受難の魔王 -転生しても忌子だった件-
第75話 族長会議2
一通り話しておくべき案件の会議は順調に終わり
族長たちも緊張した様子は完全に抜け切ったようだ。
「さて、ここからは別件じゃが、どうも王族や貴族たちの間で、騒がれておることがあってのう。」
いきなりの話題変換に一様に首を捻る族長たち
「どうしたのだ、シゲ爺? シゲ爺が王族や貴族の話をするなんて珍しいこともあるもんだな。変なもんでも食ったのか? ああいや、すまん。いつも変なもんばっかり食ってたな」
先ほどまでリオル達をどこに住まわせるかという議題からいきなり方向転換して話がそれたことに疑問を感じたジンが辛辣な言葉をシゲ爺に浴びせた
「酷いのう………。ゴホン。まぁ、なにしろ、ダゴナン教会の総本山、サンチェル大聖堂の教皇アイザックに神であるダゴナンライナーから神託が下ったことで魔王の子と神子が産まれたことは周知の事実となっておるじゃろう?」
「うむ。」
「ああ。」
興味深く耳を傾ける面々
神であるダゴナンライナーはルスカやリオルが産まれていることを察知しているようだ。
そして、それを現世で最もと言っていいほど影響力のある人物に神託を下すことによって周囲に存在を知らせている。
おそらくその目的は『神子の捕獲・軟禁』であろう。
神にとって都合のいい手足であり駒になりえる神子の存在を、そうそうに手元に置いておきたい人材であろうからだ。
神がルスカの場所がわかっていても迂闊に手を出せないのはひとえに竜族の庇護下にあるからであろう。
並の人間ならばルスカを攫うことは不可能だからだ。
「それが、どうしたのだ?」
ゼニスがシゲマルに先ほどの言葉を問いつめる
「うむ。なんでも、東大陸で神子が現れたと噂になっておった。教会の連中は神子を人柱にでもするつもりなのか、血眼になって東大陸を捜索中じゃ。おおかた、東大陸で光魔法の治癒を行ったのではないか?」
そのセリフに、ジンと、その後ろに立つイズミは納得顔で頷いた
鉄鉱石竜を討伐した時、ルスカが治療を行ったものが居た。
重症者を完璧に直したルスカは髪を隠していてもすぐに神子だとわかった様である。
ただし、東大陸では神子と魔王の子が一緒に行動していることは知られていないためか、東大陸で魔王の子の存在は認められていない。
一度だけ髪を見られたジャムは心の中だけに情報を留めているようであった。
彼は受けた恩は恩で返す義理堅い男だったようだ。
「それともう一つ。数年前から中央大陸で『魔王の子』を見たという情報が広まっていてな。なんでも、『魔王の子』が盗賊に捕らえられていた女子たちを助け出したという噂があってのう。これについては、ゼニス。何か知っておるのではないかの?」
自分と同じく中央大陸に拠点を持つ紫竜ゼニスならば同じ情報を持っているだろうと確信し、ゼニスに話を振る
「む………。 ああ。確かに2年くらい前に私達とリオルで盗賊の拠点を襲撃したことがある。だが、それは捕らえられたリオルとリオルの母親を助け出すためだったはずだが………?」
「そうであったか。たしかに魔王の子の母親もその場にいたと聞いてったおったが、そういうことじゃったのか。」
ゼニスの言葉を咀嚼して頷くと
「そんな中で、『魔王の子が捕らえられていた者たちを助けた』ということになっていることで魔王の子は偽物なのではないかという噂が流れているそうじゃ」
「ほう………」
自分がリオルの為に情報をいじったことがこうも都合よく反映されていることに少々驚いていた。
「それで? その噂がどうかしたのか?」
「うむ。噂というか、噂の出所の問題じゃな。これはリオルの耳には入れてはいかんことだとは思うのだが………どうやら魔王の子の母親………たしかローラといったか。そのものが噂を聞きつけたリリン王国の騎士団に捕らえられてしまったらしい。」
「む? なぜだ!?」
眉を寄せるゼニス。
自分も関わっているだけに、そのような結果になっていることが、納得いかなかったようだ
「簡単なことじゃ『魔王の子や神子の存在を死んだとして虚偽の報告をし隠していた不敬罪』やら魔王の子や神子を産んだ母親を『魔王の子を産んだ穢れた血の持ち主』として、王宮の牢獄に連れて行かれたそうじゃ」
ゼニスは歯を食いしばって俯いた
リオルは盗賊に自ら攫われてまで母親の安否の確認を行ったのに、怪我をしてまで助け出したのに、そのすべてが水の泡になってしまったのだ。
たしかに、それをリオルに伝えるのはなまじ自分も関わっているだけに心苦しい。
「リオルには………伝えるべきではないのだろうな」
「そうじゃろうな。」
頷いて髭を撫でる
リオルには伝えるべきではないが、ゼニスには話を通しておいた方がいいと判断したのだが、やはり本人にも伝えるべきか未だに悩むシゲマルであった。
……………
………
…
「ほか、皆からなにか言いたいことはあるかの?」
「うむ、では私だな。………リオルとルスカに、【魔力の糸】がくっ付いているのを魔眼で捕らえた。ジン。何か知っていることはあるか?」
魔眼持ちであるゼニスはリオルとルスカにくっ付いている肉眼では見ることのできない【魔力の糸】を確認していた。
何処に繋がっているとも知れないその魔力の糸の存在は、ルスカとダゴナンライナーはすでにコンタクトを取っていることを意味している。
同じようにリオルにも【魔力の糸】が貼りつき、すでに魔王との接触をしているであろう、というところまでゼニスは推測できていた。
ただ、まだ再会したばかりのリオルがゼニスに何も言っていないのでゼニスも無理に聞き出そうとはしていないだけであり、そのうち【魔力の糸】について聞こうとは思っていた事であった。
神や魔王がどういうアクションを起こしたにせよ、放任主義ではあるが親として最低限彼らを守ってやろうと思うのであった。
「ああ。言い忘れていたが、東大陸で魔王とリオ坊は接触したらしい。オレが居ない間に、いつの間にかにな」
「………目を離すなと言っておったというのに………だらしのないジンに任せてしまった私のミスだろうか………」
額に手を当てて天井を仰ぐゼニス。
ジャックは『魔王と接触したことを信用している人になら言っても構わない』と言っていたことから、リオルはジンとイズミにはすでに報告してある。
初めは信じてもらえなかったものの、接触した状況と、自分の『糸魔法』と同じ方法で魔王とつながっていることを話すと、『糸魔法』を知るジンは納得した。
同じようにルスカもダゴナンライナーと繋がっているであろうことも、ジンとイズミには話してあるが、ルスカによると、週一くらいの頻度でいまだに『魔王の子を殺せ』という命令が下されるようであった。
しかし、やはりルスカはリオルの事をむやみに傷つけようとは考えておらず、まっこうからその命令に歯向かっている。
「まぁ、なんでそうなったのかが分かっただけでもよかった。とはいえ、魔王と接触していて、大丈夫なのか?」
「問題ないじゃろう。ジャックは面倒見はいい方ではないが、執着するタイプでもないしのう。むしろ興味本位でリオルの味方をするじゃろう。あやつは戦闘狂ではあるが極悪人ではないからの。せいぜいただの悪人程度であるジャックならば、あの子を害することは何もするまい」
シゲマルは髭を撫でるのを止め、腕を組んで頷いた。
最後の一言以外は全部悪口ではあるが、一応シゲマルはジャックのことを信用しているようである。
シゲマルは弟子としてジャックの面倒を見ていたこともあり、今代の魔王がどういう性格なのかをよく知っているのだ。
ただの悪人が町や国の破壊を行うのかと言われれば首を捻るしかないのだが
実際、シゲマルの言うとおり、ジャックはリオルの監視を続けながら『圧倒的ピンチになったら助けてやらんこともない』というスタンスでリオルの味方をしているようだ。
「そうか………特に心配する必要がないのなら、いい。ルスカの方はどうなのだ?」
「ルスカ嬢については、オレもよくわからん。リオ坊が言うには、赤竜の里についてから神から接触があったらしいのだが………。魔眼持ちであるお前が居る紫竜の里では接触できなかったのではないかとリオルは推測していた。その魔力の糸はリオ坊の話によると魔眼持ち以外には本人にしか見ることができない糸らしいからな。」
「………そうか。しかし、今もルスカにつながったままだということは、もはや隠す必要がない、ということだろうか。」
「ルスカ嬢がリオ坊に話したからな。それが神に伝わるのは当然だ。」
ジンは腕を組んだまま深く頷いた。
「ダゴナンライナーがどういうアクションを起こすにしても、その件に関してはしばらく様子見、じゃな。少しだけ神子の子が心配じゃのう。ジャックのように【魂支配】ができる可能性も無いわけではないのじゃし。」
シゲマルも眉を寄せながら髭を撫で、記憶の中の、神子の姿を頭の中に映す。
すると不思議なことに神子であるルスカの隣にはずっとリオルが付いており、互いに離れたくないとばかりに常に一緒に行動している姿が思い出された。
ルスカはリオルの行きたいところについていき、リオルもルスカの行きたいところに連れていく。
そういう関係に見えた。
短時間であっても、互いに離れたくないのだ。
好きあっているなら、お互いを守るために尽力するであろうことは容易に想像できるし、実際ルスカはリオルが攻撃を受けた時には年上の剣士であるアルンやリノンを躊躇いなく排除しにかかっていたため、互いに害する“何か”に対しては例え神や魔王であっても容赦なく牙をむくだろう。
「ワシが見た限りじゃと、魔王の子も神子も重度のシスコンとブラコンじゃ。ダゴナンライナーも、神子が敵に回ることを良しとすることは好まんじゃろうし、今のところは大丈夫じゃろう。」
「にゃはは、確かにリオルは重度のシスコンだNa☆」
「ルスカ嬢もなかなかのブラコン具合だな。兄妹どちらかの敵は二人の敵なのだ。例え神であってもそれは揺るがないてことか」
「そういうことじゃ。」
髭を撫でるのをやめ、テーブルの上に手を落ち着かせる。
「さて、もう他に議題のするべきことはあるかの?」
首を振る族長たち。
シゲマルはある程度会議の終着点を決めていたようで、族長たちは思ったよりも早く堅苦しい会議が終わったことに安堵の息を吐いた
「あの………少しよろしいでしょうか?」
もう会議は終わった、という空気の中で
深い紅色の長髪を後頭部でくくっている女性が遠慮がちに凛々しい瞳を伏せながら手を挙げた
「ふむ………? たしか、赤竜戦士長のイズミと言ったか。お主は………久方ぶりに目にするのう。紅竜じゃな?」
その一言に色竜の族長と戦士長すべての視線がイズミに突き刺さった
シゲマルはイズミの髪の色を注意深く観察し、深い紅色をしていることに鋭い視線を向ける
イズミはゴクリと唾を飲み込むと
「はい、赤竜の戦士長をしております。紅竜のイズミと申します。」
深々と礼をするイズミ。
彼女は数奇な運命のいたずらにより、日本人から竜へと転生した女性である。
そんな彼女は、疑問に思うことが多々あった。
会議終了間際で恐縮しつつ、疑問に答えてもらうために口を開く。
「紅竜である私のような………えと、突然変異種とでも言えばいいのでしょうか。竜族の亜種、とはなんなのでしょう。私は………いったい何者なのですか?」
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