしても、彼女や魔王の子も、大変な人生を歩んでいる。
だからこそ、その一言には重みがあり、心から同情しているのが伝わった。
「………うん。つらかった。石をなげられるのも、信仰されるのも………すごく………すごく、こわかったよ………」
それを口に出した途端、あたしの瞳から一筋の涙が零れ落ちた
そう、あたしは怖かったんだ。
どうしたら“ふつう”になれるのかが分からなくて、みんなが何を考えているのかが分からなくて、怖かったんだ
そう思ったとたん、もう涙は止められなかった
「あたしも、がんばったよ。みんなにみとめてもらいたくて、ひっしだった! でも………こんな顔になって、精霊契約もしっぱいして………森も焼いちゃった。そしたらもう、里にはおいておけないって、みにくい子は、バケモノは殺すんだって………お父さんもお母さんも言ってた。だからっ! だから、にげだしてきたのに………このハダの色は、やけどのあとも………ふつうにはならないから………。おじいちゃんに拾われてからも、どうせみんな、あたしをいじめるんだって思って、メイドさんとも、アルンやリノンとも仲良くなれなかった。やけどのあとをバカにされた。そしたら………人の顔も見れなくなったし、思うように声も出せなくなった………。もう、やだ………やだよぉ………」
あたしの心の中でせき止めていた感情が崩壊し、涙と一緒に不安が一気に流れ出てしまった
支離滅裂になりながら、言葉につっかえながらも思っていることをすべてさらけ出してしまう
すると、ルーは何を思ったのか、あたしの頭を抱きしめていた
「ルー………?」
いきなり抱きしめられてしまったことに困惑してしまう
「いつもね、ルーがふあんになってたときにね、リオはいつもこうしてくれたの。
こうして、リオの“音”をきいてるとね、いつもあんしんするの」
ルーはあたしの頭を抱えたまま、優しく、あたしのオレンジ色の髪を撫でた
ルーの胸に抱えられて、心臓の音がトクン、トクン、と規則的に聞こえてくる。
不安に揺れる心にやさしく染み込んでくるその心音は、ゆっくりとあたしを落ち着かせてくれた
「ルーもリオも、ファンちゃんをいじめたりしないの。おともだちになったんだから、とうぜんなの。だから―――」
―――だから、もう我慢しなくていいよ。今までよく頑張ったね
言葉は続かなかったが、言わなくても分かった。ルーはあたしの頭を優しく撫で続けた
「ふぇ………ぅああああああああああああああああああああん!!」
訳もなく安心してしまったあたしは、せきを切ったかのように涙があふれてしまい
恥ずかしいことにルーの胸を借りて大泣きしてしまった
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