受難の魔王 -転生しても忌子だった件-

たっさそ

第80話 ☆半透明の女の人





            ★ ファン SIDE ★






 おじいちゃんから銀貨五枚5000Wももらった。


 これで好きなことをしていいって言われたけれど、何をしたらいいのかしら。


 朝ごはんは食べて来たし、昨日のうちにおいしい出店はチェックして味見して回ったから、いまさら食べ物の屋台は興味ないし、それはおなかがすいたときでいいかな。




 そんなことより、魔王の子たちを探そう。


 街をブラブラと当てもなく歩き回る。


 会ってお話がしたい。
 お話がしたいけど、話すのも目を合わせるのも恥ずかしい


 いじいじしているのもわかってる。
 でも、いつも人に話しかけようと思うと、心臓がドクドクと早くなって目の前が真っ暗になってくる。


 そうならないのは、おじいちゃんだけだ




 昨日の夜だって、魔王の子が手を握っててくれたあの時、握り返すのにどれだけの勇気が必要だったと思う?


 あの子たちが部屋に入ってきた時点であたしは何が何だかわからなくなって、シーツで身体を覆って隠れてしまうくらいなんだ。


 話しかけるのも、手を握り返すのも、同じくらい勇気が必要だったんだ


 だったら―――その時の勇気を振り絞ってもう一度彼らに話しかけよう!






「さあ張った張った! 丁か半か! 確率は二分の一だよ!」


「おっと!! 親の四五六しごろです! 子は掛け金の二倍を親に支払ってください」


「………フルハウス。俺の勝ちだ。」








……………。






(その前に、ここはどこだろう。)






 あたしは、迷子になって、怖い顔のおじさんたちが仮設テントの下でよくわからないことをしている場所に迷い込んでしまった
 頭を抱えていたり、立ち上がって雄たけびを上げたり。


 ………。


 なにここ。








……………
………







 昔からこうだ。
 屋敷をちょっとでも離れるとすぐに迷子になる




 ちなみに、あのテントはお金を使ったゲームをするところらしい。
 おもしろそうだとおもったけど、もちろんあたしに話しかける勇気はない。
 いつかはやってみたいなと思いながら、その場を後にした。




 森の中なら自分がどこにいるのかなんて目を瞑っていてもわかるのに。




 ふらふらと蝶々を追いかけたり、おいしそうな匂いがしたり、おもしろい髪型の人を見かけると、興味が引かれたところにフラフラと歩いて行っちゃう。
 あたしの悪い癖だ。


 昨日だって、ふらふらとおじいちゃんから逸れて迷子になっていたあたしをおじいちゃんが見つけてくれて、その近くに合った脳みそカレーとアヒルの卵バロットを食べさせてもらったばっかりだ


 興味があるところにふらふらと歩いて行ってしまう癖は、まだどうしても治りそうもないなぁ。


 幸い、おじいちゃんの屋敷や武道館はかなりの大きさを誇る。
 ここからでもその屋根の一部が見えるくらいだ。


 その気になれば家の屋根をつたってまっすぐお屋敷に帰ることも可能ね。




 だからもうちょっとだけ、この辺を探してみようかしら




「………。」




 いやいや、さすがにこの辺にはいなそうよね。
 ゲームをしている大人の人しかいないもの




 別のところに行こう。
 食べ物とかがいっぱいある屋台の方に。




 あたしは大通りの方に向かって踵を返すと―――




―――ぴちゃ




 ん? 何の音? 水?


 不意に水滴がしたたるような音が聞こえて音源を探ると




『あーっ! せっかく金遣いの荒い竜人族の坊やたちから財布を盗んだっちゅーのに銅貨三枚30Wずつしか入ってへん! これじゃ盗った意味ないやん!』




 そこでローブを着た半透明の女の人・・・・・・・が盗んだ財布の中身を確認して嘆いていた




 なにあれ。
 初めて見た。


 なんで半透明なんだろう。




 それに、なんで、周りの人はあの女の人に気付いていないのだろう
 あんなに大声で叫んでるのに。


 そんな疑問が頭の中をよぎった。


『はぁ、これじゃさっきの酔っ払い三人組の方がよっぽど金持ちやん。ちゅっても、三人で銀貨六枚程度やったけど。それももうバクチに使つこうてもうたしな―。これだけじゃバクチも打てへんし、また盗るか。』


 ぶつぶつと独り言をつぶやきながら盗っ人宣言をしているのに、やはり周りの人は全く気付いた様子もない




 ほんとうになんなんだろう、いったい。




『しゃーない! ヤケ食いや! おっちゃーん、そこの串焼きなんぼ?』


「うわぁ! あんたどっから湧いて出た!?」




 首を捻ってその女の人を観察していると、今度は屋台のおじさんに話しかけていた
 屋台のおじさんは目を見開いて腰を抜かしていた。
 たった今目の前に現れたかのような反応だ。


 本当に見えていなかったらしい


 よく見ると今度は女の人の姿が半透明ではなく、実体を持っていた。


 ただし、ローブを着てフードをかぶっているのでその容姿までは解らない


 ローブを着ていても、声と体のラインから女性だということは解るのだが、顔も見えないし、手袋までしているようで素肌すら見えない。
 フードに加え、その奥の顔にはキツネのお面を付けているので、素肌を見せないように徹底しているようだった




『そんなんどこでもええやろ。客に対して失礼なやっちゃなぁ。』
「だ、だが………いや、すまねぇ。一本銅貨五枚50Wだが、失礼なことしちまった詫びだ。一本タダでくれてやるよ」
『ホンマ!? いやぁありがとう。おおきにな! おっちゃん大好き! ウチいま銅貨六枚しか持ってへんしめっちゃ助かるわー』




 串焼きを一本だけ受け取ったその人は、人けのない路地裏の方へ歩き出した。


 興味を持ったのでその人の後をつけて路地裏に入ると、女の人は体を半透明にしてから再び戻ってきた。




 すごい。
 あれって人から見えなくなる魔法なんだ




 なんでかわからないけど、あたしには見えている。


 でも、他の人からは全く見えていないみたい


 なんでだろう。
 あたしにだけ見える透明化の魔法かな。


(………おもしろい。)




 似たような魔法を普段から使っているだけに、興味を引かれた




『ほな、どっかのガキンチョか酔っ払いが落とした・・・・財布を探しに行きましょか』




 そう言って大通りに向かってひたひたと歩き出した女の人。






 魔王の子も気になるけど、きっと夕方にはお屋敷に帰ってくるよね。
 やっぱり話しかけのは恥ずかしいし、怖い。


 だったら、今はこの人の方が気になるから、こっちを尾行けている方がおもしろそう。


 飽きたら飽きたでその時は魔王の子を探すか、いつもの泉で妖精たちと遊ぼう。


 あたしは女の人に気付かれないようにほんのすこし離れたところから観察を続けた








……………
………









 なんだかんだで闇の魔法は便利だ。


 闇魔法の使い手がいないから、魔導書が出回っていないけれど、おじいちゃんの書斎のなかには魔族が闇魔法を使うための魔導書も存在していた。


 これは大昔におじいちゃんが世界中を武芸の旅で回っていた頃に収集していた物だろう。


 字は、読めた。
 魔族の魔導書なので、魔界の言語で書かれているはずなのだけど、なぜか読むことができた。
 あたしが闇魔法に適性があるからか、それとも“古代種”だからか。それは解らない。




 でも、おかげであたしは『隠陰おんいん』という姿を認識しづらくなる魔法を行使できる。
 普段から人目につかないよう人通りの多い場所に出る時はいつもこの魔法のお世話になっているため、詠唱も慣れたものだ。


 そうしないと、ローブを着てフードをかぶっているとはいえ、包帯まみれで火傷の痕のあるあたしはその醜さですぐに人目に付くのだから。


 それでも、この魔法の効果は認識しづらくなるというだけで、そこに居るのは変わらないので、ふとした時に見つかることもあるために完璧な魔法というわけではない。


 だというのに、その闇の魔法は膨大な魔力を必要とするため、あたしの魔力量でも一日に3時間くらいが限界かもしれない
 だから、おじいちゃんと一緒にお出かけするときはさすがに『隠陰』は使用しないようにしているのよね。






『おろろ?』


 しばらく大通りを歩いていると、半透明の女の人は立ち止まって大通りの端を見つめた


「………?」


 なにを見ているのかしら。
 気になってそっちを見ると、筋肉の塊のような大柄の冒険者が、子供の首根っこを掴んで威圧しているところだった


「アルンをはなせ! えい! やぁ!」


 そして、もう一人いた子供は、その冒険者の足に木剣を叩きつけていた


 それは、見知った顔だった。


 首根っこを掴まれているのは、おじいちゃんの武術道場の剣術部門の門下生、アルン。
 冒険者に剣を振るっているのが、同じく武術道場の剣術部門、リノンだ。


 あたしが苦手な子達だ。


 状況はよくわからないけど、おおかたアルンとリノンがなにかポカしてあの冒険者を怒らせてしまったのだろう。
 考えなくても容易に想像できる。性格の悪い二人の事だ。
 謝りもしないで木剣を抜いたに違いない。




『あかん。いたいけな子供が大男に襲われとる………』




 しかし、この半透明の女の人にはアルンとリノンの事なんて何もわからない訳で、幼い子供が冒険者に脅されているようにしか見えないようだ


 首根っこを掴まれたアルンも怯えたようにガタガタと震えていることから、ますますそれに拍車をかけているみたい




 あたしだったらアルンとリノンの二人がどうなろうと、どうだっていいから助けないけど………。
 半透明の女の人はそうではなかったらしく、アルンとリノンを助けるために手に魔力を集中させているのに気付いた




 あたしは長耳族エルフとして魔力の扱いや感知に優れているため、気づくことは出来たけど、その微弱な魔力には周りの誰もが気付いた様子はない。
 気づける可能性があるのは賢人級以上の魔法使いレベルだろう。それでも感知するのは難しいくらいだ。




 半透明の女の人は、手から水滴を産みだした


(………無詠唱)




 自然と生み出されたそれは、無詠唱で行われていた


 無詠唱はたしか、通常よりも莫大な魔力を消費するも、詠唱の時間を無視して魔法を発動できる技術だ


 しかし、だというのに、彼女自身から多大な魔力が使われたようには見えなかった


 あたしには魔力を消費して“自分の体の一部を分離した”ように感じた


 魔法を使う人を陰から見ていたことはある。
 でも、そんなヘンテコな魔法の行使の仕方は今までに感じたことのないモノだった




(………ふしぎな人)




 見れば見る程不思議な人であった。


 姿を隠すわ、話し方がヘンだわ、おかしな魔法を使うわ。
 気ままに歩き、気ままに財布を盗み、気ままにそのお金で平然と串焼きを食べる。


 そんな生き方に、魅力を感じていた。


 もちろん、あたしが盗みをしたいというわけではない。
 自分のしたいことを思ったままに行動できることが、うらやましいと思ったのだ。


 彼女は手のひらから生み出した水滴をアルンの首根っこを摑まえていた大男に向かって射出せんと魔力を込めた






 そう思ったのもつかの間


『ん? なんや?』




 その手を降ろして後方を振り返る半透明の女の人


―――え? え? もしかしてあたしが尾行していることに気づいちゃった?


 せっかく『穏陰おんいん』の魔法まで使ったのに!


 そう思ってあたふたとしていたら、あたしの真横を、オレンジ色のバンダナを巻いた男の子が猛ダッシュで駆け抜けていた




 突然の出来事に短い悲鳴を上げてしまうも、男の子はそれに気づかなかったようで、アルンとリノンの方へと向かっていき、そして―――






「申し訳ありませんでしたァ―――――っ!!」








 その男の子はアルンとリノンに絡んでいる大男に向かって土下座を行った


「え………?」




 それも、見知った顔だった。
 そのバンダナの男の子は、魔王の子だった。


 魔王の子はアルンとリノンの為に、あの大柄な冒険者に向かって頭を下げていたのだ




 その姿は衝撃的だった。




 物語の中の魔王の子であり、現在の魔王“ジャック”は素行が荒く、行く先々で問題を起こしては勇者と対決をしていた
 そんな魔王が人に頭を下げているところなんて想像もできない。


 それが、なんだ。
 魔王の子自身も気に入らないと思っているはずのアルンとリノンの為に頭を下げていたのだ


 魔王の子はおじいちゃんからの指示とは言え、アルンに不意打ちを食らい、アルンはそれを弱いと罵ったことをおじいちゃんから聞いていた。
 常に気を張っているわけでもないし、あたしだって不意打ちを喰らえばひとたまりもないだろう。扉を開けてすぐに襲い掛かってくる敵に対して、あたしでも反撃できたかはわからない。
 それだけですべてを判断するには早計すぎる


 だというのに、その結果がすべてだと言わんばかりに罵られて、嫌な気分にならない人は居ないだろう。






「この子達のせいで本当に不愉快な思いをされたと思いますが、なにとぞご容赦ください!
 僕たちにできる謝礼なら、なんでもします!
 殴らないと気が済まないようでしたら、僕を殴っても構いません。
 だから、この子達を見逃してもらえないでしょうか………?」




 そのことがあってなお、魔王の子はアルンとリノンを助けるために、体格も違うあの冒険者の男に頭を下げ続けた
 さらに魔王の子の後ろに竜人族の子達と神子の女の子も頭を下げた


 その勢いに気圧されたのか、大柄な冒険者はアルンとリノンの二人を許し、「俺もガキ相手に大人げなかった」と言ってお互いさまということで片が付いた


 さすがに魔王の子といえども、あの大柄な冒険者にはまだ勝てないのだろう。
 なにせまだあたしと同い年だ。魔法を使えば話は違うのだろうけれど、魔王の子はあたしと比べても細身の体をしているし、体格差もあって身体能力に差がありすぎる


 だからこそ、悪いことをしたのはアルンとリノンだということをわかったうえで言い訳せずに頭を下げ、暴力で解決することもなく、暴力を振るわれることもなく綺麗に場が収まったのを見てすこし感嘆してしまった


『なんや、あの男が絡んでるんやのうて子供らのほうがちょっかいかけとったんか。あほらし。もうゼニもないしかえろかえろ』




 それを見て半透明の女の人も状況を理解したのか、後頭部に両手を回して手を組み、ひたひたと興味が向く方向へと歩き始めた




(………あ!)


 元々は魔王の子を探していたこともあり、半透明の女の人と魔王の子の方、どっちに行くかを迷って視線を彷徨わせる
 どうしよう。


 最初は魔王の子を探して屋敷を出て来たし、すぐにでもお礼を言いたい。
 でも、話しかけるのは恥ずかしい


 半透明の女の人は正直、なんか不思議だと思って尾行けてみただけだ
 もちろん、あたしに話しかける勇気なんてない。


 どっちにしろ変わらないなら、魔王の子の方に行って魔王の子がどういう性格か見定めて、しっかりとお礼と謝れるタイミングを計った方がいいかもしれない。
 どうせ半透明の女の人には興味本位でついてきただけだしね。




 そう割り切って半透明の女の人から意識を魔王の子に向けようとすると






―――ぴちゃ


 まただ。
 またあの水音だ。


 再び聞こえた水の滴る音に眉をひそめて、その音源に注目してみると




「―――!!?」




 その瞬間、あたしは確かに見た。




 女の人のローブと手袋の隙間。


 手首の部分。


 そこには透き通った“水”だけが存在していた






 半透明の女の人の体を構成しているのが、すべて水だったのだ




―――精霊




 そんな言葉が頭の中をよぎった


 精霊を視認できるのは魔力の扱いに長けるエルフか、賢人級以上の魔力を持つ者に限られる


 精霊は実体が存在せず、魔力と水でしか体が構成されていないため、あたし以外にはその姿が見えないこと。
 周りの人たちがこの半透明の女の人に気付かなかったわけだ。


 霊体だから、実体がない。魔力で構成されているため、膨大な魔力を持つ者にしか視認することができないんだったら、他の人がこの女の人に気付けないのも当然だ




 あたしが昔、3歳の頃に精霊契約を行った時も、火の上位精霊、イフリートは半透明で実態を持たない炎の身体を揺らしていた


 あれと全く同じ現象だった






 精霊契約を失敗したせいで隠れ里から追い出された身として、あの水の精霊を放っておくことは出来なかった




 なぜ精霊がこんなところに居るのかはわからない。
 わからないけど、これを放っておくことは出来るわけがなかった




「まっ―――」




 待って! そう声を掛けることができたら、どれだけ楽だっただろう。


 この期に及んで、やっぱりあたしはコミュ障をこじらせて声を上げることができなかった
 そんな情けない自分に嫌気が差す




 と、とにかく走って追いかけなきゃ―――




「―――きゃああああ!!」




 そう思い、足を踏み出したところでたたらを踏んでしまった
 今度はなに!?


 悲鳴が聞こえて急停止をする。


 つんのめってバランスを崩したあたしは、その悲鳴の音源に向かってなんとか振り返る


 トン トン  ザリッ!
 というリズムを残してなんとか倒れずに踏ん張ることに成功したあたしは、とんでもないものを目にすることになった




 魔王の子がアルンのズボンとパンツをずり下げていたのだ






「 っ~~~~~~~~!!!???!? 」






 その光景を見た瞬間、あたしの頭の中が真っ白に染まった
 なにをしているの!?


 あなたはいったい………女の子に対してなんてことを!




「へ、変態! なにすんのよ! えっち! はなせー!!」
「アルンになんてことするのよスケベ! こんなことしていいと思ってんの!」






 そう抗議するアルンとリノンに対して、魔王の子は微笑みかけながらこういった




――― おしおきタイム♪ と。








……………
………







(はわわわわわ!!!)




 あたしは、両手で顔を覆って何も見えないように視界を塞いだ






――― パァーン!


「ひゃい!!」




――― パァーン!




「ひんっ!」




――― パァーン!


「ひゃん!」




 気づけば、あたしは顔を両手で押さえながら、指の隙間から魔王の子がアルンのおしりをたたいている姿を見ていた


 アルンのおしりがあんなに真っ赤に………
 それに、アルンの表情はなんだか………






「武術や剣術を通して心を鍛え、礼節をわきまえないといけない。技を磨かないといけない。体を鍛えないといけない。
 なのに心も体も熟していないのに技だけ褒められて舞い上がっているんじゃ意味が無い!」




――― スパァーン!!




「あんっ」
「へ?」




 魔王の子の小さな手が、再びアルンのおしりをたたくと、アルンが悦びの混じった声を上げる


 その様子を、なんだかいけないものを見ているような気がして、でも、なぜかは解らないけれど、眼を逸らすことができなくて………


 うぅ、顔が熱い






「キミ達の師匠はその程度なの!?」
「ち、ちが」


――― スパァーン!


「あぁん!」




 またっ!?


 魔王の子がアルンのおしりを力強く叩くと、アルンが艶めかしい声を上げる


 見てるだけで恥ずかしいのに、なんで目が離せなのかしら………
 アルンがおしりをたたかれているのは、正直、いい気味だとしか思わないのに、なのに………なぜかいけないものを見ている気がして、恥ずかしいはずなのに、目が離せなかった
 あたし、どうしちゃったのかしら?
 なんで、アルンはあんなに気持ちよさそうに………






「だったらなんでそれを普段から活かせないんだよ! 師範代に申し訳ないとはおもわないの?」


「ごめんなさい! もうゆるしてぇ!!」


「反省、した?」


「したっ! したからぁ!」




 魔王の子は朱く染まって熱を帯びたアルンのおしりを撫でてさすり


「じゃあ、今度からはもう安直な行動を取らない?」


「とらない!」


「悪いことをしたら?」


「ごめんなさい!」


「相手に助けてもらったら?」


「ありがとうございます!」


「よしっ じゃあ今日の所はこの辺にしといてあげる」








 気づけば、魔王の子はアルンへの説教を終え、アルンにパンツとズボンを穿かせていた
 あたしは顔を覆っていた両手をズルズルと下に降ろし、ペタリとその場に尻餅をついた




(はぁ~~~~~)






 深いため息を吐いた
 顔が熱い。
 目が離せなかった


 アルンが叩かれている姿を見るのはスカッとしたけど、それ以上に、なんか、こう―――
 胸にクるものがあったような気がするのよ


 べ、別に、叩かれたいってわけじゃないの。
 違うのよ


 見てはいけないものを見てしまった罪悪感というか、ちょっとえっちなことをしてるなーって思ってたら自然と目が………
 ち、ちがうの! えっちなことに興味なんてないの!


 うん、関係ないのよ。


 そう、たまたま! たまたまアルンのおしりを叩いているのが目に映っただけなの! だからあたしはえっちな子じゃないの!


 誰かに言い訳をしながら、手で顔を扇いで火照った顔を冷ます


(………ふぅ、ちょっとおちついたわ。)




 それにしても………“ありがとう”と“ごめんなさい”か。
 いまのあたしに一番必要なことだ。


 アルンとリノンの二人は、なにか大きな間違いをして、謝ることができなかったのだろう。
 それを、魔王の子は矯正しているんだ。


 あやまることも、お礼を言うことも、とても勇気のいることだ。
 だけど、それは絶対に必要なことでもある。


 ちゃんとお礼を言えると、相手もうれしいし、ちゃんとあやまってもらえたら、相手も引きずったりしないで許してくれる。
 意固地になってもいいことなんてないんだ。


 魔王の子は、それを教えているんだ。


 間違っていることを間違っていると注意できることは、すごいことだ。
 あたしと同い年なのにあたしよりもしっかりしていて、人と話すことに臆さないで、人とすぐに仲良くなることができて、そしてこんな醜いあたしの手を何も言わずに握ってくれた。そんなやさしい魔王の子のことが、すごいと思った。




(あれ? 何か忘れているような………)




 衝撃的な映像で思考がヘンな方向に向かっていたせいで、重大なことを忘れていることを思い出した
 また、あたしの悪い癖が暴走したみたいだ。


 興味があるところに、あっちにふらふら、こっちにふらふらと。
 そのせいでその前の思考や行動が全部頭からすっぽ抜けてしまう


 腕を組んでうーんと唸る
 そして、思い出した




(あ! 精霊さん!!)




 ばっと振り返っても、そこに半透明の女の人の姿が見えるわけもなく


(また、やっちゃったわ………)




 あたしは両手を地面について、項垂れた









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